2017/3/27, Mon.

 正午前に家を出た。寒々とする雨の日で、坂を行くと木の間を抜けてくる川の音が、前日来の降りで増水しているためだろう、普段より確かに厚い。傘を持つ右手も、本の入った小型鞄を胸に寄せて抱えた左手も、どちらも風のなかに露出して、冷え冷えと芯にやや染み入る感覚が、春から逆方向に揺り戻ってまた数歩分、冬のなかに踏み入ったようだった。街道を行く車がこちらの脇を過ぎる瞬間にも、走行音が増幅されて、水の感触の細かく混じったタイヤの擦過が、聴覚のみならず身に烈しく当たるような感じがする。雨はそこそこの降りで、路上のそこここにそう深くはないが水溜まりが湧いて、裏通りを行くうちに足先がいつの間にか湿っている。車や人を避けようとして傘を塀に当てたり、横に振ったりする時の拍子で、表面に溜まった水滴がいくつかまとまって流れ、外で直線的に、無色で単調に降る雨を向こうにして、丸みを帯びて白くなった粒が不規則に柔らかな律動で零れ落ち、破線でもって瞬間、内外の境界を描くのが目に残った。頭上を覆う黒い布地を裏から凝視すると、水粒の無数の付着が露わに見透かされて、小指の先ほどもない数滴のあいだにまたさらに細かいのが入りこんで隈なく群れているのが、樹皮のようでもあり、何か古い時代の生物の鱗めいた皮膚を思わせるようでもあった。道から駐車場を挟んで遠目に見える寺の枝垂れ桜の具合は先日よりも進んだようで、雨のなかで蕾の赤茶色が縦に広がって見え、蕾のつかない上の方の、垂れはじめの付近では枝の、やや煙るような薄紫めいた色が重なって、二種の色調が織り合わされていた。

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 代々木から新宿方向へ向かいはじめると、通りの向こうに聳える白亜の高層ビルが、雨の晴れて穏和に青く煙った空からの陽を受けて片面和らいでいる、随分と明るくなった夕刻である。それでも吹く風は冷たく身を突くなかを新宿駅の南口正面まで行き、人群れに紛れて横断歩道で停まっているあいだ、艶のなく稀釈されたような青緑色のビルの前を、鳥が横切って影が滑った。東南口に移って下りると、広場の端に薄紅色の花をひらいた木が二本あって、一見桜だが、既に満開も過ぎたさまで、甘いような色の裏に緑葉が既にたくさん生えて優美なのが、こんなに早いものがあるのかと不思議だった。