往路、雨降り――傘を持つ右手がいくらかひりつく、最高気温は一〇度の冬戻りの午前である。歩きはじめてすぐ近く、とうに裸になっている楓の木の、赤味を帯びた枝々の至る所に水滴が吊るされて、極々小さな水晶玉を飾り付けた具合になっているのを横目に過ぎて、坂に入った。上って行くと、この日も変わらず鶯の鳴きが聞かれ、出口付近では左右の斜面の草のなかから、小鳥が次々と立って散って行くのを見ても、春を迎えて鳥たちが活発である――視認されたなかの一匹は、白鶺鴒だった。同級生らと集まって花見の予定だったが生憎の雨、そうでなくても、少なくとも道々の桜は、ひらいているものは古家の前の低いもののみで、大方、赤くなってはいるがまだ開花を待つ身である。雨は弱く、傘を振っても先日のように水滴が転がり一つになって端から落ちるでもなく、裏から黒地を見透かしてもあまり大きな粒もなくて、平面の上に透明な液体が乗っているというよりは、細かく毀[こぼ]れたように見えるのが、石板めいた質を持って映った。白木蓮は、黄味の熟した色のなかに茶色が混ざって、いくらか濁ったような、土臭くなったような色合いが、遠くからでもわかった。道を行きながら、表通りで飛沫を立てる車の音は伝わって来るが、林の方からは何もなく、足音を阻むもののない静けさに、さすがに雨でこの朝は鳥たちも静かにしているか、と思っていたら、寺の傍に来るとやはり鵯が鳴いていて、森の一番縁に立った一つの木に集まるらしく、梢の茂みのなかに飛んで行く姿が見られ、枝垂れ桜は連ねた蕾の赤味を露わに、それが薄紅に変わりはじめるのも間近らしかった。