往路、最高気温は一七度の、緩くほぐれた春日である。左右を木々に囲まれた坂を上って行き、平らな道に出たところで、西から射しこんで顔のあたりに掛かる光の明るい温もりに、匂うような陽だ、と思った。街道を歩いていると、古家の前の低く小さな桜木はもう大方花をひらいてその下には葉の清涼な薄緑もあるが、表に面した小公園に立つ高い木の方は、枝にある色はまだすべて蕾の赤褐色である。裏通りから、前日と同じく丘の表面が細かく蠢いているのが見えるが、風はこの日はそれほど寄せていないようで、鳴りは地上に近い森の縁からしか立たない。並ぶ家に沿ってその裏に伸びる線路を越えて向こうの、林の最も表側の木々がいくらか音を立てているのを見やっていると、その上空、澄んだ青のなかに、まだ年若い鳶だろうか、翼を広げても端から端までがそれほど大きくないが、鳥が四匹、悠々と旋回する姿が現れて、見上げているうちに、例のくるくる巻きながら落ちるような、長閑な鳴き声も一度降ってきた。色濃い晴れ空の果てには、形は見えるけれど物量の感じられない、ぺらぺらに圧縮されたような雲が貼られていて、明るい部屋の壁に投影された写像の稀薄さだった。寺の付近まで来ると、以前から視認してはいたが、林の縁から一つ奥に入ったところに、表の木に見え隠れしながら、あれも桜だろうか、鮮やかな鴇色の花を戴いた木があって、この日はその色が殊更に目を惹き、鵯もいつもはそれを隠している方の木の樹冠に飛んでいくのを見かけるが、この日は少し奥から鳴きを聞かせるようだった。