午前から雨が降っていたが、四時半に近づいて出る頃には止んでいた。路上には濡れ跡が残っており、流れる空気のなかにも湿り気がやや籠ってしっとりとしている。車が行き交う街道のアスファルトは既に乾いていた。桜が至る所で盛りを迎えている――街道沿いの小家の前に置かれたささやかな木は、ほかのものから先立って既に葉桜に移行しかけているが、その先、小公園に立った二、三本は満開の風情で、通りの向かいで家先に出てきた女性が、連れた幼子の関心を促していた。枝の隅まで泡のようにして縁取り膨らんだ花の隙間から覗く空は、薄紅色との対比で僅かに青く見えるような気がする程度で、一面薄灰色に均されており、仄暗さを被せられて花色も艶は弱い。裏に入ると風はほとんどなく、顔に触れるものも軽く、音は表から車の音が入って来て、反対側の林の奥から鵯の鳴きが漂うのみで、広い静けさのなかで自らの足音が立つ。四手辛夷を行く手に見た瞬間に、花の白の裏に緑色が混ざりはじめているなと視認された。二階屋の上に届く白木蓮はもう大方褐色に崩れて、さながら花火の燃え殻である。寺の傍まで来ると枝垂れ桜の、二本あるうちの、森に接したほうの一本が明度を高めて、いくらか浮遊するように軽くなって、それまでの紅色にはなかった品の良い甘さが混ざっているのが片方との対比で良くわかって、そうか桜というのは、盛りを迎えるとこのように、自ずと色が明るんで菓子のように、香るようになるのだなと、今更なことを思った。
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最寄り駅に着く頃には七時前で暗んでおり、ホームに降りた時にはここにも桜があることを忘れていて、闇に沈んだ反対側の丘の方を向き、宵に掛かりながらも青みのかすかに残っているように見える暗色の空に目をやっていたが、通路を抜けると暗中で淡紅に柔らかく膨らみ枝を埋め尽くしているものが、繭のような、と映った。まさしく盛りで、足許には花びらが無数に散って白く点じられている。いくらか冷えた空気のなか、木々に囲まれていて路上に湿り気が残っている坂を下ると、公営団地の敷地の端から伸びる桜も満開だったが、街灯を投げかけられて一つ一つの花の区切りを定かに浮かんだこちらは白く固まったようで、掴めば粉に崩れる硬い細工の印象を得た。見ているうちに団地の方から、小さな爆竹を破裂させるような音が連続して聞こえて、人らの気配も漂ってくるのに歩き出すと、こちらのいる道からは一段下がった団地の入り口あたりに、これから出かけるらしい数人がいる。母親らしい最後尾の女性のあとを追って女児が何かを届けに来て、快活に仲良く言葉を交わしていたが、サンダルか何か角の立ったらしい履物で住宅の階段を次々下りる際の反響が、先ほどの音の正体だった。