家を出たのは午後七時を回ったところで、雨降りのなかに歩み出ればあたりはいかにも暗く、振り向いた西の先では山と空と家並みとがひと繋がりに闇に籠められて黒々と澱んでいた。坂を上って行って先の出口あたりには、街灯が立たない一角があり、前後の光の区画から独立したそこに入ると視界が殊更に暗んで、思わずちょっと止まって左右を見やることもしてしまう。抜けるとしかし、前方からやってきた車の明かりが対照的に白く広がり、落ちる雨の線が半透明の膜のようになって光のなかに掛かるのが、むしろ逆方向に、地から蒸気が湧いて斜めに立つようなさまに見えた。街道のアスファルトは、日々にタイヤが擦れる場所はやはりいくらか窪むものだろうか、車線の中央付近は光を薄く反映して浮かびあがっているが、その左右は水が僅かに溜まるようでまっさらに黒く沈んだ帯が二本走って、遠くの車明かりが突端部による遮断を挟みながら帯の上を縦に渡って長く垂れ下がり、水に混ざることで離れた距離を越え、こちらの近くまでやって来ている。増幅された走行音の唸る表通りから裏に入ると、途端に静かになって、いつもながら線香花火の弾ける音を連想させる雨の打音が頭上にはっきりと響きはじめる。丘は一様に黒い影で、表面の木々の起伏はまるで見えず、いくらか形の変化めいたものが観察されるのは稜線の不均一な上下のみで、その輪郭線を見ていると、もとは墨色の空までもを覆っていた一平面が乱雑に破り剝がされたかのような想像を覚えた。駅近くまで来てから見上げると、あれほど暗いと思っていた空が、地上の光の多さによる差異なのかここでは明るげな薄灰色で、道の左右と奥の建物の線もくっきりとその上に引かれているのに、不思議な気持ちになった。