2017/5/13, Sat.

 昨夜、夜半から始まった雨は、繁くならないうちに消えていたが、いつかまた降り出したようで、早朝に、風とともに窓に寄せてガラスに当たるその音で目を覚ました。結構な降りのようだったが、そのなかでも鶯が、勤勉なように声を膨らませているのに、この雨では鶯も、例え木の葉のなかにいたとしても、打たれるままで身を守る術もないだろう、しかし鳥は、雨など意に介さないものだろうか、などと思ってふたたび眠った。そのあとも降りは雨脚をいくらか弱めながらもずっと続いて、外出する三時過ぎに到ってもまだ残っていた。湿り霞んだ空気のなかでも、鶯は鳴く。普段よりもむしろ旺盛なように、間を短くして、よく鳴き募る。坂を上って行く途中で、道端から茶色いようなものが飛び上がったのを追えば、鳥が木の枝に止まって影になる。足場を飛び移るそのたびごとに、枝の下に溜まった水が、僅かな揺れで一斉に落ちて、地を打つ音が細かく重なって鳴った。街道は、水を含んだ車の走行音でかまびすしい。石灰色の飛沫を後ろに跳ね退けながら回るタイヤが、近づいて来て横を過ぎるまでじっと目を寄せて、すると車の向かって来るのが緩慢なようになるのに、タイヤの回って過ぎて行くこの短い間も、いくら短いものに見えても追いすがろうと思えば、その長さは追いつけるものでないだろう、ここにも時間というものの、実相とまでは言わず一つの相らしきものが、幾許かでも含まれているか、などと形の付かないことを思った。あちこちにできた水溜まりの、草の蔓延った沼のような色に沈んだなかに、波紋が大きいのも小さいのも輪を成して無数に生まれ、交錯するのに目をやりながら、歩くうちに靴のなかの足先が湿ってきた。
 立川の街へ出ても雨は続いており、歩廊の屋根の下にいても斜めに吹きこんで来る。書店を二つ、一時間ほど掛けてうろつき回って、津島佑子『寵児』ほか合わせて四冊を買ったそのあいだも、外の道では車が路面を擦り滑って行く水音がひっきりなしに膨らんで、高架歩廊の方まで立ち昇っていたに違いない。購入を済ませたあとは、大層久しぶりのことだが喫茶店に入って文を綴り、八時半を過ぎて外に出た。雨は過ぎていた。すっかり宵に入りこんで空の濃密に暗んだなかを駅の方に戻り、よくもこうするすると呆気なく、澱みもせず抵抗もなしに時間が過ぎるものだと思いながら駅舎前の広場に掛かると、鳩が一匹、行き場のない迷子のように人の足のあいだをうろうろとして、涼しい風が横から流れた。電車内では立ったまま古井由吉『ゆらぐ玉の緒』を読んでいたが、じきに、空調の音の響きに何か感じるところがあってよく聞いてみると、耳が詰まったようになっている。久しぶりに街へ出て、駅の人波から川音めいて昇る籠った唸りやら、なかに入った店のみならず前を通り過ぎただけの店も合わせて音楽にもかわるがわるに晒されて、疲れが溜まったものか。席の埋まって、皆視線を落として多くはスマートフォンを覗きこんでいる電車のなかも、何となく圧迫的な感じがする。鼻から出入りする息の、あるかなしかの音が、耳のすぐ外に接して浮かんでいるように聞こえていたが、路程の終盤、人も減って座った頃からだろうか、いつか気づかぬうちに詰まりはなくなっていた。最寄りを降りれば、夜空の内にそこだけ白く、月が雲の裏に隠れているのが昇る煙のように浮かんでいて、歩きながら見やっているとまもなく、まだ雲の内にはあるが、いくらか像の晴れて円い形が定まった。南の正面だった。