午前から朗らかさが部屋内にまで染み入る晴天に、近所の屋根も、一時、水を溜めた囲いのようにちらちらと揺らぎ、光っているのを見せた。昼下がり、干していた布団を仕舞いにベランダに出ると、風が吹く。肌に正面から当たって来ずに、横滑りして軽やかに戯れ、身を包みこんで馴染む風である。その流れに、タンポポの、もういくらかは飛び立って球を欠いた綿毛の残りが、左右に引っ張られて形を崩しながら飛びそうで飛ばず、悶えるようになっているのを、柵に凭れてしばし見下ろした。
散見された千切れ雲も、五時の往路に出た頃には消え失せて、これ以上ないほどの晴れの空が延べ広がった。鳥たちが騒がしく、雀が道に出て飛び跳ね、鵯が遠くから声を張り、何か小さな鳥が三匹連れ立って飛んで来て、木の葉のなかでじゃれ合うようにしたあと、また渡って行く。髪を切ったために露出した首筋に、西陽が温もり、街道を行きながら背を撫でられては暑いくらいだった。風はその暖かさのなかで、涼しいというほどにもならない。
裏道の途中で、旧家らしい塀の前を通りながらふと顔を上げると、様々な木々の取り揃えられた庭の縁に立って覗いた楓の、涼しげな若緑に染まったのが目に留まった。過ぎてから振り向くと、先端がかすかに朱の色を仄めかせている葉に、大きく押し広がった西陽の光線が降り注いで、まばゆく、緑色が、陽に透けんばかりだった。進んで、ある家先の木のなかで、雀が二匹、姦しく鳴き騒ぎながら遊んでいるその前に、足を止めた。庭というほどの広がりもない軒先に手狭に立ったこの木は、先日も、風に乗って飛んで来た雀が突っこんだのを見たもので、この小鳥らのよく集まる場所となっているらしい。立ち止まるとすぐに、雀は、やはり大きな影がそこにあるのをわかって警戒するものか、隣の木に移って離れてしまった。もう少し先の天麩羅屋の入り口でも、木に雀が鳴いているのに耳目を惹かれ、枝垂れて暖簾のように掛かった青葉の連なりのなかに実が小さく生りはじめているのが目に入って、ああそうか、これは梅の木だったかと、今更気付いた。
ベストから出た腕の、シャツ一枚に纏われた肌に、帰路の風は、涼しさをやや勝っていた。月は昇りが遅くなって、星の灯る空は変わらず晴れ渡っているようだが光の遠くて青みがほとんど見受けられず、深い。鼻を啜ったのを機に、このところよくあることだが、右耳がまた詰まった。息を吸うたびにその空気が、鼻孔ではなく耳のなかに入って内にわだかまり、塞ぐような感じがする。じりじりと単調に、鈍く鳴く虫の音が道端から立って耳に固いのには、夏を思わされるが、夏の夜と言うにはまだ夜気は、冷たさが過ぎるようだった。