2017/6/4, Sun.

 流氷のような雲の、空に広くこびりついて浮かんだ昼下がりだった。湿り気は薄く、上り坂を抜けて受けた涼気に、これでは汗もかかないなと思ったところが、直後、にわかに道が色づきはじめ、街道に出る頃には足もとに影も弱く浮かんだ。風は気紛れで、東から西から入れ替わって、それほど吹くでもない。鳥の声は周囲から引きも切らないが、なかでも裏道の中途で電線に、燕が四匹並んで、こちらが下にやって来ても飛び立つ気配もなくじっと留まっているのが珍しく、鵯と合わせて鳴きを降らせているのをちょっと見上げた。声を立てながら細かく震えるのが、風を受けて微動する楕円の木の葉のようだった。駅前まで来て寄った公衆便所でも、用を足して入り口のところで手を拭いていると、すぐ目前の宙を燕が割ってなかに飛びこんで行き、見れば壁に取り付けられた細長い電灯の上に巣があって、もうよほど大きくなって立ち上がっている子らに餌を渡してすぐ、ふたたび空を斬って駆け出して行くのを、顔の傍を通り抜けるその素早さに目を細めながら見た。電車に乗る直前、見上げた丘の上空に沈んだ色の雲がわだかまっていたが、雨の気配は感じられなかった。
 電車に乗っているあいだも、読んでいた本からふと目を離すと、床の上に、向かいの乗客らの影絵が生まれている。北側は境なく水っぽく曇ったままだが、南では晴れ間がひらいたようで、遠くの空に雲の塊がひしめきながら、その縁が白く明るんで分かれているのが見通せた。立川駅の改札を通れば身の周りを自ずと囲んでくる人群れに、今更煩わしく思うでもないが、随分とたくさんの人がいると改めて感じ入るようなところはあった。そのなかから、間近を過ぎて行く人の顔貌がくっきりと浮かび上がって人間の表情を成すのに対して、こちらがそれを捉えているそのあいだにも周囲を流れてやまない人波は人形の集合めいて、むしろ自然現象のようでもあり、人々の実体感が稀薄となるその情報の密度の断層を、不思議なように受け止めていた。広場から通路を進んで歩道橋まで来ると、西から陽が射しており、高架歩廊の高さまで背を伸ばした街路樹が揺れて、葉の合間に光の泡を崩してはまた生み出していた。
 CD店を訪れたが目当てのものが見つからず、ついでに寄った書店でもぶらついただけで何も買わず、出ると空に青さが広がっており、百貨店の高い壁が横から陽に灼かれて表面の起伏を露わに、銀色の物質性を浮き彫りにしている。中古のCD屋を訪れて、五枚を買って出るともう六時、思いの外遅くなったので喫茶店に寄るのは取りやめ、自宅で書き物をすることにして、帰途に向かった。住む町に戻った頃には、空はふたたび雲で隈なく埋まって、丘に接した一郭のみ、葡萄酒の色が漏れ出している。最寄りで降りるとその色も消えて、既に青暗く暮れきっていた。