2017/6/15, Thu.

 窓辺にいると、川の気を思わせる涼しさがカーテンの隙間から薄く入ってくる夕べだった。外に出ても空気は軽く、そのなかを抜けて行くのに、何らの抵抗もなく肌に添う。昼を過ぎるあたりまで曇っていたようだが、いまは晴れ間があり陽射しが通って、街道の二車線上に生まれた家々の蔭が、日なたに縁取られて巨大な切り絵のように浮かぶそのなかに、しかし夕刻の青さは稀薄で、空はまだ雲混じりで日なたも淡く、見通せば全体に混ざった明るさの穏和で、仄かな色調の夕景色だった。裏道へと角を曲がれば、淡青に接しながら丘の上に浮かんだ雲は太陽を隠して上端のみ明るんでいる。紫陽花がそこここで、花をひらきはじめている時節である。それぞれまだ小粒な花の周縁のみに色を塗って白緑を底に残したひらきかけのものは、集合して露出した吸盤めいて見えるが、裏路地にはもうだいぶ丸々と形を整えているものもあって、とは言えまだ色の統一が完成せずに、青のなかに赤味がかった紫が闖入して点じられたその混淆が目に触れて、過ぎざま、ミラーボールを思わされた。淡く長閑な夕方の気に誘われてか、幼児連れなり犬の散歩なり、道に人も、鳥も多い。
 月の遠くなった夜である。空は暗んで、地上でも線路の向こうの林の方に目をやれば、朧な家明かりと街灯の光がかえってそれを包む闇を濃くしているかのようだが、しかし雲は大方去ったようで、星が明瞭に現れてもいた。夕方よりも気温はやや下って、風もいくらかあったのだろう、二の腕を囲むシャツの布に、強い涼しさの貼り付いた感触が、覚えに残っている。家の近間まで来て眺めた近所の集落は、街灯と窓明かりをなかに挟みながらもいかにも暗く静かで、その先の川に沿った林も闇と同化し遠くの山影とひと繋がりに重なって黒々と満ちているそれらの上に見る星は、いくらか太く、膨らみを増したかのようだった。
 入浴中のこと、湯のなかにあった手をふと抜いた拍子に、水面に垂れて当たった滴の音のなかに、偶然生まれた明確な音程を聞き取ったのに惹かれて、それからしばらく、子どもの遊びのように繰り返し手を出し入れしては、ほとんどはうまく行かないが、稀に木琴を叩いたような軽く円い音色で、旋律の極々みじかな断片が現われるのを楽しんだ。夜半は文を書いたり読んだりで過ぎ、三時半の遅きに到って床に就いた窓の先に、遅れ馳せの月が浮かんでいた。まだ下弦まで減ってはいない膨らみがちの月で、正面に高く、ちょうど南中の頃合いかと思われた。