2017/9/8, Fri.

 端々に陽の色が覗きながら空には雲も多くて、晴れと曇りの移り変わりの素早い昼だったようだ。雨を思わせるほどに薄暗む時もあったが、午後も深くなって出た頃には晴れ間がひらいてその気配も失われていた。風が、吹くと言うほどではないが途切れずよく流れて、明確な清涼感が肌に生まれる。同時にしかし、歩いて行くうちにいくらか汗をかくだろうと、そのように予感させるほどには気温もあった。
 背後で太陽が、雲の縁にちょっと覗いて、緩い下り坂になって伸びて行く街道の先に、夕陽色が見える。建物の頭を浸して、さらに先では丘の上空に湧き並んだ雲の、上部の盛り上がりをも白く明るませている。横断歩道に止まって西空を横から見た際には、太陽をふたたび裏に収めた雲の、向こうから照らされて青く籠って、沼、との語が覚えず頭に湧いたが、そう言うには暗み澱みが足らないと、道を渡って背を向けながらすぐに打ち消し、では何かといってぴったりと来る比喩も浮かばなかったが、ともかく水の意味素をはらんだ雲の、大きな体を白っぽい橙に縁取られているのが眼裏に残った。
 その後しばらく夕日影の途絶えていたが、路地の後半に掛かって陽が、落ちていくところで今度は雲の下端から顔を出し、先ほどよりも濃い橙色[とうしょく]の通りに渡って浸透し、こちらの影がまっすぐ長く、尖塔のように正面に伸ばされる。アスファルトに陽射しが染みて色が混ざり、朱と青のどちらが優るでもなく半端なようでもあるが、何とも言えぬ精妙な風合いを醸し出していた。道の終わりに至って気づいてみれば、まだ風が流れている。道中も、ほとんど止まる合間はなかったのではないか。
 夜になっても風の流れは残って、空気は涼しさを増していた。身体の各部に疲労感の凝[こご]っているのに、脚もあまり大きく出ずに、ゆっくりと行った。何かの拍子に晴れた夜空に目が行って、月はと見上げて振り向けば、昇りはじめてまださほどでもなく、東の空に掛かっている。昨日一昨日あたりが満月だったようで、早くも右上が隠れはじめていた。
 自分にあって何からも離れているという自由の充足を与えてくれるのは結局、いずれ始まりがあり終わりがある移動の内だとはしても、道の上をただ歩んでいるその時間のあいだのみなのだろう。いくら目の前のものばかりを見据えようとしたところで、人間所詮はいつの間にかないものを、過去を未来を考えてしまう。考えようとも思わずに、頭が勝手にそちらに流れている。それでもしかし、この時間しか、この一歩しかないという一瞬が、繰り返される歩みのうちに稀に宿ってくるようだ。
 雲は南にいくつかまだらに浮かぶのみで月もまだまだ肥えており、青々と深まった夜天だが、光がいまだ西の端まで届いていないこともあってか、不思議と澄んだという感じは受けなかった。裏道に入ってまもなく、頭上のひらいて月を向かいに戴く場所でふたたび見上げると、透明感を帯びて澄んだというよりは、詰まって充実したような空に、何度も塗り籠められたような群青の、重い艶をどこか含んで液体めいた質感だった。