2017/9/11, Mon.

 陽のある床で覚めてしばらく、窓辺に留まっていると、ミンミンゼミの生き残りが一匹、遠くからかすかな声を伝えてきた。食事中、外の林に風の音が起こる。風呂場で身を屈めながら浴槽を擦っている最中にも、飛行機が来たかと一瞬錯誤するほどの唸りが耳を通り、その風に運ばれたか、三時頃には雲の多い空になっていた。
 坂道で聞こえるツクツクホウシもさすがにもう大方は独唱となり、せいぜい二匹で声を重ねるくらいである。空は全面に雲が掛かったその上に、襤褸切れのように細かくほつれたものやら、滑らかに筋を成して通るものやら、秩序なくさらに重なって、夕陽の気配はどこにも見えない。裏道に入ると、町を縁取って伸びる森に蟬の声が、まだ思いのほかに残って泡立っていた。風は昼より衰えて走るほどではなくなっているが、東から、と言うのは正面から、滑ってくる。あたりはまだ暗いでもなく、どちらかと言えば明るさが残っている風なのだが、それでも平坦な宙の色に暮れが滲んで、夕方が早くなったようだと感慨を得ながら歩いていると、じきに西の、雲の弱い地帯にうっすらと、太陽の色が洩れていた。
 夜に至ると風はほとんどなくなって、道の空気は緩く微動するのみ、雲に閉ざされ月を呑みこんだ空の下で肌が生温い。しばらく歩くと鼻に当たる感触があり、気のせいかと窺っていると雨が散りはじめたが、それで確かな涼しさが流れるでもない。降るというほどに増さないうちに、いつの間にやら消えていた。表から裏に入ったところで、木立のなかから赤子の泣き声が立った。なかからと聞こえたのは錯覚で、大方近くの家から出たものか、あるいは樹々の向こうの道を子供を連れて散歩している人でもいたのかもしれないが、今までそこで赤ん坊の声など聞いたことがないから少々気味の悪いようで、まさか心霊現象かと馬鹿を思いながら振り返り振り返り行っていると、ようやく吹くものが吹いてきた。渇いた喉に水を与えるように、肌に冷涼で快い風だった。