2017/9/14, Thu.

 普段よりも遅い七時前の出になり、涼しげな空気のなか、坂に入ると既にアオマツムシが木立の方から鳴きしきっている。いつもと違う宵の口の往路に、気分も少々異なって、周囲の暗がりに迫られた視界が狭いようで何とはなしに、現実感が稀薄なようだった。
 男女混ざって四人連れだか五人連れだかの高校生の一団が、何か妙な通話をしている横を抜いて行く。昼間は晴れた青が見え、暮れ方にもオレンジに染まった雲の断片的に漂うのみと見ていた空が、いまは曇りに沈んでいた。裏道を進んでいると、先のグループのなかの二人らしいが、男子と女子がそれぞれ前に勢い良く走り出て、無邪気なように追いかけっこを繰り広げる。その後、別の女子高生たちに何人か抜かされながら駅前まで来ると、椋鳥はもういないようでアオマツムシの声だけが樹から降っていた。
 勤めを仕舞えて建物から出ると、雨が散って顔に触れる。粒は大きめとはいえ降り増しそうでもなかったが、万一濡れてはと案じて電車を選んだ。最寄り駅を出て坂に入ると、例によって鈴虫の音が木蔭から響いてくるのだが、我が家の近間でこの虫が住んでいるのは、どうも駅にまっすぐ通じるこの坂くらいらしい。それも、下りかかってすぐの、まだ木立に囲まれず片側には家が建っているあたりでしか聞こえず、進んで林のなかに入ると替わってアオマツムシなり蟋蟀なりが盛んになって、辻に出ても回転するような色味のない鳴きばかりが周囲からは立つ。アオマツムシが大方まっすぐ鳴くのに比べて、鈴虫は少々躊躇うような揺らぎをはらんで慎ましいようであり、前者よりも僅かに低い音程をさらに微妙に落としてフラットするのが、何色とも言えないが、単純でなく精妙なような色合いを眼裏に浮かばせるようだ。
 夜空は雲が切れ目なく掛かって濃淡の差もさほどなく、藍色が見えずなだらかにくすんでいる。家の間近まで来て見上げた林の、深浅さまざまな奥行きの消えてただ黒一色の影と化しているのが、その平面性のために余計に大きく伸し上がるように映り、まさしく壁である。そう思いつつ直後に、こんなありきたりの印象は今まで何度も抱いてきて、もう書くには退屈だと心中付け足したものの、結局のちになって、このように飽かず律儀に記すことになるわけである。