2017/9/18, Mon.

 前夜の遅くには吹き降りになって家がごとごとと鳴らされてもいたが、明けて台風一過、夏がいくらか戻ったように、居間の空気に熱が漂う晴れの昼だった。家の傍の道では数日前から人足が出張って、林から伸び出した枝葉が電線に及ばないようにというのだろう、伐採作業を行っている。三時半頃家を出て、作業員のあいだを通り過ぎ、坂の入口で振り仰ぐと、天に向かって突き立ったクレーン車の長い首の向こうに、大きな雲の塊が広がっていた。
 坂から下方に覗く川の水は、昨日の雨で土が混ざって濁った緑を湛えており、絵筆を浸したあとの筆洗、といつかの比喩を芸もなしに反復する。斜面にいくつも並んだ彼岸花の上を、黒の艶やかな揚羽蝶がひらひら舞って、しばらく歩みに添ってきて、出口に至ると道端の樹から、ツクツクホウシがただ一匹で鳴きを降らしていた。陽射しはあって三三度まで上がると聞いたが、もはや酷暑は戻って来ず、気温は高くても夏の手触りは感じられず、暑気のなかにも涼やかな風味が確かに含まれている。裏路地に入らず表を進むと身体は陽射しに包まれて、陽がもういくらか下ったためか脹脛のあたりがとりわけ熱を受けるが、行く手には低気圧の名残りで濃い鼠色を溜めた雲が浮かび、背後にも大きく広がっていて、太陽は折々に隠される。駅前まで来て日陰に流れたそよ風は、爽やかな秋の涼しさだった。
 夜はさらに涼しく秋めいて、細い裏道を囲む左右の家々から虫の音が絶えず、かわるがわるに次々と、様々な種類で立ち続けて、家の連なりに隙間が空くと森の方からも伝わってくる。途中で一軒の門をくぐって何かの動物が飛び出して、こちらが心臓を揺らされているあいだに道を渡ると、大層な勢いで向かいの柵に突撃し、それを安々と越えてあっという間に草のなかに潜って行った。あまりに素早かったので定かに見留められなかったが、どうも猫ではなかったようなので、狸か何かではないか。斑に雲の掛かった空に藍色のほうが少なくて、暗い道には誰も通らず家から気配も洩れないなかに、虫の音ばかりを聞きながら黙ってゆったり歩いていると、自分が幽霊か何かになったかのような気分が湧かないでもない。