2017/9/28, Thu.

 前夜は一一時頃、風呂に浸かっているあいだに雨が始まり窓に響きが寄せてきて、深夜に掛けて弱まりながらも、虫の音と競うようにして断続的に降っていたらしい。この日も日中いくらか降ったが、暮れ方に出た道の湿りはさほどでなかった。坂を上って行くと木枝の向こうに覗く空の、真っ白ななかにしかし、色にもほとんど顕れないほどかすかながら確かに夕映えの艶が混ぜられていて、黒く焼きつけられたような枝々の、歩みに応じて流れるその隙間に際立って明るむ。
 鵯の引き絞られた声を耳に街道に出ると、空は青いが晴れ晴れというのでなくて、雲の溶かされて穏やかな淡い青さが頭上にひらき、東の低い一帯のみが、雲の厚みの差異なのか距離の問題なのか知らないが、ある高さを境に白く変わっており、残光のないなかそこに含まれたほんの僅かな色素ばかりが、太陽の残滓を辛うじて嗅がせる。湿り気の重さのなくて肌に馴染んで軽い空気に、この分では雨はもう降るまいと読んだが、これは外れることになる。裏路地のなかの一軒の前で、それまで遠くから伝わっていたアオマツムシの声が、突然高まってすぐ頭上から降ってきた。極小の金属片のちらちらと煌めきながら宙を舞っているような、粒子のように細かく連なって光るのが目に見えるような音だった。
 予想と違って勤めのあいだに雨が降り、出るとほとんど止んでいたけれど一応電車に乗ったところが、降りた駅ではふたたび始まっていた。坂道に鈴虫の音が漂わないのに、もう死んでしまったのだろうかと下りて過ぎ、傘もないので濡れながら通りを行った。大した厚さと勢いでないが顔に降り掛かってくるものを俯き気味に受けていると、シャツにぽつぽつと、水の痕の重なり広がっているのが目に入り、するとまるで病に冒された皮膚を纏っているようだなどと、妙に不吉な比喩が浮かんだ。