2018/1/21, Sun.

 多分、七時頃に例によって一旦目覚めたのではないだろうか。やはり心身が緊張感に冒されている感じがあったのだが、変な話、だからと言って殊更に恐怖を覚えたり、その状態から抜け出したいという欲求を強く感じるわけでもなく、緊張で固くなったまま安定しているようなところがあり、実際、そのうちにまた寝付くことができた。正式な覚醒は九時半となったので、八時間二〇分ほどの睡眠になる。この時には緊張感は、大方去っていたような覚えがあるが、それでも一応薬を服用しておき、用を足してきてから瞑想を行った。自生思考があっても大丈夫であり、想念が湧き上がるのはむしろ自動的で当然のことであり、それに不安になる必要はないということを自分の脳に理解させるため、この時にはあまり呼吸に意識を引き戻そうともせず、思念が遊泳するがままに任せた。この朝の夢で、母親が、『マクロスF』というアニメの挿入歌である"星間飛行"を聞いているという一場面があり(勿論、現実には母親は『マクロスF』を知らないし、こちらもこのアニメは見たことがなく、曲だけどこかで耳にして知っている)、その記憶が留まっていたのだろう、たびたびこの曲の一節が頭に生じてきて、それが煩わしく感じられるようではあったが、しかし不安は覚えなかった(この時聞こえていた曲が"星間飛行"だと思っていたのだが、今検索してみたところそうではなく、坂本真綾"トライアングラー"のほうだった。この曲の冒頭の、「君は誰とキスをする/わたしそれともあの子」という部分が繰り返し想起されて仕方がなかったのだが、菅野よう子作曲らしいので、彼女の仕事を探っていた時などに知ったのではないか)。
 二〇分瞑想をして、一〇時を回ったところで上階に行く。両親は、(……)の葬儀に出かける用があり、さらにその後一旦帰ってきてから、山梨の祖母の誕生日を(祖母には知らせずにサプライズとして)祝いに行くとのことだった。それで混ぜご飯を作っておいたと言う。ほか、ベーコンと卵を焼き、エリンギの入ったスープとともに卓に並べて、食事を取った。新聞の読書欄を見ると、磯崎憲一郎が小文を寄せていて、仔細に読んだわけでないが、知り合いの子煩悩を馬鹿にしていたところが自分に子が出来た途端に自らこそが子煩悩になってしまった、というようなことを一つには書いており、これと同じような内容が彼の小説作品のどれかに書き込まれていたような記憶が朧気にあるのだが、また、新聞に寄せて自分自身の体験を語っているその文章の文体が小説のそれの調子とまったく異ならないのが、彼の場合、やはりそうだろうなと思われた。
 室に帰ると白湯を飲みながら、他人のブログを読んだ。その後、自分の日記も二日分読み返し(二〇一六年一二月二二日と二三日)、すると正午を回ったのだが、ここで、そう言えば風呂を洗っていなかったのではないかと気づき、部屋を出た。両親がちょうど出かけて行く時刻である。上階に行って浴室に入ると、浴槽の蓋の表面が、何なのかわからないが濁った淡い黄緑といったような色でところどころ汚れているのに気づき、栓を抜いて湯が流れて行くのを待つあいだに、先にそちらを擦った。その後浴槽内も洗うのだが、終えたところで、そう言えばこの(多分、合成樹脂という素材の?)ブラシも、使ったらちょっと水を押し出して浴室の隅に吊るしているだけで毎日用いているが、それでは雑菌が繁殖しないのだろうか、今までそれで特別問題が生じているとは思えないが、一応束子と同じようにベランダに干して陽や風に当てたほうが良いのではないかと神経質に考えて、そのようにした。
 そうして下階に戻るのだが、廊下を通って自室の直前まで来たところで、自ずと足が隣室のほうへ折れてしまい、なかに入ってギターを弄りはじめた。しばらく適当に弾き散らかしてから自室に戻ると一時前、日記を記すより前に読書を始めた。例によって横になり、脚をほぐしながら本村凌二『興亡の世界史 地中海世界ローマ帝国』を読む。この時も、初めは文字を追いながら同時に様々な雑念が浮かんでいるのがわかり、それが気になるようだったのだが、人間、そのような散漫な思念があって当然なのだと考え、意識が逸れるたびにそれを自覚し、あるいは文を読むと同時に思念が混ざっていることを自覚しながら読んでいるうちに、思念のほうが、なくなるわけではないが後方にちょっと退いていったように薄くなって、本のほうに主に意識を向けることができたようである。志向性とは常に何かの対象に対する志向性であり、意識は常に何かしらのものを志向している、というようなことをハイデガーが言っていると聞いたことがあり、それはハイデガーの考えというよりも、多分現象学的な認識の基礎なのではないかと特段の根拠もなく推測するのだが、ヴィパッサナー瞑想によってメタ認知を鍛えた結果、まさしく自分の意識が常に何かを志向しているということがありありと「見えてしまう」ことがストレスだというのが、最近の変調の一つの要素だった。しかしこれは多分、神経のバランスが崩れていたために、自分の意識の情報取得に対して処理のほうが追いついていないというか、そのような状態だったのではないか。と言うよりはむしろ、その「見えてしまう」ということが、発狂への恐怖と結びついた結果、見えることそのものが不安になったというほうが正確かもしれない。
 今自分は、生活のあいだの多くの時間、脳内で独り言を言い続けているような状態であり、そのような自生思考が常態となっているのだが、しかし本当は多分、人間は皆そうであって、そう思えない人がいるとしたらそれに気づいていないだけなのではないだろうか。その自生思考がコントロールを失って、自己の思考の自律というものがなくなってしまったらどうしよう、というのが、今回の発狂恐怖の具体的な内実だったと思うが、しかしコントロールを失うも何も、こうした雑念・想念の類はそもそもコントロールなどできないはずである。思念とは(すなわち言語とは)次々と自然に生じてきては去っていく、そういうものなのであって、こちらにできるのはただそれに飲み込まれないように、メタ認知=観察の能力を磨くことだけではないのだろうか。ほとんど常に頭のなかに雑念・思念があると言っても、以前はそれで平気だったし、むしろそれで良いと思い、それに自ら耽るようなところすらあったのが、神経の乱れによって不安を感じやすくなった頭が、それを恐怖へと繋げてしまったというところではないか。
 そうした話は措いておいて、二時四〇分に至って読書をやめると、インターネットを少々覗き、それからエネルギーを補給しに上階に行った。混ぜご飯を一杯食べてさっさと戻ると、ふたたび読書を始め、三五分ほどで本村凌二の本を最後まで読み終えた。次には、(……)との会合の課題書となっている後藤明生コレクションを読むつもりである。
 それからまたインターネットを覗き、五時が間近になったところで上階へ行って、居間のカーテンを閉めた。さらにタオル類も畳んでおくと室に帰ってきて、日記を書きはじめたのだが、ここまで記して既に六時半前に至っている。文を書きながら、思考が湧いてそちらに逸れている時間が多かったようで、そのように脇道に逸れてしまって今自分が進めたいはずの事柄に集中できない、というのがストレスだというようなところがあった。しかしこれは、その都度サマタ瞑想方式で、目の前のことに意識を引き戻して行くほかないのだろう。ここに来て、思考が生じてくるということそのものが自分の神経症の対象となってきたようだ。
 その後、上階に上がって、夕食の一品として餃子を焼いた。台所に立って作業をしているあいだも、散漫な、内容を記憶できていないような思念が頭のなかを巡っており、餃子の袋に書かれた作り方の手順を読んでも頭に入って来ず、複数回、文字をなぞってしまうような有様だった。焼き上げると下階に戻って、(……)読書に入った。今度は英語のリーディング、Catherine Wilson, Epicureanism: A Very Short Introductionである。英語の読書の仕方、と言うか語彙の習得方法というのはいつも悩ましいところがあり、Conradを読んでいた頃は覚えたい単語には線を引いておき、折に触れて頁を遡ってそれらを振り返っていたし、Hemingwayの時には、書抜き箇所を記しておく用のノートに調べた単語をメモしておき、これも折に触れて振り返ったりしていたのだが、そのように意志的に反復をするのが面倒臭いという気持ちに最近はなっている。それでも一応、辞書を調べたもののなかから、頭に多少印象づけておいたほうが良いかなという語彙については手帳にメモだけはしてあり、日記を書く時にこれらを改めて写すということもやろうと思っていたのだが、忘れていたので、ここ数日分をいっぺんにここに記してしまうことにする(日本語の意味はこれも面倒臭いので記録していない)。まず一七日が、corporeal, mote, impart, plumage, fabric, constituent, swarm, uniform properties, optically, graze, frisk, gambol, conspicuous, extrapolate, fluctuate。一八日が、purport, ambient, swerve, edible, permeate, terrestrial, dissemination, propel, deduction, promulgate, distillation。一九日が、lucrative, practitioner, corpuscularian, corpuscle, tertiary, devoid of。そして今日の分が、inertia, subservient, intricacy, balk at, in lieu of, defunctである。こうして写していても、意味が自然と浮かび上がってくるものもあれば、来ないものもあるのだが、自ずと想起されないものを頑張って思い出すのも面倒臭く、受験勉強のように努力して覚えて行くのもやる気にならないので、記録をするというところだけは最低限の落とし所として、英文を読む経験を重ねるうちに自然と語彙が増えて行くことを期待したい。
 英語を読んでいるあいだも、またしても思念に妨害されて文をうまく読み取れず、余計に時間が掛かってしまった感があった。七時半を回ったあたりで両親が帰ってきた音がしたので、上階に上がり、食事を取ることにした。品をそれぞれよそって運び、ものを食べているあいだは、やはりホームポジションとしての呼吸を意識するのが良いのではと考えていた。思考が生じてくるのはもうどうしようもないから、呼吸を自己の中核として据えることによって、それに巻き込まれないようにすればそれで良いのではないか、ということで、これはヴィパッサナー瞑想というよりも、サマタ的な実践だと思うのだが、これらは対立的なものというよりも、止と観を合わせて一体の、相補的なものと捉えるべきなのだろう。そのようなことを考えて、呼吸と身体の感覚にちょっと目を向けるようにしたところ、ここでは心が落着いたようで、食べ物の味も美味く感じた(……)また、母親が見せてくれた画像に、祖母とケーキとともに佐藤愛子の『それでもこの世は悪くなかった』が映っており、訊けば(……)があげたものらしい。この本と著者は新聞広告にたびたび名前が出ていたので知っており、どうもだいぶ人気で売れているという印象があるのだが、祖母は同じ著者の『九十歳。何がめでたい』も面白く読んだらしく、本は何でも貰うよと言っていたと言うので、こちらとしては安堵した。と言うのは、こちらも一人暮らしの慰みに、何か本をあげたいと思っていたのだ。以前、祖母が書いたちょっとしたメモや、自分の来し方を振り返る文章などを読んだ限り、彼女は結構「文学的」な素養がある人間なのではないか、それ相応の関心を持ち、訓練をすれば、小説か何か書ける存在だったのではないかという印象を持ったのだが、それでわかりやすく娯楽的ないわゆる大衆小説のようなものでなく、多少「文学的」な本も読めるのではないかとこちらは考えているのだ。自分としては、メイ・サートンが気になっている。この人はベルギーの作家で、『独り居の日記』とか『七〇歳の日記』とか高齢の一人暮らしの生活で綴ったらしい日記の類がみすず書房から出ており、個人的にもそれらの本を読んでみたいと思っているのだが、やはり高齢の一人暮らしである祖母にも(彼女はここで八八歳になるらしい)、何か感じ入るようなことが、共感を覚えるようなことが書いてあるのではないかという気がしているのだ。と言って自分の読んでいない本をあげるのも何だかなあという気がするので、プレゼントするのならばさっさと読んでみなくてはならない。ついでに記しておくと、二日に会って映画の話などをした(……)にも本をあげたいと思っており、こちらは、古井由吉の今のところの最新刊である『ゆらぐ玉の緒』を考えている。古井という作家は決して読みやすいものではないが、『ゆらぐ玉の緒』は、例えばその前の『雨の裾』などに比べて、全体的にわりと素直に生活に即したような書きぶりだったという印象が残っているので(特に最後の「その日暮らし」などは、本当にほとんど身辺雑記というか、「私小説」と言って良いのかわからないが(そもそも自分は、「私小説」というものが一体何なのか良くわからない)、古井にしては比較的衒わない、率直な書き方だったような記憶が残っている。ついでに言えば、この篇には、語り手である「私」が若い頃に書いた作品として「山躁賦」の名がはっきりと書き込まれており、ということは少なくともこの篇に限っては、この話者たる「私」はまさしく古井由吉という名で呼ばれている作家と同一人物であるということになると思うのだが、古井の書いたもののなかでほかにそのような篇はあるのだろうか)、やはりそれなりの歳である(……)にも(彼は確か、七〇の手前くらいではなかったか?)、何かしみじみと感じ入って受け入れられるようなところがあるのではないか、という気がするのだ。
 食事を終えて皿を洗うと、アイロン掛けを行った。大河ドラマ『西郷どん』に目を向けながら手を動かし、終えるともう父親が風呂から出る気配だったので、脚をひらいて筋を伸ばしながら待って、入れ替わりに入浴に行った。風呂のなかでもまたもや思考が回って仕方がなく、呼吸を意識すれば落着いて過ごせるのではと考えても、そのように不安から逃れようとすることでかえって不安を招き寄せてしまうのでは、とか、呼吸を意識するということが今度は強迫観念になり、ストレスを生むのでは、などという懸念が即座に湧いてきて、本当に自分の頭は大した神経症であるというか、何をしていても、何を感じ、何を考えても、ほとんど自動的な反応のようにして、それに対する心配・不安・懸念を差し向けて/突きつけてしまうようで、風呂に入っているあいだは不安を覚えていたのだが、いまこうしてその時の自分のことを記していると、滑稽なようで自ら笑えてもくる。ブログを通じてこの日記を読んでいる読者の皆さんも良く見てほしい、年末からのこちらの日記は、不安障害患者の実態をかなり克明に描けているという自信がある。
 そのように思考を回し、思考の働きによって不安を生み出し、しかしその不安を感じ、観察することでその都度、不安のことは不安に任せれば良いのだと突き放し、それに巻き込まれないようにしながらまた考えていたのだが、やはり呼吸を意識するというのは一つのポイントだろうなと思った。自分はやはり、出来る限り平静と自足を保ち、その瞬間瞬間を丁寧に生き、その時々の自己と他者を大切にして生きて行きたいと思うものであり、それが自分にとっては多分、要は書くことと生きることを一致させるということの内実だと思うのだが、そのような考えがもし強迫観念となって自分を苦しめるとしても(しかし人間、ある意味で、何かしらの事柄を強迫観念としなくては生きていけないのではないか? 自らそれに従うことを同意し、自覚した形での強迫観念、それがそれぞれの人の「物語」であり、あるいは「信仰」というものではないのだろうか)、そうであっても自分はそのようにしていきたい、瞬間を書き続けることをやめたくはないという結論が、一応導出された(しかしまたそのうちに、これを疑いはじめるのではないかという気もしており、さらにその後、またここに回帰するのではないかという見通しまで立つ。もう自分はそのように、常に迷い続ける存在で良いと思う)。そのためにはやはり、呼吸に意識を向け(しかしおそらく、呼吸を操作する必要はない)、それを経由して[﹅7]、絶えず現在の瞬間に気づいていく、ということが肝要であるはずで、そのように日常生活のすべての瞬間が瞑想の実践となるというのが、ヴィパッサナー瞑想の行き着く先だと思うが、自分はわりとそのような段階に入ってきていると思われるので、もう敢えて座してじっとする「瞑想」の時間を取らなくても良いのかもしれない。
 風呂を出ると水を一杯飲み、流し台の上のカウンターに母親の使った食器が置かれていたので(父親は炬燵テーブルで食事を取りながら韓国ドラマを見ており、母親は卓に就いてタブレットを弄っていた)、それを洗っておいて、自室に戻ると、Ciniiにアクセスして以前も読んだことのあるヴィパッサナー瞑想関連の文献を流し読みし、それから日記を書きはじめた。そのあいだ、先ほど考えたことにしたがって、たびたび呼吸に意識を向けるようにしてみたのだが、そうすると確かに心が静まり、文もすらすらと綴ることができ(そのわりにもう二時間掛けているが)、書きはじめた頃には頭痛があったのだが、気づけば今はそれもほとんどなくなっている。また、今日は朝に薬を飲んだだけで、二度目はまだ飲まずに済んでいる。現在は日付が変わる直前である。
 それから歯を磨きつつ、『後藤明生コレクション 4 後期』を読みはじめた。この時は文に集中することができて、一時間ほど、最初の「『饗宴』問答」を終いまで読み、それで切りとして、(……)明かりを落としてさっさと眠ることにした。時刻は一時四〇分だか五〇分だかだったはずである。薬を飲んでも良かったのだが、ひとまず自力で眠れるかどうか試してみようというわけで、服用せずに床に入った。頭痛がまた現れていたこともあって、結構時間は掛かったと思うが、一応そのうちに寝付くことができたらしい。