2018/1/23, Tue.

 一度覚めた時、四時一五分頃だったと思う。先日ほどではないが、またもや尿意の高まりがあった。それは段々弱くなっていったと思うが、ふたたび寝付くことができない。眠ろうと身体を止めても、眠気は一向にやって来ず、心身が冴えたままに瞑想時の変性意識のような状態になってしまうのだ。なぜそんなに脳内物質が分泌されやすくなっているのか? わからないが、またドーパミン神経が活性化しているのだろうかと考え、不安はなかったので、ドーパミンの分泌を抑えるらしいスルピリドだけをひとまず服用した。しかしそうしてみてもやはり眠れないので、しばらくしてからロラゼパムのほうも飲む。少々心身が和らぐようではあったが、それでもやはり寝入ることができず、結局寝床に入ったまま三時間を過ごし、夜も明けて七時台を迎えた。まさか自分がここまでの不眠に苛まれるとは思わなかった。眠りたいのに眠れないというのは、なかなか辛いものである。以前も眠気がやって来ないことはままあり、そういう時は、もし眠りが来なくても、このまま朝まで寝床で耐えてやると強気に構えて、しかし実際に朝まで起きたままということにはならず、いつもそのうちに意識が途切れていたのだが、今回はそのような気持ちにもなれなかった。年始以来、順調に回復してきたと思っていたが、これは思ったよりも長丁場になるかもしれない。とは言え、今まで何年も薬を飲みつつゆっくりやって来たわけで、今次の件も長い目で捉え、一年後には多少良くなっているだろう、というくらいの気持ちで考えるのが良いのだろう。
 七時半を迎えたところで、仕方がないと起床した。心身の調子はさほど悪くないように感じられたのだが、やはり眠りが少なすぎる。上階に行ったあとのことはよく思い出せない。食事を終えて自室に戻ってくると、また慢性前立腺炎について調べて、落着かず、気が気でなかったようである。実際、自宅にいるというのに尿意も普段よりもずっとすぐに、強く感じられていたのだ。腰の痛みもあり、自分が慢性前立腺炎と呼ばれる類の症状を発現しているのは確かだと思われるのだが、これが実体のない、神経的な、言わば脳の誤作動によるものなのか、それとも実際に前立腺が炎症を起こしているのか、当然こちらにはわからない。専門家にも、根本的な原因はわかっていないようで、精神的な要因も大いに関わってくると言うから、やはりパニック障害の下位症状の一つなのだろうか。
 九時を過ぎたあたりで瞑想を行い、すると頭が振れるようだったので、この調子で眠れるのではないかと布団に入ったところが、やはり入眠することはできなかった。何かこちらの意識、あるいは脳が、眠りを拒んでいるような様子すらあるように思われる。仕方がないので諦めて、『後藤明生コレクション4』を読みはじめたのだが、前立腺炎的な症状があったので、身体を動かしたほうが良いかとすぐに切り替えて、運動を行った(その合間に、前立腺に効くというツボを調べて刺激したりもした)。
 そうして一一時一〇分からふたたび読書を始めた。「鰐か鯨か」を読み、「蜂アカデミーへの報告」にもちょっと入ったのだが、どちらの篇も、どこがどうとは明確に言えないが、なかなかに面白く読めたようである。正午も越えて、一二時四〇分頃になると、上階へ行った。朝と同じく、米に前夜の残りの鯖、汁物を用意して卓に就く。テレビのワイドショーは、小室哲哉の引退会見を取り上げて、街の人の声を聞いたり、何やら議論風のことをしたりしていた。会見に向けられる疑問点を特に三つ挙げており、引退をする必要はあったのか、妻であるKEIKO氏(この人はくも膜下出血か何か起こして、脳の障害で闘病中らしい)の容態を細かに話す必要はあったのか、あと一つは「文春」がどうのこうの、と書かれていたが、こちらとしては小室哲哉本人にも彼の作った音楽にも個人的な思い入れはないので、特段の興味は湧かない。向かいの母親は、引退しなくても良かったのにとか、奥さんのことを詳しく話さなくても良かったのにとか洩らしていた。前日の降雪から一転して晴れがましい明るさの日和であり、上に書き忘れたが、朝の居間では、昇りはじめた太陽に照らされて、電線の上にあった雪が溶けはじめ、光を帯びてゆらゆらと揺れるさまがそこここで見られた。白さの薄れた山の姿に目を向けていると、そのうちにテレビはニュースに変わっていて、群馬は草津白根山というのが噴火したと言う。気象庁の会見(音量が小さくておおよそ聞き取れなかったが)にぼんやりと目を向け、そのうちに立って、母親のものと一緒に皿を洗った。
 この頃には前立腺炎的な症状は比較的収まっていたので、白湯を持って室に帰り、飲みながらこの日の日記を記しはじめた。一五分綴ったところでしかし、そう言えば神経症状が気になって風呂を洗っていなかったのではないかと思い当たり、書き物を中断して上階に行くと、やはりそうだったので浴槽を擦った。そのついでに、ベランダに積もった雪を払うことにして、玄関の外から雪搔きを持ってきて、長靴を履いて取り掛かる。前日に母親が測ったところでは、一四センチの厚みがあったそうである。その雪の積み重なりをスコップですくい上げ、柵を越えて、植木類に当たらないようにと少々遠めに、下の地面へと投げ落とした。終えるとさらについでにストーブの石油を補充しておき、そうして自室に帰った。
 ふたたび書き物を始めたのだが、そのあいだも不安があると言うか、心身に落着きがなくそわそわとしているのが如実にわかり、そうした心身の(あるいは脳の)状態が、自分の思考にも大いに影響を与えて、疑心暗鬼的なほうへと追いやっているのが自らわかる。それで二五分ほど書いてから、また瞑想をしてみるかと思った。変性意識的な深い状態に入るのが嫌だというか、それでまた頭の調子がおかしくなったらと考えて少々怖いところはあるのだが、しかし例えば、南直哉『日常生活のなかの禅』など少々覗いてみても、坐禅が深まると「感覚の統合が失われて、五感がすべて同時に明滅しているように、あらゆるものが波動として感じられる」などと書いてあり、この人はこうした深い状態に今まで何度も入っていながら自己を定かに保っているのだろうから、そうそう容易に狂うでもないはずだ。また自分の場合、瞑想をするというのは、修行をしようとか悟りをひらこうとかいうつもりはまったくなく、実感として「心身のチューニング」といったようなものだったはずである。万全の状態を作ろうとして余計に呼吸を頑張ってしまったおかげで多分交感神経の働きが過剰になっているのが今の状態なのではないかと思うのだが、そうだとすれば、ただ何もせず座って自然な呼吸に任せるというリラックスの時間を取ることで、神経系を調えることができないか。実際以前はそのようにして概ね心身の安定を保っていたのだから、またその頃の習慣に合わせてみて、自分がどうなるか試してみようと考えた。それで回復して行けばそれで良し、仮に悪くなったとしても、薬を増やせば生きていけないではあるまいというわけで、一旦ベッドに移り窓をひらいて、二時半前から枕に座った。自然で軽い呼吸に任せるようにして、ただ何もせず座る、非能動の時間を取るのだと心掛け、すると次第に、身体の緊張がちょっとほぐれて行く。意識の志向性は、ストーブの送風音や、自分の身体の各所や、外で鳴いている烏の声のあいだを渡って行く。あまりそれらに集中しすぎないよう、リラックスを心掛け、脳内に思考が湧いているのに気づいたら呼吸に意識を戻す、という風にやっていると、そのうちに眼裏に例の靄のような薄い光のようなものが見えてくる。来やがったな、と思った。何らかの脳内物質が分泌されている証なのだろうが、


書き物。三時に至る。支度しなくてはと。 
出発。道の真ん中から雪はもうない。辻、坂、雪搔きの姿。街道。渡る。頭上で鵯の声。背中に陽射し、気づく、暖かさに。
裏。踏まれて板状の氷のようになったのが残る。歩くとしゃりしゃりと音。滑らないように慎重に、歩幅狭く行く。降りれば歩きやすい。ここでも雪搔きやっている。おばさん。左右に、いびつな三角や多角形。白い雪の上に。灰色混じりに薄汚れて。集められている。寄せられている。空き地、触れられていない雪の青い襞。昔もこれを見たなと思う。
駅近く。小学生、雪投げたりしながら歩く。
勤務。何となく落着かない。浮足立つような。前立腺も気になる。途中で何かどきりときた瞬間があり、薬服用。自分の心身が常に緊張しながら、抑えられているのがわかる。一日に三粒はさすがに多くて、頭が重く、疲労感も。
帰路、歩き。途方もなく寒い。運動したほうが良いと思ったが、選択を誤った。電車でさっさと帰るべきだった。左右に積まれた雪の残骸から冷気。がたがたと震える。その力みがまた悪いのではないかと、緊張に繋がるのではと思う。途中から腰や背の痛みなどの症状も。早く家に着きたいと気が急いてばかりいた。
帰宅。ストーブで温まる。着替え後、身体を温めようと、布団にもぐり、腰をもぞもぞとやる。しばらくして、一〇時半、上へ。食事。カレーピラフにポトフほか。
入浴。湯のなかで、前立腺とはどこかと股間さぐる。会陰部、何か固く張っている。こんなに張っているものかと押していると、何か、どっ、どっ、どっ、と音。何かと思い、もう一度押してみると、またする。それが自分の心臓。驚く。音が聞こえるくらい高まっていたが、身体に響く感じがまったくなかった。薬のおかげか。胸に手を当て、脈を取って速さを確認する。座ったりして会陰部が圧迫されるたびにこのようになっていたらそれは緊張もする、心臓発作で死んでしまうと恐れ、呼吸を調える。脈を確認しながら、深い呼吸よりもむしろ、軽い呼吸のほうが脈が遅くなるので、自然なそれに任せる。その後、髪洗い、束子。足の裏を念入りに。戻ってまた会陰部確認。ほぐれていて、押しても鼓動高まらない。ここをマッサージすることで症状が和らぐのではと周辺をもみほぐしておく。
出ると、湯たんぽを用意。湯を沸かして。バスタオルで巻く。室へ。もう頭が重く、眠い。歯磨きをなおざりにして、床へ。しかし、横になって眠りに向かった途端、変調。緊張感があり、前立腺のあたりが何か蠢く。高所に立つと股間のあたりが縮こまる感じになると思うが、あのような。それが自動的に起こる。こちらの脳あるいは身体は、かなりおかしくなっているなと思った。姿勢を変えてやりすごそうとするがうまくいかない。じきに覚悟を決めて、受け入れる態勢に入る。たびたびイメージに巻き込まれながら、呼吸に立ち戻るという瞬間があった。しかしそのうちに、眠っていたようである。