2018/9/2, Sun.

 早い時間から何度も目が覚めてはいるのだが、やはりどうしても身体を起き上がらせることができない。最終的に、携帯電話のバイブレーションの響きによって覚醒を定かなものにした。登録されていない番号からの着信だったので出ないでやり過ごし、洗面所に行ってきてから瞑想を行った。雨降りの昼前で、窓の隙間から入ってくる空気が肌に触れると少々冷やりとするようだった。前夜からの雨で沢の音が増幅されて、普段よりも近く這い寄って来ているような感じがした。
 五目ご飯、茄子入りの煮込み素麺に煮物を食べる。食べながら新聞をめくると星野智幸の寄稿があり、大江健三郎の『政治少年死す』をネット右翼が跳梁跋扈する現在の状況にも通ずるものだと評している。食器を空にすると水を汲んできて薬剤の類を飲み、流しで皿を洗ってから風呂場に行き、浴槽を擦って掃除した。
 下階に下りてコンピューターを点けると、前日の記録を完成させ、この日の記事も作成し、それからインターネットでサプリメント関連の記事を追ってしまった。たかがサプリメントで今の自分の状態が回復されるとはとても思えないのだが、しかし希望を求めてしまう。ホスファチジルセリンと、オメガ脂肪酸というものは、うつ病に対しても効果があるようなことが言われているので、それらはとりあえず試してみようかと思っている。前者は既に注文済み、ひとまずそちらを飲み続けてみて、時期を窺って後者も注文するだろう。こちらがネットサーフィンをしているあいだに母親は出かけて行った。今日は地元の神社の祭りの日で、社務所でお茶汲みなどの雑務をするとのことである。
 それから、前日の新聞からいくつか情報を書抜きした。四五分それに費やし、二時半から朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』を読みはじめると、ベッドに仰向けに転がってすぐ、玄関の階段を上がる音がする。荷物が届いたのだなと素早く聞きつけ、急ぎ足でベッドから下りて上階に行き、インターフォンの受話器を取った。郵便局ですと言われるのにありがとうございますと返し、簡易印鑑を持って戸をひらいた。男性の郵便局員にいつもありがとうございますとふたたび礼を言いながら、差し出された用紙に印を押し、小包みを受け取ると最後にまたありがとうございますと頭を下げた。何と言っていたか忘れたが、母親がまたメルカリで購入した物品である。それをテーブルの上に置いておいてから、自室での読書に戻ったが、またすぐ、三時前になると、戸棚にあるワンタンスープのことを思い出し、何だかそれが食べたくなったのでふたたび上階にやって来た。即席の品に湯を注ぎ、三分待ってから食べながら書面の文字を追った。スープも飲み干してしまうとカップや箸を洗って片付け、その後自室には戻らずそのまま居間で読書の続きをすることにした。と言うのは、こちらの注文したホスファチジルセリンもこの日に届くのではないかとの可能性を考えてのことだったが、これは結局まだ配達されなかった。ひらいた本をティッシュ箱に立てかけて目をやりながら、ボトルからガムを二、三粒取って口に運ぶ。しばらく噛んで味が希薄になると紙に吐き出し、また二、三粒取っては噛むということを何度か繰り返した。増水した沢の音が外から絶え間なく響いており、聴覚を刺激するものはその流れと自分の咀嚼音だけだった。それで四時台の途中には居間に座っているのも飽きて、自室のベッドに戻り、それからまもなくして母親が帰ってきた。戸口に姿を現して、クレープと焼きそばを買ってきたと言うので、あとでいただくと答えた。読書は四時四〇分まで続けられた。一九三六年夏の手紙でサルトルナポリでの体験について綴り、街路や人々の有り様について実に長々と考察している(この手紙は六七頁から九四頁にまでも及んでいる)。そのなかで、ナポリの人々が人目を憚らずに屋外の街路に出て生活を営んでいること、内と外との区分けがあまり截然としていないことを、胃を体外に出して消化をするヒトデにたぐえて「ナポリの路地の内臓器官的猥雑さ」などと言っているのがちょっと面白かった。それから読書に切りを付けると、Suchmos『THE BAY』を流して運動を行った。"YMM"や"GAGA"を口ずさみながら下半身を伸ばし、腹筋運動は休みを入れながら五二回行った。それから腕立て伏せもしたのだが、まったく動いていなかった時期が長いので、こちらは休憩を挟んで僅か一〇回しかこなせない貧弱な有様である。体重が増えたことも回数をこなせない一因だろう。メジャー・トランキライザーであるクエチアピンとオランザピンは、良くもわからないが何か代謝に働きかける作用があるらしくて糖尿病患者には禁忌とされており、副作用として体重の増加が起こり、こちらも以前は五三キロから五五キロと痩せ型だったのが、今は下腹にちょっと肉がついて六三キロにまで増えてしまったのだ。むしろ今までが痩せすぎだったのであって今の体重のほうがちょうど良いのかもしれないが、身体についた肉を脂肪でなく少しでも筋肉に変えて行きたいところである。運動を終えると五時過ぎ、上階に行く。クレープが半分あるというので、ここで食べると夕食が欲しくなくなるとわかっていながらもそれを口にした(そもそも変調以来、空腹感というものが希薄になってもいる)。それから台所に入り、茄子と玉ねぎと豚肉で炒め物を作ることにした。冷蔵庫に前日の秋刀魚が残っており、汁物の代わりに朝の煮込み素麺もあり、焼きそばも買ってきてありと色々揃っているので、一品作ればそれで良いだろうという話だった。食材を切り分け、手早くフライパンで炒め、味付けの段になって醤油を取ろうとしたところで、調理台の上にあったオイスターソースに目が行った。「炒めもののコクだしに」と記されているのを受けて、それではこれをいくらか入れてみようとフライパンに垂らし、それから醤油も加えてかき混ぜると完成とした。そうして新聞を持って自分のねぐらに戻り、記事を読みはじめた。一面トップで扱われていた情報だが、インターネット上では「Q」という謎の人物が、ドナルド・トランプは不正ばかりのこの世界を救う救世主だという陰謀論を振りかざして信奉者を増やしているのだと言う。米タイム誌がこの正体不明の投稿者を「ネットで最も影響力のある世界の25人」に選んだというから驚きである。そのほか、二〇一六年七月に自衛隊が派遣されていた南スーダンはジュバで武力衝突が起こったが、その際の事態を記録した内部文書が入手されたという記事、外国人技能実習制度についての記事などを読み、それからふたたびサルトルの書簡に戻ったが、すぐに気を変えて日記を綴りはじめた。そうして現在は八時直前を迎えている。この間、(……)とメールのやりとりをしており、(……)や(……)とSkypeをするのはどうかと言われていたのに、立川で会っても良いとこちらが提案したので、どうやらその方向で決まりそうである。
 上階に行くとテーブルの上には新たな焼きそばが一パックとたこ焼きがあった。父親も屋台の品を買って帰ってきたのだった。それらを熱してほか、先ほどの炒め物や素麺を用意し、皿に盛った生のキャベツの上には大根おろしをさらに乗せた。テレビはNHK大河ドラマ西郷どん』を放映しており、父親はそれを注視していたが、こちらはあまり興味がないのでさほど目を向けなかった。向かいでは母親が携帯で(……)さんとやりとりをしていた。元々九月一一日の火曜日が父親の休みの日で、年金事務所に話を聞きに行くらしいのだが、そのあと(……)さんの家まで伺えないかという提案だったところ、一一日は(……)さんには用事があるらしい。来週末はどうかとあちらから返ってきたのは一五、一六ではなく八、九日のことで、父親は九日が休みらしい。(……)さんはあちらから(……)に来るつもりでいるようだったが、それは大変だから我々が王子まで出向けば良いだろうと、父親はそういう心だった。食事を終えるとこちらは入浴する。浴室に入った途端に外から虫の音が立っているのに、秋の雰囲気を感じないでもない。湯に浸かって耳を寄せると、沢の水音のなかに一つ、キイキイキイキイと弾くようでもあり、シャンシャンシャンシャンと何か振るようにも聞こえる虫の声が際立って、その声が止むと周囲を包むほかの虫の音が薄く窓を埋めるのだった。風呂を浴びて出てくると、(……)さんのブログを読み、それから東京新聞のサイトから「杉田水脈とLGBT問題 「弱くある自由」認めよ 中島岳志」という記事も読んで九時半、ふたたび『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』を読み出した。途中、一〇時頃に上階に行き、台所に入って飲むヨーグルトを飲んだ。父親が、九日にこちらから伺いますと言っておけば良いだろうと改めて母親に伝達しており、どうやら王子訪問が決まりそうだった。台所にいるこちらに母親が、九日はと聞いてきたが当然何か用事のある身でもなく、大丈夫だと了承された。自室に戻ると日付の変わる前までサルトルの書簡を読み続けた。一九三七年のある手紙のなかで、ホテルのロビーに居合わせた人々のやりとりをサルトルが詳細に綴っている箇所があるのだが、「芝居見物ができた」と彼が言っている通り、それが戯曲のようでちょっと面白かった――と言うか正確には、偶然遭遇した会話の細部まで記憶し、それを戯曲のようにして仔細に再構成できる能力を羨ましく思った。歯を磨き、その戯曲めいた部分の段落で読書は区切りとして、音楽を聞きはじめた。Keith Jarrett Trio, "All The Things You Are", "It Never Entered My Mind", "The Masquerade Is Over", "God Bless The Child"(『Standards, Vol.1』: #2-#5), "All The Things You Are"(『Tribute』: D2#5)、Bill Evans Trio, "All of You (take 1)"(『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』: D1#5)で一時間弱。そうしてオランザピンとブロチゾラムを含んで来てから瞑想をする。細い窓の隙間から、水の流れの撓んでぼこぼこと泡立つような音が聞こえていた。ちょうど一時頃になって明かりを落とした。