睡眠薬を飲まなかったためにうまく寝付けず、早朝から覚醒があった。七時を迎えるとテーブルの上の携帯が鳴り、応じて布団から抜け出して機械を手に取る。立ち上がったまま伸びをして、そのまま起床しようと思えばできそうだったが、やはりもう少し休みたいと怠け心が働いて寝床に戻った。起床は一〇時頃になった。これでも遅いが正午まで寝ていたここ最近に比べれば進歩だろう。台風が過ぎて外は晴れ空、ひらいたカーテンのあいだから陽射しが身体に乗って暑く、市内放送で高温注意情報が発表されたと伝えられた。起き上がって上階に行くと、卓の端に就いた母親は、タブレットを使ってまたメルカリを閲覧しているようだった。顔を洗い、冷蔵庫から豚汁の鍋を取り出して、一杯椀に盛ったのを電子レンジで温める。腹が減っているという感じがなかったので、ほか、ゆで卵を一つだけで朝食は済ませることにした。食べていると母親が梨を剝いてくれたのでそれもいただき、薬剤やサプリメントを摂取しておいて食器を片付け、すぐに風呂を洗った。そうして下階に下りるとコンピューターを前に、またしばらくサプリメントの情報などを求めて余計なインターネット徘徊をしたのだが、これはほとんど無駄な時間だったと言うべきだろう。サプリメントなどというものは、結局はプラシーボ効果も含めて自分の体感がすべてなのだから、無闇に他人の体験談など求めても仕方なく、ともかくも飲んでみて自分に何らかの変化があるかどうかというところに尽きるだろう。それで余計なことだとスレの閲覧を打ち切り、一一時半過ぎから日記を書き出した。つい前夜のことなのに記憶が希薄で、書きつける言葉もやはり以前のようにすらすらとは出てこない。ともかくも現在時まで綴ると、今は一二時二〇分前を迎えている。それからまたインターネットを少々回ってから上階に行った。寿司を作ったと母親が言うのを台所に見てみれば、稲荷寿司である。特段腹は減っていなかったが食べるかという気になり、いくつも並んだうちから二つを取り分け、ほかに豚汁の残りと小皿に入ったサラダを持って卓に就いた。二個でいいの、と母親は聞き、自分も二個と思っていたら、もう一つ食べてしまったと話す。テレビはNHKの連続テレビ小説の再放送を流していたが、こちらに特段の興味はないのでそちらには目を向けず、ものを食べていると、またメルカリを見ていたらしい母親がこれはどう、と言って画面を見せてくる。ガラス製の器で、酒を飲む父親にどうかとのことで、一〇〇〇円だと言うから一〇〇〇円は安いとこちらは受けた。飲むヨーグルトを一杯飲んで食事を終えるとすぐに皿を洗い、下階に戻ってきた。そうして新聞記事の書抜きに入る。米国の利上げによって新興国から資金が流出するということの細かな仕組みがわからず、インターネットで検索をした。経済は苦手分野である。出てきた記事を二つ読んでみてもまだよくわからなかったが、ひとまずペソなどを売ってドルを買う動きが進んだということで良いらしいと落とした。それから新聞の書抜きに戻り、ミャンマーとリビアの記事から情報を写しておくとちょうど二時頃、上階に行くと母親が洗濯物を取りこみはじめていた。床に乱雑に置かれたタオルを取り上げ、ソファの背もたれの上に一つ一つ畳んで行く。そうしているあいだ、肌着のシャツやパンツがもう古くなっているから新しいものが欲しいという話が出て、東急にでも買いに行こうか、図書館に行くついでにとこちらは漏らした。元々図書館は七日の金曜日、美容院のあとに行くつもりだったが、天気も良くなったことだし別に今日出かけたって構わない。すると母親も図書館に返却する本があるらしく、行こうかと言って、出かけることに話がまとまった。しかしユニクロの方が安いだろうと言うと、じゃあユニクロに行こうと目的地が固まり、それからこちらはアイロン掛けを行った。自分の麻素材の白いシャツにハンカチを処理し、終えると自室に戻ってすぐに着替えた。上はエディ・バウアーの爽やかそうな、水色を基調にしたチェックのシャツ、下は柄物が上下で被るのを避けて、雲の混ざった淡い空のような色の無地のジーンズを履いた。それから本と手帳をバッグに入れて帽子を被って階を上がると、赤い靴下を履き、南の窓に寄って外を眺めた。陽射しに照りつけるという感じはなく、植物の上に薄めに乗っており、乗られた葉は乾いて褪せたような風合いで、そのあいだを小さな白っぽい蝶が何匹か飛び交っていた。背後の階段を母親が上がってくる。たくさんの雑誌や本を渡されてそれを袋に入れると、母親はベランダに余っていた洗濯物を取りこんだので、こちらはタオルを追加で一つ畳んだ。それからこまごまとした外出の支度を待って、出発するべく玄関を抜けた。道の先から体操着姿の中学生が帰ってくるところで、林のなかではツクツクホウシの声が泡立っていた。車に乗って、子どもたちのあいだを通り抜けて行く。陽射しは柔らかな感じで、車内の熱気もすぐに散り、夏の盛り、酷暑は既に終わって残暑の感が滲む。母親は運転しながら口が良く動き、(……)さんがどうの、(……)さんという「(……)」のレジをしているお婆さんがどうの、職場での出来事がどうのと語り続け、こちらはそれを聞くともなしに聞いていた。昨日には、豚汁がとても美味かったと父親が言っていたと言う。それで二杯食べ、母親もおいしく食べたらしいが、こちらとしてはあまりはっきりしない味だと思っていた。東急のビルに上って行き、五階の駐車場に停車する。母親の本や雑誌の入った袋も持って降り、フロア内に入って彼女と別れた。母親は東急のなかで腕時計のベルトを変えてもらうという用事があり、それでこちらは図書館に先んじるのだった(しかしこの用事は、革の仕入れがないとのことで結局果たせなかった)。五階の連絡通路を通りながら眼下に駅舎や円型歩廊を見下ろすが、高所に怯む時の不安な感じがなく、パニック障害あるいは不安障害の症状は不思議なことに本当になくなってしまったのだなと思った。しかし不安がある代わりに精神が鋭敏だったほうがまだしも良かったと、そんなことを考えながらエレベーターで下り、入館した。カウンターに寄って職員に挨拶し、多いんですけど、すいませんと言いながら本を返却する。それからCDのコーナーに入ってジャズの欄をちょっと見たが、新たに借りるべきものはなさそうだったので離れて階を上った。新着図書を確認し、それから国際政治の書架を眺める。借りる本には目当てがあって、みすず書房から出ているカロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』というのがそれで、以前に新着の棚に見かけて以来、何となく印象に残っていたのだった。ヘイトスピーチ以下の短絡的な罵言がインターネット上に蔓延して止まない現代、こうした本を読んでみるのも大事ではないかというわけで、棚から発見したこの著作を保持し、それから日本文学の区画に移動した。中原昌也『知的生き方教室』も何となく印象に残っていてこれを借りようかとぼんやり頭にあったのだが、実際に手にしてめくってみるとその気があまり起こらなかったので棚に戻し、それから列を移動して、金子薫の著作を取った。『双子は驢馬に跨がって』と、『鳥打ちも夜更けには』の二作である。先日読んだこの作家の『アルタッドに捧ぐ』は面白かったのかどうか判然としないが、何となく、ほかの作を読んでみたいような気がするのだった。先のものと合わせて三冊を持って、機械で貸出手続きをした。それから哲学の区画に行って棚をちょっと眺め、近くに並んでいた白洲正子全集なども一つ二つ手に取ってめくってみる(結構面白そうだった)。母親がやってくるのを待たなければならないわけだが、ここにいればすぐに気づくだろうというわけで、書棚の横に設けられた座席の一つ、貸出機や新着図書の棚に間近のそこに腰を下ろして、手帳にメモを取って行く。そのうちに母親は来て、目算通りこちらの姿に気づいた。彼女が本を見て回っているのを待ちながら記憶をメモに移し替え続け、母親の貸出手続きが終わったところで行こうかと席を立った。階段口に入ると、隣の敷地に立った樹の葉が横に薙がれているのが見え、すごい風だねと母親は言った。退館したところで、カキフライを買って行こうかと母親が提案したので、エレベーターの方ではなく、左手、東急のほうへと歩廊を渡り、ビルのなかに入ると母親は、パンを買いたいからカキフライを買っておいてと言うので了承し、惣菜屋の列に並んだ。番が来るとカキフライを九個お願いしますと注文し、一一六六円を支払って袋を受け取った(一個一三〇円ほど)。そうしてフロアを戻り、パン屋から出てきた母親と合流して、エスカレーターに乗って五階まで戻った。乗車して出発、餃子も買って行こうかとの話が出ていた。お前が買ってくれる、と頼まれたので了承し、「ぎょうざの満洲」の前に着くと降車して入店し、冷蔵庫から二〇個入りの袋を二つ、さらに三つセットの杏仁豆腐も加えて取って、会計は一一八八円だった。車に戻るとユニクロに向かうわけだが、母親がメルカリで手続きを進めている途中で、コメントに字の間違いがないか見てくれと言ってスマートフォンを渡された。品はこの昼に母親がどうかと言っていたガラス製の器である。一〇〇〇円だったところを、母親の願いを受けて相手は九〇〇円に引いてくれるらしい。移動のあいだ、そのままこちらが母親の代わりに購入まで進めて、その後に車は路肩に停まって、返したスマートフォンを母親が確認する。ちょっと草原[くさはら]のようになったところの横で、カネタタキの声が背の低い草の合間から聞こえ、目前には一本の樹を囲むようにして紫陽花の、既に枯れて生気を失った花の群れがある。高度の下がった太陽から送られる陽射しが顔の側面に暑かった。その太陽の横の空には雲が湧いていて、それは立体的な形を作っていながらも、西陽の光がその前を通っているせいだろう、空に染み込んでそのまま平面に形を写し取られたかのように希薄でもあるのだった。再度出発し、しばらく移動して、ユニクロの前にその斜向かいにある「ジェーソン」というスーパーに寄った。ジュースなどが随分と安く売っているという話だった。こちらは籠を乗せたカートを押し、サイダーやコーラなどの飲み物を加えたほかは、黙々と母親のあとについて回り、品物を籠に受け入れて行った。会計を済ませると母親はどこかに行ってしまい、こちらは一人、狭い整理台で品々を袋二つに収めていった。そうして見回すと、離れたところにいる母親は何か追加でものを買うらしかったので、こちらは袋を二つにティッシュペーパーとキッチンペーパーを抱えてカートを引き、店の前に返却しておくと車まで行って待機した。しばらくして母親が戻ってくると荷物を車内に入れ、そうして斜向かいのユニクロに移動した。入店し、フロアの奥まで進んでいって籠を取り、まず靴下を見分して、臙脂色のものと深い青のもの、あとは模様の入ったハーフサイズのものを保持した。そのほかトランクスを二枚取り、肌着のシャツは黒の三枚入りセット、VネックMサイズのものを買うことにして籠に収め、それで目当ての品々は押さえた。その後、店内をぶらりと回って見分してみたが、シャツも羽織りも今十分に持っていて不足はないし、購買意欲を刺激されるものは特に見当たらなかった(カーディガンは一着あっても良いかもしれないが、ユニクロで買おうとは思わない)。それで会計に行き、二一三五円を払ったのち母親と合流して退店した。セブンイレブンに行く必要があった、と言うのは母親が先ほど購入したメルカリの品の代金を早速支払うというわけだった。携帯の画面に表示されたバーコードをレジで読み取ってもらうことで支払いができるらしかった。それですぐ近間のコンビニに寄り、車内でほんの僅かに待ったあと、帰途に就いた。帰路の途中では母親が、仕事をしなくちゃいけないと思うのだけれどできないし、家にいるとやることがいくらでもあってと、前々からお定まりの繰り言を漏らし、その変化のなさに強く苛立つでもないがやはり少々うんざりとしたこちらは、いつまでそこに、その場所にいるんだ、昔から進歩がないじゃないかと口を挟んだ。しかしこちらも大きい声で偉そうなことを言える身分でもない、体調は良くなったけれどそれから目立った進歩を遂げているとも思えないし、そもそも母親が二月頃から通いはじめていた「(……)」の勤めを休止したのだって、こちらの症状が悪化したからというのが理由なのだ。自分の調子も良くなったことだし、その「(……)」に復帰すれば良いじゃないかと言うと、子どもたちに運動を教えなくてはならないのだが、そんな自信がないと言う。そんなことを言っていたら何もできないとこちらはありきたりに受け、何だかんだとまだ話が続くのには、そんな話に興味はないとすげなく呟いた。その頃には市街に入っていたが、道は何故か渋滞しており、なかなか車が進まなかった。時刻は六時前、フロントガラスのなかに太陽が入ってきて光を広げていた。帰り着いて降りると、ちょうど犬を二匹散歩させている婦人がやって来て、母親と立ち話を始めた。こちらもこんにちはと挨拶だけして、そのかたわら荷物を運ぼうとしていたのだが、犬が寄ってきたのでよしよしと頭を撫でてやり、婦人には(犬を触らせてくれて)ありがとうございますと礼を言って、家のなかに入った。冷蔵庫や戸棚に買ってきたものを整理しながら、入ってきた母親にあれはどこの誰なのかと訊くと、二丁目の自治会館の前だかに住んでいるという話で、よく会話はするのだが名前は知らないのだということだった。それから仏間に買ってきた肌着類を置いておき、下階に戻ると服を脱いで気楽な格好に着替えた。そうして台所に行き、獅子唐とハムを炒める。その一方で小鍋では筍とワカメが煮られており、そのほかカキフライや稲荷寿司の残りなどがあるので、夕食の支度はそれだけで良いだろうということになった。それで下階に下ったこちらは、早速日記を書きはじめた。取り掛かったのは六時半、それから文を綴っているうちにあっという間に時間が過ぎて、ここまで記す頃には八時目前となっていた。席を離れると、食事を取りに行く前に、ベッドの上に脱ぎ散らかしていたシャツを手に取り、すると体長二、三ミリ程度の、極小の小蝿のような虫が何匹もシャツにたかっている。改めて目を移してみると白いシーツの上にも点々と、しかし相当な数が集まっていて、この虫は最近よく見かけてそのたびにつまんではゴミ箱に送って始末していたのだが、ここまで蔓延しているのを見るのは始めてだった。おそらくとても小さいから、網戸や窓の隙間から入りこんでくるのだろう。それで掃除機でいっぺんに吸ってしまったほうが良いなと考えて上階に行き、暗い祖父母の部屋に入るとしかし掃除機がない。どこかと母親に場所を訊くと、何でと返って、ベッドの上に小蝿のような虫がたくさんいると告げると、ここにもいるよと母親は声を上げた。洗面所の掃除機を取ってきて見れば、確かにソファの上にも虫の姿があり、さらに父親の座であるソファと炬燵テーブルのあいだに敷かれた布の上にもやはり相当数たかっていて、ちょっとぞっとするようなほどだった。それらを掃除機で吸い取って行き、自室に下りると乱暴にベッドの上を吸い、小蝿たちを始末すると食事に行った。台所には、豆腐とモヤシのサラダが既に皿に入って用意されていた。小皿を三つ取り出し、稲荷寿司を二つ取り分け、カキフライを三つ温め、獅子唐とハムの炒め物をよそり、卓へと移動した。獅子唐がとてつもなく辛くて、先日食べた母親はもう二度と食べないと思ったと言う。それで炒め物を口にしてみたところ、最初は全然辛くなかったのだがなかに一つ、辛いものが混ざっていて、それが確かに強烈な辛味で口のなかが痛くなり、涙が出るほどだった。慌てて氷水を用意してきてそれを飲みながら残りの食事を進めて行くのだが、胃が熱くなっているのがわかり、また温かいものを口に入れるとそれだけで口腔内がひりひりとして、せっかくのカキフライの味が刺激によって妨害されるのだった。テレビはテレビ東京の『家、ついて行ってイイですか?』を放送していたが、あまり目を向けなかった。この番組も、様々な人生模様が次々と語られるのを以前は結構面白く眺めていたと思うのだが、最近はテレビ番組というもの全般に興味を失いつつあるようだ。食後、入浴に行って出てくるともう九時頃だった。室に帰るとSuchmosを流し、狭い室内をうろうろと動きながら歌を歌った。"YMM"、"GAGA"、"Alright"、"Mint"、"Pinkvibes"と歌い、"Tobacco"の途中で切ると、「(……)」を読み、さらに、「事実上の「移民」受け入れを進める安倍政権。真に受け入れるなら「人として」生活できる制度づくりをせよ」というインターネット記事も読んだ。そうして、『ルパン三世 PART5』の最新話を視聴したあと、一〇時半から読書に入った。朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』である。一時まで読んだのだが、この読書がやや散漫だったというか、文の意味がなかなかうまく頭に入らないようなところがあって、二時間半掛けたわりに二〇頁も進まなかった。一九三八年になると、サルトルはマルチーヌ・ブルダンという女性と関係を持つのだが、情事の際に目にした彼女の身体的特徴や前後の経緯などを細かくボーヴォワールに書き送っている。それでいて同時に、彼女に宛てた手紙にはほとんど必ず「愛している」の文言が見られる。サルトルのプレイボーイぶりはともかくとしても、一人の相手を熱愛しながら(とサルトルの口調からは思われるのだが)、その女性にほかの相手との恋愛の次第を詳細に報告するというのは、やはりかなり特殊な関係ではあるだろう。本を読みながら歯磨きをして、口をゆすいで戻ってくるとちょうど一時だったので読書はそこまでとして瞑想に入った。三〇分掛けてこの日の記憶を思い返したのち、一時三五分頃消灯して床に就いた。例によって眠気は生じず、眠りは遠く、一時間ほど輾転反側とする状態が続いた。それでも一応、その後に入眠することができたようである。