夏のあいだの薄い掛け布団だけでは肌寒くて、もう一枚を被った朝だった。この日も何度も覚めてはいるものの、活力が湧かずに寝床から離れることができず、ぐずぐずと留まって結局起き上がったのは正午だった。活動を厭うような心が薄くあったような気がする。飯を食うにも風呂を洗うにも面倒臭く、また過去には自分の本意だった読み書きにしたってそれをやってみて何になるわけでもないという無力感、空虚感の類である。それでもどうせほかにやることもないので起き上がり、ステテコパンツを履くと急須と湯呑みを持って上階に行った。台所に入ると急須の茶葉を空け、ポットを覗くと湯がなかったので薬缶を使って補充しておく。顔を洗ったあと、オクラ、ウインナー、茄子の味噌汁を運んで卓に就いた。腹が減っておらず、米を食べる気は起こらなかった。新聞をめくって記事をチェックしながらものを食べ、母親が余計に運んできたサラダやゆで卵も、特に食べたくはなかったのだがいただき、薬を飲むと食器を洗った。そのまま風呂も洗うと緑茶を用意して下階に下り、SIRUP "SWIM"をリピート再生にしてインターネットを閲覧した。LINEには新たなコメントが現れており、(……)によると映画の上映時間は一一時三五分からということだった。場所は川崎、我が家からはおそらく二時間くらい掛かるわけで、きちんと間に合う時間に起きられるのか心許ないが了承し、"SWIM"が流れるなかで前日の記録を完成させ、この日の記事も作成した。一時二〇分から日記を綴りはじめた。前日分を投稿したのちここまで綴って、現在は二時七分を迎えている。それから、ドーパミンを増やすという「ムクナ」や「チロシン」などのサプリメントについて情報を収集して(と言って匿名掲示板のスレで書き込みを拾い読みしただけだが)半ば無駄な時間を使い、三時頃になって上階に行った。ハンカチやエプロンにアイロン掛けをしたあと、緑茶をおかわりする前に何か腹にものを入れたいということで、冷蔵庫からヨーグルトミックスのゼリーを入手した。乳白色のゼリーのなかにフルーツが埋められたそれを食べ、茶を新たに用意して自室に戻ると、『ルパン三世 PART5』の最新話を視聴した。つまらなくはないが取り立てた印象をもたらすわけでもない。昨年まではアニメなどのエンターテインメント性の強いコンテンツを、所詮は出来合いのありがちな物語であると思いながらもそこそこ楽しむ心があったように思うのだが、病気を通過して物語的なものにも感受性が反応しなくなったような感じがする。アニメを見たあとは『川本真琴』を流しながら前日に読んだ新聞記事の写しに入って、スルガ銀行の不正融資の件で、成績をこなせなければ「ビルから飛び降りろ」などと上司に言われたという行員の証言を打鍵していると、天井が鳴ったようだった。音楽を止めないままに廊下に出て、階段の下から呼んだかと問いかければ、手伝ってほしいことがあると言う。上がって行くと、座布団をゴミに出すので解体するのだと言った。書抜きを中断した時刻を知りたくて時計に目を向けると、ちょうど四時を指していた。それで台所に座りこみ、鋏で座布団のカバーを切りひらき、なかの綿も、そこそこの厚みがあるものを何度も階層的に鋏を入れて、じゃきじゃきと二つに切断して行く。綿の繊維が舞って、鼻息を強くするとむずむずとなりそうだった。苦労してクッション材を二つに分けると、ちょうど行商の八百屋((……)さん)が来たところで母親は外に出ていき、こちらは台所で分かれたものをそれぞれ円筒形に丸めて紐で縛った。そうして戻ってきた母親とともに、薄緑色のビニール袋のなかに無理やり押し込むと仕事は終わり、トイレで小便をしてから下階に戻った。それから、流しっぱなしだった『川本真琴』を巻き戻して四曲目からふたたび始め、また新聞記事を写す。米国は、と言うかドナルド・トランプは、対中関税の第四弾を二六七〇億ドル分とするつもりのようで、そうすると一弾目から合わせて五〇〇〇億ドルほどある中国からの輸入品すべてに高関税が課せられることになるから、滅茶苦茶なやり口である。新聞記事を写し終え、『川本真琴』を最後まで聞くと時刻は五時直前、夕食の支度をするべく階を上がった。CDを持ってきて、Donny Hathaway『These Songs For You, LIVE!』を、三曲目、"Someday We'll All Be Free"から始めてラジカセで流した。コンロに乗った鍋には茄子の味噌汁が少々残っていた。まずはレンコンを肉と炒めてくれということで、スライサーで薄くおろし、胡麻油を熱したフライパンに投入する。歌を歌いながら炒め、しばらくしてから、肉は冷凍の小間切れになった豚肉の、僅かに残っていたのをすべて放りこみ、醤油とみりんを垂らしたあとから最後に胡麻を振って仕上げた。続いて、"What's Going On"を口ずさみながら湯を沸かし、モヤシを茹でると笊に取っておき、キャベツをスライサーで細く削って行く。"Yesterday"を歌いつつ、水を注いだ洗い桶のなかにそれを溜めていき、ほかにレタスも千切り、茹でたモヤシも混ぜてしまって、水洗いして冷やすと笊に上げた。それを食器乾燥機のなかに収めておき、あとはおかずに鮭を焼くとのことだったがまだ時間が早かったので母親に任せることにして、台所を去った。自室に帰るとちょうど五時半、運動をする気になって、繰り返されるSIRUP "SWIM"を背景に下半身を伸ばすが、歌を口ずさんでしまうから柔軟運動は集中できずになおざりなものになってしまうのだった。その後、腹筋運動を七五回、腕立て伏せを何度かに分けながら計二六回こなすと六時に至って、ものを読みはじめた。初めに、前日九月一一日の新聞である。国際面をひらくと、スウェーデンの総選挙で反移民政党である「スウェーデン民主党」が伸長したらしい(日本や米国ではリベラル寄りの名称である「民主党」が、ここでは極右として扱われているのでややこしい)。九月九日、王子からの帰りの高速道路でニュースを聞きはじめたちょうどその時に、NHKはスウェーデンの移民がどうとかいう話題を取り上げていたが、あそこで話されていたのはこのことだったのだろう。与党、社会民主労働党はこの一〇〇年間、第一党の座を守っているらしく、左派的な寛容の伝統が根付いていたのだろうが、今回の選挙では中道左派の与党連合は一四四議席、中道右派の野党連合は一四三議席と僅差で、どちらも過半数(一七五議席)に届かなかった。続いてその下、ドイツでの難民反対デモの記事も読み、それからカロリン・エムケ/浅井晶子訳『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』の読書に入った。文字を追っているうちに時刻は七時を回り、あっという間に二〇分に至って、そこでそろそろ飯を食いに行くことにした。茄子の味噌汁にはモヤシやワカメが加わって増量されていた。そのほか白米、鮭にレンコンの炒め物、生野菜のサラダ、豆腐に小松菜などを卓に並べて食事を始める。食事中、母親は下の(……)さんの話をしていたのだが(昼に食べたオクラは彼女に貰ったものだと言った)、そのうちに先般(……)さん夫妻が出て行った小家(隣の(……)さんが大家で、この九七だか九八だかになる老婆と、若い夫婦とのあいだにちょっとした揉め事があって引っ越して行ったのだ)が話題に出てきたので、そこを拾い上げて、そもそもあの家はいつからあそこにあるのかと尋ねた。それで判明したのだが、我が家も含めてこの周囲の土地は元々、(……)という栃木の人物が別荘地のようにして持っていたものだったのだと言う。その(……)さんが亡くなった時に、遠くて管理もできないからとその息子(この人は神戸にいるとかいう話だ)に頼まれて、それまで借地だったところを(……)さんやら我が家やらは買い取ったという経緯だった(我が家の土地を買うにあたっては、祖父と父親が折半したらしい)。それから、別の話としては山梨の(父方の)祖母のことが話題に出た。先日、祖母には胸がきゅっと締まるような感覚に襲われて苦しくなったということがあったのだが、それを受けて(……)さん(祖母の長女=こちらの伯母)が短い手紙とともに、新聞記事のコピーを送ってきたのだった。封筒からそれを取り出して読んでみると、「心房細動」という症状について述べられており、それは不整脈の一種で、脈の乱れによって血の塊が生じて、それが血液に運ばれて脳まで届くと脳梗塞になる、と記事は胸というよりは頭に焦点を当てた主旨だったが、祖母の症状もこれと似ているとのことらしい。二〇一四年の年末、我々が欧州に渡っていたあいだに祖母は一度脳梗塞を起こしており、先般、腰の手術をしようという際にも、軽いものだがもう一度起こって、手術は取り止めになったということもあった。それらの梗塞もこの記事で述べられていた心臓から来たものなのか、それは判然としなかったが、あるいはそうなのかもしれない。話には(……)さん(漢字は(……)さんかもしれないが――(……)さんの旦那さんである)の名前も出てきたので、彼は何の仕事をしていたのかとついでに尋ねると、NTTで何かやっていたらしいという答えがあった。そうこうしているうちに時刻は八時、薬を飲んで食器を洗い、風呂に行った。湯のなかに踏み入って身体を落とすと、肌を刺激する熱の感覚が、普段よりも何か強いような感じがしたが、それだけ気温が下がってきたということだろう。実際、本を読んでいるあいだなどは、半袖に半ズボンの格好だとちょっと肌寒いようだった。風呂場では湯に包まれながらじっと静止し、湧き出る汗に気を散らされながらこの日のことを順番に思い返した。そうして風呂を上がると茶を注いで下階に下り、コンピューターを前にすればLINEに新着メッセージが来ている。一七日に見に行く映画は、『リズと青い鳥』という作品で、『響け!ユーフォニアム』の映画ではなかったのかと思ったが、このタイトルでスピンオフ的なものらしい。それから緑茶を飲みながらインターネット記事を読み、九時半からこの日の日記を書き足しに掛かった。黙々と打鍵して一時間半、一一時直前に至ってここまで記された。(……)さんのブログの最新記事は長そうだったので翌日に回すことにして、歯を磨きながら一年前の自分の日記を読み返した。それからは音楽の時間、まずSIRUP "SWIM"を聞き、次にKeith Jarrett Trio "All The Things You Are"(『Standards, Vol.1』)を聞いたが、ここのところ繰り返し流しているこの音源は名演と言って良いものなのだろうと、例によって感動による気分の高ぶりはないわけだが、今更ながらにそう思った。『Standards, Vol.1』および『Vol.2』の演奏のなかでも、陶酔に任せたピアノの乱れ方がほかの曲とは違っているような感じがする。それから『Tribute』のほうに移って、"Solar"、"Sun Prayer"、そしてディスク二の冒頭"Just In Time"と聞いたが、この最後の演奏もハイテンポで相当に充実しており、特にベースの強靭さが耳に残った。僅か五曲を聞いたのみだが、それでもう日付は変わっていた。コンピューターをシャットダウンしてベッドに移り、『憎しみに抗って』をいま少し読み進めることにした。二〇一六年二月にザクセン地方クラウスニッツで起こった難民バス進路妨害事件の描写や分析を読み、一時一〇分に至ったところで切りの良いところまで達したので本を閉じ、消灯した。布団のなかでは日記に記した以降のことを一つ一つ思い返していたが、そうしているうちに労せず眠りに入ったようだ。