朝吹三吉・二宮フサ・海老坂武訳『女たちへの手紙 サルトル書簡集Ⅰ』人文書院、一九八五年
(……)あなたへの信頼の証拠として、今まで強がりからあなたに言い得なかった次のことを告白します。それは、ぼくの可愛いお嬢ちゃん、ぼくはあなたの心の中で第一の人間ではなく唯一の[﹅3]人間でありたい、ということです。ぼくはこの自分の気持をずっと前から知っていましたが、あなたに言うつもりはありませんでした。ぼくがこのことを言うのは、あなたにこの点でほんの少しでも変わってもらいたいためではなく、あなたへの信頼のしるしとしてぼくがあなたになし得る最も辛い告白をあなたに捧げるためです。(……)
(16; シモーヌ・ジョリヴェ宛; 1926年)
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(……)今夜ぼくは、あなたがいままでぼくから経験したことのない仕方であなたを愛しています。つまり、ぼくは旅行によって弱ってもいないし、あなたを身近に感じたいという欲望によって気が転倒してもいません。ぼくはあなたへの愛を統御し、それをあたかもぼく自身の構成要素のように自分の内部にとり込むのです。このことはぼくがあなたに口で言うよりもはるかに頻繁に起こることですが、あなたに手紙を書くときには稀にしか起こりません。ぼくの言う意味が判りますか、つまりぼくは外部の事象に注意を払いつつあなたを愛しているのです。トゥールーズでは、ぼくはただ単にあなたを愛するのです。しかし今夜は、ぼくは春の夜の中で[﹅6]あなたを愛しているのです。ぼくは窓をひらいて、あなたを愛しているのです。あなたはぼくに現前し、事物もぼくに現前しています。ぼくの愛はぼくをとり巻く事物を変容させ、ぼくをとり巻く事物はぼくの愛を変容させるのです。
(22; シモーヌ・ジョリヴェ宛; 1926年)
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ぼくの愛する人。あなたには判らないだろう、ぼくがどれほどあなたのことを想っているか、一日中絶え間なくあなたで満ちみちたこの世界のただ中で。時によってはあなたが傍にいないのが淋しくてぼくは少し悲しい(ほんの少し、ごくごく少し)、ほかの時はぼくはカストールがこの世に存在すると考えて、この上なく幸福なのだ、彼女が焼き栗を買ってぶらつき廻っていると考えて。あなたがぼくの念頭から去ることは決してなく、ぼくは頭の中で絶えずあなたと会話をしている。(……)
(55; ボーヴォワール宛; ホテル・プランタニア、シャルル・ラフィット街、ル・アーヴル; 1931年10月9日金曜日)
- 倦怠そのもの。絶対的な鈍さ。書きたいことが何もない。読み書きは自分の業としての価値を失った。生の目的の失効。純然たる無意味性。