2019/3/11, Mon.

 四時頃に一度覚めて、尿意が高まっていたので便所に行った。それから寝て、七時のアラームで覚めているし、その後も何度も覚醒していて、そのあいだのどこかの時間で起床してしまえば良いのに、ぐだぐだと寝床に横たわり続けて結局は一二時起床の体たらくである。上階へ。ジャージに着替える。母親が用意してくれた赤飯にカレーパン、ほうれん草にサラダなどで食事を取る。ニュースは東日本大震災から八年と伝える。ものを平らげたあと、母親がストーブの上にアルミホイルに包んで載せていた焼き芋を取って、小さなナイフで半分に切り分ける。それを分け合いながら食べて、食事は完遂、皿を洗って下階に下りた。風呂はもう母親が洗ってしまい、蓋の裏側などもぬるぬるしていたので漂白したという話だった。モナカのアイスを持って自室に帰ったこちらは、アイスを食いながら前日の記録を付け、今日の記事も作成すると、ベッドに入って川上稔『境界線上のホライゾンⅢ(上)』を読みはじめた。そうしてあっという間に二時間。二時四六分を迎えると東日本大震災犠牲者追悼のサイレンが鳴り響いて、高く音を伸びあげて空に唸った。それが鳴っているあいだはモニターに映し出された文字を追うのをやめて目を閉じてその響きに耳を傾け、三時前になってようやく読書に切りを付けて日記に取り掛かりだして、ここまで綴って三時一〇分である。図書館に行きたいような気がしているが、時間がもう結構遅い。
 そう言えば、コンピューターを持ってベッドに移った際、窓外で視界の端を掠めるものがあって、見れば鵯が一匹梅の木に止まっていた。最初は枝の下方に佇んでいた鳥が、餌を探しているのだろうか枝の上を軽く跳ねるように動くたびに白い花が雨粒のようにして零れ落ちる。そのうちに鳥は枝先のほうまで上って行き、そこから飛び立ったようだった。梅の木は前夜の雨のせいだろう、花をもう結構散らして、萼なのか花柄というやつなのか未だに知れないが、花びらの去ったあとに残る部分の赤茶色を露出させていた。
 FISHMANS『Oh! Mountain』が今日も今日とて流れているなか、ブログに記事を投稿。それから歯磨きをしたのが先だったか服を着替えたのが先だったか。それとも上階に靴下を履きに行ったのが最初だったか。ともかく、"感謝(驚)"のリズムに合わせながら口に突っ込んだ歯ブラシを左右に動かし、服を着替える際には脱いだジャージを畳んでベッドの上に放っておき、上階に行くと母親にどこか出かけないのと訊かれたので赤一色の靴下を履きながら図書館に行くと答えた。その時、テレビでは東日本大震災八周年の追悼式の様子が放送されており、年嵩の女性が弔事を読んでいるその静かな横顔が映っていた。支度を整えてもう一度上階に上がってきた時には、秋篠宮殿下が追悼の言葉を述べているところだった。それを瞥見し、便所で放尿してから出発。玄関を抜けた途端に空間に響きが満ちていて、それは身には触れてこない風が高所で吹いて樹々の梢を鳴らしているのかと思えば、前日の雨で増水した沢の音なのだった。道に出て少し触れただけでわかる穏やかな大気だった。空は雲がち、太陽も低くなって陽の感触はもうないが、坂に入りながら振り仰いでみると灰色の雲に囲まれて一箇所、白い艶を帯びている小さな区画があって、あそこに太陽があるなというのが見て取れる、と前に向き直ると、その太陽が雲の薄いところにちょうど掛かったようで路上にこちらの影が浮かび上がっていた。坂を上って行き、平らな道に入ると前方から下校する中学生男子四人ほどがやって来る。なかに塾に行っていたころの生徒であるSくんがいるのではないかと目を凝らしていると、近づいて視界に定かに入ってきたうちの一人がまさしくそうだったので――と言って、双子のうちのどちらなのかは見分けがつかないが――そして、この双子の下の名前も忘れてしまった。一人は確かSという名前だったような気がする――口をおお、という発生の形にして目をひらくと、向こうもちょっと何か恥ずかしいかのようにはにかみながら会釈をしてきたのでこちらも笑って頭をちょっと振った。
 街道。やはりもっと、なるべく毎日英語を読まねばなるまいなと思いながら歩いて行く。裏通りに入る間道の途中に、梅の木が二つ並んで立っている。一つは薄紅色のもの、もう一つはそれよりも遥かに濃い、ショッキング・ピンクと言っても良いような鮮烈な色のものである。それらが空間に色彩を散らしているのを眺めながら過ぎ、さらにもう一本、あれは椿だろうか山茶花だろうか、それらしい木があるのも見ていると、そこから鵯が鳴き声を上げながら飛び上がって通りを横切り、空中に波打つ軌跡を描きながら向かいの家の敷地のなかに消えて行った。裏通りに入る。犬の散歩をしている老人。その犬のものだろうか、白線の上に落ちている小さな糞。下校中の小学生とすれ違いながら行く。空の青さとそこに蔓延る雲を映す広い水溜まり。歩いているうちに、背後、西側はまだ雲が沸き返って密集しているが、行く手の空はすっきりと、視線を洗うような円やかな青さが満ちてきていることに気がついた。
 駅前に続く細道に入ると、前方にいた顔の丸々として赤い小学生の女児が、知り合いなのだろうか、どこかの店の店員らしくエプロンを身体の前に垂らして茶髪をポニーテールにした女性に話しかけ、黙祷したとか何とか訊いている。歩きながらその話を定かでないが盗み聞きしていると、女児の祖父か誰かも、震災で犠牲になったのか、あるいはそれとは関係なく、ついこのあいだ亡くなったかしたらしい。それで女性のほうが、お葬式行った、とか泣いちゃったでしょ、とか訊いているのに女児はしかし泣かなかったと否定して、涙を出そうと思っても出ないんだ、と口にして、それを聞いたこちらはちょっと小説みたいな台詞を吐くなと思った。通俗小説にありそうだ。女性のほうは自分の叔父だか祖父だかもこのあいだ亡くなって、それが九五歳の大往生だったと話している。そこまで行くと皆、悲しいでもなくて、九五歳まで生きたのだからお祝いのようだったね、というようなことを言っていたあの女性は何歳くらいだったのだろうか、まだ結構若々しいように見えたが、自分のことを「おばさん」とも言っていたし、四〇代くらいには達していたのだろうか。
 駅舎に入り、改札を抜けて、階段を上ってホームへ、一番線に止まっている立川行きに乗車し、車両の端の三人掛けに、リュックサックを下ろさないまま浅く腰掛ける。そうして揺られている途中、そうだ、母親に食費を渡さなくてはと思い出して、忘れないように手帳にメモしておいた。そうして河辺で降車。胸を張ってエスカレーターに乗り、上って改札を抜けると駅舎を出て、歩廊から左方を見下ろせばここでも梅の木が薄白い花をつけている。確かこのあたりにヤマボウシがあったはずだがと裸になった枯れ木を見ながら進むと、パンジーか何かの植えられた花壇の傍の路上に鴉が一羽佇んで、あたりを威嚇するようにがあ、があ、と、ざらついた声を発していた。こちらは歩廊を渡って図書館へ入館、CDの新着を見に行ったが特に目ぼしいものはない。上階へ、新着図書、アーサー・ウェイリー(だったか?)版の『源氏物語』の三巻目が入っており、ほか、カート・ヴォネガット全短編などもあった。あと、パリの住人の日記。確認してから検索機に寄り、木田元の著作を調べる。それから哲学の区画や大活字本の区画を回って、『哲学散歩』や、『反哲学入門』の所在を確認し、文庫のほうへ。『わたしの哲学入門』というこれは先日本屋で目に留めたものだが、文庫化しているようなのだが、その著作が見当たらない。『マッハとニーチェ』は見つかった。それでもう一度検索機で調べると、『わたしの哲学入門』は貸出中だった。そうしてテラス側の席に就き、コンピューターを取り出す。今日は、もう高校生はテストが終わったと言うかそろそろ春休みにも入っているのだろうか(さすがにまだか?)、席はがらがらに空いている。そうして四時半から打鍵を始め、途中、山岡ミヤ『光点』のことなど思い出して書架に入ってその所在を確認しつつ進めて、現在五時を回った頃合いである。これから書抜きをしよう。
 そういうわけで田島範男・水藤龍彦・長谷川淳基訳『ムージル著作集 第九巻 日記/エッセイ/書簡』の書抜きを二〇分ほどしたのち、今度は読書ノートに書抜き箇所をメモしはじめた。それが結構、一部文言を引いておくのだが、手で書いていると時間が掛かって、現在読んだところまで終わった頃には六時半が近くなっていたかと思う。それで帰ることにした。コンピューターをシャットダウンし、リュックサックに荷物をまとめて机上に置くと、席を立ってモッズコートを羽織り、下階へ向かう。手には古川真人『四時過ぎの船』である。下階に下りてカウンターに近寄ろうとすると、コピー機を使っていた男性が職員の女性に先に話しかけてしまったので、その前を通り過ぎ、入口に近いほうのカウンターに寄って、こんにちはと挨拶してくるのにこちらも同じ言葉を返した。そうして返却をお願いしますと本を差し出し、一点、返却致しましたとの言に礼を返して上階に戻った。席まで来て、外していた腕時計を左手首に戻し、リュックサックを背負ってすぐ傍の、ライトノベルの区画に入った。そうして川上稔境界線上のホライゾンⅢ』の中巻と下巻を取る。どちらも八〇〇頁から九〇〇頁ほどあって分厚い文庫本である。それを持って今度は海外文学の区画に入り、ワシーリー・グロスマン『万物は流転する』など手に取ってちょっと見分したのち、イタロ・ズヴェーヴォ『トリエステの謝肉祭』を手もとに保持した。それからさらに、木田元も借りるかということでフロアを横切って反対側の端の哲学の棚に向かい、哲学概論のあたりを眺める。木田元『哲学散歩』と、斎藤慶典『哲学がはじまるとき』という新書を借りることにした。そうして貸出機で手続き。こんなにたくさん借りてしまって、果たして期限内に読み終えることができるのかどうか定かでないが、まあ借りるだけただなのだし良いだろう。そして五冊をリュックサックに収めて、退館へ。階段を下りた時に見目麗しい女性とすれ違い、すれ違ったあとから芳しい香りが鼻に漂った。館を抜けると、通りを挟んで向かいの河辺TOKYUへ高架歩廊を渡る。背後には闇空のなかに細い三日月が刻まれていた。館に入り、進んで行くと、いつも野菜のセールをやっている区画に、水菜が一〇〇円である。これは買いかなと見ながら籠を持ち、椎茸と水菜を確保した。ここの区画の野菜は自動的に二〇パーセント引きになるものらしく、レシートを見てみると水菜は七八円、椎茸は八個入りで八四円になってこれは安いだろう。その他、茄子やらカップヌードルやらドレッシングやら柿の種やらポテトチップスやら豆腐やら籠に入れていく。ドレッシングは大きいサイズのやつだけれど、四四八円もしてこれは高い。そうして会計へ。前に並んでいた老婆が、あれは多分、小学校時代の同級生であるS.K(漢字が合っているか不明)の祖母だったのではないか――しかし彼女は亡くなったという噂をどこかで聞いたような気もしてきて覚束ない。こちらの並んでいたレジカウンターの隣がじきに準備され、老婆はそちらに誘導されていき、こちらは前に進んで籠を台に置くことが出来た。そうして会計、二一九八円。礼を言って釣り(二円)を受け取り、籠を持って整理台へ、リュックサックにポテトチップスとカップヌードルを詰め、背負い、そのほかはビニール袋へ。それで退館。月を見上げつつ、駅から吐き出されてくる人々とすれ違い、円型歩廊を歩いていく。駅舎の入口には、あれは市議会議員だろうか、それとも参議院選に向けての活動だろうか、議員候補らしい女性と、旗を持ったスタッフが立っていて(旗は裏側をこちらに見せるように捲れており、書かれた名前は読めなかった)行き交う人々に挨拶をしていた。地道にこうした活動をやらなければいけないのだから議員というものも大変なものだ、自分には生まれ変わっても出来るとは思えない。そうしてこちらは改札に入り、エスカレーター上を歩いて下りてホームへ。時刻表を見ようと掲示板に寄ると、何故か一面真っ白で、改装中なのだろうか電車の接続を確認することができなかった。仕方なしと払って線路に向かい合い、足もと、脚のあいだにビニール袋を置いてリュックサックから『ムージル著作集 第九巻』を救出した。そうして読書をしながら電車を待つ。ムージルの言っていることは相変わらず良くわからない。電車がやって来ると、吐き出される人々をやり過ごしたあとから乗車。扉際に就いて頁に目を落としながら待ち、青梅着。奥多摩行きは既にやって来ていた。七時一五分発。乗り換えて、ここでも座らず扉際に立ったままやはり文字を追う。そうして発車し、しばらくして最寄り駅。降りてビニール袋を左手に掛け、本を脇に挟みながら、手帳に読書時間を記録する。そうしているとこちらを追い抜いていく女性の深緑色の上着の色が薄暗がりのなかでも鮮やかに見える。駅を抜けて、坂をゆっくり下って行き、下の道へ。金属板のような鉛色の空は雲が去ったらしく澄んでいて、月は見えないが振り仰げば星が灯っており、何の亀裂も模様もなく均一な色味である。そうして帰宅。家の前まで来たところで、向かいの家から人が出てきた。階段に掛かる前に、道に出てきたのにこんばんは、と挨拶をすればO.Sさんである。Sちゃん、と呼びかけてきて、うちのSくん(漢字が分からない)がお願いがあるみたいなんだけど、と来る。何ですかと笑って答えれば、勉強を教えてほしいと言う。前にも母親経由で話を聞いたことはあった。この時のSさんの話しぶりでは、Sくん本人が、「Sお兄さん」に教えてほしいと言っているような口ぶりだったのだが、Sくんとこちらはほとんど面識がないはずだ――彼がもっと幼い頃にもしかしたらちょっと遊んだりはしたかもしれないが、こちらには記憶がない。でも受験は終わったんでしょうとこちら。春から(もう春か)O.Sに通うらしいのだが、「勉強の仕方」がわからないので、高校生になってももし良かったら教えてほしいと。勉強の仕方などこちらも知ったことではないし、学校の勉強なんて八割以上は暗記なのだからとにかく記憶の問題、そうして人間がものを記憶するには色々手段はあれど詰まるところ反復だろうと思うのだが、僕は全然構わないですよと答えておいた。駅前の、と塾に通っているのかと聞かれたのには、いや、今ちょっと休んでいてと返したのだが(母親がこちらのことを、鬱病になってと直接的に言ったかどうかは知らないが、精神の不調で休んでいるということは以前に話したはずだ)、それならじゃあ是非バイトしてください、と言うので、笑って僕のほうは全然構わないですと繰り返しておいた。塾に戻るのも、一体いつから戻ろうかというのも迷う。もう自分は多分働くことは出来ると思うが、せっかくのニート期間をもっと長引かせたいという良からぬ欲望もあり、『特性のない男』をこの機会に読みたいという気持ちもあるのだが、そうは言っていながらも今日もまた図書館で色々と本を借りてきたりしてしまって、いつになったら読めるのか? ともかくそうした話を交わしてから家内に入り、買ってきた品物を冷蔵庫や戸棚に収めてから自室に帰った。そうして着替え、上階へ。食事。米・鶏肉のカレーソテー(ブロッコリー添え)・人参やナッツの和え物・大根や胡瓜などの生サラダ。鶏肉をおかずにして米を貪る。テレビは『YOUは何しに日本へ?』。特別に言及するべきことはない。食べ終えると薬を飲んで風呂へ。Sくんを教えることなど考えて、やるとしたら毎週土曜日かななどと思いつつ浸かって、出てくると玄関の戸棚に行き、買ってきた柿の種の大袋のなかから一袋取り出す。すると音を聞きつけた母親が、煎餅を買ってきたのと訊くので、居間に入りながら柿の種、と言う。一つくれと言うのでもっていた一袋を渡し、こちらの分を改って取って下階へ。ねぐらに帰って柿の種を食べながら、Mさんのブログを読んだ(その前に、母親に食費として二万円を渡しに行った)。その後、ポテトチップスも貪って、fuzkueの「読書日記(125)」を最後まで読み、そうして日記を書いた。BGMはEsperanza Spalding『Emily's D+Evolution』。時刻は一〇時直前。
 Ernest Hemingway, Men Without Womenを読む。邦訳をいちいち参照して、覚えておこうという単語には赤線を引きながら読み進める。三〇分。それから、ムージル。例によって話が観念的で訳がわからない。そこにある文字を本当にただ読んでいるだけで、意味は全然理解できていない。零時一五分まで読むと一旦力尽きて意識を落とした。一時過ぎに復活し、一時半過ぎからふたたびいくらか読んで、二時半前に就床。


・作文
 14:56 - 15:10 = 14分
 15:15 - 15:19 = 4分
 16:31 - 17:03 = 32分
 21:11 - 21:53 = 42分
 計: 1時間32分

・読書
 12:46 - 14:50 = 2時間4分
 17:09 - 17:30 = 21分
 18:51 - 19:17 = 26分
 20:25 - 21:04 = 39分
 21:55 - 22:25 - 24:15 = 2時間20分
 25:39 - 26:23 = 44分
 計: 6時間34分

  • 川上稔境界線上のホライゾンⅢ(上)』: 528 - 720
  • 田島範男・水藤龍彦・長谷川淳基訳『ムージル著作集 第九巻 日記/エッセイ/書簡』松籟社、一九九七年、書抜き
  • 田島範男・水藤龍彦・長谷川淳基訳『ムージル著作集 第九巻 日記/エッセイ/書簡』: 147 - 178
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-03-08「下水路を泳ぐ外来種の鱗は夜を知らず夜より暗い」; 2019-03-09「泥水をすする聖者の恍惚があなたに宿った初夜の気がした」
  • fuzkue「読書日記(125)」
  • Ernest Hemingway, Men Without Women: 75 - 79

・睡眠
 0:50 - 12:00 = 11時間10分

・音楽




田島範男・水藤龍彦・長谷川淳基訳『ムージル著作集 第九巻 日記/エッセイ/書簡』松籟社、一九九七年

 それは二つの敵対しあう力であるが、これらをなんとか平衡させねばならないのだ。拡散的で形を成さない思想的なものと、レトリカルな創出という窮屈で、ややもすれば空疎な形式に終わりがちなもの。
 (36; 「初期の日記(抄)」)

     *

 <クラウディネ>にはこう書いてはならない――どこかしらで時計が時間についての独り言を始めた。足音が……。これは抒情だ。こう書かねばならない――(end36)時計が鳴った。クラウディネはどこかでなにかが始まるような感じがした。足音が……。前の例では作者が比喩のえらび方そのものを通して、実に美しい、美しいはずだ等々と強調しているわけだ。格言=作者は登場人物という礼服を身にまとって姿を見せるべし。責任をつねに彼らに転嫁すること。その方が利口であるだけではない。注目すべきは、それによって叙事的なものも生じてくることである。
 (36~37; 「初期の日記(抄)」)

     *

 [一九一四年]一月十一日。W・ラーテナウ博士。すばらしい英国製の背広。明るいグレーで、小さな白い斑点に縁どられた黒っぽいストライプが入っている。心地よさそうな温かい生地で、しかもとてつもなく柔らかい。見事に湾曲した胸、両脇の面は広がって下に落ちていく。
 頭部にはネグロイド的なところがある。フェニキア(end47)風。額と頭蓋の前部は球欠をなし、そこから――いったん小さく沈み、さらに盛り上がったのち――頭蓋は後方へ向けて高くなっていく。あごの先端の線――頭蓋骨の辺境の地――は水平線に対して、ほとんど四五度より小さな角度を成しているが、その印象は短いあごひげ(ひげというより、あごの一部という感じ)によって強められている。小さいが大胆に湾曲した鼻。分厚い唇。ハンニバルがどんな顔をしていたか知らないが、彼のことが思い浮かんだ。
 (47~48; 「初期の日記(抄)」)

     *

 ゾンバルトは安楽椅子に身体を伸ばし、大きなまるい眼でひとを追う。スペードのジャックみたいな顔で、細い葉巻の吸いさしを金属製のホルダーに挿し、口にくわえてしゃぶっている。ただ時折身体全体を揺さぶるようにして、起き上がる。(その動きは両手のこぶしから始まって、やがて頭部にとび移る)「ち・ちがいますな」
 猟服風のフロックに身を包んだ白髪まじりの老教授、「も・もしも私の理解が正しいならばですぞ、教授(彼は言葉を揺するように発する。犬が他の犬の首筋をく(end48)わえて宙で振るように)、それはこういうことです……。しかし、やっぱり私はこう言わざるをえませんな……。心理学上のじ・じじつというやつは、やっぱりどうしたって論理学上の厳格な必然を超えられ……。私が思いまするに……」。
 最上の登場人物は若い従僕で、そのあいだずっと給仕をしながら行ったり来たりしている。
 彼はこれらの威厳ある、大抵は年老いた男たちが全くわけの分からぬ、彼には無価値としか思わないことがらについて狂ったような激しさで言い争うのを眺めている。
 彼の年若い主人が眼でなにごとかを言いつけると、彼の中に喜び、支えが現われるのが分かる。日常への回帰。
 (48~49; 「初期の日記(抄)」)

     *

 (……)ひるがえって、われわれは啓蒙主義の時代以降、勇気というものを失ってしまった。ささいなひとつの失敗が、われわれを悟性不信に陥らせるに足りたし、そこいらの月並みな夢想家にもダランベールディドロのようなひとびとの壮図を、合理主義時代の自惚れと罵るのを許している始末である。われわれは感情の肩をもち、知性に反対して喚いているが、知性ぬきの感情など――例外を除けば――パグのようにぶくぶくしたものであることを忘れてしまっている。そのためにわれわれの文学は悲惨な有様で、ドイツの小説を二冊続けて読んだあとは、積分の問題を一つ解いてダイエットしなければならないほどなのだ。
 (64; 「数学的人間」)

     *

 (……)ラチオの領域が「例外を伴う規則」の支配する領域であったとしたら、非[ノン]ラチオのそれは、例外が規則をコントロールする領域といえよう。(……)
 (75; 「詩人の認識に関するスケッチ」)

     *

 そもそも本質的に異なった二つの領域が問題なのだということを認識しないことが、詩人を例外的人間とする市民的見解を招いた(ここから責任能力欠如とい(end76)う烙印へは至近距離である)。実のところ詩人は、例外に着目する人間である限りで、例外的人間たるにすぎない。彼は「狂人」でもなければ、「予言者」「幼児」もしくは理性の出来損いでもない。いやそれどころか彼は、合理的人間とは異なる認識方法や能力を用いるわけでもない。重要人物とは、事実に関する最大の知識ならびに最大のラチオを自在に駆使して、これら二つを結びつける人間であり、その点は双方の領域においても同じである。ただ、一方が事実をみずからの外に見出すのにたいし、他方は自己の内部に見る。一方が、互いに連結し合っている一連の経験と向かい合うのにたいし、他方はそうでないだけのことである。
 (76~77; 「詩人の認識に関するスケッチ」)