2019/5/18, Sat.

 二時まで糞寝坊。またもや堕落の輪のなかに取り込まれてしまった。どうあがいても起きられない。起床すると携帯にメールが入っていて、と言うか微睡んでいるあいだに携帯が震えたのは認識していて、職場からだろうかと思いながらも起きられずに放っておいたのだったが、それを見ると当日の出勤要請だった。三時からのコマだと言うので余裕はないが、困っているようだったので応じて出ることにして、ギリギリになると思いますが向かいますと返信しておいた。そうして上階に行き、母親に急遽仕事が入ったと知らせて、炒飯とサラダを素早く食べる。そうすると時刻は二時一五分かそこらだった。下階に下り、寝間着からスーツに着替える。今日も前日と同じ、父親に借りた高島屋のグレーのスーツを着た。暑いだろうからジャケットは羽織らず、ワイシャツの上にベストを纏ったのみの格好である。それで荷物をクラッチバッグにまとめて上階に行った。家の南側で外気に触れながら本を読んでいた父親がなかに入ってきていたので、風呂を洗ってくれる、と頼んだ。歯磨きをしている時間もなかったので、ガムを一つ貰って噛み、便所に入って排便すると、母親に続いて家を出た。母親も壊れたドライヤーの替わりを買いに出かけると言うので、車で乗せて行ってもらうことにしたのだ。それでギリギリに着くことは避けられるはずだった。家を出た時、時刻は二時半を僅かに回ったあたりだった。車の助手席に乗りこみ、どうでも良い音楽が掛かっているなか発車、坂を上って行って街道に出て、市街へと走っていく。母親は途中、今日も父親が休みなのでテレビを取られてしまって見られない、いつまでも酒を飲みながらものを食べているし、それでちょっと憂鬱、とか口にしてみせた。こちらはそれには何とも受けずに無言で通して、青梅駅近くに来るとちょうど信号が赤だったので車が停まったところで礼を言って降りた。強い風に旗がばたばたと激しく震え、銀杏の木の青々とした葉っぱも揺れているなかを歩いていく。八百屋の前では葱か何かの匂いが香った。
 職場に着くと室長が、ありがとうございますと本当に助かったらしい笑みを浮かべてくる。それにこちらも笑みと会釈で応じて、奥のスペースに行き、ロッカーに荷物を仕舞って準備を始めた。三時からの時限と、六時からの時限をやってほしいと知らされていて、あいだの空き時限で日記を書けるだろうということでコンピューターを持ってきていた。その点室長に確認し、合間の時間は奥の方で自分のことをやっていて良いという許可を取りつけた。それで授業。一時限目は(……)くん(小六・国語)に(……)(中一・英語)。前者は初顔合わせ。線の細くて、声も細いような大人しそうな子だった。後者は以前勤めていた時にも担当していた子なので、初めましてという例の冗談を言ったあと、またよろしくお願いしますと挨拶した。(……)くんは中学受験用のテキストをそのまま進めた。今日やったのは説明文・論説文。段落ごとの役割を捉えろとか、筆者の意見は最終部にまとまっていることが多いとか、そのようなことを説明し、あとは一段落ずつ、どんなことが書かれていますかといちいち訊いていって答えさせるようにした。そのようにして内容をまとめる力が少しでもつけば良いだろう。(……)はテスト範囲の復習、テスト前に今日のこの一時限しかないとのことだったが、範囲がI am ~/ You are ~やその否定文などでそれほど広くなかったし簡単なところだったので、充分復習できたと思う。文法的な理解は問題ないのだが、単語のスペルミスが結構目について、書けない語がいくつかあったので、それらを練習させた。tired, thirsty, Sydney, Australiaなどである。練習させたあとは確認のためにノートの別の頁をひらいて答えを見ずに書かせ、その後も授業中で折に触れて同じように答えを見せずに書かせて確認した。あとはテストの日まで覚えていられればというところだが、まあ多分忘れてしまうのだろう。
 それで一時限目は終了。合間の時間にまず外に出て、近くの自販機で「GREEN DAKARA」を買った。大してうまくもない飲み物だったが、これくらいしか飲みたいようなものが見当たらなかったのだ。それで教室に戻って、奥の方の一席を借りてコンピューターを置き、日記を書いた。四時四〇分頃から初めて一時間強打鍵し続けて、前日の日記を何とか仕上げることができた。
 それで二時限目の時間、六時が迫ると入口近くに立って生徒の出迎え・見送りをした。そう言えばこれよりも前、合間の時間に入ったばかりの頃だったと思うが、(……)さんとも再会した。彼女が入ってきたところにこちらはちょっと離れたところから突っ立って視線を送っていると、気づいた相手が、驚きの表情を見せ、会釈しながらお久しぶりですと挨拶してきた。彼女が近寄ってくると、お久しぶりですではなくて、初めまして、新人のFって言いますと例によっておちゃらけてみたのだが、そうすると彼女は、それはひどい、と笑って口にした。その後真面目なトーンに変えて、またよろしくお願いしますと挨拶しておいた。
 それで二時限目の授業だが、この時間は相手は中三の(……)くん一人、科目は社会である。この生徒も以前から面識のある生徒だったので、お久しぶりです、よろしくお願いしますと挨拶した。それで社会は歴史を扱って、テスト前なので対策、条約改正あたりから第一次世界大戦くらいの事柄である。まず宿題二頁のうち、一頁は全問正解で問題なく、二頁目はややわからない部分があったが、それでも一次大戦の始まった年、終わった年など訊くとすぐに答えられて、思ったよりもこの子は出来るのではないかと思われた。彼が覚えにくかった部分というのは、芸術家などの名前だと言うので、横山大観黒田清輝高村光雲がそれぞれ日本画、洋画、彫刻の分野の人間であることを確認し、授業の合間に折に触れて復習して確認して、またノートにもメモさせた。歴史の授業は結構解説することがあってわりあい面白い。この日も不平等条約の内容だとか、社会主義というのはどういう思想かとか、まあそういったことを解説したのだが、社会主義って知ってる、と訊いても、あれですよね、平等な……とか言ってみせるので、やはり意外にも、と言っては失礼だが、結構基本的な知識はある生徒であるらしい。問題の出来にもそれは表れており、復習確認のような頁と、やや難しい問題、結構難しい問題とやらせたのだが、全体に出来は良く、こちらは僅かに間違えたところを拾って解説すれば良い、というような形だった。ノートにも色々と書いてくれて、ノートの記録欄がすべて埋まるくらいになったので、これなら誰が見ても文句はないだろうという状態に持っていくことができた。まあマンツーマンであったから、それくらい出来ないとやはりいけないだろう。
 それで終了。生徒たちの見送りをして、室長に授業記録をチェックしてもらった。それから、室長にまた、夏休み、八月にモスクワに行くことになったので長めに休みを頂きたいと話を切り出してみたところ、事もなく、良いよ、という返答があったので安心した。これでモスクワ行きは大丈夫そうである。そうして退勤。出口の近くに来ると室長が、今日は本当に助かりましたと礼を言うので、まあ暇人なんで、と受け、また何かあったら、呼んでいただければと応じた。そうして退出。
 空には雲が全面に掛かっているらしく、東の空の満月が朧に霞んでいた。夜気は涼しいものの、歩いているうちにやはりベストの裏が蒸してきて、首筋など汗の感覚が滲む。裏通りの途中で鳴いていた虫が突然声を消した瞬間があり、一瞬、耳がきんとなりそうな静寂があたりに満ちたのだったが、歩を進めているうちにまたどこかから虫の小さな声が湧いてきて、その静寂もすぐに破られてしまう。朧月は雲を掛けられながらもそれに負けずに光を放っていて、黄色い目玉のようだった。
 帰宅。両親に挨拶して下階へ。コンピューターを机上に据えてスイッチを押し、準備させながら服を脱ぎ、汗ばんだ肌に息を吸わせて、TwitterSkypeをチェックしてから上階に行った。食事はジャガイモやウインナーの炒め物に鮭、米に柔らかい味の魚介や野菜のスープ。父親は休みなのでまた酒を飲んだらしかった。こちらは食事を終えても疲れのためにすぐには立ち上がれず、ちょっと休んでから台所に立って皿を洗い、風呂に行った。風呂のなかでFISHMANS "頼りない天使"のメロディを吹きながら身体を休め、上がってくると居間の南窓のカーテンを閉め、それからすぐさま下階に戻って、久しぶりに短歌を作った。風呂のなかにいるあいだに久方ぶりに作歌の回路が駆動していたのだった。五つを適当に拵えた。

 鈍色の涙を燃やせ不死鳥よ氷雨に刺されて血を噴きながら
 夕暮れて影法師たちのセレナーデ鳥も樹木も風に狂って
 寝覚めしてゼニアオイ色の黄昏に狂気の本を繙き耽る
 真っ青な原始時代の白夜にて無涯の海に投身自殺
 儚くて正義も罪も平等も犬に喰わせて空き地に埋める

 ブログの「短歌」記事にも最新の分まで追加しておき、TwitterSkype上にも呟いて、それから日記を書きはじめたのが一〇時九分だった。FISHMANS『Oh! Mountain』や、Bill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』(Disc 3)をお供にしてそれから一時間打鍵して現在時に何とか追いつくことができた。日記を毎日書くというのもなかなかそう楽ではない。
 ジェイムズ・ジョイス/米本義孝訳『ダブリンの人びと』を読みはじめた。「死者たち」の後半である。この篇は三宅さんが好きで印象深いものとして東京に来た時など言及していた覚えがある。彼が言及していただけあって、その終盤は今まで読んできたなかでは一番印象的だった。妻の死んだ恋人、恋敵に対する嫉妬や怒りで終わらせないで、そこから一種の「愛」の感情へと展開していくのがさすがであると思ったのだったが、それでもやはり最後まで翻訳に馴染めず、書抜きをしたいとは思わなかった。柳瀬尚紀訳で読むとまた違うかもしれない。零時まで読んでこの本は読了し、その後、インターネットを回ったあと、既に始まっていたSkype上の通話に、零時四〇分あたりから参加した。
 T.Kさんという新しい人がチャットで参加していた。高校生だと言う。鉱物が大好きらしい。好きな科目は理科や数学ともろに理系。中原中也の詩も好きらしい。そこから、教科書に載せてほしい作品、というような話になった。こちらは『族長の秋』を載せろよと以前は思っていたと言ったのだが、これはやはりさすがに無茶な要求である。しかしああいう訳のわからないようなものに学校で触れさせて、この世にはそういう存在があるのだぞ、この世界というのはお前たちが思っているよりも広いのだぞということを子供たちに知らしめるだけでも有益なことではないかとも思うのだが。Bさんは便覧に三島由紀夫の作品として、『潮騒』とか『金閣寺』とかそのあたりの有名作しか載っていないのが不満だと言った。もっと『豊饒の海』とかも載せろよという立場らしい。
 そのうちに、Iさんがやって来た。彼は今日、金来成[キム・ネソン]という韓国の作家の小説を読んだと言った。アンチ・ミステリーといった趣のものであるらしい。この作家に関してはウィキペディアに記事があって、「韓国推理小説創始者」などとされている。そこからアジア圏の文学も面白そうなのだけれど、全然触れられていないなという話になった。Aさんがチャット上で、ハン・ガンの名前を出したので、『すべての白いものたちへ』でしたっけとこちらは即座に応じた。ちょっと前にTwitter上で好評を得ていたような記憶がある。
 その後、実に幅広くものを読んでいるAさんが読んでなさそうな作品――今まで自分が読んだもののなかで――を挙げようというゲームが何故か始まった。こちらはムージルの『特性のない男』を挙げたのだったが――まだ一巻しか読んでいないけれど――、Aさんは以前こちらがムージルについてした話を覚えていたものの、まだ読んでいないということだった。その過程で、Aさんが、ミック・ジャクソンという作家の名前を出した。この人は本名がマイケル・ジャクソンで、例の有名人と間違えられるのでミックに改名したという話だが、その後はその後でミック・ジャガーと間違えられるようになったという不憫な人らしい。
 それから今皆さんは何を読んでいるんですかと尋ねると、NNさんは須賀敦子を読んでいるとのことだった。須賀敦子もこちらはまだ一冊も読んだことのない作家である。Yさんが応じて須賀敦子の著作がいくつか並んだ写真をチャット上に載せたのだが、そのなかに、『ユルスナールの靴』というのがあって、ユルスナールってマルグリット・ユルスナールですよねと問いかけ、僕は二冊読んだことがありますよ、『ハドリアヌス帝の回想』と、『黒の過程』と、『ハドリアヌス帝』を読んだのはもう随分前なので内容は全然覚えていないですが、重厚な文体の感触だけは何となく残っていますと話した。そこから『ハドリアヌス帝の回想』を訳した多田智満子の名前を出したりもした。Aさんはマルセル・シュウォッブの『少年十字軍』を多田智満子訳で読んだと言う。
 そうして二時を迎えたところでこちらは離脱した。チャット上に、今晩もありがとうございました、よい眠りをと挨拶しておき、Yさんが上げた服の写真だけ見てからコンピューターを閉ざした。そうしてベッドに移り、ジェイムズ・ジョイス柳瀬尚紀訳『ダブリナーズ』を読みはじめた。やはりこちらの方が訳が全然良い、精度が違うと思う。また、「出会い An Encounter」という篇のなかには、路傍の子供らがプロテスタントを罵る"Swaddlers"という語が出てくるのだが、これを、米本義孝は「オムツ新教徒やーい! オムツ新教徒やーい!」と訳している(swaddleというのは「赤子用オムツ」のことであるらしい)。これは「オムツ」の意を汲みながらも、やはりあまりこなれた訳とは言えないと思うのだが、そこを柳瀬尚紀は、「メソジスト」に掛けて「めそ児[じ]ッたれ! めそ児ッたれ!」と訳していて、かなり大胆な意訳ではあるけれど、さすがの手腕だと言わざるを得ない豪気な訳しぶりである。それは特殊な部分だが、やはり全体的に米本訳よりも日本語としての組み立て方がきちんと整っているように思う。さすがは『フィネガンズ・ウェイク』を訳したつわものだと言うべきだろう。
 三時直前まで読んで、六時半のアラームを仕掛けて就寝した。


・作文
 16:43 - 17:51 = 1時間8分
 22:09 - 23:07 = 58分
 計: 2時間6分

・読書
 23:11 - 24:00 = 49分
 26:06 - 26:57 = 51分
 計: 1時間40分

・睡眠
 3:30 - 14:00 = 10時間30分

・音楽