2019/5/24, Fri.

 一〇時二五分に起床した。八時一五分にアラームを仕掛けており、その前から目を覚ましていたのだったが、鳴り出したアラームを止めると例によってベッドに舞い戻ってしまい、午前九時の暖かな陽射しのなかに身体を寝かせて漫然と時を過ごしているうちに一〇時半が近づいていた。しかし、就床したのが三時半頃だったので、睡眠時間としては七時間と適正である。窓はひらいてあり、そこから入りこんでくる空気の動きで、中途半端に閉じきらずに隙間を残した部屋の入口の戸が、時折りぎいぎいと音を立てて僅かに動いていた。ベッドから起き上がるとコンピューターを起動させ、TwitterSkypeを確認したあとに部屋の扉をくぐって上階に行った。髪を後ろに短くくくった母親が洗面所にいた。挨拶をして、何かあるのかと問うと、前日の肉巻きの残りがあると言うので冷蔵庫からそれを取り出し、電子レンジに突っ込んで二分間回しているあいだに便所に行って用を足した。トイレットペーパーで便器を拭いてから水を流し、手を洗って戻ってくるとちょうど加熱が終わる頃で、米を椀によそって肉巻きとともに卓に運び、椅子に腰掛けて食事を取りはじめた。アスパラガスを巻いた豚肉をおかずに米を咀嚼する一方で、新聞の一面を眺め、先月の米韓大統領会談の際にドナルド・トランプ文在寅に対して日韓関係の改善を要求していたという記事を読んだ。読み終える頃にものも食べ終えて、それから水を汲んできて薬を飲むと、食器を洗い、前日に母親がM田さんから貰ってきた「BAKE」のチーズ・タルトを立ったまま頂いた。そのあとに台布巾で卓上を拭き、カウンターの上に布巾を放っておくとティッシュを取って鼻をかんだ。母親は風邪を引いたらしくて時折り声をがらがらにざらつかせており、鼻水も出ると言う。こちらも何だか風邪っぽいと言うか、喉がざらざらとするし、鼻水も出た。
 鼻をかんだティッシュをゴミ箱に捨ててから階段を下り、自室に入るとコンピューターに寄って前日の記録を付けた。前日に手帳にメモした英単語などの事柄も日記の方に一つずつ写しておき、それから窓を閉めてFISHMANS『Oh! Mountain』を流しはじめた。新聞によれば最高気温三一度の夏日で――翌日はさらに上がって三二度だと言う――窓を閉めると熱が室内に漂い籠って暑いものの、音楽を流したければそうするほかはない。それでFISHMANSの音楽が流れるなかでベッドに乗り、ティッシュを一枚敷いて手の爪を切った。時折り歌を断片的に口ずさみながら鑢で爪の先を整え、終わるとティッシュを丸めてゴミ箱に放り、それからコンピューターに近づいて日記を書きはじめた。この日の分をここまで先に綴って一一時半を回っている。薄い頭痛がある。
 しばらくインターネットを回ったのち、一時直前から書見を始めた。Michael Stanislawski, Zionism: A Very Short Introductionである。先ほど布団をベランダに干してあった。そのなかから枕だけ取り込んで、クッションと合わせて背もたれにしながら、脚をベッドの上に伸ばして英文を読んだ。二時に至ると、何もしていないのに、頭痛が滲むこともあって疲労感のようなものが湧いてきて、それに従って姿勢を崩し、目を閉じた。そうして三時頃まで休むと起き上がってベランダに出た。干された布団を叩かず撫でるようにして表面の埃を払っていると、隣家の庭木の向こうでTさんが、草取りか何かを頼んだ高年男性と談笑しているらしく、その姿がちらちらと見えたので、首を傾げて視線が通るようにして、手を振った。Tさんは手を振り返してくれたので、笑って、こんにちは、と大きめの声を放っておき、そうして布団を部屋のベッドに取り込んだ。それから上階に上がって上のベランダに出て、こちらにも干されてあった炬燵布団やタオルなどを室内に入れ込み、畳むものは畳んでソファの背に置いておいて下階に戻った。そうして三時半直前からふたたび読書である。――いや、違った。読書をしたのはもっとあとの時間、四時一五分になってからのことだった。この時は、Mさんのブログを読んだのだ。玄関の戸棚から明星のきつねうどんを取り出し、湯を注いで自室に持ち帰り、コンピューターの前でそれを啜りながら彼の日記を読んだのだった。Mさんは、Kさんの服を選ぶという名目のデート・イベントをこなしていた。それを読みながら、着実に好感度を高め距離を詰めつつあるギャルゲーの主人公の行動を読んでいるような気持ちになった。一七日の分まで三日分の記事を読んだそのあと、ベッドに移って読書に入ったのだった。音楽はDave Brubeck『Jazz At The Blackhawk』を流した。Dave Brubeckという人は白人で、『Time Out』などのイメージからして結構リリカルな、知性的なピアノを弾くのかと思いきや、Thelonious Monkとはまた違った形でピアノを打楽器のように使って、ライブでは結構熱の籠った演奏をする人だった。それを聞きながらシオニズムについての英文の概説書を読み進めた。キブツという生産共同体がどのような生活実践を行ってきたのか、社会主義の理想をどのような形で実現したのかという点にも多少の興味はある。五時四〇分に至ったところで読書を取りやめ、また頭痛が湧いていたので布団に潜ってしばらく休んだ。六時を過ぎたら食事を作りに行かなくてはと思いながら、あれよあれよという間に六時半を迎えてしまい、そこでようやく立ち上がって上階に行った。カレーを作るようにとの指示が書き置かれてあった。それで台所に入って、人参を切りはじめようというところで父親が帰ってきた。光の萎えた午後六時半過ぎの青暗い居間のなかで、グレーのスラックスに白いワイシャツ姿の、髪のもう薄くなった父親の姿を見やりながら野菜を切った。玉ねぎを切っている時に、父親の携帯からゴールデン・ボンバー "女々しくて"のメロディが鳴り響いた。趣味の悪い着信音楽である。電話に出た父親は、相手はおそらく顧客でもある山梨の知人だろう、立ち上がってカレンダーを見ながら、車検のことについてなどにこやかに話していた。こちらは玉ねぎを切って溢れ出てきた涙を拭き、肉を冷蔵庫から取り出して凍ったままに切り分けると、フライパンにオリーブ・オイルを垂らしてその上から生姜をたっぷりとすり下ろした。木べらを使って生姜をちょっと搔き混ぜてから、玉ねぎ・ジャガイモ・人参の入った笊を持ち上げて、野菜を一気に投入した。そうして炒めているあいだに父親は同じ格好のままふたたび出かけていった。市民会館の跡に出来た施設――名前がいつまで経っても覚えられない――で、会議があるのだと言う――何の会議だか知れたものではないが、おそらくは自治会関連のものだろう。こちらは野菜をゆっくりと木べらで搔き混ぜながらじっくりと炒め、じゅうじゅうという音を長いこと立てさせたあと、玉ねぎがしんなりと柔らかくなったところで肉を加えた。それから肉の色が変わるまで同じようにゆっくりと搔き混ぜてじゅうじゅういわせ、もう良いだろうというところで水を注いだ。そうして使った俎板や小さな包丁などを洗い、そのあと、風呂を洗うのを忘れていたことに気づいて浴室に入り、風呂桶を擦り洗うと出てきて、居間の隅に行って肌着類を畳んだ。そうしているとバイクで出勤していた母親が下階から帰ってきた気配が発生した。下から呼びかけてくるのに応え、洗濯挟みを一つくれと言うのに放ってやり、こちらはそれからアイロン台を用意して、自分のGLOBAL WORKのカラフルな格子縞のシャツにアイロンを掛けた。それを下階に運んでおいてから戻ってきて、その頃にはカレーはもう充分に煮えていたので、固形のルーを六つ投入し、搔き混ぜながらスパイスの類も振り入れた。その横からさらに母親がソースやケチャップや牛乳などを加えていく。それで完成、時刻は七時を回ったところだった。もう食事を取ってしまうことにしてカレーを大皿によそり、同じく大きな盛り皿に前日の生サラダの残りを取り分け、スプーンと箸を持って卓に就いた。やはり風邪気味なのだろうか、カレーを食べながら頻りに鼻水が湧いて、たびたびティッシュを鼻に当てなければならなかった。サラダを食い、カレーをもう一杯おかわりして満腹になると、薬を服用して食器を洗い、そのまま風呂に行った。浴室内は暑く、裸で湯の外にいても汗が湧いてきそうな具合だったので、窓を少々ひらいた。それから掛け湯をして湯のなかに身体を収め、しばらく浸かってから頭と身体を洗って上がった。パンツ一丁で髪を乾かして出てくるとすぐさま下階に下り、八時五分から、Eric Clapton & Steve Winwood『Live From Madison Square Garden』とともに日記を書きはじめた。途中、"Sleeping In The Ground"に差し掛かると、ミドルテンポの良い感じのブルースに誘われてコンピューター前を離れて隣室に入り、壁の向こうから聞こえてくる音楽に合わせてギターを少々弄った。一曲終わると大人しく部屋に戻ってふたたび打鍵を続け、三〇分ほどで現在時刻まで追いつかせることができた。
 それから、Michael Stanislawski, Zionism: A Very Short Introductionの書抜きを行った。英語の文を写すのは、当然のことだが、日本語の文章を入力するよりも骨が折れる。一時間ほど打鍵して九時四〇分付近を迎えると切りとして、Skype通話を始める一〇時までのあいだ、何をするかと立ち迷ったが――予め、今日は一〇時から始めると宣言してあったのだ――短歌でも作るかと言うわけで、手近の『黒田三郎詩集』を手に取り、他人の文言を読み、時に借用しながらインスピレーションを膨らませた。

 監獄でメメント・モリを唱えつつ純粋音楽夢見て眠る
 人波を縫って奏でる鎮魂歌白く乾いた煙を吸って
 文字のない書物を君に贈ります青い裸をそこに埋めてよ
 街角でバスに轢かれた猫を見て雨が降ればと祈らずおれぬ
 古ぼけたアパートの灯が消える頃朝は痛みを背負ってくれる
 砂を喰らい喉を灼かせる炎天下水はいらない涙が欲しい
 後れ毛を搔きあげながら唄歌うあの子の眼には無限が見える

 以上のものを作ったところで一〇時を迎えた。Skypeのチャット上には、SYさんという新しい方が現れていた。それで、こちらのSkypeは「このグループは通話するには大きすぎます」という表示がなされて通話ボタンが押せなくなってしまったので、誰か発信してくださいと呼びかけると、彼が発信してくれたので、そこに参加した。最初はSYさんと二人きりだったが、まもなくT.KさんとYさんが参加した。
 SYさんは医学部の大学院生、研究は感染症などの方面。本はエッセイなどが好きだとのことだったが、話を聞いてみるといわゆる作家のエッセイと言うよりは、ノンフィクション本といった方面ではないかと思われた。のちには、リチャード・ドーキンス福岡伸一などの名前が挙がって、それに対してMYさんが、『動的平衡』を読んだと反応していたのが印象的だった。MYさんと言えばサドの横顔のアイコンが印象的な人で、文学を幅広く読んでいるのだが、生物学などの方面のものも読むのかとその読書ジャンルの幅広さに驚いたのだった。
 そのうちに通話にはJさんという方が参加した。Yさんの知り合いであるフィンランド人の方である。二五歳で大学生。研究はドイツ語の方面。文学はあまり読まないらしいが、あとで訊いてみるとトーマス・マンシェイクスピアなどの名前が挙がった。シェイクスピアに関しては、僕は『マクベス』が結構好きなんですよと言っておき――正確に言えば好きなのは、ここ数日日記にも引用している終盤のマクベスの虚無的な言明の部分で、ほかの箇所はもう全然覚えていないが――ドイツ文学に関しては、Robert Musilとチャットに打ち込んで、トーマス・マンと同じ時代の作家で、お勧めですと紹介しておいた。Jさんの反応からすると、彼はムージルの名前を聞いたことがあったのかもしれない。
 話の順序が前後するが、Fさんはどこに住んでいるのですかと訊かれて、東京、と答えた。しかし、東京と言っても、西の方なので、都会ではない、田舎ですなどと話しているあいだ、自然と日本語を相手に聞き取りやすいようにゆっくり区切って、言い方も口語的に崩れるのではなくて教科書的な整然とした文にしている自分がいた。Mさんが中国で学生相手に実践しているのもきっとこういうことなのだろう。Jさんは、日本語はどのくらい勉強しましたかと問うと、大学に入って三年間、独学も含めると六年間と言った。例によってアニメが好きなのかなと思ってそう問うてみると、そんなに見ないけれど、『鋼の錬金術師』が好きだという答えがあった。
 そのうちにJさんは出かけなければいけないと言って離脱し、ほとんど同時にMYさんとBさんが入ってきた。いや、BさんはJさんが退出するよりも前に入ってきていた。また、Dさんもチャットのみで参加してきたが、こちらは彼のプロフィールが詳らかに思い出せなかったので、人数が増えすぎて情報を覚えきれない、と言って笑った。Dさんとは、ナボコフが好きだという話を過去にしたのだった。
 じきに、チャットの人が増えて、彼らの発言を拾いながらまったりとしたトークが展開されるという流れになった。そのなかでMYさんに、最近は何を読みましたかと訊くと、彼は今、川端康成の『浅草紅団』を読んでいるところだと言った。当時の浅草を忠実に描いたもので、まあ何ということもないと言うか、ただ浅草の様子を綴っただけのような作品らしかったが、こちらはわりとそういう風景的な、スケッチ的なものが好きなので、いいですねと受けた。文体がジョイスに似ていると彼は言った。ふらふらと揺れるようなところがジョイスを思わせるらしかった。そのほか、彼は『重力の虹』も、一日に二頁ずつくらいだが読んでいるという話だった。また、皆川博子の『蝶』という作品も最近読んだらしくて、それを受けて皆川博子の大好きなAさんが、チャット上で「ああ あああああ ああああああ」などと、「あ」しか発しない機械となって恍惚に達してしまったのがちょっと面白かった。
 予め今日は零時には抜けると宣言しておいたのだったが、それよりも早く、一一時半を過ぎたあたりでこちらは挨拶をして通話を離脱した。チャット上に、「今晩もありがとうございました!」と投稿しておき、そうしてコンピューターを閉じ、一一時四五分からベッドに移ってふたたび読書を始めた。窓をひらいていた。やはり風邪気味の様子で、淡い頭痛がほどけきれずに頭蓋に宿っており、さらさらと薄い水のような鼻水もよく出た。それで一時を目前にしたところでもう眠ることにして、明かりを落として就眠した。思いの外に眠りは遠くなかったようだ。


・作文
 11:19 - 12:10 = 51分
 20:05 - 20:36 = 31分
 計: 1時間22分

・読書
 12:54 - 14:05 = 1時間11分
 15:27 - 16:13 = 46分
 16:15 - 17:40 = 1時間25分
 20:37 - 21:38 = 1時間1分
 23:45 - 24:52 = 1時間7分
 計: 5時間30分

  • Michael Stanislawski, Zionism: A Very Short Introduction: 27 - 46
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-05-15「捨てそびれ拾いそびれたものだけを代入ばかりしている余生」; 2019-05-16「身震いをかさねて震度1となる実存はいま秋の糠雨」; 2019-05-17「神経で綱引きをする聖者らの宴が終わる火星が近い」
  • Michael Stanislawski, Zionism: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 2017、書抜き

・睡眠
 3:30 - 10:25 = 6時間55分

・音楽