2019/6/6, Thu.

 さきにも書いたが、小学校に入る前ぐらいのときに奇妙な癖があって、道ばたに落ちている小石を適当に拾い上げ、そのたまたま拾われた石をいつまでもじっと眺めていた。私を惹きつけたのは、無数にある小石のひとつでしかないものが、「この小石」になる不思議な瞬間である。
 私は一度も、それらに感情移入をしたことがなかった。名前をつけて擬人化したり、自分の孤独を投影したり、小石と自分との密かな会話を想像したりしたことも、一度もなかった。そのへんの道ばたに転がっている無数の小石のなかから無作為にひとつを選びとり、手のひらに乗せて顔を近づけ、ぐっと意識を集中して見つめていると、しだいにそのとりたてて特徴のない小石の形、色、つや、表面の模様や傷がくっきりと浮かび上がってきて、他のどの小石とも違った、世界にたったひとつの「この小石」になる瞬間が訪れる。そしてそのとき、この小石がまさに世界のどの小石とも違うということが明らかになってくる。そのことに陶酔していたのである。
 そしてさらに、世界中のすべての小石が、それぞれの形や色、つや、模様、傷を持った「この小石」である、ということの、その想像をはるかに超えた「厖大さ」を、必死に想像しようとしていた。いかなる感情移入も擬人化もないところにある、「すべてのもの」が「このこれ」であることの、その単純なとんでもなさ。そのなかで個別であることの、意味のなさ。
 これは「何の意味もないように見えるものも、手にとってみるとかけがえのない固有の存在であることが明らかになる」というような、ありきたりな「発見のストーリー」なのではない。
 私の手のひらに乗っていたあの小石は、それぞれかけがえのない、世界にひとつしかないものだった。そしてその世界にひとつしかないものが、世界中の路上に無数に転がっているのである。
 (岸政彦『断片的なものの社会学朝日出版社、二〇一五年、20~21)


 一一時半過ぎまで糞寝坊。パンツ一丁で眠っていたため、起きて身体から布団を剝ぎ取ると、肌着のシャツとハーフ・パンツを身につけて上階へ行った。母親におはようと挨拶すると、中華丼でも食べるかと言うので賛成し、玄関の収納戸棚から中華丼の素の詰まったレトルトパウチを二つ取り出し、水を入れたフライパンに収めて火に掛けた。それを熱しているあいだにこちらは洗面所に入り、後頭部に整髪ウォーターを吹きかけて寝癖を整え、そのまま風呂も洗った。風呂を洗っているあいだに台所にやって来た母親が、水菜のサラダと混ぜた豆腐を用意しはじめた。そのほか、前夜の味噌汁の残りなど支度して卓に就き、新聞をめくりながらものを食った。最高気温は三一度に達するらしい、なかなか空気に熱の籠った日だった。ものを食べ終えると抗鬱剤を飲み、食器を洗って、そうして下階に戻り、Skypeのチャットを眺めた。Bさんは結局、何とか人数分のレジュメを印刷できたようだったので、良かった良かったと送っておき、それからコンピューターの動作速度を回復させるために再起動を行った。そのあいだに便所に行って糞を垂れ、戻ってくるとコンピューターにログインし、前日の記録をつけるとともにこの日の記事も作成すると、FISHMANS『Oh! Mountain』を流して日記である。一二時四五分から始め、三〇分ほどで六月五日の記事を仕上げて、それからこの日のことをここまで書いて一時半前に達している。夏のロシア行きに向けてパスポートの更新をする必要があって、母親にも今日行ってきたらと言われているのだが、何だか面倒臭い。また、AOKIに預けたスラックスも取りに行かなくてはならないのだが、それには車が必要であるから母親に出してもらわなければならないだろう。
 前日の記事をブログやnoteに投稿したのち、一時半過ぎから九螺ささら『ゆめのほとり鳥』を読みはじめた。歌集なので短く一時間ほどで読了に達し、それから、「コンビニに生まれ変わってしまっても君はわたしを見つけてくれる?」という一首をさらりと拵えてTwitterに投稿したあと、服を街着に着替えた。ガンクラブ・チェックのベージュのズボンに、上はモザイク様のやや抽象的な柄の入った白いTシャツ一枚の軽装である。これは五月二六日日曜日に読書会に行った際のそれと同じ格好だ。それで荷物をリュックサックに整理して上階に上がった。母親も出かけるらしいので、車に乗せていってもらうつもりだった。パスポートを更新しに行くかどうかは迷っていたのだが、ひとまず図書館にだけは行くことにして、身分証明用の年金手帳を探したりしているあいだに――それは結局見つからなかったのだが――今日は荷物も多いし、パスポートを取りに行くのはまた今度とすることに決心した。それで母親がまごまごと支度しているのを手帳を読みながら待ち、三時を過ぎた頃合いに玄関を抜けた。母親の出してくれる軽自動車の助手席に乗り込んだ。車内は一応冷房が掛かっているがそれでも暑く、汗の感触が肌に滲む。坂を上って行き、街道に出たあたりで母親が、掛かっていたどうでも良い音楽の音量を上げた。"I Love You"とか"愛してる"とかをひたすら念仏のように唱えている類の、具体性がまったくない感情歌である。そのどうでも良い音楽が流れるなか、市街を通っていく途中で、母親が先日亡くなったY.Hさんのことを話題に出したので、どうだった、と訊いた。死人の顔は、と付け足すと、思ったよりもふっくらとしていて安らかだったという返答があった。前立腺癌だったか膀胱癌だったか忘れたが、モルヒネを投与し続けていたらしく、相当に苦しい思いをしたようだが、最後は安らかに逝けたようだったと言う。
 AOKIに着くと降り、ポケットから伝票の控えを出して入店した。レジではこちらと同じく、スラックスを何枚か受け取っている女性が店員とやり取りをしていた。その傍らに立って、ハンカチや財布を眺めたりしながら彼女の番が終わるのを待って、自分の番がやって来るとお願いしますと言って用紙を差し出した。すると年嵩の女性店員は、奥のスペースに入っていき、そこからハンガーに吊るされたこちらのスラックス三枚を取り出してきた。受領書にサインをしたのち、ビニール袋に入れてもらったそれを受け取り、相手の顔を正面から見てありがとうございましたと頭を下げて、退店した。車に戻ると母親が、先ほどこちらがアイスが食いたいとこの暑気に当てられて何気なく呟いたのを拾って、クレープ屋で食べていこうかと言う。どちらでも良いよと受けて、混んでいなかったら食べていくということに決定した。それで車内に陽の射し込むなか、河辺駅近くまで走ると、クレープ屋で待っている人影はほとんどなかったので、路上駐車した車からこちらが下りて、店に近寄った。先客――小さな赤ん坊を抱いた母親――がクレープを受け取ると、ソフトクリームを二つ、と奥の薄暗いような店内にいる女性店員に注文した。四二〇円に一〇〇〇円札を出してお釣りを受け取り、カップかコーンかと訊かれたのにはコーンで、と答え、ほんの少し待って二つのソフトクリームを受け取った。車に戻ると、両手が塞がっていたので母親が内側から扉を開けてくれた。その母親にソフトクリームの片方を渡し、助手席と運転席に並んで白く甘くて冷たい牛乳の塊を舐め、味わった。冷たい、と母親は言いながら食べていた。コーンをばりばり食って完食すると、こちらは図書館に行くために、じゃあねと言い残して車を降りた。リュックサックを背負い、図書館への階段を上がり、入館するとCDの棚を見に行った。特に変わり映えのしない新着を確認したあと、クラシックの区画に向かい、ライブ録音の音源の所蔵を確認した。器楽曲から室内楽曲、管弦楽曲から交響曲まで大まかに確認していって、気になるものもないではなかったが、しかしまだ今借りているCDを返していないので借りられない。そうしてしゃがみこんでいた脚を伸ばして区画を抜け、午後四時と言うよりは午前九時のような明るく透明な陽射しの宿る階段を上り、新着図書を確認した。棚に収まりきらない新着図書は、棚の横に移動式の台を設けて紹介してあるのだが、そのなかに、Thelonious Monkなどのパトロンだったパノニカ夫人の伝記があった。棚の方には、新潮文庫から出ているブルガーコフの作品や、河出文庫入りしたボフミル・フラバルの『わたしは英国王に給仕した』などが新しく見られた。こちらが文庫の新刊を見分していると、隣に中年男性がやって来て、その身体から汗の匂いが少々漂った。横を見やると、こちらの背後で高年女性が番を待っているのがちらりと見えたが、気にせずに棚の下段にゆっくり視線を滑らせ、それから横にずれた。そうしてそれから書架のあいだを抜け、大窓際の席を一つ取り、コンピューターを取り出して起動させ、パスワードを打ち込んでログインすると、準備が整うあいだにと席を立って短歌の区画を見に行った。興味深い歌集は特段見受けられなかったが、現代短歌全集なんかはいずれ借りても良いのかもしれない。この区画に並んでいた『和歌文学大系』は文学全集のコーナーに移しましたと表示があったので、フロアの隅に進んでそこから『一握の砂』を収めた巻などを手に取って眺めた。それからフロアをかつかつと横切って席に戻り、椅子に腰掛けるとEvernoteをひらいて、日記を書きはじめた。四時一九分だった。それから三〇分も掛からず、記述を現在時刻に追いつかせることができた。これから書抜きをする予定である。
 まず、小林康夫中島隆博『日本を解き放つ』から残っていた二箇所を書抜きした。それからコンピューターを一旦閉ざし、その上に手帳を載せて、ルイジ・ピランデッロ白崎容子・尾河直哉訳『ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語』の書抜き箇所を確認しつつ、各箇所の中核だと思われる部分を手帳に書き込んでいく。そうしてから次にコンピューターを復活させ、メモした箇所を実際に打鍵し書き抜いていったが、そのあいだ、文学全集のコーナーに立った時間があった。須賀敦子の全集があっただろうかと思って見に行ったのだ。棚にはきちんとクリーム色の全集が全八巻プラス別巻の合わせて九冊揃っていた。それぞれの巻を手に取りひらき、目次を瞥見してから席に戻ってきて、引き続き打鍵を進めた。書抜きを終えたのはちょうど六時だった。そうしてコンピューターをシャットダウンし、荷物をリュックサックにまとめ、図書館で借りている三冊――小林康夫中島隆博『日本を解き放つ』、ルイジ・ピランデッロ白崎容子・尾河直哉訳『ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語』、山岡ミヤ『光点』――は返却するために片手に持って、席を離れた。西空に浮かんでいるオレンジ色の入り陽を見やりながら階段を下りてカウンターに近づいた。カウンターに就いていた女性職員は、ちょっとうとうとしていたのだろうかあるいは体調でも悪かったのだろうか、前屈みに顔を伏せており、こちらが目の前に立つまで接近に気がつかなかった。こんにちはと挨拶をして、返却をお願いしますと三冊を差し出し、手続きをしてもらったあとありがとうございましたと礼を言って、道を引き返した。ふたたび上階に上がって、哲学の区画を見に行った。借りたい本は色々とあるが、ひとまず家に積んである本を読むことに決めて、何も借りずに帰ることにした。それでまた階段を下り、カウンターの前を横切って退館した。歩廊の上では風が流れてTシャツの表を軽くはためかせ、西の果てでは雲のあいだに焼けついた鉄の塊のような太陽が沈んでいくところだった。駅舎に入って掲示板を見ると、直近の青梅行きは六時一四分、腕時計を見ればちょうどその時間で既に電車が入線してきたらしき気配が伝わってきたが、奥多摩行きへの接続電車はまだ先なので急がず改札を抜け、電車から降りてきた群衆とすれ違いながらエスカレーターを下りた。ホームに下り立ったこちらの目の前で電車は発車した。それを見送り、ベンチに腰掛けて脚を組んだ。こちらの左方には高校生のカップルが座り、男子の方が女子の肩口に顔を近づけ、いちゃついていた。手帳を見るでもなく、何をするわけでもなく座席に座っていると、目の前の視界に横から滑り込んできたものがあって、視線を合わせれば一枚の切符である。同時に、ああ、ほら、だから言ったじゃない、というような緩い声音も聞こえて、近くにいた母子連れの幼い子どもが切符を落としたらしいとわかったので、そちらを見やりながら席を立とうとしたところに、まだ若く女盛りと見える母親がやって来て、すみません、大丈夫ですよと間延びのしたような声を掛けてきた。それで躊躇しながらも席を離れて歩を踏み出し、こちらも何故かすみませんと言いながら切符を拾って渡してあげ、そうして座席に戻ってポケットに両手を突っ込み、脚をだらりと前に伸ばした。周囲に座っていた人々は、背後のホームに立川行きがやって来ると皆立ち上がってそちらに乗り込んでいった。一人残ったこちらは両手をポケットに突っ込んで脚をだらしなく投げ出したまま、暮れ方の薄青い空を眺めた。燕らしき鳥たちがぴいぴいと鳴き声を振らせながら黒い点となって空を横切っていき、ホームの屋根の裏側に入って見えなくなったかと思えば、あたりを旋回しているようですぐにまた空中に現れて入り乱れるその様子が、落ち葉が風に無造作に散らされているようでもあり、矢印の形をした人工物が四方八方宙に舞い散っているようにも映った。地上近くからは雀の囀りが間断なく立っており、線路の向こうの駅前では二本の木が風を受けてそれぞれ葉叢を震わせていた。何年か前にはこうした世界の具体性をただ感受するのみの器官と化した無為の時間に、恍惚とも言うべき垂直性の官能の発露を覚えたものだが、もうそうした感覚が訪れることもなく、息を深くして心身は多少柔らかくなっていたものの、心は平静に落着いたままだった。そのうちに電車がやって来たが、入線してきても姿勢を崩さずじっと静まったまま目の前を流れていく車両のなかを眺め、電車が停まるとほぼ同時にリュックサックを持って立ち上がり、乗り口に寄った。人々が降りるのをやり過ごしたそのあとから車両のなかに入って、席の端に就いた。ここでもやはり、普段だったら手帳を眺めるところだが、この時は何もせずにただ呼吸を深く繰り返して電車が青梅駅に着くのを待った。東青梅で電車は二分ほど停まった。向かいの線路にオレンジのラインを車体に引かれた立川方面行きの電車がやって来たのち、その電車が発車するとほぼ同時にこちらの電車の扉も閉まって、あちらがホームから滑り出して行くのを見ているうちに自分の乗っている方の電車ものろのろと発進しはじめ、じきにスピードを上げるのだった。青梅駅に着いてもすぐには降りず、少々待って車両のなかにほとんど一人になってから立ち上がって降車した。向かいのホームには奥多摩行きが既に来ており、ボーダー柄の色濃いブルーのポロシャツを着た男性が、ちょっと離れた位置から電車の正面に向けてカメラを構えていた。その横を通り過ぎ、おそらくはカメラの視界にも入りながらホームを行き、奥多摩行きの最後尾に乗り込んで席に就いた。ここでようやく手帳を取り出し、岩田宏の詩句を読み返したりしながら、短歌を考え、いくつか案を手帳にメモした。そうしているうちに電車は発車した。向かいの座席には、中年に差し掛かる頃合いらしき黒いスーツ姿のサラリーマンが就き、スマートフォンを横にしながら片手でその画面に頻りにタッチしていた。この人は河辺駅から乗った青梅行きのなかにもいて、その際はこちらの座った席の右方にいたのだが、何か薄声が聞こえたと思ってそちらを見ると、彼は何やら一人でにやにやしながらスマートフォンを操作し、覗き込んでいたのだった。何かゲームでもしているのだろうか。両脚を頻繁に左右にひらいたり閉じたりと動かしながら、ゲームか何かに熱中しているらしきその姿を眺めながら電車に揺られ、最寄り駅に着くと立ち上がって、扉横のボタンを押して降車した。駅舎を抜けると横断歩道がちょうど青になるところだったので、大股で下りていって通りを渡り、木の間の坂道に入った。かつかつと足音を鳴らしながら坂を下りていくあいだ、短歌を一首、頭のなかで巡らせていた。それを形にしながら帰路を辿り、家のなかに入ると台所で母親が肉を炒めているところだった。暑いねと言ってこちらは下階に下り、自室に入るとリュックサックのなかのものを棚に出し、コンピューターを机上に据えて起動させながら、服を脱いだ。上半身裸でハーフ・パンツ姿になって、インターネットに接続すると作った短歌を投稿した。コンビニの歌も改めて含めて、今日の五首を以下に引いておく。

 コンビニに生まれ変わってしまっても君はわたしを見つけてくれる?
 晴れ渡る空安息の日曜に自殺すれば成仏できるかも
 冴え冴えと月の亡霊泣く夜に雨が降るあの娘が眠ってる
 鳥の唄歌う緑のあの人は俺を見つめる風景のよう
 言の葉に意味を託して今日も雨純粋音楽憧れながら

 それから上半身裸のままで食事を取りに行った。台所に入り、茄子と肉の炒め物を皿によそって電子レンジに突っ込むと、そのほか豆腐や汁物やサラダを卓に運んだ。夕刊の一面を見やりつつ、炒め物をおかずに白米を貪り、玉ねぎドレッシングを掛けた豆腐を食べた。生サラダの材料は水菜・キャベツ・人参・玉ねぎ・ミニトマトだった。こちらにも玉ねぎドレッシングを掛けて、丈の長い水菜に苦戦しながらもしゃもしゃと食い、最後にワカメとモヤシのスープを飲み干して、エネルギー補給を完了した。コップに氷をいくつか入れて水を汲んでくると、喉を潤したあと抗鬱剤を腹に流し込み、そうして台所に行って食器を洗った。それから入浴、湯に浸かりながら深呼吸を繰り返して身体を温め、出てくるとパンツ一丁の格好のまま下階に下りた。そして書見、新しく読みはじめたのは渡辺守章フーコーの声――思考の風景』である。FISHMANS『Chappie, Don't Cry』及びBill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』(Disc 1)を背景に、ほとんど裸の身体を薄布団に包みながら二時間ほど読み、渡辺守章清水徹の対談の途中で中断した。そうしてコンピューターに寄り、少々だらだらとした時間を過ごしたのち、一一時過ぎから日記を綴りはじめた。Marc Ribot Trio『Live At The Village Vanguard』を背景にちょうど一時間ほどでここまで記し、つい先ほど音楽をMeshell Ndegeocello『The World Has Made Me The Man Of My Dreams』に移行させたところである。
 それからまもなく音楽を止めて、ベッドに移ってふたたび書見を始めた。ホトトギスの鳴き声が外から伝わってくるなか、渡辺守章フーコーの声――思考の風景』を読み進めたのだが、いつ頃からか意識を曖昧に落としていたようだ。気づくと午前二時過ぎ、手帳に読書時間をメモして、すぐに明かりを落として就床した。パンツ一丁のままの眠りだった。


・作文
 12:45 - 13:24 = 39分
 16:19 - 16:44 = 25分
 23:03 - 24:05 = 1時間2分
 計: 2時間6分

・読書
 13:33 - 14:29 = 56分
 16:46 - 18:00 = 1時間14分
 20:25 - 22:20 = 1時間55分
 24:08 - 26:13 = 2時間5分
 計: 6時間10分

・睡眠
 3:10 - 11:35 = 8時間25分

・音楽