2019/6/18, Tue.

 ダフィー氏は肉体や精神の不調を予知させるものをことごとく忌み嫌った。中世の医者ならば土星気質と診断したであろう。顔は、これまで過した年月をくまなく物語り、ダブリンの街路の焦茶色を呈している。長い大きめの頭はかさかさした黒い髪、黄褐色の口髭は無愛想な口もとを隠しきれない。頬骨もまた、顔に慳貪な性向を浮き立たせる。しかし目には慳貪さがなく、黄褐色の眉の下から世間を見るその目は、欠陥を贖おうとする本能を他者の内に見逃すまいと留意しながら、しかししばしば失望する人物という印象を与える。(……)
 (ジェイムズ・ジョイス/柳瀬尚紀訳『ダブリナーズ』新潮文庫、二〇〇九年、178; 「痛ましい事故」)

     *

 ジャック爺さんは一枚の厚紙を使って燃えさしの石炭を搔き集め、白くなりかけた石炭の丸屋根の上へ慎重にのせていった。丸屋根がまばらながらに被われると、その顔はすーっと暗がりの中へ消えたが、もういっぺん火を煽ぎにかかると、かがみ込むその影法師が向い側の壁を上っていき、顔がふたたびゆっくりと現れた。老人の顔で、かなり骨張った髭もじゃの顔だ。涙っぽい青い目が暖炉の火に瞬[まじろ]いで、涎っぽい口が時折だらんと開いては、一、二度くちゃくちゃっと機械的に動いて閉じる。燃えさしに火がつくと、厚紙を壁に立て掛け、ふーっと一息ついて言った。
 (195; 「委員会室の蔦の日」)


 一一時四〇分まで寝坊した。床に留まっているあいだに電話が一本、インターフォンの鳴った音が一回あったが、起きていくのが面倒臭いので身体を動かさずに居留守を使った。一一時四〇分に至ってベッドから抜け出すと、コンピューターの起動スイッチを押し、起動を待つあいだに便所に行って膀胱を軽くした。そうして戻ってくるとTwitterAmazon Affiliateを確認し、それから上階に行った。母親は着物リメイクの仕事が半日あって不在である。冷蔵庫を覗くと味噌汁やサラダの残り、それに冷製のサラダチキンがあったので、この鶏肉をおかずにして米を食べれば良いだろうと決定した。それでそれぞれの品を取り出し、茄子の味噌汁の鍋は焜炉の上に置き、ツナの混ざったサラダは半分ほどをパックから皿に盛り、サラダチキンは小皿に乗せて電子レンジに突っ込んだ。そうして卓に就き、新聞を手もとに引き寄せて食事を始めた。大阪の事件の続報、香港情勢の続報などを読みながらものを食べ、抗鬱剤を服用すると台所に行って食器を洗った。そのまますぐに洗面所に入り、明かりを点けて櫛付きドライヤーで髪を梳かし整えて、それからゴム靴で浴室に踏み入った。栓を抜き、蓋を取り除いて浴槽のなかに入ると、身体を前に曲げながら、そして時折り銀色の手摺を掴みつつ、左手には洗剤を、右手にはブラシを持って、道具を上下に動かして壁面を磨いた。そうしてシャワーで洗剤を流して出てくると、階段を下りてゆっくり自室に戻り、コンピューターに向かい合ってFISHMANS『Oh! Mountain』を流しはじめた。前日の記録を付け、この日の記事も作成したあと、ちょっとだらだらとしてから、一時前に至って日記を記しはじめた。昨日一昨日よりはまだしも面倒臭がらずにしっかりと書けたようである。ここまで記すと時刻は一時四〇分頃となっている。母親はもう帰ってきたようだ。
 Radiohead『Kid A』を流し、ブログに記事を投稿したあと、二時過ぎからベッドに移って薄布団を身体に掛け、読書を始めた。東大EMP/中島隆博編『東大エグゼクティブ・マネジメント 世界の語り方1 心と存在』である。第二部「存在の語り方」の座談会を一気に、ほとんど終幕まで読み進めた。途中で語られている最先端の物理学の話は、門外漢のこちらには何を言っているのか良くわからないところばかりなのだけれど、最先端の自然科学の研究というのは何だかとてつもなく凄いところまで来ているらしいぞという感は得た。何しろ、「人間原理」などというものを導入しなければうまく説明が付かないような領域まで至っているらしい。「人間原理」というのは、註によれば、「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という理屈らしい。何だそりゃ、という話なのだけれど、普通に考えると宇宙というものはここまでうまく構成されているはずがないのだと言う。あまりにもうまく出来すぎている。我々の住んでいる宇宙というのは、一〇×一〇の五百乗個のなかの一つに過ぎないのだという話もあるらしくて、途方もない、想像力などとても追いつくはずもない領域の話だが、今あるこの宇宙のほかの宇宙においては観測者が誕生しなかったということなのだろうか? そうした無数の可能性のなかから、たまたま[﹅4]この宇宙において人間という存在が生まれる条件が整ったということになるのだろうが、それは確率とかいう概念を根底から覆してしまうような途方もない領域の偶然ではないのだろうか? どうも世界というもの、宇宙というものが人間の想像を遥かに越えて途方もないものだということが明らかになってきているらしくて、科学技術の進展によってデータとして確実に観測できる事柄が増えるほどに、人間の理性の枠内においては説明できないことも増えていくような感じであるようだ。本文中では浅井祥仁という物理学者が、そこに量子力学の「気持ち悪さ」があると言い、「本当に鬼神を語ってしまうような世界になってきちゃっている」と語っている。
 二時間弱読み耽ったのち、出勤前にエネルギーを補給するために上階に行った。冷蔵庫から豆腐を取り出し、皿に移して鰹節と麺つゆを掛ける一方で、クレラップを使っておにぎりを一つ拵えた。そうして卓に就いて豆腐を食っていると母親が下階から上がって来た。こちらはおにぎりも食べてしまうと、さらに冷蔵庫から日曜日に買ったパンの、二切れのみ残ったものを取り出して電子レンジで温め、そのほかゆで卵も卓に持ってきた。柔らかなパンをむしゃむしゃと食い、卵の殻を剝いて塩を振って食べると、食器を洗って下階に戻り、cero "POLY LIFE MULTI SOUL"を流しだして服を着替えた。細かな格子柄の入った白いワイシャツに、下は父親から借りている高島屋のスーツのスラックスである。このスラックスは少々緩いので、茶色のベルトもつけている。そうして一旦上階に戻って、飲むヨーグルトを一杯飲んだあと――母親は歯医者に電話を掛けて予約を申し込んでいた――自室に帰って歯を磨いた。そうすると時刻は四時半、コンピューターの前でスツール型の椅子に就き、日記をここまで書き足して五時直前である。
 残された僅かな時間でも本を読もうと勤勉にも『世界の語り方1』を手に取り、コンピューター前に座ったままで頁をめくった。五時一〇分に至る頃合いで切りとして、財布と携帯の入ったクラッチバッグを持って上階に行った。便所で放尿してから、母親に行ってくると告げて出発した。道に出て上りの坂道に入ると、空間の奥、一軒のベランダで何か蠢くものがあって、一瞬布団だろうかと思ったのだがそうではなくて何か火を燃やしているのだった。鵯の鳴き声が梢から降るなかを上っていくと、まだだいぶ距離がある時点から煙やものの燃える臭いが鼻に届いてくる。何を燃やしているのかはよくわからなかったが、火の傍らにはその家の主人が立って、何かのものを火のなかに時折り投げこんでいるようだった。そちらを見やりながら家の前を過ぎ、平らな道に出て街道へ向かう途中、西北の空に太陽が、雲に押し留められながらも空に淡い暖色を刻印していた。
 肌着にワイシャツ一枚の格好でも歩いていれば暑くなるが、肌を涼めてくれる風もまたある。右手でバッグを掴み、左手はスラックスのポケットに突っ込んで街道を歩いて行った。老人ホームの窓にはカーテンが掛けられており、なかを覗くことは出来なかった。角を曲がって裏通りに入るとともに左手をポケットから出し、女子高生らが歩くその後ろをゆるゆると行く。太陽は背後でいくらか雲を逃れたらしく、輝かしい色が民家の二階の窓に映り込み、こちらや女子高生らの薄影が路上に浮かんで滑っていくのだった。
 白猫は家の前で、いかにもしどけなく寝転がっていたが、今日は触れ合うことはせずに過ぎ、女子高生らを追い抜かして青梅坂に掛かる。坂を渡ってふたたび細道に入ると、森の方で鴉が数羽、間延びした鳴き声を頻りに上げており、その声が右方のマンションに反射して裏通りのなかに忍び込んできた。また別の女子高生の一団を抜かす際に、なかの一人がこちらをちらりと見やって、その後に仲間に何やら話しかけて笑っているのが背後から聞こえたので、こちらが何か笑われたのかなと思ったが、自意識過剰である。そのことはすぐに忘れて、こちらの影が映り込む墓石の並んだ石屋の前を過ぎ、駅前に出て職場に向かった。
 この日は二時限、一時限目の相手は(……)くん(中三・社会)、(……)くん(中二・英語)、(……)くん(小六・国語)。三人相手にするとやはり結構忙しい。三人とも、満足には指導しきれなかったという印象だ。ただ(……)くんの国語では、最後の方に本文を一段落ずつ細かく読んでいく時間が取れたので、それは良かったように思う。(……)くんの社会はもっと色々と質問して記憶を定着させたかったのだが、ほかの生徒に時間を取られてしまった。ただ、世界恐慌やそれに対する各国の対応のところはわりと繰り返し確認できたように思う。(……)くんはテスト前最後の授業だったので復習を行った。基礎レベルの問題ならば難なく解けるという感じだろう。一時限目で忙しかったのは、電話を取らなければならなかったこともある。室長が面談中で、(……)先生も奥の方で授業をやっていたので、必然、電話が鳴ったらこちらが長い距離を渡って取りに行かなければならない状況が生み出されていたのだ。三回くらい取ったけれど、どれも面倒臭くない案件で良かった。一つは熱が出たから休ませてほしいという連絡、一つは他教室の室長からの連絡、一つは授業に遅れますという連絡だった。
 二時限目は(……)兄弟。現在完了の形がhave+過去分詞であることは二人とももう頭に入っただろうと思う。あとは実際に並べ替えなどの問題でその知識を使えるかである。二人とも並べ替えが苦手なようなので、この日の授業では整序問題を抜粋して扱った。まあ二人ともそこそこ頑張ったのではないだろうか。ノートには二人とも文をピックアップして書かせたのだが、文法事項の含まれた文を書かせてそれにこちらのコメントを付す、というやり方はわかりやすく、やりやすくて良いかもしれない。二時限目では、こちらの隣で(……)先生が授業をしていたのだが、その相手の女子高生がやたらとうるさく、(……)兄弟も――特に席が近かった(……)の方は――それに食傷気味と言うか、げんなりしていたような様子が窺えないでもなかった。
 終業して、シフト表を取って七月一五日の欄をバツにしておき――どうもこの日にT田の誕生日祝いで集まることになりそうなのだ――退勤した。駅に入って奥多摩行きの最後尾に乗る。扉際に就いてしばらくは何をするでもなく立ち尽くしていたが、じきに手帳を取り出して眺めはじめた。『世界の語り方1』からメモした事柄を復習し、最寄り駅に着くと降車、ホームを階段通路の方に歩いて行くと、南の空に薄雲に取り巻かれながらも皓々と光る満月が浮かんでおり、月の光が周囲の雲の揺蕩いを明らかにして、雲間の月というわけだが、いかにも典型的な、日本画にでも描かれていそうな月の図に見えた。羽虫が頭に襲いかかってくる階段通路を抜けて駅舎の外に出ると、聖なる静寂の満ちた横断歩道を渡って自販機に寄った。コカ・コーラ・ゼロを一五〇円で買い、バッグに入れてその鞄を手に提げて、木の間の下り坂に入った。先に通っていった人が吸った煙草の香りが幽かに道に残っていた。
 帰宅して居間に入ると、母親は入浴中らしく、父親のみ、炬燵テーブルに就いて寝間着姿で食事を取っていた。ただいまと低く呟くと、おかえりと返ってくる。冷蔵庫にコーラを入れておいて下階に下り、ステテコ・パンツに服を着替えると上階に戻って食事である。メニューは肉じゃがに、コロッケやメンチなどの揚げ物が三切れ、それに潰した南瓜にハムや人参などを混ぜたサラダ、また生のキャベツを切っただけの簡素なサラダといった具合である。食べながらコーラを飲んでいると父親が、食事を取りながらコーラなんて飲んで美味いのか、などと訊いてくるので、よく意味がわからなかったが、食事中にビールを飲むのと何が違うのかと返すと、父親は、確かにそうだと気づいて笑っていた。母親が風呂から出てきて食事が終わったあともちょっと卓に留まり、今日は疲れたなあ、もっと楽に金が欲しいものだなどと呟いていると、それを聞き留めた父親が、楽に金なんか稼げるわけがねえだろと言ってきた。その通りである。テレビはニュース、及びそのあとに『クローズアップ現代+』。日本の司法制度の問題点を解説していたのだったが、番組の途中、一〇時二二分の時点で緊急地震速報が入り、慌ただしく画面が移り変わって地震の報が伝えられた。山形県沖が震源で、あとになって伝えられたところでは新潟などでは震度六を観測したという話だ。アナウンサーが繰り返し、川や海には近づかないでください、様子を見に行かないでください、身を守ってくださいと発言するのを途中まで見て、風呂に行った。換気扇が空気を吸い込む音の鳴るなかで汗を流し、出てくると自室に戻って、Twitterを閲覧した。『Chris Dave And The Drumhedz』を聞きながら少々だらだらしたあと、上妻世海×奥野克巳×古谷利裕「別の身体を、新しい「制作」を」(https://dokushojin.com/article.html?i=4618)の前日の続きを読んだ。さらに続けて、山崎望「極右・ルペンに「共感する」と言う学生に、政治学はどう向き合えるか」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64269)の記事も読んで零時半過ぎを迎えると、またちょっとだらだらした。『Chris Dave And The Drumhedz』は、以前一度聞いた時には特にピンと来なかったのだが、今回改めて流してみるとなかなか格好良いアルバムだと思われた。特に四曲目の"Black Hole feat. Anderson Paak"がファンキーで格好良く、これはMさんあたりも好むのではないかと思われたので、Twitterで彼にダイレクト・メッセージを送り、youtubeのURLを付して紹介しておいた。そうしてコンピューターをシャットダウンし、一時過ぎから読書、東大EMP/中島隆博編『東大エグゼクティブ・マネジメント 世界の語り方1 心と存在』である。二時間弱読み進め、三時一〇分になったところで切りとして就床した。


・作文
 12:54 - 13:38 = 44分
 16:33 - 16:56 = 23分
 計: 1時間7分

・読書
 14:09 - 16:04 = 1時間55分
 16:56 - 17:09 = 13分
 23:35 - 24:38 = 1時間3分
 25:15 - 27:10 = 1時間55分
 計: 5時間6分

・睡眠
 3:00 - 11:40 = 8時間40分

・音楽