2019/7/12, Fri.

 小林 やっぱり世界のなかに存在しているということですよね。世界内存在、あるいは世界に帰属している存在として。でも同時に、垂直に世界と向かいあってもいるんです。それが人間です。直立するというのは根源的なこと。この世界は、138億光年の広がりをもってあるのに、わたしは、まるで微小な、ほとんど「無」の存在なんだけれども、しかし垂直にその広大な世界と向かいあう「1本の蘆」である。それを可能にしてるのは、言語です。直立することと言語をもつことはオーヴァーラップしている。わたしという「ほとんど無」の存在が、何億もの銀河系を包みこんだ広大無辺の世界とかろうじて拮抗し、対抗するんです。すごいよね。言語が与えてくれるこの非対称のバランスを通じて、そして、この言葉というロゴスを通して世界を知り、世界を愛する、それはある意味では、人間にとっては、もっとも基本的な衝動なんですよ。「学」などというものではない。人間のもっとも根源的な「運動」なんです。フィロソフィーというのは、たとえそれがギリシャからはじまる「哲学」というものに収まらないとしても、どこかで人間には避けがたいんです。避けることができないんです。
 けれども、世界と向かいあって存在しているという感覚が薄れてしまうと、言語をそのような探求へと発動する心が生まれてこないように思いますね。意識がいつもどこかに接続されて、つねに情報が流れ込んでくる、そういうあり方に慣れてしまうと、向かいあいという拮抗が失われてしまう。からだがなくなって、全方位、だけど世界という不思議が感じられなくなってしまうというかね。自分が「いま、ここ」に存在するというプレザンスの感覚が日々薄くなりつつあるような気がしますね。でも、われわれの脳はそれで充足できるんですよ。脳は情報が入ってくれば癒やされるのかもしれない。これは、脳が存在しているのか、脳ではない「わたし」が存在しているのか、という大きな問題ですよね。
 脳という意識は癒やされる。情報刺激が入ってくればね。テレビを見て、インターネットを見て、映像を追いかけ、音楽を聴いて、さらにはゲームに埋没して、そうすれば、存在という厄介なものは忘れてしまえる。存在って厄介ですからね。
 たとえば引きこもりの人は、引きこもって存在してるというよりは、引きこもって人間の存在を忘れさせてくれる膨大な情報を引き入れていたりする。それは、いまの時代の大きな問題ですよ。「存在とは別の仕方で」存在しているというと、レヴィナス哲学を茶化しているようですけど、レヴィナスが言ったのとは違った意味で、「存在とは別の仕方で」がはやってきているように思えたりします。この現にある世界に、世界内に存在することが、難しくなってきているという奇妙な事態。脳が、この世界ではなく、ヴァーチャルな世界に常時接続しているみたいな、ね。
 (小林康夫中島隆博『日本を解き放つ』東京大学出版会、二〇一九年、389~390)


 一二時半まで糞寝坊である。目はひらいており、意識も晴れているのだが、どうしても肉体を起き上がらせることが出来ない。夢をいくつも見たが、詳細は既に失われている。修学旅行か何かに関連する夢が一つあったと思う。ベッドから何とか起き上がり、呻き声を上げながら上階に行くと、母親は既に仕事に出たようで不在だった。フライパンには茄子が炒めてあった。それを皿に盛り、電子レンジに入れているあいだに、洗面所で髪を梳かし、便所で用を足した。そのほか、セブンイレブン手羽中二本も温めて卓に運び、それらをおかずに白米を食した。食後、抗鬱剤を飲み、食器を洗うとそのまま風呂場に行って浴槽も念入りに擦り洗った。そうして出てくると下階に戻り、コンピューターを点けてパスワードを入力し、ログインすると一旦部屋を出て上階に上がり、居間の隅に掛けられていたワイシャツ二枚を取って戻ってきた。ワイシャツは室のすぐ外、廊下に吊るしておくとコンピューターに向かい合い、ブラウザやEvernoteなどを準備した。Twitterを覗き、読書時間や支出など前日の記録を付けて完成させ、この日の記事も作成すると一時半から日記を記しはじめた。BGMはFISHMANS『Oh! Mountain』と『Corduroy's Mood』。――いや、そうではなかった、日記を綴る前に、「記憶」記事の音読を先にやったのだった。前日も読んだ山我哲雄『一神教の起源』からの引用を、一項目につき二回ずつ読んでいき、一五分を費やしたあと、日記に取り掛かったのだった。そうして打鍵を始めてからあっという間に一時間強が過ぎて、現在二時四〇分を回ったところである。
 七月一一日の記事をインターネット上に放流したあと、ベッドに移って三時ぴったりから読書に入った。冨岡悦子『パウル・ツェラン石原吉郎』である。薄布団を身体の上に掛け、クッションに凭れて姿勢を低くしながら脚を伸ばし、一時間ほど読み続けた。今日は特別、書見中にうとうとはしなかったと思う。四時を回ると上階に行き、玄関の戸棚から日清のカップヌードル(カレー味)を取り出して電気ポットから湯を注いだ。三分を待つあいだには冷蔵庫のなかにあったポテトサラダを食い、新聞も一面を瞥見しながら――「はやぶさ2」が小惑星に再着陸成功とか書かれていたのはこの日の新聞だったか?――三分が経つとカップ麺の蓋をひらき、カレー風味の液体に浸かった麺を箸で引きずり出して搔き混ぜてから啜った。麺と具を食べ終えると汁もすべて飲んで容器を空にし、さらに冷蔵庫から昨晩の豚汁の鍋を出して椀に一杯よそり、それを電子レンジに入れて二分加熱した。乾燥機のなかの食器を片付けたりしているうちに加熱が終わり、温まった椀を取り出して卓に就くと、豚汁も啜って食べた。それで食事は終い、使った食器を洗ったりカップ麺の容器を始末したりすると、下階に下り、Led Zeppelinの音楽が流れるなかで服を着替えた。白いワイシャツに真っ黒のスラックスである。それから歯磨きをすると時刻は四時四〇分頃を迎え、クラッチバッグに財布と携帯、手帳を収めて上階に上がった。便所に入って放尿してから出発である。
 道を歩き出すとざらついた鳴き声が耳に入ってきて、首を振り向かせれば我が家の畑のすぐ傍、隣家のTさんが持っている小家の屋根に鴉が一羽、止まっていた。濡れ痕の残って落葉も柔らかく湿っている坂道を上っていき、平らな道を進んで街道に出た。響く車の走行音に負けずに燕が飛び回りながら鳴き声を降らし、車通りが落着いてちょっと間が挟まれるとそこに雀の囀りも差し込まれる。空は純白だった。
 中学校の付近まで来ると、吹奏楽部の練習の楽器音が校舎の方から宙を伝わってくる。裏道へ曲がると背後から渡るその音が、正面の白い集合住宅に反射して、まるでそのアパートから音が発せられているように聞こえるのだった。裏通りへ入ると自ずと足が白線に沿っている。歩いているこちらのすぐ横を、体操着姿でランニングをしている中学生らが集団で追い抜かしていく。先導しているのは女子数人で、そのあとにまだ背の低くて頼りなげな男子二人がついていった。林の方では鶯が谷渡りの、滅茶苦茶で乱雑な鳴き声を拡散させている。白猫は今日も見当たらなかった。
 職場に着いたのは五時一五分から二〇分のあいだといった頃合いで、準備時間の大半は社会の教材を予習するのに費やされた。授業の相手は(……)くん(中三・英語)、(……)くん(中三・社会)、(……)さん(高二・英語)。(……)くんは一般動詞の過去形の単元。ミスはほぼなく、問題なく解けている。それでノートに書くことがなかったのだが、唯一間違えたwriteの変化形だけ練習させたのちに記してもらった。ノートは充実させられれば勿論良いが、その日の授業がよく出来ていたなら無理に書くこともないのだ。(……)くんはチェックテストの出来があまり良くなかったので、一問一答を覚える時間を取った。それで授業本篇は確認問題のみで進めねばならなかったが、彼はノートも充実させられたし、基本問題は宿題で多分やってきてくれるだろうと思う。(……)さんは昨日に引き続きの担当。今日は完了時制を扱ったが、昨日に比べると少々ミスは増えた。元々レベルAの問題だけで進んでいこうかと思っていたのだが、やはりBも扱うことに。授業回数が夏全体で一〇回ではそうたくさん進めることも出来ないだろうが、B問題もやったほうが学びになるだろうと思う。
 退勤は七時五〇分くらいだったと思う。もう少し遅かったかもしれない。駅に入ってホームに上がると、自販機に近づいた。仕事終わりにジュースを飲むのが日課のようになってきたが、今日はコーラではなくて、一四〇円の濃いカルピス(夏蜜柑風味)を選んだ。硬貨を一つずつ挿入してボトルを買い、奥多摩行きは既に着いていたが、まだ電車内には入らず外のベンチに就いて飲み物を身体に入れた。飲み干した空の容器をダストボックスに捨てると、電車に乗り込み、三人掛けの席に就いて手帳をめくった。谷川俊太郎の詩句を追っているうちに最寄り駅に着いた。ホームに降りると、妙に空が暗く感じられた。駅舎を抜け、車通りがなかったのにわざわざ横断歩道のスイッチを押して渡り、木の間の坂道に入って下っていった。平らな道に出て足もとに目をやりながら行くと、今日もアスファルトが相変わらず滑らかだが、雨に濡れていないので街灯の光は伸びず、アスファルトのなかに混ざった何かの素材がところどころで点々と小さな輝きを跳ね返すのみである。
 家の前には母親のもの父親のものともに車が置いてあったので、父親ももう帰ってきたのか、早いなと思ったが、なかに入ってみると彼の姿はなかった。風呂は無人だし、下階に下りていって着替えているあいだも家内に気配が感じられない。それで上がって来てから食事を用意しながら母親に訊くと、Yに飲みに行っているのだと言った。食事は何だったか――ピーマンの炒め物と鯖だった。甘じょっぱく味付けされた鯖をおかずに米を食べ、豚汁も僅かに残っていたので食べてしまった。テレビは録画したものだろうか、何やら解剖医のドラマを映していた。食事を終えて薬を服用するといつものように食器を洗ってから風呂に行った。沢の水がうねる音と、その上に漂って強く弱く立つ虫の音を聞きながら湯に浸かり、出てくるとさっさと階段を下りた。塒に帰ったのがちょうど九時ぐらいだったと思う。それからLed Zeppelin『How The West Was Won』とともにしばらくだらだらとした時間を過ごして、一〇時過ぎからMさんのブログを二日分読んだ。その後、書抜きである。東大EMP/中島隆博編『東大エグゼクティブ・マネジメント 世界の語り方2 言語と倫理』、畑谷史代『シベリア抑留とは何だったのか 詩人・石原吉郎のみちのり』、柴崎聰編『石原吉郎セレクション』。それが終わると一〇時五〇分頃から、インターネット記事を読みはじめた。一覧は下に掲げてあるのでここには記さない。山本太郎の声明や枝野幸男のインタビューほかを読んで、あっという間に零時半を迎えると、少しばかり日記を書き足しておこうとキーボードに触れた。一時過ぎまで半時間を打鍵に費やし、それからベッドに移って冨岡悦子『パウル・ツェラン石原吉郎』を読みはじめた。三時半まで読んで就床である。瞑想の真似事は確かしなかったと思う。


・作文
 13:29 - 14:42 = 1時間13分
 24:34 - 25:05 = 31分
 計: 1時間44分

・読書
 13:13 - 13:28 = 15分
 15:00 - 16:07 = 1時間7分
 22:10 - 22:18 = 8分
 22:21 - 22:43 = 22分
 22:48 - 24:31 = 1時間43分
 25:12 - 27:29 = 2時間17分
 計: 5時間52分

・睡眠
 3:30 - 12:30 = 9時間

・音楽