2019/7/20, Sat.

 絵葉書よりもはるかに遠い
 直撃弾よりはるかに近い
 歴史よりも行方不明の
 わたし
 嘔気こらえて走る姙婦より美しく
 はじめての夜の枕よりも固い
 わたし
 (誰もたたかないわたしの肩)
 (誰もにぎらないわたしのてのひら)
 最終電車や めくれた暦
 ひるまの地震よりつめたくて
 ことばよりやわらかくつづく
 わたし
 (『岩田宏詩集成』書肆山田、二〇一四年、269~270; 「自家中毒」; 「その他」)

     *

 きみのうしろのきみ きみのとなりのきみ
 きみが知らないきみ きみを知らないきみ
 きみばっかりのこの車内をもう一度ふりかえってから
 さあ さようならを言おう あこがれよりも高い声で
 (275; 「自家中毒」; 「その他」)

     *

 おふくろはほんとに袋のよう
 夜目にも白く鉄条網にひっかかっていたが
 とつぜん口のすみから黄色い水をこぼし
 否定よりも烈しく掘割を跳びこえて
 小さく小さく夜の奥へ走って行った
 (290; 「脱走」; 「その他」)

     *

 ゆうべの蒸暑い外套のままで
 日曜は戦争の親戚であるなんて
 ぼくが説くのは気がひける
 帰ろう 今頃いちめんに陽をあびてる
 ぼくの部屋の可哀想な雨戸を
 一刻も早くあけてやること
 (294~295; 「おそすぎる帰り」; 「その他」)


 六時二五分頃、覚醒することが出来た。二度寝に陥るほどの頭の重さはなく、はっきりとした目覚めで、容易に起きられそうだったが、もうしばらく寝床に留まった。カーテンを開けると、空は真っ白、空漠たる白、茫漠たる白で、無制限、無際限の白さがどこまでも広がっている。しばらく経ってからもう起きてしまうことにして寝床を抜け、パンツ一丁だったので肌着とハーフ・パンツを身に纏い、コンピューターを点けておいて便所に行った。黄色い尿を放って戻ってくると、Evernoteを準備して、七時になる五分前から早速日記を記しだした。僅か一五分でここまで追いついている。
 前日の記事をインターネットに投稿し、上階へ。階段を上がり、居間に出ると、そのまま玄関に行ってサンダルを突っ掛け、外に出た。雨は降っていなかった。透明なビニール袋に入った新聞を取り、戻ると母親が上がってきたので挨拶をする。新聞の袋を鋏で切って開けておき、それから台所に入ってベーコン・エッグを作りはじめた。フライパンにオリーブ・オイルを垂らし、その上からハーフ・ベーコンを五枚敷いて、さらに卵を二つ割り落とす。加熱しているあいだに丼に米をよそり、しばらくしてから箸を取って焼かれたものをめくり、丼の上に乗せた。そうして卓へ。そのほか、前日の残りのピーマンの炒め物に、即席の吸い物。新聞で京都アニメーション放火事件の続報を追いながら食べた。食べ終わると抗鬱剤を服用し、食器を洗った。前日に父親が使ったものだろうか、流し台に放置されていた食器類もまとめて洗って、そうして下階に下りた。
 八時二二分から書抜き。『曽根ヨシ詩集』に岡本啓『グラフィティ』。BGMとして流したのはBlue Note All-Stars『Our Point Of View』。二〇分で書抜きを終えて、それから「記憶」記事の音読をした。第一次世界大戦及び二一か条の要求や、満州事変や盧溝橋事件などについて。一五分間口を動かすと切りとして、九時を回った頃合いからベッドに移って書見に入った。ヤン=ヴェルナー・ミュラー/板橋拓己訳『ポピュリズムとは何か』である。しかしいくらも読まないうちに目を閉じ、微睡みのなかに入ったようだ。クッションに凭れ、脚と腕をだらりと垂らし、身体の力を抜いて微睡みながら一〇時半に達し、携帯にメールが入ったところで覚醒した。見ると、買い物に出かけた母親からで、雨が降ってきたから洗濯物を入れてくれと言う。それで上階に行き、ベランダに吊るされていたタオル類などを室内に取り込んだ。それから風呂を洗い、便所に行って糞を垂れ、出てくると制汗剤ボディ・シートを使って肌を拭い、そうして下階に下りた。着替えである。グラフィティ的な絵柄のプリントされた白いTシャツに、ガンクラブ・チェックのズボン。着替えるとFISHMANS『Oh! Mountain』とともに日記を書き出して、ここまで綴って一一時前。
 上階へ。玄関に行って、写真を撮る。鏡に自分の姿を映した写真を撮って、Nさん、Yさんがこちらを同定出来るようにするのだ。今日は福岡から来京するNさんをYさんと一緒に迎えて、上野の国立科学博物館を見物することになっている。靴を履き、玄関に掛けられている大鏡に向けて携帯を構え、その携帯で顔の真ん中がちょうど隠れるような構図を取り、撮影。そうしてメールに添付して、この格好をしているのが僕ですと二人に連絡しておいた。それから下階へ戻り、歯磨きをして、クラッチバッグに荷物を整理して上階へ。仏間に入ってカバー・ソックスを履き、炬燵テーブルの端に置かれていたハンカチのなかからmarie claireのそれを一枚取り、ズボンの後ろのポケットに入れると出発した。西へ。拡散的な声の蟬が鳴いていたと思う。あれはやはりニイニイゼミなのだろうか。坂を上っていくと、出口付近で雨がぽつぽつ来て、白米の上に振りかけられた胡麻のように地面に点が生まれる。横断歩道を渡って駅に着き、階段通路を辿ってホームへ。ホームに人影はない。ベンチに座って手帳を取り出した。一項目につき、五回ほど繰り返し読んで知識を頭に入れていると、そのうちに老人が一人やって来た。爪先に力を込めたような音の立つ足取りでベンチまで来ると、座って、暑いな、とぼそりと呟いた。あたりに聞こえるのは右方の自販機が稼働している音と、頭上から響く雨が屋根を打つ固く金属的な音のみである。じきに駅にも人が増えてくる。そのなかの一人に、K.Mさんがいたので、互いに会釈し合った。それ以上あちらが近づいてこないのでこちらからも近づいては行かず、じきにアナウンスが入ると経って、手帳を持ったまま頁の上に目を落としつつホームの先へ。電車に乗り、優先席に就く。手帳を眺めながら到着を待ち、青梅で乗り換え。後発の東京行きに乗るか、既に来て停まっている立川行きに乗るかちょっと迷った。どちらでも良いのだが。立川行きに乗ると、当然のことだが、立川で東京行きに乗り換える必要があるので、従ってそれ以降の路程は座れないだろう。結局、あとから考えると、上野にはかなり早く着いてしまったし、青梅から神田まで東京行きで座ったまま一気に行った方が楽だったように思うが、それでもこの時は、一応先発を取って立川行きに乗ることにした。ホームを歩き、三合車から乗り、車両を渡って二号車へ。三人掛けに就く。向かいには女性一人。明るく長い茶髪。唇が赤々としている。こちらは手帳をひらいた。
 立川までのあいだは特に書くこともない。到着すると人々が捌けていくのを待ち、そのあとから出た。階段を上ると、パンを焼いているような良い香りが漂う。上がってすぐのところにあるおにぎり屋に目が行く。そろそろ腹が減りだしていた。しかし、上野に着いてから売店で何か買って食うか、と決める。おにぎり屋は結構繁盛しているようで、何人か並んでいた。ここのおにぎりはちょっと気になるのだが、今まで一度も買ったことはない。三・四番線ホームへ。四番線に快速東京行きが停まっているが、既に人が多く載っており、座れる余地はないようだったので、三番線に来る特快に乗ることに。列に並ぶ。手帳。そのうち、小銭が落ちた音を聞きつける。自販機に向かう一人の男性。イヤフォンをしているので小銭を落としたことに気づかないようだ。それなのでその場をちょっと離れ、落ちていた百円玉を拾って近づき、硬貨を持った手を掲げ、相手と視線を交わしながら無言で差し出す。向こうも言葉は発さず、会釈で受けた。無言のコミュニケーションである。それから列に戻って、ちょっとすると電車がやって来た。乗り、扉際を取ることに成功する。クラッチバッグを頭上の棚へ。手帳。対角線上の扉際には、茶髪のボブカットの女性。Nさんもあんな感じだろうかと見る。三鷹でバンドマンが乗ってくる。バンドマンと言うか、単にギターを持った人ということだが。若くはない、四〇代だろうか、髪は全体に白いものが混ざって色が薄く、灰色掛かっている。ギターと、エフェクターボードを縛りつけた、あれは何と言うのか、自分も現役の時に一つ持っていたけれど、物の名称がわからない、簡易的な台車のようなやつだ。それを抱えて乗ってくる。こちらの身体にギターが当たると、すみません、と会釈してくる。あまり威勢は良くはない。混んでいる電車のなかに大きな荷物を持って乗ってきたことに恐縮している様子。服は、白の地に黒いドット模様のシャツ。イヤフォンをつけて音楽を聞いている。音楽に合わせてピックを持った形を模した右手を動かしている。イメージ・トレーニングをしているようだ。
 新宿かどこかから外国人の一団、六人が乗ってきた。皆一様に褐色の肌で彫りが深い顔をしており、黒い髭を生やしている。香水だろうか、一気に強い匂いが車内に満ちる。コーヒーの紙カップをそれぞれ持った一団は、大きな声で、丁々発止と言うか、喧々囂々と言うか、侃々諤々と言うか、会話を交わしている。代わる代わる誰かが矢継ぎ早に話して会話の途切れる隙間がない。受け答えや口調の調子も速い。何か議論でもしていのだろうか? 時折り笑い。日本人とは調子が違うと言うか、、日本はやはりこういう風にはなかなか話せないだろうなと思った。何人だったのだろう? 何語なのか全然わからなかったが、風貌からすると何となくトルコあたりだろうか? 不明。彼らは御茶ノ水で降りて行った。
 神田で降車。階段下りて、三番線ホームへ。階段上がる。ちょうど山手線の電車が来ているので、急いで乗り込む。そして手帳。僅かなあいだだが。秋葉原御徒町を経由して三駅目で上野。降りる。公園口へ。階段上がる。売店を探す。歩いているとキオスクが発見され、入り、レジ横のパンの区画の前に立ってちょっと迷ってから、ベルギー・チョコレートを練り込んだ白く柔らかいパンを選んで買った。一〇八円。釣りとレシートを受け取り、パンをバッグに入れて店を出て、公園口改札を抜ける。横断歩道を渡り、植え込みの段へ腰掛けて、二人へ連絡。ちょっと早く着きすぎた、と。そうしてパンを食べる。周囲では立憲民主党の、奥村まさよし候補が活動している。スタッフや本人が、道行く人々に声を掛けてチラシを配っている。選挙カーからは録音された本人の声と、蓮舫の応援の言葉。それを聞くと、この人は、ボイス・パーカッション・グループのRAG FAIRの「おっくん」なのだ。その名前は一応耳にしたことはある。本人の声と蓮舫の声が繰り返し響いているそんななかで、もう一団体、横断歩道を渡った先、つまり元の駅の改札に近い方、券売機の前ということだが、そこに犬猫ボランティアの団体が活動しており、ご協力お願いしますとこの暑いなかで野太い声を張ってアピールしている。募金活動や、スタッフの募集をしているらしい。
 Yさんからメールが入った。二時半頃になる、申し訳ない、と言うので笑う。一体何をしていれば良いのだ、と送る。空港内で迷って時間が掛かったらしい。彼はNさんを空港まで迎えに行っていたのだ。適当に過ごしているので、気をつけて来て下さいと送り、時間潰しに公園内を回ってみることに。立ち上がって歩き出す。東京文化会館を過ぎ、公園奥へ。西洋美術館前も過ぎ、動物園の入口前で左折。動物園の入口外では、何か大道芸をやっているらしく人だかりが出来ていた。芸人の慌ただしい声と群衆のどよめき。何をやっていたのかは距離があったので不明。それを背後に折れて進んでいく。道中の様子など、大して覚えてはいない。言うまでもないが、外国人観光客は多かった。周囲から聞こえてくるのは日本語よりも外国語の方が多いくらいだ。このあたり、京都とも同じなのだろう。また、鳩も多かった。人間が近づいてもあまり逃げようとせず、最大限その場に留まり続けるふてぶてしい鳩たちである。彼らが背後から、宙を切って滑らかに、あるいは羽根を緩やかに柔らかく羽ばたかせて、あるいは翼を静止させながら滑空していくのもたびたび見られた。人のあいだをうまく縫って飛ぶのだが、よくぶつからないものだ。歩いているあいだにもう一人、大道芸人を見かけた。自ら大道芸人だ、これ一本で飯を食っていると名乗り、芸をやる前置きとして、終わったあとに気に入ったら投げ銭をしてくれるように、と音楽に合わせて客を促していた。
 歩いていき、そのうちに、ボート場の文字を記した看板が現れた。それで、こちらが池だなというわけで、それに従って不揃いで急な石段を下りていく。そうして下りた角にあった地図を確認してから横断歩道を渡る。広大な池は一面、背の高い蓮に満たされ、埋め尽くされている。さらに進み、祭りじみた屋台の出ているそのあいだを通り――大きなフランクフルトや焼き鳥などが焼かれて、香ばしい匂いが漂っていた――橋を渡って弁天堂へ。しかしなかには入らず、脇を回って過ぎる。堂の側面に鳩が数匹。見かけた時、一匹がまるで蜂のように宙で羽ばたきその場で静止して浮かんでいた。そこを過ぎると、鳥塚という大きな、見上げるほどの碑がある。横に何か由来の書かれたもっと小さな碑があったが、よくも読まなかった。そうして堂の裏に出て、ふたたび小橋。橋の途中から人々が池を見下ろしていて何かと思えば、鯉がたくさんいるのだった。濁った水のなかに棲む、やはり濁ったような、ちょっと黒っぽいような色の大きな鯉である。並んで水面に顔を出し、餌を欲しげに口をぱくぱくさせている。気泡。写真を撮る外国人。
 橋を渡ってボート場の前に着く。そろそろ何か冷たい飲み物を飲んだほうが良いかとも思ったのだが、ペットボトルを買ってバッグのなかに入れると、Nさんにプレゼントするために持ってきた詩集の包装が濡れてしまう。それで断念したのだが、よく考えれば、バッグに入れずに手に持って歩けば良いだけの話だった。自販機に寄ったがそういうわけで何も買わず、左に折れて池の周りを回ることに。ボート場にはピンクや白や青のスワンボートが広々とした池の水面に浮いて水を切っている。通りすがりの女性が、あんなん怖くてよう乗らんわ、と関西弁で漏らしていた。様々な人々が思い思いに過ごしている。犬の散歩。ベンチに並んで座っているカップル。ポテトチップスの大袋を広げている男性。あれは自分で食いながら、鯉にもあげていたのかもしれない。そのうちに何か、助けて、助けて、という叫び声が聞こえて、水音も響いてきた。誰かが池に落ちたらしい。ちょっと戻って見通してみると、若い男のようだ。男は多分遠くの、ボートに乗っている人々に対してだったと思うのだが、お前らあ! と声を張り上げて叫び、やめとけえ! と吠え、そのあとから動物の唸り声のような声を上げていた。狂っているのだろうか? 柄はあまり良くなさそうだ。その後、多分岸にいる仲間に向けて、お前ら、覚えとけよ、とか何とか言っていた。そのあたりまで見届けて、先を歩いた。
 池の蓮はところどころピンク色の花を咲かせており、視界の遠くまで続く一面の緑の広がりの上に桃色の塊が散発的に乗せられている。しかし花はまだ大方ひらききっておらず、丸みを帯びた形だった。これが蓮の花か、と見た。仏教的な観念を頭のなかに呼び起こす。そのほか記憶に残っているのはハーモニカで"川の流れのように"を演奏していた人や、鳩を捕まえようとして満面の笑みを浮かべながら追いかける男児などである。歩いているうちに汗だくである。池の周りを一周して元の場所に戻ってきた。石段を上がり公園の方に戻って、右に折れてまた歩く。西郷隆盛像がそのあたりにあるはずなのだが見かけなかった。違うルートを取ってしまったらしい。途中、全身白づくめで顔や肌も白く塗って彫像の真似をしているパフォーマーを見た。最初は遠目に見て本物の像だと思っていたくらいだ。パリのサクレ・クール寺院に行った時にも同じようなパフォーマーを見た。文化会館の裏でも大道芸人らしき人が何やら芸の準備をしていた。
 元の、駅前の植え込みの段に戻ってきた。汗だく。時間はちょうど二時頃だったのではないか。シャツをぱたぱたやりながら携帯で日記を書く。立憲民主党の人々はもういなくなっていた。犬猫ボランティアの人々は相変わらず声を張り上げて協力を呼びかけている。携帯の画面に注視し、両手の指を駆使して勢い良く、素早く次々と言葉を打ち込んでいく。それを四五分くらい続けた。公園を歩きはじめるあたりまで記述が達すると、左側から肩に触れられた。見れば男性が一人、立っている。Yさんである。勿論、Nさんも一緒にいた。事前に聞いていた通り、Yさんは檸檬の描かれたTシャツを着ていた。下は濃い青のデニム。Nさんは自分では全体に薄水色の格好と言っていたがその通りで、ちょっと薄緑も仄かに混ざったような色合いだったかもしれない。ふわりとした襞のあるロングスカートに、上は、あれは何と言うのだろう、レース編みみたいな花の模様に編まれた衣服。足元はヒール。
 こんにちは、Fですと挨拶。少々言葉を交わすと、それじゃあ行こうかとなる。行く先は国立科学博物館である。最上階の、鹿などの剝製を見ることになっていた。これは、二〇一四年の三月一一日のこと、つまり震災から三年が経ったちょうどその日のことになるが、Mさんと初めて会った時にも見たもので、太くてうねっている鹿の大きな角が格好良いなあと言い合ったような覚えがある。歩きながら、Skypeと声がちょっと違いますねと言う。いや、Nさんはそんなに変わらない。Yさんは、Skypeの声よりもさらに線が細いような、優しげな感じだった。丸眼鏡を掛けている風貌も穏やかで優しげな感じで、これを言うと多分本人は否定すると思うが、『ウォーリーをさがせ!』のウォーリーに似ている。Nさんはメロウで甘やかと言うよりは、どちらかと言えばクールな感じの顔貌と言って良いのではないか。女性の容貌をあまり云々言うのも良くないかもしれないが――髪は明るい茶で、短く切り揃えたショートカットである。唇はやはり赤い。
 歩いている途中、Nさんから詩を見ました、と言われる。先日作った二篇のことであろう。一つ目の詩の、「やりきれないな」の周辺部分が好きだったと言うので礼を返す。あれは適当に、と言うか、即興みたいな感じで作っちゃいましたね。「僕は詩になる」の方は多少考えたけれど、あれもまあ全然大したものではない。もっと鮮烈な言葉を生み出したいが、まあ自分の場合、所詮は手慰み程度のものにしかならないだろう。一番好きな詩とかありますか、と訊かれる。うーん、と考え、あまり自分の詩に好きという感じもないので、まあわかりやすいのはあれですけどね、「君がさみしくないように」、と受けた。Nさんはあれも好きだと言ってくれた。
 そうこうしているうちに博物館着。Yさんはもう一〇回以上来ているらしい。ベテランである。入館。Yさんが三人分、まとめて券を買ってくれた。六〇〇円ほどだったので、一〇〇〇円札を渡し、四〇〇円のお釣りを貰う。そうしてなかに入ったところで、Yさんがガチャガチャを発見する。興奮する彼。何か、何とか言う蛙の、あれはフィギュアと言うのか何と言うのか、人形? 小型の。それがレアか何からしくて、それを狙ってYさんはガチャガチャに挑戦したが、当たったのはウーパー・ルーパーだった。それで通路を通って地球館へ。エスカレーターで三階まで上がる。動物の部屋に。入口近くには子供たちが遊ぶスペースがあって、そのなかにも巨大なアザラシやシマウマの剝製が展示されていた。進んで奥に入ると、暗くなっている。こんなになっていましたっけ、と訊くと、以前は普通に照明があったとYさん。こちらが以前見た時もそうだったような気がする。室の中央に大きなスペースが設けられて、その周りを円形に回れるようになっている。スペースのなかには、鹿の仲間やチーターや豹、ライオン、虎、水牛、ゴリラ、などなど動物たちの剝製がたくさん展示されている。なかにはかなり巨大なものもある。「ボンゴ」と言う、体に縞模様が入った巨大な鹿が格好良かった。順路に沿って歩いていると、足もとがガラス張りになっていてその下にいる動物たちが見下ろせる、という一角がある。そこでNさんは携帯を足もとに向けて写真を撮っていた。その近くには、猿の仲間たちも展示されている。ピグミー・マーモセットだったか、物凄く小さい猿の仲間もいた。そこから向かい側、壁際には鳥の展示。身近にいる鵯とかメジロとか、ハシボソガラスとか、そのあたりの鳥から、巨大な禿鷲、イヌワシ、リーゼントみたいな髪型をした――髪型と言うか、あれは鶏冠の類だろうが――いかついオウムなど、普段目にすることのない鳥まで網羅。しかし、こちらは途中から、時鳥というのはどういう姿形をしているのかと探したのだが、どうも時鳥は展示されていなかったようで見つからなかった。最初の方にあったのを見落としていただけかもしれないが。
 ほか、覚えているのは雪豹と、トナカイ。トナカイの角というのは独特の、何か葉っぱのような形にひらいたような独特の形をしていて、何故あんなになっているんでしょうね、空気抵抗半端なくないですか、などと言って笑った。そうして一周して元の場所に戻ってくると、展示室を抜ける。フロアマップと言うか、各フロア紹介の看板の前に立ち、どうしましょうかと顔を見合わせる。それで、一階を見ようということに。エスカレーターを下りていく。一階。展示室へ。一階はどういう趣向だったのだろうか? テーマにあまり統一性がなかったと言うか、いや、あったのだろうが、どんなテーマだったのか忘れてしまった。虫とか、色々な種類の生物が雑多にいたような気がするのだが、ここで例の、鯨か何かの胃に寄生しているアニサキスという線虫の展示を発見した。これは以前来た時にも見て、そのグロテスクさに結構衝撃を受けたもので、それで覚えていたのだ。一見すると何か液体のなかに保存された巨大な脳のようにも見える肉色の臓器に、あれは何と言うのか――何か生えていると言うか、細長い、イソギンチャクの触手のようなものがびっしり貼りついていると言うか、そんな感じ。グロテスクである。
 それからさらに進んでいくと、また円形の部屋があって、ここには色々な、雑多な生物が展示されていて、なかに蝶の展示があった。ずらりと並んだなかにかなり大きいものもいて、展示番号で言うと三四番だったのだが、こちらが見ていると後ろを通ったカップルが、三四番、めっちゃでかくない、とか何とか漏らす。どうする、朝起きてあんなのが部屋にいたら、と男性の方が言い、女性は、いや無理、いや無理無理、とか何とか受けている。その三四番の蝶は、「ゴライアストリバネアゲハ」というもので、ゴライアスというのは旧約聖書に出てくる巨人ゴリアテのことであろう。確かダビデと戦った相手ではなかったか? それ以上の知識はないのだが。聖書も読めば面白いのだろうなあと思う。あとこちらが一番綺麗だなと思ったのは、青緑色のもので、オオルリアゲハとあったので、ああこれがオオルリアゲハというやつなのかと見た。
 二人から離れて一人でそのように楽しんだあと、二人と合流して、またどうするかとなった。Nさんに疲れていないですか、と訊くが、大丈夫だと言う。それでもYさんが、TULLY'S COFFEEに行こうかと口にして、それでまとまった。それで退館へ。通路をどう通ったかなど覚えていない。元の出入口ロビーに戻ってきて、退館すると、目の前に大きな鯨のオブジェが現れた。これもNさんは写真を撮っていた。道に出ると、Nさんが、Fさん、雨って好きですかと訊いてくる。いや、全然、と答えて、全然というほどでもないかと執り成していると、Yさんは雨が好きだって言うんですよ、と。だってこんなに空が綺麗じゃん、真っ白で、と見上げて彼。まあ確かに、茫漠とした、どこまでも続く一様な、均一な、整然とした軍隊のような統一感に溢れた白さではあった。雨がちょっと降り出していた。三人ともそれでも傘を差さず――こちらとYさんはそもそも傘を持っていなかった――歩き、文化会館横を通って公園の外に出て、あれはどちらの方角なのだろうか、まあよくわからないが、商店が立ち並んでいる方向へ進む。Yさんが言うTULLY'S COFFEEというのは、多分以前Mさんと会った時、つまり二〇一六年だが、と言うのはゴッホ&ゴーギャン展を見た時のことだが、その時にMさんと入った店ではないかと思っていたのだが、果たしてそうだった。この店でこちらは、当時読んだばかりだった『囀りとつまずき』についての感想を述べたのだったが、その際に、どのように説明しようか発言を考えすぎて会話の途中に大きな間を生み出してしまい、Mさんに、いや、めっちゃ考えるな、と突っ込まれたという覚えがある。その店に入ったのだが、こちらが危惧していた通り、なかは満員、三人座る余裕はとてもなさそうだった。席も空かなさそうである。いや、「空かなそう」か? どちらが正しいのかわからないが、と言うか、注文の順番を待ちながら店内に目を配って光らせていたのだが、全然空かなかった。それでそれぞれ品物を注文。こちらはブラッド・オレンジ・ジュース。Nさんもそれを頼んでいた。それで仕方がないので外へ。もう上野駅へ行ってしまえばよいのではという案も出ていたが、結局、店の外に留まる流れに。そこに一席あったので、Nさんに、Nさん、座って下さいと勧めると、何故か彼女は大層恐縮して、いや、私は大丈夫です、Fさんこそ、となった。Yさんにも勧めてみたが、彼も良いと言うので、それじゃあ俺が座ろうというわけで腰掛け、偉そうに脚を組んだ。二人はこちらの周りに立っていたわけだが、こちらはオレンジ・ジュースをちょっと啜ってから地面に置くと、バッグから淳久堂の包装に包まれた『岩田宏詩集』を取り出し、Nさんに、これ、プレゼントですと言って差し出した。Nさんはえっ、と瞬間絶句し、非常に驚き、良いんですかと恐縮してみせたので、是非読んでくださいと渡した。Yさんには、こちらがNさんにプレゼントをするつもりだというのがバレていたらしい。先日、本屋で包装を頼んでいるところの日記を読んで感づいたようだ。こちらも、あれを書くと感づかれるかなと思って書くかどうしようか迷ったのだが、結局、誰にプレゼントするのかという点には触れないまま、プレゼントの包装を頼んだという経緯は書いたのだった。それについて、僕も書こうかどうしようか迷ったんですけどね、でもまあバレてもいいかなと思って、と言うと、事実を書かないことってあるんですかとNさんが訊くので、まあ、すべてを書くことは出来ないですからねと曖昧に受けた。
 そのうちに席がもう二つ空いたので、こちらが座っていた席もそちらの方にずらして、こちら、その左隣にNさん、そのさらに向こうにYさんという順で腰掛けた。時刻は四時一五分とか二〇分とかそのくらいだったと思う。それから四時五〇分過ぎくらいまで雑談を交わして時間を過ごした。Nさんは、こちらの日記のなかでは買い物をしている日の記述が好きだと言った。服を買っている時など、店員とのやりとりや衣服の描写が好きなのだと言う。なかなかニッチな好みではないだろうか? そのほか、互いの居住地区について田舎自慢をしあった。Yさんがスマートフォンで画像検索した彼の住んでいる地域の画像を見せてもらったのだが、田んぼなどもあるようで、確かになかなか田舎のようだったが、しかしそれは町の中心部から離れた周縁部の風景であろう。都市部は商業施設など普通にあるに違いない。その点我が青梅は貧しい、中心的な市街と言ってせいぜい河辺くらいのもので、そこにあるのも駅の近くで言えば図書館と西友と先日までTOKYUが入っていたビル――これは八月からイオンとしてリニューアル・オープンするらしい――くらいのものである。さらには、こちらの最寄り駅付近で言えば、駅前にはコンビニの一軒もない体たらくである。一応、駅から一〇分くらい歩いたところにセブン・イレブンがあるはあるが、その程度である。スーパーもない。貧困! 東京の端でさえそのような感じなのだ。Nさんの住んでいるところも結構田舎らしかったが、しかしやはり都市部に行けば色々とあるだろう。
 そのうちにYさんが、『バットマン』か何かの映像を見せてくれた。そのほか何を話したのだろうか? いつものことだけれど全然思い出せない。今日見に行くバンドは誰なんですかと――Nさんはこのあと、青山でインディーズバンドのライブを観る予定だった。ちなみに明日も夜からは同様、別のバンドのライブを観るらしい――Nさんに訊くと、全然知らないと思うんですけど、GOODWARPって言って、との返答があった。全然知らなかった。「客観的に言うと」、もうあまり人気がなくて、東京でしか活動していない、福岡に来るとしても自費で来なければならない、そんな境遇のグループらしく、ジャンルとしてはシティ・ポップ風味と言うか、EDM――というものもどういう音楽なのかこちらはよく知らないのだが。四つ打ちの打ち込みのやつだろうか? ――が混ざったポップスみたいな感じらしい。Nさんは結構音楽の趣味は良い方だと思う――偉そうな言い分だが――ceroなど聞いているし、FISHMANSも気に入ってくれた。
 そうだ、忘れないうちに大事なことを書いておかなければならないが、Nさんからも九州土産を貰ったのだった。九州限定、「ひよ子のピィナンシェ」というやつである。「ひよ子」というサブレのような菓子があったと思うのだが、それのフィナンシェ版ということのようだ。有り難く、礼を言って頂いた。そして、これも大事なことだが、Yさんからもこちらにプレゼントがあった。古本で悪いんだけど、と彼は言ったが、彼が好きな漫画家の、カシワイという人の『107号室通信』という漫画である。この人はpanpanyaと結局同一人物なのか否か? 真相は知れないのだが、絵柄は似ている。panpanyaは以前一冊持っていたけれど、売ってしまった。
 Nさんに、乗る電車は把握していますかと訊くと、彼女は把握してませんと焦って、その場で検索を始めた。目的地は青山三丁目、上野から銀座線で渋谷行きに乗れば一本のようだった。それで、その時点で四時五〇分頃だったので、そろそろ行きましょうかとなった。席を立って、通りを渡り、JR上野駅入口から入る。あそこは何口なのだろう? まあともかく、入った。そうして通路を辿っていき、中央改札前に出た。銀座線は中央改札前を右に折れて、その先の階段を下った先のようだった。それで、銀座線の入口まで見送りしますよと言って、三人で階段を下って行った。そうして銀座線改札前に着き、有難うございましたと礼を交わす。明日は六本木に一二時、七番出口です、と確認して、そうしてNさんは去っていった。
 それでYさんと二人、道を戻り、中央改札をくぐる。途中まで通路を一緒に辿り、道が分かれるところまで来ると、それじゃあ、今日は有難うございましたと挨拶を交わして、別れた。こちらは山手線。階段を上がっていく。まもなく電車来る。乗って扉際。クラッチバッグは頭上の棚に置き、携帯を取り出して日記を綴る。道中、車内には外国人三人。なかの一人がコーラらしき缶を持って飲んでいた。英語で話していたと思う。内容はまったく聞き取れなかったと言うか聞いていなかったが。それで新宿まで。新宿に着くと押し出されるように降りて、階段下る。新宿駅は改装中なのか、以前一一・一二番線ホームに続く通路階段があったところは閉ざされていた。それでかなり遠回りして、群衆のなかの無限小の無意味な一片と化して移動し、ホームへ上がる。階段しかないので、老人などはこれは大変だぞと思った。河辺行きは見送り、ホームの端に移動して高尾行きに乗る。そうしてまた扉際で携帯をかちかちやり続ける。
 立川までの道中に特別のことはない。腹が減っていて、ラーメンを食いたい感じがしたので立川で一回駅の外に出て食って帰ることにした。それで降りると階段上り、改札抜け、北口へ。広場抜けて、エスカレーターを下り、ドラッグストアの横から裏道へ。そうして「味源」へ。ビルの二階。入ると客は全然いない。六時半頃という時間のわりに。食券機で味噌チャーシュー麺(一一五〇円)を購入。サービス券と一緒に近づいてきた店員に差し出し、餃子で、とサービス券の方は注文する。それで席に就き、冷水をコップに注いで口にする。品物を待っているあいだも携帯をかちかちやって、ラーメンが来ると携帯は仕舞って食事に専念した。モヤシ。麺。チャーシュー。メンマ。それらを貪り食う。水を時折り冷たい水を飲みながら飲んで舌を洗ってリセットしながら飲み、食う。この店は最近、愛想のない野郎の店員しか見かけず、前にいた女性店員はもう辞めてしまったのかなと思っていたのだが、そうではなかった、今日は姿を見せていた。餃子も醤油を掛けて、醤油と酢を掛けて食い、ラーメンの汁は蓮華で掬ってたくさん飲む。すべては飲み干さないが。掬っているあいだに底の方に沈んでいたモヤシや肉の欠片などが出てくるので、箸に持ち替えてそれらを搔き出して口に入れる。そうして大方スープを飲んでしまうと、ティッシュを取って鼻をかみ、水を飲み干して立ち上がり、ご馳走様ですとカウンターの向こうの店員に掛けて、退店。ビルの外へ。駅方面へ。裏通りから出て、階段上る。空は暮れ方の淡い青。偏差なく広がっている。高架歩廊を歩き、駅舎に入り、群衆の一部、無意味な粒のような泡のような一小片と化し、流れに任せて進んで行き、改札を抜ける。青梅行きは一番線から六時五一分。現在時刻は六時五〇分になろうとしているところだった。それでも急がず慌てず鷹揚に歩いていき、階段を下りてホームに入り、一号車に近づいて乗り込む。普通に間に合った。座れないかなと思っていたのだが、端に空きがあったのでそこに腰掛ける。ここでは携帯で日記を書くのはやめ――何しろもう九〇〇〇字分くらい書いていたので、いい加減面倒臭くなっていたのだ――手帳を眺めることに。道中、特段のことはなかったと思う。手帳は一項目五回ずつくらい読むことを心掛けているが、この日の朝からの読み込みでもう書いてあることの大方をさらったと言うか、一周して最新の箇所に戻ってきた。『ポピュリズムとは何か』からの情報である。ポピュリストは、自らが人民の唯一の正統な代表であることを主張する。そして、一部の人民のみが真正な人民であるという観念を拠り所にする。彼らの眼鏡に敵わないと言うか、端的に彼らを支持しない人々は「人民」の枠からは外れるのだ。そうしてポピュリストは彼らが唯一人民を――それも直接[﹅2]――代表すると主張するので、自らを人民全体と同一視する。つまり、端的に言ってドナルド・トランプに反対するものは人民全体に反対している[﹅11]とされる。そんなような話だ。
 最後の方はちょっと眠くなって手帳を眺めながらうとうとした時間があったようだ。降りる。青梅。空は濃紺。光は失われているが色味はまだ辛うじて残っている。ホームを歩き、やって来た奥多摩行きに乗る。三人掛け。そうして引き続き手帳を眺め、じきに発車。しばらくして到着。最寄り駅。降りる。ほかに降りた人は少ない。駅舎抜け、横断歩道渡って坂道へ。暗い木の間の坂の途中で、遠くから何やらマイクを通したような音声が響いてくる木の、樹間を抜けて。最初は選挙戦も終盤を迎えてまだ頑張っている候補がいるのかと思ったのだが、そうではなくて、じきに、児童遊園で盆踊りが催されているのだとわかった。そうして帰路を辿る。
 帰宅。母親に挨拶。父親は盆踊りを見に行くのかと思えば行かないと言う。今はもう風呂に入っていた。カバー・ソックスを脱ぎ、洗面所の籠に入れておき、下階へ。部屋に入るとシャツとズボンを脱ぎ、パンツ一丁になる。それでコンピューターを点け、Twitterにアクセスすると、先日大澤聡『教養主義リハビリテーション』について呟いたツイートを、著者本人が引用して言及してくれていたので、驚いた。有難いことだが、このTwitterと言うかSNSと言うかインターネットというものの、距離の近さ、こうして簡単にプロの批評家と曲がりなりにもコミュニケーションが取れるということの距離の近さみたいなものは、何なのだろう、良い面でもあると思うのだが、何となく落ち着かないと言うか、恐縮する。恐れ入るような感じがある。それで、感想をちょっとまとめてリプライを送った。感想と言っても、大方は以前日記に書いた事柄の焼き直しだが。以下のような文言である。

 著者御本人からの言及、有難うございます。『教養主義リハビリテーション』ですが、こちらとしては竹内洋さんとの対談が特に啓発的でした。例えば七〇頁や七三頁などに見られますが、竹内さんの提示した文脈に対して大澤さんが間髪入れず、打てば響くように適切な補足情報を加えていらっしゃって、批評家という人々は本当に幅広くものを読んでいるのだなあと尊敬の念を抱かされること頻りでした。また、この対談で語られていたような戦前の「教養」の歴史といったものにこちらは今まで馴染んでこなかったものですから、耳にしたことのない固有名詞が色々と出てきて刺激的で、知の世界というものはやはり途方もなく広いものだと痛感させられました。そうした意味で、この対談自体が、伝統的な形での「教養」を一種体現しており、読者を「教養」に向けて触発するような一つのモデルとなっているのではないでしょうか。勿論、大澤さん御自身にそうした自負が少なからずなければ、タイトルに「教養主義」という言葉を掲げるわけには行かなかったのではないかと愚考しますが――ともあれ、以上のような意味でとても「ためになる」読書をさせていただいたと思います。有難うございました。

 それで入浴へ。上階に上がり、洗面所に入り、服を脱いで、と言うか脱ぐまでもなくもうほとんど脱いでいたのだけれど、それでさっさと入って、湯に浸かり、頭と身体をさっさと洗って出てくると、やはりパンツ一丁で自室に帰った。コンピューターの前に座って日記を書きはじめたが八時五五分、打鍵しているだけで背に汗が吹き出す蒸し暑さである、風呂から出たばかりだということもあっただろうが。そうしてそれから三時間ほど、途中、インターネットに寄り道をしながらも、基本的にぶっ続けで日記を綴った。音楽はFISHMANS『Oh! Mountain』、『Neo Yankees' Holiday』、Blue Murder『Nothin' But Trouble』に、John Mayer Trio『Try!』。これでやっと現在時刻に追いつくことが出来た。ここまでで一万五〇〇〇字強、今日は綴っているわけだが、今日のうちに現在時刻に追いつけたというのは端的に言って快挙である。素晴らしい。勤勉だ。現在はもう日付替わりも済んで、零時一七分。John Mayerが"I Got A Woman"でブルージーなギターソロを披露している。
 ああそうだ、書き忘れていたが、一一時半頃に一度部屋を出て上階に上がった。喉が渇いたので冷たい飲み物を求めに行ったのだ。ついでに、右足の甲に絆創膏を貼っておいた。カバー・ソックスのために甲が露出していたので、今日たくさん歩いているあいだに靴の縁が肌に擦れて、皮が剝けてしまい、ちょっと痛くなっていたのだった。絆創膏を貼っておけば明日は大丈夫だろう。それで飲み物の方は、冷蔵庫を探っても緑茶しかなかったので、仕方なくそれを飲むことにした。もう少し甘みのあるものを所望していたのだが。下階に戻って、Nさんに貰った「ひよ子のピィナンシェ」を早速食べた。これは家族には分けず、自分一人で頂くことにする。
 そうしてベッドに移って読書。ヤン=ヴェルナー・ミュラー/板橋拓己訳『ポピュリズムとは何か』。ヴィクトル・オルバーンの発言がふたたび触れられている。「ハンガリー憲法が批判された場合、その批判は、政府に対するものではなく、ハンガリー人民に対するものなのである」。政府と人民の直截な同一化。二時四〇分前まで読んで就寝。最後の方では例によって少々意識を失っていたような覚えがある。


・作文
 6:55 - 7:09 = 14分
 10:46 - 10:56 = 10分
 20:55 - 24:22 = 3時間27分
 計: 3時間51分

・読書
 8:22 - 8:42 = 20分
 8:47 - 9:02 = 15分
 9:04 - 10:30 = (45分引いて)41分
 24:27 - 26:34 = 2時間7分
 計: 3時間23分

・睡眠
 2:00 - 6:25 = 4時間25分

・音楽

  • Blue Note All-Stars『Our Point Of View』
  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • FISHMANS『Neo Yankees' Holiday』
  • Blue Murder『Nothin' But Trouble』
  • John Mayer Trio『Try!』