2019/9/13, Fri.

 とはいえ、戦後の日本社会はたんに石原らの存在を黙殺し、忘れ去っただけではなかった。逆に「シベリア帰り」として、石原らをマークしつづけた。石原が帰国したのは、まだ「戦後革命」に向かって日本共産党武装路線をぎりぎり堅持していた段階である。敗戦後間もなく、石原らに先立って、シベリアで「民主化運動」の波をかぶった、ソ連派と目されるひとびとが帰還して、まだ実力革命を唱えていた日本共産党と合流して盛んに活動していた。その後、逆に日の丸組(日本主義者)の帰還が続いたとはいえ、はじまり出した冷戦のもとで、「シベリア帰り」はソ連で洗脳されてきた「アカ」(共産主義者)という疑いの目に晒されることになった。しかも、石原のようにすでに四〇歳に手が届こうという身では、とうてい満足のゆく就職口は望めなかった。
 (細見和之石原吉郎 シベリア抑留詩人の生と詩』中央公論新社、二〇一五年、249~250)

     *

孤独とは、けっして単独な状態ではない。孤独は、のがれがたく連帯のなかにはらまれている。そして、このような孤独にあえて立ち返る勇気をもたぬかぎり、いかなる連帯も出発しないのである。無傷な、よろこばしい連帯というものはこの世界には存在しない。
 (Ⅱ、九; 「ある〈共生〉の経験から」)

 石原自身、このような認識をもたらした背景にシベリア体験を置いているし、通常、こういう一節のもつ洞察力や喚起力は石原のシベリア体験によって裏打ちされたものと理解されている。とはいえ、ほんとうにここに石原のシベリア体験が刻印されているのだろうか。孤独と連帯をめぐるこの優れた、しかしあくまで一般論[﹅3]――。シベリア体験が彼にこの認識をもたらしたのだろうか。百歩ゆずって、ここに石原のまぎれもないシベリア体験が刻まれているとしても、それはこういう一節にほんとうに包摂されうるものだったのだろうか。さきに引いた「食罐組」の食事の分配をめぐる抑えがたいユーモアに満ちた記述と引き比べてみるだけでも、孤独と連帯をめぐる石原の論理の正当性と同時に、いかんともしがたい貧しさが浮き彫りになるのではないだろうか。私はそこに、シベリアのリアルな記憶を自らのうちに喚起しながらも、それを自分の黙想的な論理に押し込めてゆく、ほとんど暴力的な石原の振る舞い(石原の論理の振る舞い)を見ないではいられない。
 (260~261)

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 石原が、たとえば鹿野武一のようなかけがえのない友人のことを綴っても、そこには「他者」としての鹿野は不在である。石原がどれだけ「日常」の重要性を説いてもじつは具体的な「日常」はきわめて希薄である。そこに存在しているのは、石原の黙想的な論理ばかりではないか。(……)
 (268)


 正午前まで寝坊。とは言っても床に就いたのが午前四時なので、睡眠時間としては八時間ほどだ。上階に行き、おそよう、と言う母親に答えて、洗面所で顔を洗った。食事はうどん、及び前日に作った麻婆風の炒め物。煮込みうどんは丼に注ぎ込み、麻婆風の炒め物は電子レンジで温めて、これも丼によそった米の上に掛けた。そうして卓に就いて食事を開始。母親は今日は仕事、こちらも夕刻から労働である。食事を終えた頃、ばたばたと準備をする母親が、腰が跳ねるように痛いと漏らすので、揉んでやろうかと言って近づき、彼女の背後から腰のあたりや背中を少々マッサージしてやった。それから食器を洗い、風呂も洗って下階に下りる頃、母親は出掛けていった。自室に戻ったこちらはLINEをひらくと、Tからのメッセージが入っていて、予想通り昨日は寝落ちしてしまったと謝罪が送られてきていたので、大丈夫、そうではないかと思っていたと受けた。ギターについての相談というのは、"C"のギターアレンジで良い案がないかというようなことだったらしい。それは難しいなとこちらは受けて、その後いくらかやりとりを交わしながら日記を綴った。一時半前から始めて、おおよそ一時間で前日の記事を仕上げ、この日の分もここまで綴ると二時半過ぎである。音楽はcero『Obscure Ride』を背景に添えた。
 前日の記事を投稿したあと、cero『POLY LIFE MULTI SOUL』を流し出し、ベッドに乗って柔軟運動を行った。「コブラのポーズ」と「船のポーズ」もやって腹と背をそれぞれほぐしておき、それから牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』を読みはじめたが、クッションと枕に凭れ掛かっていると例によっていくらも経たないうちに目が閉じる。扇風機を点けなくても良い涼しさで、むしろ半袖の肌着にハーフパンツで寝ていると少々肌寒いくらいの気候だったので、途中で薄布団を引き寄せて身体を包み、意識を完全に落としはしないが瞑目して動かなくなった。そうして過ごしているうちに携帯が震えて、それが三度で止まらず鳴り続けるのでメールではなく着信だとわかり、身体を起こして機械を取った。HMさんだった。明日はよろしく、と言うのでこちらもよろしくお願いしますと返し、俺、昼飯は食って来ちゃうから、それだけね、と伝えてくれたのに了承し、通話は短く終えた。それを機に眠気が散って目が冴えたので、牧野信一の小説を四時半過ぎまで読み進め、それから上階に上がった。メロンパンが半分残っていると聞いていたのでそれを冷蔵庫から取り出し、そのほか即席の味噌汁を用意してバナナも食卓に添えた。温かい味噌汁を啜り、ものを食べ終えると台所で食器やバナナの皮を片付け、下階に下ると洗面所から歯ブラシを取った。時刻は四時四五分頃だった。歯磨きをしながら二〇一六年六月一七日の日記を読み返し、ブログに投稿すると口を濯いできて服を着替えた。そうすると五時である。Borodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』を流し、Mさんのブログを読もうかと思ったのだが、一五分では読みきれない長さであるように推測されたので、久しぶりにSさんのブログの方を読むことにした。七月一一日から一五日まで。一四日の「ハシビロ」という記事などを読むと、ほとんど一篇の掌編のようだなと思われる。一五日の記事には中村佳穂のスタジオライブへのリンクが貼られていたので、帰ってきてから聞いてみようということで、Evernoteの今日の日記にURLをコピーしておいた。それで五時一五分まで読んだところで急いでコンピューターをシャットダウンし、財布や携帯や手帳の入ったクラッチバッグを持って上階へ行き、仏間で長い黒の靴下を履くと玄関を抜けた。夕刊をポストから取って玄関内に置いておくと、扉を閉めて少々錆びた鍵で施錠し、道に出て歩き出した。かなり涼しい空気だった。林から蟬の鳴き声が湧き出すことはなく、代わりに鵯が、今にも切れそうな線のように張り詰めた声を伸ばしていた。歩く道の左右の至るところに百日紅が花をつけて鮮やかなピンク色を宙に漂わせている。坂道に入ると、出際に流していたBorodinの弦楽四重奏のメロディを頭のなかに反芻しながら上って行った。駅に着くと、涼しいとは言ってもさすがに歩いてくれば身体も温まるようで、汗の気が服の内に滲み、籠っていた。階段通路を下りているうちに電車が入線してきたので、ホームの先まで向かう猶予はこの日はなくて、二両目の途中に乗り込んだ。車内では手帳を読むのではなく、扉際に立ち、青白い雲に全面閉ざされて濃淡の差によって生まれたうねりが幽かにしか窺われない曇り空を眺めていた。青梅駅に着くと降り、ホームを歩いて階段通路に入ると、一番線で発車間際の電車に何とか間に合おうというのだろう、階下から必死の形相の男性が駆け上がって来てこちらの横を通り過ぎた。こちらは通路を通っていき、改札を抜けると券売機に寄ってSUICAに五〇〇〇円をチャージし、それから職場に向かった。
 準備には余裕があったので、後半は手帳に日記用のメモを取っていた。この日の勤務は二コマ、一コマ目は(……)(中三・英語)、(……)くん(中三・英語)、(……)くん(中三・英語)が相手だったが、(……)は安定のサボりで欠席だった。そのくせ次のコマには来ていたのでよくわからない。(……)くんは初顔合わせだった。声が呟くような感じで小さいながらも、細かくはい、はい、と返事をしてくれて真面目な方の生徒なのかと一旦は思ったが、しかし授業が進んでくると少々だらけるような様子が生まれてきた。また、トイレに頻繁に立つのも気になった。授業中に全部で三回立っていたのではないか。それでトイレのなかでサボっているのかと思いきや、しかし三回とも長居する様子もなかったのでよくわからない。やたら頻尿というわけでもないだろうから、気分転換のようなものなのだろうか。英語の実力はあまりないようで、基本的な単語の意味もわからなかったりするが、ただ単語テストだけは何故か出来ると思いますと自信を見せ、実際ミスは比較的少なかったのでこれもよくわからない。宿題はやって来ていなかったのだが、単語テストのみ勉強してきたのだろうか? (……)くんの方はいつもながらも真面目ぶりで特段の問題はない。今日は関係代名詞を扱った。
 二コマ目は(……)(中三・英語)、(……)くん(中三・英語)、(……)さん(中三・国語)の担当。(……)は相変わらずの不真面目ぶりで、こちらがついていないときちんとやろうとはしない。まずもって字を書くのを面倒臭がって、一文の終わりの方など適当に書き殴ってしまうので一部文字が読めない。ノートに記入するのにもそんな調子で、また字をやたら大きく書くのでいくらも記さないうちにスペースが埋まってしまうのだった。さらに言えば、彼は途中で授業に飽きて仕切り壁に落書きをしはじめたので、馬鹿野郎、とこちらは笑い、俺の仕事を増やさないでくれと注意したのだが、こちらも怒るということが苦手でへらへら笑いながらの注意なので効き目はない。それを消すのは俺なんだから、と言うと、良いじゃないですかとか何とか緩く相手は受けるので、さっさと仕事を片付けて家に帰りたいんだからと続けると、何でですかと来る。家があるからだよと返せば相手は、え、先生、ホームレスじゃなかったんですか、などと冗談を差し向けてくるので、笑いながらこちらは、こんなにきちんとした格好をしているだろ、と自らのワイシャツ及びスラックスの姿を示したが、それ盗んできたんでしょ、などと相手もなかなか口が減らない。随分と綺麗な服を取ってきたなとこちらは落として授業に戻った。
 (……)くんはまあいつも通りといった感じ。ただ、(……)の方につきすぎたか、あるいは彼自身の回答速度の問題もあるかもしれないが、一頁しか扱えなかったのが心残りではある。(……)さんは初顔合わせ。あまり愛想のない感じの女子だ。石垣りんの「挨拶」をさっと復習してから「高瀬舟」に入ったが、その高瀬舟を今日やる単元としてノートに記入する際に、すべて平仮名で「たかせぶね」と書いているような有様である。しかし、問題の出来はともかくとしても、文章の内容を確認するために色々と質問してみたところでは、そこまで絶望的に理解力が悪いわけではないように思われた。
 授業後、室長が伝えてくれたところでは、またそのうちに研修を受けなければならないのだということ。以前勤めていた時期に、四段階くらいある研修のうちの二段階目くらいまでは受けていたのだが、それは「ノーカン」になり、システムの変わった一つの研修を改めて受け直さなければならないとのことである。面倒臭い話だ。直近では九月二三日にあると言うのだが、その日は勤務が入っているし、すぐに受けなくても今後定期的に開催されるらしかったので、そう急がなくても良かろうと今回は断った。それで九時半直前に退勤し、駅に入って奥多摩行きに乗ると、(……)兄弟が通路を挟んで向かい合って座っている。あちらもこちらの出現に気づいたので近づいていき、(……)の方にさらに接近して、座っている相手の身体を覆うように近距離にまで密着し、圧迫感を与えるという遊びを行った。最近(……)兄弟に対してはこの遊びをよくやっているのだ。それから隣に腰掛け、適当なやり取りをしながら発車と到着を待つ。(……)は数学の夏休み明けテストが七九点だか取れたと言った。悪くない点数である。(……)の方はおちゃらけていながらもまだしもそこそこ出来るようなのだが、問題は今日こちらが当たった(……)の方で、あいつの方が心配なんだよな、と向かいの席で炭酸ジュースを飲んだり何か棒状のスナック菓子をぽりぽり食っている姿に指を向け、まず字が読めないし、と言って笑いを取ったのだが、双子の扱いに差を設けるようなこうした態度も本当は良くないのかもしれない。最寄り駅で降りてホームを移動し、自販機の傍まで来ると、じゃあ俺はここでコーラを飲んでいくからと言い、じゃあな、気をつけてと言葉を送って二人と別れた。そうしてSUICAを使って簡便に二八〇ミリリットルのコーラを買い、ベンチに座って手帳を見ながらゆっくり飲むと、ボトルを捨てて駅舎を抜けた。今日も木の間の暗い坂道に鈴虫の音が揺蕩っていた。午後一〇時も近くなって相当に涼しい夜気であり、歩いていても汗もほとんど湧かないくらいに気温は下がっていた。
 帰り着くとワイシャツを脱いで洗面所の籠に入れておき、下階に下ってコンピューターを点け、着替えるとともにTwitterなどを眺めたあとすぐに上階に引き返した。食事は九八円の廉価なハンバーグ、それを鍋の湯のなかで温め、ほか、ワカメの入った味噌汁やキャベツとトマトの生サラダをそれぞれ大皿や椀に用意する。ハンバーグは丼の米の上に乗せた。卓に就いてどうでも良いテレビ番組を瞥見しながら食事を取り、皿を洗っていると父親が風呂から出たので入れ替わりに入浴した。出てきて自室に戻ると、昼間にURLをメモしておいた中村佳穂のスタジオライブを聞き、関連動画に出てきたライブ映像なども視聴して、なかなか素晴らしいのでLINEでT田に呼びかけて、なかなか凄いぞと勧めておいた。その後、Borodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』を聞きながら一一時からMさんのブログを読み、時刻が一一時半付近に達すると何をやろうかと迷ったが、久しぶりに――と言って二日前にも作っているのだが――短歌を拵えることにした。それで手近にあった現代詩文庫の『大岡信詩集』を適当にひらいて、目のついた語句から連想を膨らませたりして、零時半頃まで一時間ほど言葉をひねり回し、以下の一三の歌を生み出し、次々にTwitterに投稿した。

太陽を飼い馴らしては闇を焼く夜と朝との汽水域にて
鈍色のピアノの音から血が漏れて床を彩る無限の記号
静寂にパウル・クレーの夜啼き鳥黒の幾何学司る声
真っ白な天井のように単純な空に落ちてくそんな恋だけ
一行の出来損ないの詩のなかで空はすべての比喩を吸い込む
人間の生まれる前も死ぬのちも海はすべての言葉の母さ
頼りない天使の歌に涙する二人ぼっちの雲の狭間で
満月にいかれた君のキスを受け偽の詩人は魔法使いに
魔術師の呪文のような詩を書いて彗星に乗せ神に届ける
短夜に三十一字の唄を投げ私は変わる夢の詐欺師に
三人の女を讃え書を捧ぐ天を孕んで死を産む魔女よ
一行の言葉の夢に目が眩み塩の柱と化して漂う
紅薔薇の花びら纏う轢死体弔う母の腹には赤子

 そうして零時四〇分からBorodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』を繰り返しつつ日記を書き出し、寄り道しながらも打鍵を続けて、ここまで記述を追いつかせると一時五〇分に至っている。明日は吉祥寺で一二時からHMさんと会うため、朝早めに起きなければならず、あまり猶予がないのだが、これで日記を書く労は今宵の自分が担ったので、翌朝は速やかに完成させて投稿することが出来るだろう。
 その後ちょっとだらだらしたあと、二時二〇分過ぎからベッドに移って、牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』を読みはじめた。夜気はかなり涼しく、冷たいくらいのものだった。五〇分ほど書を読んで三時を一〇分少々過ぎたところで切りとして、明かりを消して就床した。


・作文
 13:25 - 14:34 = 1時間9分
 24:39 - 25:51 = 1時間12分
 計: 2時間21分

・読書
 14:56 - 16:34 = (1時間引いて)38分
 16:47 - 17:14 = 27分
 23:00 - 23:25 = 25分
 26:24 - 27:12 = 48分
 計: 2時間18分

  • 牧野信一『ゼーロン・淡雪 他十一篇』: 195 - 234
  • 2016/6/17, Fri.
  • 「at-oyr」: 2019-07-11「あなたみたいに美しい女性が、どんな人生を送っているのかに興味があるんですよ」; 2019-07-12「E氏」; 2019-07-13「浜離宮」; 2019-07-14「ハシビロ」; 2019-07-15「中村佳穂LIVE配信」
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-09-11「光線が矢尻となって心臓を貫く時を夜と名付ける」; 2019-09-12「静脈に流しこむのだ水銀を世界で一番速くなるため」

・睡眠
 4:00 - 11:50 = 7時間50分

・音楽

  • FISHMANSCorduroy's Mood』
  • cero『Obscure Ride』
  • cero『POLY LIFE MULTI SOUL』
  • Borodin Quartet『Borodin/Shostakovich: String Quartets』