2019/12/30, Mon.

 現代史研究においては、当たり前と思われていたことが実はあまり根拠のないことだったということがよくある。ユダヤ人絶滅政策がヒトラーの命令によるものだということは長い間いわば自明のことのように思われ、それを疑ってみることは考えもされなかった。しかし、実際はそのことについての明白な証拠というものは存在しないのである。より正確にいえば、ヒトラーユダヤ人の絶滅を指図した命令書なるものが、歴史家の努力にもかかわらず今日にいたるまで見つかっていないし、またそのような文書が存在したということを示唆する史料も見当たらない。おそらく、そのようなものは存在しなかったのであろう、というのが今日の歴史家の一般的な結論なのである。
 そうだとすれば、論理的には、ヒトラーの命令が口頭で行なわれたか、あるいは、そもそもそういうものが行なわれなかったか、の二つしかないが、まさにこの二つが近年西欧の学会で論議の対象になったことなのである。
 しかしながら、問題はむしろなぜ近年になってこのことが取り上げられるようになったかであろう。第三帝国のような国では、すべてが独裁者ヒトラーの命令によって行なわれている、と信じられていたあいだは、たとえヒトラーの命令書がなくとも、そのことが問題となる余地はなかったからである。しかしながら、まさにこのことが問題とされるようになったのである。
 ナチズムの支配構造についての認識の変化は、戦後の西欧世界をイデオロギー的に呪縛していた全体主義論が一九六〇年代に入って退潮しだすとともに、始まったということができる。それまでヒトラーを頂点とした一枚岩的構造を持つと考えられていたナチズム支配の実態が実はかなり多元的な、しかも、混乱したものであったことが明らかにされてきたのである。
 それとともに、とくにヒトラーの位置付けに関連して二つの相対立した見解が行なわれるようになった。一つは基本的に従来の見解を継承しようとするもので、もはや一枚岩的支配構造は主張しないものの、このような「多元的混沌」ともいうべき状態はむしろヒトラーの分割統治の支配技術が作り出したもの、あるいはそうはいわないものの、少なくともヒトラーの独裁的立場を強化するものであったと考え、ヒトラーを頂点とした「単頭制」的支配構造を主張するものである。この立場に立てば、ナチズムの歴史はヒトラーの歴史であり、その政策はヒトラーの意図あるいはプログラムから理解できるということになる。この観点に立つひとたちはその方法上の特徴から「意図主義者」あるいは「綱領学者」と呼ばれ、K・D・ブラッハー、E・イェッケル、K・ヒルデブラントらをその代表者としている。
 もうひとつの立場は従来の観点からの断絶を主張する立場で、新たに共通の認識となった「多元的混沌」そのものがナチズムの支配構造を規定していると主張するのである。この立場に立つ人たちはナチズムの支配構造は「多頭制」的支配構造をもっていたと主張し、ヒトラー自身もそのような基本構造に規定されざるをえないのであるから、ナチズムの歴史はヒトラーの意図よりはむしろそのような構造から理解すべきである、というのである。この立場の人たちは「機能主義者」と呼ばれ、M・ブロシャート、H・モムゼンをその代弁者とする。
 (栗原優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策 ―ホロコーストの起源と実態―』ミネルヴァ書房、一九九七年、2~3)


 一二時二〇分まで惰眠を貪り続ける。睡眠時間は九時間二〇分。粘菌だ! もっと勤勉に――勤勉と言うか、厳粛になれないものか。
 上階へ。母親は仕事。自室にいるあいだ、気配があまり伝わってこなかったので、父親もどこかに出かけたのかと思いきや、風呂場の掃除をしてくれていた。パジャマを脱いでジャージに着替えようとしていると母親も帰宅した。本当は四時までの労働だったはずが、子供が休んだので半日で帰ることになったのだと言う。
 カレーを食うことに。そのほか、台所には母親が出る前に用意していってくれたものだろう、ブロッコリーなどの野菜とメンチの小片などがあった。鍋に水を注ぎ、レトルトのカレーを投入して火に掛ける。それから卓に就き、新聞を瞥見する。テレビは今年の相撲を振り返るみたいな番組を放映しており、貴景勝などが出演していた。なかに一人、炎鵬という相撲取りがあって、この人はもはや死語となったであろう言葉を使えば「甘いマスク」とでもちょっと言われそうな顔立ちと言うか、端正な顔貌をしていて、女性などには人気があるのではないかと思われたのだが、注目すべきはその背丈身体の小ささで、それにも関わらずむしろその小さな肉体による機動性を活かして相手を攪乱するように素早く動き回り、技巧的に敵を倒すというプレイスタイルが披露されていて、こういう相撲の取り方もあるのだなとちょっと面白かった。技能賞とかいうものを受けたらしい。
 じきにカレーが温まったようだったので台所に行き、鍋から高熱になった袋を取り出し鋏で切って米の上に掛ける。その他、ブロッコリーなどやメンチカツと、母親が前日の蕎麦の余りを煮込んでくれたものが卓には並んだ。それを見るあいだ、炬燵に入った母親が録画してあるテレビ番組のなかから、小田和正のクリスマス・コンサートを選んで流す。TRICERATOPS和田唱とデュオで、映画音楽のメドレーをやる段で、これは去年だかそれ以前だったか忘れたが、過去の年にも見かけた覚えがある。日記にも書いたはずだ。この時は"Cheek To Cheek"とか、"Ghostbusters"とか、"Over The Rainbow"とかをやっていた。それをちょっと見ながらものを食ったり皿を洗ったり――母親の分も――、母親にインスタントコーヒーを用意してやったりして、その後、緑茶を仕立てて下階の自室へ。
 インターネット各所をちょっと覗いてからLINEにアクセスしてみると、TDが発言していて、明日、TTと一緒に川崎の映画館で『魔法少女まどか☆マギカ』の映画を三種類観るのだが、TTが最後の一作にしか来られなくなったと言うので、前の二作(テレビシリーズの総集編らしい)を観に来てくれないかとこちらとMUさんに呼びかけていた。しかしこちらは翌日、NKと会う予定があるので、すまないがと言ってその旨告げて、そこからTも交えて少々やりとりをした。彼女は今、大阪のKくんの実家に向かうために新幹線に乗っているのだが、彼女とは席が離れたKくんは、隣に座ったインドネシア出身の人と交流をしているらしかった。
 それから茶を飲みながら、今日は読み物を先にこなしてしまおうということで、一年前の日記を読みだした。この一年前の年末、一二月三〇日もNKと会って、ららぽーと立川立飛で服を見て回っている。明日ももしかするとそのような流れになるかもしれない。何ということもない描写だが、以下の二つがそこそこ良いように思われた。この一年前の日記にはDokkenを聞いていると書いてあったので、それに触発されて、途中からDokkenBeast From The East』を流しはじめた。
 「道はまだ全面日向に覆われており、風に押された落葉がからからと乾いた音を立てながら地を走る。坂を上って行くと途中の家のベランダに布団が干してあって、偏差なく澄明な、ほとんど明け透けなまでの青空を背景にして、実に似つかわしいなと思った。FISHMANS "ひこうき"が頭のなかには流れている」
 「この日も暗夜で、木々は黒い影と化して空のなかに埋没している。坂を下りながら耳を張るが、沢のせせらぐ弱い響きと自分の足音のほか、何の気配も音もない。下の道に出ると、空の僅かな青味が見て取れる。つるつるとした氷の表面のように澄み渡った夜空に星が輝き、オリオン座が横向きに掛かっている」
 次に、二〇一四年四月六日日曜日。下の情景描写は、ちょっとわざとらしい感じがしないでもなく、また終盤の「絵画のなかの人物が生命を持って動き出したようだった」などという比喩は実にありきたりなイメージだが、まあこの頃の自分においては頑張って書いていると思う。これは実のところ、磯崎憲一郎を真似てみようと思って綴った記述である。実際には全然真似できていないが、こちらの文章の源泉となった『肝心の子供』の該当の場面も下に引用しておく。
 「その場面に立ちあった瞬間、たしかにあのつくりものめいた気配が立ちあがったのだ。手前には松が無骨な幹から生えた枝を無秩序に曲げゆがめ、奥には対照的に直上的な木立ちが並び、それらの足下を小鳥たちがさえずりながら跳ねまわっていた。手前と奥のあいだの地面からは小山が盛りあがり、そのふもとでいま幼児が三輪車に乗って遊んでいた。小さな乗り物をまだうまくあやつれない背中を母親が押してゆっくりと丘をのぼっていった。頂上に着くと母は三輪車を借り受けて、不釣合いな大きさの体を器用にサドルにおさめ、足を広げてすべるように丘を降りていき、子はその背中をじっと見つめた。濃淡さまざまな緑に染めあげられた風景に同化した親子は、絵画のなかの人物が生命を持って動き出したようだった。彼らはこちらに気づいていなかった。あちらから見るこちらというものが存在しないかのようだった」

 思い返してみれば、確かにこの場所に一歩入ったときから、どこか奇妙に大袈裟な感じはあったのだ。野生の白い牛が三頭、野原のほぼ真ん中あたりに、前脚をきちんと折り畳んで寝そべっていた。彼らはブッダたち一行が近寄って来て傍らを通り過ぎようとしてもまったく動じることなく、三頭がそれぞれにどこか遠くの一点を凝視しながら、反芻する口を長い呪文でもつぶやくように、規則的にゆっくりと動かし続けているだけだった。牛の瘦せた背骨と皮のうえには、何匹もの蠅が留まっているのが見えたが、これらの虫でさえもじっと動かず、春の太陽を浴びて、黄金に光り輝いていたのだ。タマリンドの老木の、分厚いコケの生した大人の両手ふた抱えもある太い幹には、雪崩れるようなうすむらさきの藤の花が幾重にも巻きつき、そのむらさきが途切れるところから下は、桃色や赤や白の芝桜が流れ広がって、ブッダたちの座るまわりまでを囲んでいた。こぼれ落ちそうになりながらスズメバチが必死に、なんとかかろうじてひとつの赤い花にしがみついていたのだが、風に揺れて、とうとう花から振り落とされてしまうと、今度はあっさりと、何の未練も見せず橙と黒のまだらにふくれた腹を曝けながら、直角に、頭上の空へ飛び立って行った。そのまま上を見あげると、木の葉の深緑は強い日差しを受けて反射し、吹くすこしの風にも裏を返して緑の濃淡が混ざり合うそのさまは、まるで渦巻く青粉の沼面を見ているようだった。離れた川岸のほうへ目をやると、冬の間に朽ちた赤茶色の湿った枯葉の残る黒土の地面から、ところどころ新しい芝生が芽を出していた。雲雀の雛たちははじけるような甲高い声で鳴きながら、一瞬小さく飛び上がってはすぐまた芝のなかに隠れる遊びを繰り返していた。さらに向こうには銀色の春の川があった。その、全体として作りものめいた、神話絵巻に描かれた一場面のような光景に見とれているあいだも、ブッダは自分の息子のことを決して、一瞬たりとも忘れていたわけではなかった。水色の服を着たラーフラはすぐ横の芝の上に尻をついて、足を投げ出して座り、正面の何かに気を取られながら、口に苺をふくんでいた。と、口から唾にぬれた赤い実を取り出し、振り返ってブッダに微笑んだ。小さな子供はすでに風景の側の存在だった。
 (磯崎憲一郎『肝心の子供』河出書房新社、2007年、39~41)

 その後、fuzkueの「読書日記(165)」から一日を読んで、さらにUさんのブログ。彼の言葉には苛烈さと峻厳さがある。「思索」: 「思索と教師(10)」(http://ukaistory.hatenadiary.com/entry/2019/12/22/050807)。
 「思索の試みが求めるのは、そのどれかに準拠することでもなく、この一連の思索者の列に新たな名前を付け足すことでもなく、この躍動の飽和状態によって、予感として見えてくる、どちらに向かっても、試みていることが「同じ」であるという倦怠を発見し、その倦怠から逃れるために承認される方へと向かうのでもなく、強烈な「同じ」運動を再生産するのでもなく、あくまでも、すでに次の瞬間に蜜が暴発しそうな果実が成熟しているために、それを育てた樹木とは、ある種、別の存在となってしまったそのなまめかしく尊い「完成品」が、今にも地上に落ちそうになっており、自らも落ちたいと渇望しているのだが、落ちることによって形になるという堕落において始まってしまい、その尊さが後退してしまうことを拒否し、留まることである。今にも生まれそうな生まれない赤ん坊。今この瞬間爆発しかけている爆弾の爆風を、両手で抑えて拡散させないこと。喉の先の先まで出かかっている、言われない詩。世界が開き始めるが、始まっていない、造らない神。モノにも考えにも対象にもならない、何にもならない、境界のない、最も具体的な形」
 「キリストの使徒として生きる選択においては、イエス以降のあらゆる先人は、偉大な失敗例である」
 「思索を試みる者が思わず問うのは、イエスの直観はどこから来たのか、イエスの教えを体系化したパウロなどの使徒たちは、誰に学んだのか、どんな哲学的・文学的・芸術的訓練が背景にあるのか、というような、背景に関する問いである」
 「思索の試みにおいては、思わず、全体化されているために隙間のない世界の只中で、そうではないうごめきを予感する。そして、この予感がかき消せないからこそ、全体化されたその光を、全て学び尽くそうと試みるところから始めるのである」
 「否定すべき結晶化した時空の連続性を、誰よりも貪欲に学ばなければならない」
 「ミルトンが、イギリスの神話ではなく、世界そのものの神話を叙事詩にすることを決意したように、思索の試みというのは、特定の縮小再生産された党派や見方の側に立たない」
 「キリスト教徒は神に留まり、仏教徒は無に留まる。思索の試みにおいては、一体何について、何のために、誰のために、何において、何に関わって、どこに向かって、言葉を模索しているのかが真摯に分からないところへと成熟するのが、第一条件の準備である」
 「自我は曖昧に肯定された現在性に「洗脳」されており、共同体は、平凡なものすらも陳列化する平均化されたビジネスの場(……)である」
 「宮崎駿は、アニメとは何かと問われたとき、whatever I want to createと答えたことがあるそうだが、それと同じである」
 「三島が三島文学をしたのは、何やら外部にある「文学」なる領域を守ろうとしたのではない。彼自身が文学そのものだったのである。文学が消滅するというのは、すなわち、彼自身が消滅するということであったのである。ハイデガーにおける「哲学」も同様だと思う。「いろんな哲学があるね」などと言っている暇はなく、私自身が哲学そのものであり、私以外の人々は、完全にやり方を間違えている。私から学ばないならば、哲学は死んでいる。そういう厳しさがあると思うのである」
 「思索における徹底的な否定というのは、未だ到達したこともない、結果が承認されるかどうかも分からない独自の表現を肯定しているがゆえに起こる」
 「思索の試みは、最も真摯に宗教的な人々よりも宗教的であったり、最も政治的に過激な人よりも過激でなければ、始まらない。そもそも、儀式や集会や前例や正典を持つ一回性の準拠者に対し、思索の試みにおいては、儀式や集会や前例や正典を、自らの試み一つで完全に否定し切らなくてはならない上、同じ理想を持つ者で連帯できるそれらの試みとは異なり、思索においては、未だ謂われていない唯一性に関し、言葉を語り続けるほかないために、誰と連帯していいのかが分からない」
 そうしてこの日の日記を書き出し、ここまで綴って三時一五分。昨日、八時間もの時間を費やして日記の負債を結構返すことに成功したので、あとは二八日と昨日の二九日の分を書けば、エクリチュールが生に追いつくことになる。
 一旦緑茶をおかわりするために上階へ。母親は、風呂を洗ったりして働いてくれた父親のためにインスタントコーヒーを用意していた。それで電気ポットの湯がなくなったので、薬缶から足しておき、薬缶をまた水でいっぱいにしておく。急須の茶葉も捨てておいて、湯が沸くのを待つあいだに下階に戻り、地元の図書館で借りている二枚のCDのデータを記録しておくことにした。Miho Hazama『Dancer In Nowhere』と、Clifford Brown『Memorial Album』。かたかたと打鍵して曲目や作曲者や演者やレコーディングの日付やプロデューサーなど諸々をEvernoteに記録しておく。合間はMiho Hazama『Dancer In Nowhere』をBGMとして流した。そうして二枚を記録し終えたところで上階へ。緑茶を用意して戻る。飲みながら今度は、Jaco Pastorius『Truth, Liberty & Soul: Live In NYC The Complete 1982 NPR Jazz Alive! Recording』の情報を記録。これはResonance Recordが掘り出した未発表音源のようで、Resonance RecordはBill Evansの音源もそうだけれど、なかなか素晴らしい仕事をしてくれる。記録を終えた頃合いで、廊下の方や隣の兄の部屋で掃除機を掛けていた母親がこちらの部屋にも入ってきたので、掃除機を受け取って床の上の細かな屑や汚れを吸い取った。そうして時刻は四時、前日のことを書き綴り、それからこの日のこともここまで書いて、四時半である。あとは二九日の、読んだ本からのメモ書きについてと、二八日の記事を書けば負債は完済だ。二八日分は既にメモを取ってあるからそう急がなくても別に良い。いつだって書ける。
 上階へ。ほぼ真っ暗。明かり点いていないので食卓灯を灯す。母親は下階で掃除機を掛けるか何か、片づけや掃除をしていたようだ。こちらは食事の支度の前にアイロン掛けをすることに。台を炬燵テーブルの端に出して、アイロンのスイッチを入れる。己のシャツや母親のシャツなどに器具を当てて皺を伸ばしていくのだが、掛けはじめる時にアイロン台の前に跪く際や、掛け終わって逆に立ち上がる際などに、尾骶骨が痛むので動作が非常にゆっくりと、老人のような振舞い方になる。そう、尾骶骨と言うか、背面の腰の下の辺り、そこの骨がどうもまだ相変わらず痛んでいるのだ。一体何が原因なのか。
 シャツを六枚くらい掛けると――途中で自分のものは自室に持っていっておいた――、その頃には母親が上がってきて台所に入ったので、こちらも食事の支度に移る。野菜が豊富に入った汁物の類を作ることに。それで、大根・人参・白菜・玉ねぎ・舞茸・葱・牛蒡などを切っていく。一方、母親は左の方の焜炉を使って厚揚げを調理する。そのなかにも白菜を入れ、肉も入れ、早々とできあがるその頃に、こちらは大きな鍋で、右方の焜炉で汁物の野菜を炒めはじめた。油を引いてその上にチューブのニンニクと生姜を少量落とし、野菜を投入。木べらを使って搔き混ぜていると母親が、左の空いた焜炉で湯を沸かしてくれと言う。細い線状の若布を茹でて、サラダにすると言う。それで水を鍋に注いで焜炉に据え、一方で母親はボウルに胡瓜や玉ねぎを、細かい切片に加工できるスライサーでもっておろしていく。大鍋の方は大方炒められたので小さな薬缶から水を注ぐ。二杯分。それで蓋を閉めて煮込みに入り、一方左の方では湯が沸いたので若布を投入。首を回しながら加熱を待って、まもなく笊に上げて冷めるまで放置しておく。ボウル内には辛子やマヨネーズなどが加えられ、シーチキンもこちらの手によって投入された。あと、若布を茹でるのに使った鍋はもう一度水を入れられて、今度はモヤシを茹でるのに用いられた。モヤシもサラダにあとで混ぜるようだ。じきに若布が冷めたのでそれもボウルに加えて、箸でよく搔き混ぜておき、そこまででこちらの仕事は終了として下階に帰った。
 そう、料理をしているあいだに外に郵便物を取りに行った母親が、こちらに何か来ていると言う。USAから来てるよ、と言うので、Uさんからだなと見当がつく。受け取ってダウンジャケットのポケットに入れておいたそれを部屋に来ると取り出し、鋏で端を細く切って開封。なかにメッセージがいくらか記されたクリスマスカードだった。表面には雪の積もったなかで子供たちが遊んでいる街の様子がイラストとして描かれている。裏返すと、「CAVALLOINI & Co.」とメーカー名が記されてある。なかのメッセージを読むと、Uさんは最近はハロルド・ブルームやマシュー・アーノルドやエマソンなどに触発されているとのこと。ブルームとエマソンは良いとしても、マシュー・アーノルドというのはあまり聞かない名前で、確か夏目漱石が読んでいたような、ヴィクトリア朝時代の英国の人ではなかったか、とこちらも朧気な記憶しかない。メッセージを読むと早速、Uさんへ返礼のメールを綴りはじめた。あまり長くないものだが、ひとまずさっと書き、その後何度も読み返して一応推敲して、送信するまでに四〇分が掛かった。それから、noteの方にもUさんはアカウントを持っていて、そこに「ノープラン談話」と称して、ランダムに選んだあるキーワードに沿って何の準備もないままに一〇分ほど喋り続ける、という音声を載せていたので、それを一つ聞く。その後、自分の日記を読み返したりしているうちに七時に至ってしまった。ここまで記しておいて、七時一五分。食事を取りに行こう。
 両親は不在だった。玄関の明かりは点けっぱなしだった。父親は自治会関連の会合があるらしい。母親は、大方その父親を送りに行ったのだろうと判断して、台所に入り、汁物を火に掛け、厚揚げや肉や白菜を炒めたと言うか煮たと言うか、その中間のような料理を皿によそって電子レンジへ。あとは米をよそる。卓に就き、テレビも点けず新聞も読まず、厚揚げの汁を米の上に掛けて黙々とものを食べていると母親が帰ってきた。やっぱり会があるんだって、と言う。会議だけであとは何もないから帰ってくると言っていたところが、飲み会だか慰労会だか忘年会だかがあるということだ。それはそうだろうと受けながら食事を進め、汁物をおかわりするとともに、忘れていた若布やシーチキンのサラダも冷蔵庫から取り出し、皿に盛った。テレビは『日本レコード大賞』。最初電源が点いた時には、女性二人が聞いたことのある有名な歌謡曲を――「揺れる思い/身体じゅう感じて」という歌詞のやつだ――歌っていて、視力が悪いので誰なのかわからないが、辛うじて読み取れた文字を見るに、「令和によみがえる名曲たち」みたいな企画らしく、平成の「名曲」を振り返るというような趣向のようだった。それでこれは誰の曲だったかなと思い出せないまま見ていると、じきに右上にZARDの文字が現れたので、ああそうだった、と思い当たった。歌っていたのは吉田羊と、もう一人誰だか知らない少女だった。次に、萩原健一と言うのだったかいわゆる「ショーケン」の曲を亀梨和也が歌うのだが、これはまあ特段の印象は与えなかった。大して上手い歌唱ではない。その次に、島津亜矢が"酒と男と泪と女"だったか、名詞の順番がこれで合っているかわからないが、まああの曲を歌って、さすがに島津亜矢は声色がきちんと歌唱の声色をしていて、力強く、ふくよかで、雄々しいとも言っても良いようなニュアンスを声全体に注入していて、一聴して上手い。上手いけれど、歌詞に合わせた端々でのダイナミクスのコントロール、音量の大小の布置や息の配分が〈感情的〉で、その技術の巧みさをこそ通常は褒めるべきなのだろうが、これはロラン・バルトが批判していた歌唱のあり方の典型的なものだなと思った。「ブルジョワの声楽芸術」というやつである。『現代社会の神話』のなかの記述を引用しよう。

 優れたバリトン歌手、ジェラール・スゼーにレッスンを授けるなどというのは、失礼極まりないことのように見えるが、わたしにはこの歌手がフォーレのいくつかの曲を録音しているレコードは、そこにブルジョワ芸術の主要なしるしが再発見される音楽的な神話の例を、まざまざと示しているように思われる。この芸術は本質的に標識的[﹅3]である。それがたえずわれわれに押しつけるものは、感動というよりも、感動の記号なのだ。これこそジェラール・スゼーのしていることである。たとえば、痛ましい悲しみ[﹅7]を歌わねばならないとき、彼はそうした歌詞のたんなる意味論的内容にも、言葉を支えるメロディ・ラインにも満足しない。彼にとっては、痛ましきものの音声学をさらにドラマチックにすること、二つの摩擦音をいったん停止して、ついで破裂させること、文字の厚み自体のなかに不幸をあふれさせることが必要なのだ。かくして、格別に恐ろしい苦悶が問題になっていることは、誰も無視できなくなる。不幸なことに、こうした意図の贅語法は、言葉も音楽も窒息させ、そしてなによりも、両者の結合を窒息させてしまう。それこそが声楽芸術の目的そのものだというのにである。文学も含めて、他の芸術についても、音楽と話は同じだ。芸術的表現の最も気高い形式は、字義性の側にある。言い換えれば、結局のところ、ある種の代数の側にある。どんな形式でも抽象を目指す必要がある。それは、周知のように、すこしも官能性に反することではない。
 だが、それこそまさにブルジョワ芸術が拒否していることである。そうした芸術は、意図が十分に理解されないのを恐れているので、いつでも自分の消費者たちのことを、仕事を分かりやすく嚙み砕き、くどいほど丁寧に意図を教えてやる必要がある素朴者と見なしたがる(だが、芸術とは両義的なものでもある。それはいつでも、或る意味では、自分自身のメッセージと矛盾しているのだ。とりわけ音楽は、文字どおり悲しくも楽しくもあった試しがない)。音声学をむやみに浮き彫りにすることで、単語を強調すること、「掘る」(creuse)という単語の喉音が大地を打ち砕くつるはしとなり、胸[﹅](sein)の歯音が染みとおるような優しさとなるよう望むこと、それは描写の字義性ではなく意図の字義性を実践することである。(……)
 (下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』みすず書房、二〇〇五年、279~280; 「ブルジョワの声楽芸術」; 初出: 『レットル・ヌーヴェル』誌、一九五六年二月号)

 別に改めて言うことでもないのだが、ここにおいて音楽は、感情を伝えるための、感情と言うよりもむしろ〈情感〉を伝達=喚起するための容れ物/器と化しているわけだ。それはまあ大衆歌というものの宿命でもあるだろう。〈情感〉を帯びていない音楽は多分、大衆的にはならない(「制度との共犯がなければ成功は生まれない」)。従ってあとは、感情表現が押しつけがましいもの、わざとらしいものになるのをいかにして回避するか、ということになるだろう。あまりあからさまでなく、臭みの薄い、つまりは〈良質な〉伝達=喚起の仕方というものが、多分あるはずだろう。そのためには、いくらかの〈無機性〉のようなものが必要なのではないか。
 そういったことを考えた頃にはものを食べ終わっていたのではないか。台所へ行き、食器乾燥機のなかの乾いている食器や器具を片づけて洗った皿を空いたそこに収めておき、緑茶を用意して下階へ。飲みながら読み物に触れることに。Mさんのブログを見ると一二月二九日分が更新されていたので読んだ。今日も冒頭の、佐々木中『夜戦と永遠(下)』からの引用が大変面白い。ミシェル・フーコーの思考の切れ、やばいなと思った。やはり彼の著作をさっさと読まねばならない。バルトのあとはフーコーだ。しかし、そのバルトの著作群と解説書を、一体いつになったら読み切れるだろうか? 図書館で借りようと思っているものも含めると、多分全部で三〇冊くらいあると思うのだが。どうせ途中で寄り道もするのだろうから、結局来年いっぱいくらいは掛かるのではないか?

 そう、規律権力に外はない。そこからの解放もない。しかし、そのなかにいる人々、服従させられ、調教され、閉じ込められ、打擲され、曲げ撓められ矯正されつつある人々の「なかに」、「戦いの轟き」を聞かなくてはならない。規律権力はそれ自体戦略であり作戦であり戦術である。ゆえに、その致し方もない服従と閉じ込めのなかで、そのなかの戦略上の構成要素たる具体的な個々人の現実の存在と肉体と行動それ自体が抵抗の鬩ぎ合いに、「戦いの轟き」になるのだ。むろん――権力はここでは非人称的なものとされているのだから、危うい比喩ではあるが――これは権力から見ればなかなか言うことを聞かない不逞の輩がうようよと沢山いて手を焼く、ということでしかない。が、そこにしか戦いの轟きはない。フーコーは、たとえば『精神医学の権力』のなかでは精神科医と渡り合って淫らな絶叫を挙げてみせる「ヒステリー患者」に、あるいは『異常者たち』のなかでは多少時代が遡るものの悪魔憑きにおける出現以後延々と教会権力と医学権力に対して厄介な頭痛の種となる「痙攣する人々」に、この「戦いの轟き」を聞いていくことになるだろう。一見卑小な、しかし具体的で一瞬一瞬の揉み合い鬩ぎ合いが問題になる。教師の裏をかいて逃げ出す生徒であり、看護師の押さえつけようとする手を振りほどこうとする痴呆の老人の意外な膂力であり、冷水を長く浴びせ掛けられても精神科医に諾と言わない狂者であり、時間割通りに動かずその度に激しく打擲される囚人の重ったるい身体の頑丈な厚みであり、詐病か外傷かを診断する医師と患者のこすっからい駆け引きであり演技であり懇願であり黙認であり、フーコーが一冊の資料集に纏めた尊属殺人者ピエール・リヴィエールの弾けるような饒舌に満ちた証言のその文体であり、おそらくは精神病院に幽閉され電撃療法を幾度も受けてなお「私は狂っていない。狂っているのはお前たちだ」と言うアントナン・アルトーの激怒である。かくして、社会は奇妙に卑小な揉み合い鬩ぎ合いで泡立った、それ自体がふつふつと沸騰寸前の状態を保って対流の流れに揺れる熱湯の水面のようなものになっていく。しかしベアスの描写に感じ取れるある種の躊躇いが、フーコーを少しずつ撃っていくことにもなる。彼は気づくのだ、彼らの闘争の叫び、戦いの轟きを自分が聞くことができたのは、まさに彼らの文言が法文書として、規律権力の文書として残っていたからにほかならない。彼らの声に自分が触れることができたのは、規律権力の文書化の手続きによるものでしかない。それを自由に閲覧できる特権を持った自分の立場は彼らから遥かに隔たったものなのではないかと。規律権力との微かな鬩ぎ合いなくしては、彼らの存在とその叫びは、歴史の闇のなかに消え去っていったのではないかと。奇妙な逆説である。しかしそこにしか闘争の痕跡は残らない。(…)
(中略)
 自分は、権力の側に、権力が語り語らせることの側についている。そうして、そうであることしかできない。ミシェル・フーコーの突如の惑乱であり、茫然自失を誘うほどの誠実さであり、あまりにも真摯な躊躇である。しかしこの戦いの、それ自体は卑小な些事でしかない轟きを、ミクロな「軋みの音」を、彼はまた別様に受け止めようとすることになるだろう。社会とはミクロな水準における永劫の戦争であり、このような戦いの轟きの響きそのものである。すると、どういうことになるか。
 そう、法権力はすでに古くなり、戦略と膨大な小さい鬩ぎ合いそのものの反復である規律権力が支配するようになったと考える以上、社会契約によって平和をもたらす「法」という理解も消える。平和は存在しない。こうして、フーコーは規律権力の社会、規律社会自体を絶えざるミクロな戦い、絶えざる戦争状態として見ていくことを企てることになる。ゆえに、翌年のコレージュ・ド・フランス講義『社会は防衛しなくてはならない』はホッブズの「社会契約による平和」の批判に始まるのであり、社会を絶えざる戦争と見るブーランヴィリエの言説の分析に移行するのであり、それと前後して彼は友人たちに「いままでの五年は規律、これからの五年は戦争」と自らの企図を語り続け、「軍隊制度について本を書く」ことを公言することになるのである。
佐々木中『定本 夜戦と永遠(下)』p.149-154)

 さらに、「偽日記」を久しぶりに。二〇一九年一〇月二七日。江川隆男『超人の倫理』から。

 《ドゥルーズは、〈個別性-一般性〉(particularite-generalite)と〈特異性-普遍性〉(singularite-universalite)とを批判的に区別しました。誤解を畏れずに単純化して言えば、個別性、つまり個別的なものとは代替可能なものであり、それゆえ、つねに一般性に還元されるようなもののことです。》
 《これはまた、可能性という概念にもつながっています。》
 《これに対して、特異性あるいは特異なものとは何でしょうか。それは、代替不可能なものであり、こうした〈個別性-一般性〉に還元不可能な或るもの、すなわち「このもの性」のことです。》
 《これは、必然性の概念をともなっています。》
 《さて、個別性と特異性との区別は、大抵は各個人の心理的な側面に、つまり彼らの記憶と習慣の多くに依存しています。或るものがその人にとって特異なものとみなされるとき、それは、その人にとってのまさに「このもの」---例えば、この私、この人、この猫、等々---として先ずは現れてくるということです。》
 《要するに、その物の〈このもの性〉を支えているのは、各人の心理的な側面によってである、と一般的に考えられるわけです。》
 《(…)特異性は、個人の趣味の問題であり、個人の心理状態のうちに隠された私秘性のもとにあると言われるわけです。個別性は公共的で社会的なものであるが、特異性はきわめて個人的で私秘的なものである、と。》
 《(…)特異性あるいは〈このもの性〉は、個人によって実感されたり直感されたりするだけのものである以上、個別性に付着した単なる心理的な偶有性である、とさえ考えられてしまうでしょう。》
 《この場合に、個別性から特異性を区別する普遍性の力は、そのほとんどが想像力や意見の力で充たされているわけです。ですから、すべては、実は時代や社会や特定の共同体の幻想に、あるいは家庭内や仲間内の幻想にすぎないかもしれない、と考えられてしまうようなことが時々あるのかもしれません。これは、そうした表象力や意見の過剰さに充たされた精神に応じた疑念であるかもしれません。》

 《表象像の間の特徴的な差異によって特異なものへと動かされたならば、その出会いの結果に翻弄されるのではなく、次の段階では自分とその特異なものだけに適用しうるような概念を形成すべきなのです。それがその出会いを、単なる心理的水準において理解することを超えて、非心理的な実在性のもとで認識することにつながっているのです。》

 《(…)この場合の作品の真理(=真の意味)は、あらゆる解釈が到達すべき唯一の目的であり、まさにそれら解釈にとっての〈目的因〉として作用しています。つまり、真理とは到達すべき目的として設定されたものなのです。》
 《さて、問題は、こうした目的因のもとでの私たちの活動がつねに否定を媒介としたものになるという点にあります。というのも、あらゆる解釈の位置づけが一つの目的への接近の活動として考えられる以上、各々の解釈の価値は、まさにこの目的=真理にいかに近いか遠いかによってしか評価されないからです。つまり、どんな解釈の活動も、さらなる近さを目指してその遠さを否定しなければならないからです。》

 《(…)或る視点からの対象の見え方、その物の見える姿は、つねに不完全であり(多くの場合、この不完全性は、「主観的」という言葉で片付けられているものです)、物の認識に関して、もっとも理想的で完全なのは、無視点的に物を認識することだと考えられることになるでしょう(多くの場合、こうした完全性についてまさに「客観的」という言い方が為されてきました)。》
 《(…)こうした意味での無視点化、つまり理想の認識を目的とした無視点化には、実は二つの典型的な仕方があります。》
 《(1)或る認識対象に対して、時間的にも空間的にも、考えられうる限りの無数の視点を想定して、それら個々の視点がもちうる特異性を奪い去るかたちで、その対象の客観的な像を確保しようとすること。》
 《(2)その物のもっとも完全な表象像(典型的な姿)が得られると想定された特権的な視点を、言い換えると、無視点的という意味で何らかの理想を備えた一つの視点を定立しようとすること。》
 《例えば、この(1)を現象の世界に、(2)を物自体の世界に対応させて、認識と実践の領域を確定したのが、まさにイマヌエル・カント(一七二四- 一八〇四)であり、したがってここに道徳的態度を見出すことはそれほど困難なことではないでしょう。》

 《解釈とは、あらゆる〈認識の対象〉を〈出来事のテクスト〉にする活動であると言えます。》
 《(…)認識(=視点)とは、その存在がテクスト性を含まないものの表象のことです。これに反して、解釈(=遠近法)とは、その存在がテクスト性を含むものの表現のことです。》
 《(…)瓶ビールを飲もうとしたが、栓抜きがないという状況です。そんなとき、人はどうするでしょうか。大抵は、周囲を見回して、栓抜きの代わりになるようなものがないかと探すでしょう。》
 《言い換えると、そのとき人は、普段は、瓶ビールの栓を開けて飲むというコンテクスト(文脈)の外にある物を、このコンテクストの内に延長可能かどうかとまさに解釈し始めているわけです。これと同時に、物の側では別のことが生じています。つまり、周囲のすべての物がその遠近法に即してざわめきはじめるのです。》

 《すべてはテクスト上の存在であり、すべてはその解釈(=生成)である。(…)言い換えると、存在のうちにテクストが内在するのではなく、存在と生成がテクストという内在性のうちにあるということです。》
 《(…)遠近法主義とは、すべての〈生成-肯定〉を肯定すること、つまり〈肯定の肯定〉のことです。》

 《遠近法主義とは、言わば個人が個人化するための倫理作用です。言い換えると、遠近法主義における遠近法には、その限りで個人化のなかで明らかになる〈よい/わるい〉を内在的な規準とした遠近法しかないと言えるでしょう。それは、個別性と特異性を区別しつづける、精神にうちに見いだされる隠された働きなのです。》

 《(…)作品aは、それだけでその存在が自己完結しているわけではなく、自らが生み出す諸解釈を含めて作品aの存在だということです。作品aの作品としての存在を示すような境界線はむしろ諸解釈のところにあると言うべきであり、このことは、作品aが自らのうちに諸解釈を産出するということを意味しています。》

 《作品aの本性は、解釈が接近すべき言わば「目的原因」(causa finalis)などではありません。そうではなく、作品の本性は、解釈を産出するという「作用原因」(causa efficiens)として理解される必要があります》

 その後、風呂に入るかあるいは日記を書くかするはずが、何故かギターを弾こうと思い立ってしまい、隣室に移ってシールドの捻れを取り、アンプに繋いで一弦の切れたままのテレキャスターを抱えて適当に音を鳴らした。本当に適当にやっているだけである。ただ、目を瞑って、指の動きと言うか音の推移をよく〈見る〉ようにはしているのだけれど、しかし気づくとどうしても型に嵌まったフレーズをなぞっているだけ、というような風になってしまうものだ。一頻り遊んで自室に戻ると、もう九時前だった。the pillowsの"Please Mr. Lostman"と"FLAG STAR"を何故か歌ったあと、風呂に行った。仏間の簞笥から下着を出してパジャマとともに持って洗面所へ。そうして入浴の前に髭を剃ろうと思ったところが、髭剃りの電池が切れている。充電しようと思っても、これは父親のものなので充電ケーブルがどこにあるのかわからない。昔はいつもT字剃刀で顔全体の毛とともに剃っていたものなので、またそうしても良いのだが、面倒臭いので明日のNKとの会合には髭面のままで行くことにした。それで湯浴みをしようと思ったところが、服を脱いで浴室に入って、蓋をめくってみるとなかは空である。それなので洗面所に戻ってパンツを履き、上は面倒臭いのでジャージを素肌にそのまま着て、ダウンジャケットも羽織って、母親に沸いていなかったと告げた。そうして自室に戻ってきて、ここまで今日の日記を書き足すと九時半過ぎ。
 入浴へ行った。風呂のなかでのことは特に覚えていない。いや、覚えている。頭を浴槽の縁に預けて目を閉じ、安らぎながら思念の流れを追っていたのだが、そのうちにうとうとしてきて曖昧な意識に陥っていると、母親がやって来た。湯たんぽの湯を風呂に入れてほしいと言う。それで扉を細く開けて湯たんぽを受け取り、当然だがぬるくなった湯を風呂の湯のなかに注いで合流させた。そうして湯たんぽを返したあとは、頭を縁に乗せるのではなくて上体を立てた姿勢でまた目を閉じ、一〇分ほどさらに浸かった。出てくると一〇時過ぎだった。湯たんぽを下に持っていってと母親が言うので、タオルか何かに巻かれたそれを受け取り、階段を下りて両親の寝室に入り、母親の寝床のなかに仕込んでおく。そうして自室に戻ると書見。一一時からNさんと通話する約束になっていたが、それまでのあいだ、高橋行徳『開いた形式としてのカフカ文学』を読むことにした。四〇分ほど読み進めて一一時に至る直前、本を閉じ、コンピューターを隣室に運ぶ。まずヘッドフォンとマウスをつけた状態のコンピューターを持っていき、次に電源ケーブルを運んできた。そうして兄のベッドに入り、壁のコンセントから伸びた延長コードに電源ケーブルを挿しこんで接続し、Skypeにログインした。Nさんは既にオンライン状態になっていた。挨拶の声を掛け、始めましょうと言うと、三分ほどして返事があったので通話ボタンを押したが、そうすると、ちょっと待ってください、みたいな慌てた反応があったので、すみませんと謝り、一度切った方が良いですか、と聞いて一旦通話を終了した。直後にあちらから折り返しの着信があったので出て、改めて挨拶をした。
 前回話したのはYさんと三人で話した時ですよねと最初のうちに話した。一一月一五日のことである。しかし、その時何を話したのか、とんと思い出せなかったので、日記に書いたはずなのに、何も思い出せないと笑った。Yさんも現在、大変そうな様子だと言うか、詳しい事情はよくわからないのだが、ツイキャスの方で知り合った人と何か悶着と言うか、トラブルのようなことがあったらしい、と話した。よく覚えていなかったので、曖昧な記憶で不正確に述べたのだが、何だかある人を、傷つけたとは言っていなかったかもしれませんけれど、何か……その人に悪いことをしてしまった、みたいなことを言っていて、それで、最後まで付き合う責任、責任という言葉は使っていなかったかもしれませんけれど、まあ責任がある、みたいな話でしたね。というようなことを説明すると、Nさんは、女性関係だろうと言った。Yさんは知り合った女性をすぐに好きになる傾向があるので、多分、ツイキャスの方でもそういうことが起こって、面倒なことになったのではないかと。そういう発想はこちらにはまったくなかったので、なるほど、そういうことなのかと思った。NさんのもとにもYさんから時折りメッセージか何か届いていて、多少の話は聞いていたようだ。
 始めのうちはあとは、最近面白い本は読みましたか、みたいな話があったと思う。そう訊かれてこちらは、まあNさんも日記を読んでくれているので知っているのだが、最近だとやっぱりロラン・バルト、と呟いた。何しろ四冊も連続で読んでいる。それは影響も受けようものだ。でも、難しいですけれどね、と留保を付ける。よくわからない、と。まあ、部分的にはわかるところもありますけれど。でもよくわからないところも多くて、まあでもわからなくてもいいんで。わからなくても、何か重要そうなことを言っているな、とか、わからなくても何か知らんけど面白いなとか、そういうことの方が大事じゃないですか。一〇〇パーセント隅から隅までわかる本なんて、まあ、ないんじゃないかと思うし、全部わかってしまったらむしろ、あんまり面白くないんじゃないですかね、とそんなことを話す。
 自分は境界線上にいる、という話。昔から、つまり定かな自我――そんなものはあるのか?――が段々形作られてきた中高生の頃合いから、わりとそうだったような気がする。比較的、〈主流派〉の方にも、まあ一応、適応することはできる。その一方で、やはりどうしても体質的に馴染めないところがあるので、だから合間のあたりにいるような感じがすると話す。塾で働いている時の記述なんかを見ていても、信頼されている感じします、とNさん。一部生徒からはまあ、わりと好感を得られていると思う。一部同僚や室長からも、そこそこの信頼は頂けているのではないか。
 そのような、〈境界線上〉という、微妙な立ち位置でできることをやるのだ、と語る。〈主流派〉の、体制の、制度の、物語の、外部に出ることは多分、簡単なのだ。と言うか、外部に出た、と自分で思っていても、それは実は出られていない、という事態になるのではないか。例えば、社会や世の中からあまり離反するような人は、「変人」とか、関わらない方が良い人とか、そのような形でレッテルを貼られ、隔離されることによって結局は体制側に回収される。すなわちそれは支配的なイデオロギーに対して、特段の効果を持たない。それを揺るがすということ、変えるということがなく、無力化される。従ってやはり、一面では〈主流派〉の内部に留まりつつ――ということはつまり、〈寄生〉しつつ?――もう一面で外部にも出ると言うか、要はスパイのような戦術を取ることになるのではないか。倒錯。こちらの思考の道筋としては、どうしてもそういうことになる。そこまでが多分、ロラン・バルトが提唱していたような戦術だろうと思う――正しく、と言うか細密に理解できているか心許ないが。それを踏まえてどうするか、という段階に本当は行かなければならないのだろう。しかしまあそれはひとまず置いておき、ロラン・バルトはそういうことを考えていたっぽいんですけどね、と上に書いたようなことを説明する。日記に引用してあった言葉を読むと、Fさんが話していたのと同じようなことを言っているなって、ちょっと思いました、とNさん。「差異」とか「物語」とかについて、と。そうですね、と肯定し、パクっているんですよ、とこちらは笑う。ロラン・バルトもまあ少数派で、〈主流派〉の価値観に馴染めない人だったんですよね。体質的に、どうしても耐えられない、我慢ならない人だった。彼の言葉で言うと、〈主流派〉の価値観というのは、「ブルジョア」という言葉になるんですけど。「ブルジョアイデオロギー」と言うんですよ(正確には多分、「プチ・ブルジョア」だろうが)。「物語」というのは、これは、蓮實重彦という日本の批評家から取った言葉ですけど、まあ同じようなことを言っているわけです。要は世の中で流通している支配的な考え方や、認識の仕方や、価値観のことですね。それを、「物語」と言ったり、〈主流派〉と言ったり、「ブルジョアイデオロギー」と言ったりするわけです。やっぱり僕も、それにはどうしても馴染めない、同調できないところがある。だから、個人的には、バルトから学べることはとても多いと思います。まあ、こういう言葉は本当はなるべく使いたくはないですけれど、敢えて使ってしまうなら、僕はロラン・バルトに対しては、「共感」を覚えますね。
 次、例の〈無償性〉について。これも最近色々な人に話しており、何度も日記に書いているので細かく繰り返すことはしないが、何にも繋がらないけれど、やる、ということだ。ともかくもやってしまうと言うか、存在ってそういうものじゃないですかね。意味があるとかないとかそれ以前に、自分はここに存在してしまっているし、あなたも存在してしまっているじゃないか、と、そんなようなことを言う。多分Nさんはよくわからなかったと思うので、いや、漠然、めっちゃ漠然としている、と自分で突っこんで笑う。しかしまあだからと言って、〈無意味〉を目指す、ということではないし、意味がない、というわけでもない。意味は、必ずあるのだ。必ず付加されてしまう、見出されてしまうものなのだ。三宅誰男『亜人』の冒頭に据えられた言葉を引こう。「意味とは群れをなすでもなく束になるともなく、それでいてこぞってこちらのあとをつけるうすぎたない追いはぎどもの別名である」(三宅誰男『亜人自費出版、二〇一三年、9)。と言うか、もしかして、『亜人』を今現在の自分の関心、つまり〈無償性〉のテーマに引きつけて読むこともできるのだろうか?
 まあそういう感じなので、Twitterもフォローを減らしたのだと言う。インフルエンサーみたいになっていて、びっくりしました、とNさんは言うので、笑う。地道にぽちぽちと、手作業で一人ずつ減らしていったのだ。二六日の日記に書いたような方針を話す――つまり、自他の引用文だけで構成されたアカウントを作ろうと。そういう形で、ちょっと異様な感じ、非人間的なような感じを与えたい、と。じゃあもう、日記書くの面倒臭いでござる……みたいな、あれは見られないんですか、とNさんは言うので、そういうことはもう呟きません、と返す。異様な感覚を与えたいというのは日記もそうで、平たく言えば、この人はこれで金を貰っているわけでもないし、文章を出版しているわけでもない、何になるわけでもないのに、何でこんなに毎日長々と文を書いているんだろう? というような困惑を、受け手に与えたいのだと述べる。すると、もうわりと……与えている……とNさんは言うので、もう与えてますかね、と笑った。
 どういう流れからか忘れたけれど、文学好きの人って、何だか、暗いと言うか、鬱々としている人が多いですよね、みたいなことをNさんは言うので、そういうイメージはありますね、と受ける。やはり〈主流派〉からの疎外感みたいなものを抱えている人が多くて、そうなるのだろうか。わからないが、そのような、疎外とか、欠如とか、ルサンチマン的なものを基底に据えて、内側に閉じ籠ってしまうようなあり方というのは、こちらは個人的にあまり推奨したくないところがあって、と言って昔はこちらもそういうタイプだったとは思うのだが、今は全然そんなことはないと思う。やはり、広く世界に向けて関心や行動をひらいていかなければならないと思う、みたいなことを言う。優れた作家を見てみても、あまり狭く閉じ籠る一方の人っていないような気がしますね、いやまあ、閉じ籠るは閉じ籠るんでしょうけど、凄く閉じ籠りながら、同時にひらいていると言うか。ロラン・バルトの言葉を引くと、と続けながら、またバルトなんですけど、と笑う。めっちゃ影響受けてるじゃないですか、とNさんも笑う。笑いながら、で、ロラン・バルトの言葉を引くと、と続け、彼が言うには、文学っていうのは「普遍学」だと。普遍性の普遍ですね、すべて、みたいな。要は、それを通して、世界のあらゆることを知ることができる、そういうものだったんだと。だから、僕としては、文学の世界、言語の世界のみに狭く閉じ籠るんじゃなくて、文学を通してこの世界そのものに向かっていかないと、そちらの方向に関心がひらいていかないと、おかしい、と思います。と言うか、少なくとも僕の場合は、文学とか読み書きっていうものは、そういう風に機能しました、と話した。だから、色々なことに関心を持っていきたいと思うし、つまり簡単に言って、まあ僕は、本とか、好きなわけですよ。多分、一番好きなんだろうと思います。あと、音楽も。でも、例えば、服なんかも、そこそこ好きなわけですよね。まああくまでそこそこですけど。だからやっぱり、格好良い服を着たいと思う。でも、文学好きな人って、結構皆、あんまり格好良い服着てないんですよね。それに対しては僕は、お前ら、本当にそれで良いのか? って思ってます。格好良い服、着ていこうぜ、って。文学とか本が好きだ。何か、小難しいこともわかるし言える。素晴らしい。しかし、その優れたセンスを、じゃあ何故服装の方に向けないのか? そのように思う、と話す。
 つまりは世界とか人間の活動に対して、総体的な関心を持つこと、というようなことだと思うのだが、まあ僕がそういう考えになったのには、やっぱり僕が影響を受けたのがMさんだったってことが大きいと思いますね、と言う。だってあの人は、要は世間的な文学好きのイメージとは、正反対って言うか、まったく違う人ですから。元ヤンキーですし、と言うと、Nさんは、そうだったんですか? と受ける。何か、剽軽そうな印象でした、と言うので、剽軽ですね、と返す。まあ、それもまあ、一面と言うか、実際にはまあそんなに単純ではないんですけど、まあでも、元ヤンキーですし、剽軽で、明るいし、めっちゃ話しますしね、あとピアス、ボディピアスとかつけてますから、とMさんの特徴を数え上げる。だから、世間一般的な文学とか本好きという人のイメージとは真逆って言うか。だからこそ面白いわけですけど。そういう点で、影響を受けたということはあるかもしれない。しかしそうした話の最後に、Nさんは、でも多分、個人的な好みとしては、鬱々としている人の方が好きなんですよね、と漏らしたので笑う。
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 セックスに関しては、こちらはそこまでの欲望はない。まず性欲は、まあないではないと言うか、病中に比べると回復したのだが、前に比べると射精しても大して気持ち良くもなくなった。そして、男性の行為というのは、結局射精で終わりと言うか、出せば終わりみたいなところがあるので、それはまあ退屈なんですよね、と言う。それは要は、結末の決まっている物語の退屈さなのだと、女性と実際にセックスをした経験もないのに(男性相手もないけれど)、そんなことを言って笑う。だから多分、男性の観点からすると、あるいは女性の方でも事情は似ているかもしれないが、射精=終幕に至るまでにどれだけ〈遅延〉や〈迂回〉ができるかがポイントなのだろうなとは思う。〈挿入 - 射精〉の直線的な物語構造ではなく、迂回的で攪乱的、あるいは複線的/曲線的な〈余白 - 戯れ〉の部分、具体的には要するに愛撫あるいは前戯が大事になるのではないかとは思う。まあ、経験がないので全然よく知らんけど。しかしいずれにしても、最後は射精になるわけで、それはやはり大して面白くはない。しかもその射精が、こちらにはあまり気持ち良くもないと来ている。だから、セックスしたいっていう欲望もあまりないですけどね、みたいなことを言うと、でも、好きな人としたら違うんじゃないですか、とNさんは言うので、なるほど、気持ちがあればね、と一応応じ、そうかもしれない、と受ける。また、セックスだとか性行為だとか言ったって、別に必ずしも挿入して射精しなくたって良いわけだ。その前段階で永遠の愛撫みたいなことを繰り返していても良いと言うか、そういうやり方もまああるいはあるのかもしれない。決して終末に至らない、未完成の、横滑りをし続ける愛の遊戯=小説。カフカか?
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 AVの話をしていて、自慰をしても射精をしてももうあまり気持ち良くないですけどね、みたいなことを言っていると、Fさんはそういうことしないのかと思ってました、と言われる。一応、性欲はないことはない。まったくやらないという人はあまりいないんじゃないですかね、とこちらは答える。しかし最近のAV女優さんって、本当に皆綺麗ですよ、と言うと、深田えいみさんっていう人が、凄く綺麗で、とNさんは言ったので、何か最近、めっちゃ新作出している人ですよね、と受けると、めっちゃチェックしてますね、と言われたので笑う。そんなに熱心にチェックしてもいないけれど、AVサイトとかを訪れるとよく名前は見かける。あとそう、自慰に関しては、やっているけれど、そして日記にも書いているけれど、AV見て射精した、とか公開するのがやっぱりちょっと恥ずかしいので、検閲しているんですよ、と笑う。あと、川端康成は日記に、自慰のことを、「保身」って書いていたらしいですよ、と笑って話す。保身はまことに有害である、みたいな、と。性欲が薄いのに、何で自慰するんですか、みたいなことを訊かれる。昔だったらまあ、いわゆる「溜まっている」みたいな、いわゆる「ムラムラする」みたいな、そういう感覚もあったんですけど、今はほとんどないんですよね、と話す。それにもかかわらず時折り射精してしまうのは、まあ言わば息抜きと言うか、何か集中が切れた時とかに、ちょっとAV見ちゃうような感じですかね、と言う。でも、こんなことやってないで、本読めばいいのになあ、と思いながらやってます、と。それは……何なんですかね、みたいなことをNさん言って、当惑するような様子だったので、娯楽に近いのかもしれないですねと受ける。何かちょっと漫画読もうかなみたいな、そういう時ってあると思うんですけど、それに近いような感じがあるのかもしれないですねと。まあ漫画というジャンルだって、単なる娯楽に留まるものでなく、きちんと掘っていけばもっと面白くて興味深いものなのだろうけれど。
 Nさんの父君は、不倫していたことがあると言う。Nさんがそれを知ったのは高校生の時分のこと。母親の妹の家に泊まりに行った。その時、その母親の妹、つまりNさんの叔母の家庭というのも、何だか結構大変なことになっていたらしい。それも不倫だったのか? 何と言っていたか忘れてしまったが、その家庭問題について話している時に、叔母が母親に向かって、あなたのところの旦那さんが浮気していた時も……みたいなことを言ったらしい。それで知ったと。しかし、Nさんとしては、そこまで大きな衝撃は受けなかったらしい。一応、その後、関係を保ってもいるので、まあ良いんじゃないか、とそのくらいの感じだったと言う。そういう経験があるので、Nさんとしては、まあ世の家庭は結構不倫とかあるだろうし、セックス・フレンドを作る人とかも結構いるだろう、というような認識のようだった。皆、やってるんですよ、と。その点、こちらの両親は、互いに浮気はしたことがないだろうなと述べる。父親はその辺り、真面目で、女遊びというのはできないタイプだ。母親は何だかよくわからない。何も考えていない。
 あとは、本の話。Nさんは最近は学校の課題などで忙しくて、全然読めていないと言う。唯一読んだのは金原ひとみの新作だと。好きな作家の新作を読むのは緊張する。今回も良いか、あるいはそうでもなくなっているか、変な方に変わってしまっていないかと考えると。で、どうでした、と尋ねると、良かったです、と安堵の返答がある。金原はただ、紋切型と言われることがあるらしい。主題が大体毎回固まっているとかですかね、とこちらは言ったが、そうではなくて、表現の方面で紋切型と評されていたことがあった、と。『蛇にピアス』の書評でそう言われていたと言う。まあデビュー作なので、そういう面もあるものだろうか。『アッシュベイビー』は、結構良い記述が、何箇所かあった覚えがありますけどねとこちらは言う。新作はしかし、『アッシュベイビー』ほどではなかったとNさん。やはりあの作品は、彼女のなかでは別格扱いらしい。
 金原瑞人金原ひとみの父親だという事実を、Nさんが言ったことで思い出す。翻訳者である。何か、若者向けの、ジュヴナイルみたいなジャンルのものを多く訳しているイメージですね、と言って、ウィキペディアにアクセスしてみると、随分とたくさん仕事をしていた。なかにヘミングウェイなども訳しているようだったが、やはりファンタジーなどが多いように見られた。『蛇にピアス』が芥川賞を獲った時、金原瑞人は娘に、もっと恥ずかしいものを書かなくちゃ、みたいなことを言ったと言う。金原ひとみって、下品って言うか……とNさんは言う。性行為とかを赤裸々に書くし、『アッシュベイビー』では獣姦めいたこともやっているし、下品って言われることがあるんですけど、と。しかし、『蛇にピアス』くらいでは、あのくらいでは、恥ずかしいと言うほどのものではない、もっと恥ずかしいようなものを書かないと、と、そんなような意味合いで、金原瑞人の言葉は言われたらしい。そんなこと言ってくれるお父さん、いいですよね、とNさんは漏らす。
 彼女の大学の話。ウェブデザインのプロジェクトをやっており、文芸部のページのデザインを共同でやったと。Nさんは、コードを直接書く人ではなくて、自分でも書くことはあるけれど、コードを書く人にイメージとかデザインとかを伝える役割を目指しているとのこと。他人と共同で作るのはやっぱり大変だ、と言っていた。あとはプロジェクション・マッピングの課題などもやっていて、こちらはどういうものだと言っていたか忘れてしまったが、そうした諸々の課題で忙しいとのことである。
 あとそう、比較的序盤の方で、Fさんは好きなタイプは、と訊かれた。女性の? と訊くと肯定されるので、まあよくわからないですけどね、と言うと、そうでしたね、とNさん。前に、仲間内で同じことを訊かれた時には、好きなタイプはわからないけれど、どうしても合わないタイプは、自分を疑うことを知らない人だろうって答えました、と話す。要は傲慢な人間、あるいは偉そうな人間。つまりは平たく言えば、店に行って客の立場に胡座を搔いて店員に滅茶苦茶横柄で偉そうにするような、そういう人種なのだが、それで言うと、このあいだ医者に行って、薬局に行った時に……と話しかけたところ、Nさんもわかった気配があったので、日記に書いたので、もうおわかりですね、と笑う。一二月二〇日金曜日の日記に書かれているが、薬局にいた老婆のことだ。僕にとって、「敵」と呼ぶ人間がいるとしたら、それは唯一、ああいう人種ですね、と言う。
 話したことで覚えているのはそのくらい。二時一五分くらいだっただろうか、Nさんがそろそろ眠いと言ったので、寝ましょう、寝ましょう、と言って、礼を言い合って通話を終えた。また一か月後くらいにお話しさせて頂ければ、と残す。それからすぐに自室に戻るのでなく、兄のベッドで布団を身体に掛けたまま、何故かブログにアクセスして、自分の最近の日記を読み返してしまった。それで三時を越える。ようやく部屋に戻って、三時二三分から書見。高橋行徳『開いた形式としてのカフカ文学』。四時直前まで読んで就床した。


・作文
 14:53 - 15:16 = 23分(30日)
 16:05 - 16:26 = 21分(29日)
 16:26 - 16:31 = 5分(30日)
 17:34 - 18:12 = 38分(Uさんへのメール)
 18:59 - 19:15 = 16分(30日)
 21:03 - 21:33 = 30分(30日)
 計: 2時間13分

・読書
 13:31 - 14:43 = 1時間12分(過去の日記、ブログ)
 19:43 - 20:10 = 27分(ブログ)
 22:19 - 22:58 = 39分(高橋)
 27:23 - 27:55 = 32分(高橋)
 計: 2時間50分

  • 2018/12/30, Sun.
  • 2014/4/6, Sun.
  • fuzkue「読書日記(165)」: 11月25日(月)
  • 「思索」: 「思索と教師(10)」(http://ukaistory.hatenadiary.com/entry/2019/12/22/050807
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2019-12-29「この星もいずれは滅ぶそれはそれとして花に水をやる今日も」
  • 「偽日記」: 2019-10-27
  • 高橋行徳『開いた形式としてのカフカ文学』: 267 - 323

・睡眠
 3:00 - 12:20 = 9時間20分

・音楽

  • DokkenBeast From The East』
  • Miho Hazama『Dancer In Nowhere』