2020/3/12, Thu.

 一九三八年三月一二日、オーストリア政府はドイツからの圧力に屈し、ナチのアルトゥール・ザイス=インクヴァルトを首相に任命することに同意したが、その後ドイツ軍はオーストリア国境を越え、一九一八年のハプスブルク帝国崩壊で誕生したオーストリア共和国はここに終焉を迎える。一九三四年七月にオーストリア首相エンゲルベルト・ドルフスがナチによって暗殺された際には、オーストリアをドイツに横取りされないよう介入したファシスト・イタリアも、今回は枢軸のパートナーに従った。誰もが認める元首としてヒトラーが故国に戻ると、人々は熱狂的に歓迎した。彼の演説を聞くために二五万の聴衆がウィーンのヘルデンプラッツに集まった。第一次世界大戦前にヒトラーが、住む場所もない放浪者として陰鬱な生活を送っていた街である。
 (リチャード・ベッセル/大山晶訳『ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い』中公新書、二〇一五年、105)



  • 九時半頃、下腹部を圧迫する尿意の蟠りのために覚醒する。カーテンを開ければ青空に雲はほとんど見られず、躍動的とも言うべき輝かしい生気を帯びた陽射しが飛びこんできたので、用を足してくると寝床に転がって、しばらく光を浴びながら書見した。ジョルジョ・アガンベン/上村忠男・廣石正和訳『アウシュヴィッツの残りのもの――アルシーヴと証人』である。
  • 隣の(……)さんを家の南に設置された木造りのテーブルに招いて外でお茶を飲むと母親が言うので、菓子などを乗せた盆を持って玄関を抜け、卓に運んでいった。席をともにするよう誘われたが今日は遠慮させてもらい、屋内に戻ると卵とハムを焼いて食事を取った。
  • 睡眠時間が四時間半ほどで随分短かったため、二時頃から四時半辺りまで眠ってしまう。
  • 夕食には茄子と豚肉の炒め物を拵えた。
  • 夕刊。WHOが今次の新型コロナウイルス騒動について「パンデミック」を宣言したとのこと。また、米国は英国を除く欧州からの入国を三〇日間禁止するという強力な措置に出たと言う。ヨーロッパではとりわけイタリアが感染拡大の中心地となっているようで感染者数は一万人を越え、先般には北部ロンバルディア州が封鎖されたところだ。騒動の発端となった中国では蔓延は段々終息に向かいはじめているのだろうか、感染者数は八万人を越えたあたりで増加に歯止めが掛かっているようだ。
  • どうも作文に取りかかろうという気力がなかなか起こらず、実にだらだらと過ごしてしまっている。書見はできる。と言うのも、ベッドに寝転んだ姿勢で文字を追うのはどちらかと言えば楽な行為だからだ。それなので本を読む時間はそれなりに取れているのだが、如何せん日記の作成が滞っており、まだ二月二二日分までしか終わっていない。これほど負債を溜めてしまったのは二〇一三年から文章を書いてきて初めてのことである。精神力の希薄なこうした状態は、ひょっとして鬱病様態が回帰しつつあることの兆しなのではないかという不吉な推測も思いつくものの、実態は定かではない。作文という営みに心底から飽きてしまったり欲望が見出せなくなったりしたならばさっさと止めてしまっても良いと思っているが、今のところ一応、この営為を放棄しようという気持ちはなく、このたびの停滞もあくまで一時的なものでそのうちに平常のペースを取り戻すだろうという楽観的な見通しを持ってはいる。いずれにせよ、その日にできることを着実にやるほかはないわけで、毎日たった一行でも良いので書くという自らの原点を最低限のラインとして据えつつ、地道に気楽に取り組んでいきたい。