2020/3/30, Mon.

 戦争中、ナチの占領者にひどく苦しめられたポーランド人とチェコ人は、一九四五年に敗北し無力となったドイツ人に寛大さや気前の良さを見せる気にはなれなかった。ナチ政権が東欧の人々に示した残酷さと暴力が、今度は旧「支配者民族」への扱いに反映された。チェコスロヴァキアポーランドのドイツ人は打たれ、レイプされ、屈辱的な仕事をさせられ、労働収容所で残酷な暴力にさらされ(ときにはテレージエンシュタットのように、ナチが所有していた収容所が使用されることもあった)、ドイツ人であることを示す文字を袖につけられ、無作為に殺され、死の行進をさせられ、真冬に家畜用貨車に詰め込まれて長旅をさせられた。ドイツの難民と追放された人々(圧倒的多数が女子供と老人だった)の苦しみは一九五〇年代に西ドイツで驚くほど精力的に記録され、ドイツ人を被害者とした劇的な描写は、戦後の国民意識において重要な位置を占めた。
 (リチャード・ベッセル/大山晶訳『ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い』中公新書、二〇一五年、264)



  • 一〇時のアラームによって夢中から浮上する。五時間一〇分の睡眠なので、まあ上々と言って良いだろう。
  • 朝刊の社会面にクシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki)の訃報を見る。と言って、この人の音楽を聞いたことは全然ない。Don Cherryが彼の曲を取り上げた何とか言うアルバムを以前持っていた覚えがあるが、ほとんど聞かないうちに売り払ってしまったはずだ。「広島の犠牲者に捧げる哀歌」という作品がどうやら最も一般に――少なくとも日本においては――膾炙した曲らしく、新聞記事にもその名が載せられていた。
  • Twitterを覗けば、新型コロナウイルスによる肺炎のために入院していた志村けんも死亡したと言う。感染の知らせは目にしていたものの、まさか亡くなるとは少しも予想していなかったので――まあ、そうした発想が頭のなかに形作られるほどの興味関心を彼に対して持っていなかったということでもあるが――ちょっと驚いた。七〇歳だったと言うが、やはりそのくらいまで齢を重ねた人間にとっては洒落にならない脅威なのだろう。こちらの両親も双方六〇を越えているので、大丈夫だろうかと多少心配も生じる。
  • 三時前に家を出た。道に接した林の領域の一番手前側、外縁に当たる敷地に紅梅らしき低木がいくつかあるのだが、その一本にもはや花よりも葉の方が多くなっていて、爽やかな若緑色と目に強いショッキングピンクとの、ちぐはぐなような、切断的に細かく接し合った混淆が見られた。陽射しの感触の透けてこない曇天は寒々と濁っており、身を取り巻く地上の空気も結構冷たい。公営住宅横の小公園を彩る桜が満開だった。ほんの幽かな赤らみを底に孕んだ白さは上品で、視覚から他器官へと越境的に伝播してほの甘い舌触りや香りを想像させる。水のようにさらさらと軽やかなその色の結集は、それでいて静かな量感、たおやかな存在感に充実している。
  • 替わって最寄り駅前の桜の方は、もう満開を過ぎたようだ。
  • 労働前に医者に寄るため河辺まで行ったが、電車内の客がやたらと少なかったような気がする。
  • (……)クリニックの待合室にも患者はあまりおらず、こちらの前に三組か四組程度あるのみだった。受付カウンターのすぐ脇のソファに就き、熊野純彦レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』を読んで番を待つ。三時半頃から読みはじめて、四時一五分のあたりで呼ばれた。
  • 診察室に入って挨拶をすると革張りの椅子に腰掛けて、顔の半分を白く覆った医師と向き合いながら、やはりマスクを……と開口一番に指摘する。厚生労働省及び日本医師会からお達しがあったので致し方なく、というような調子で医師は答え、精神科は正直そこまで関係ないかなと思いますけどね、と漏らした。Fさんの方は仕事はどうですかと問われるので、今月の前半は休みで、一六日の週から始まったのだと返す。学校よりも早く始めたわけですね、と医師。
  • 前回の診察で薬を減らして、現在はセルトラリンすなわちジェイゾロフトを夕食後に二錠飲むのみとなっている。そのせいかどうか知れないけれど、日記がどうも停滞しているのだと事情を明かした。先月の半ばあたりから何だか知らないが文の質にこだわりはじめ、そのため書くのがだいぶ苦労になり、一進一退という感じで、今もまだ二〇日の分までしか書けていない――そう話すと、やはり毎日書かなければいけないわけですか、と言わば根本原則を突かれるので、毎日……書くのが……やはり大事ではないかと、と苦笑でもって受け流した。そういうわけで最近は方法を変えて、一日の始めから終わりまで生活の全域をなるべく隈なく繋げて書くのではなくて、一定以上の強さで印象に残ったことのみピックアップして記すやり方にしたのだと続けて話し、ただ、読書の方はかなり力を入れて時間を費やし励んでいるので、全体的な活動性としてはあまり変わっていないのではないかと結論を述べた。
  • 薬の処方は変えずに様子見ということになり、こちらの考えとしても異存ない。一四三〇円を会計して隣の薬局に移ると、ここでも客はこちらのほかにたった一人の乏しさで、椅子に就いてからほとんど三分も経たないうちに呼ばれたと思う。めっちゃ早いっすねと笑いながらカウンターに寄ると、何度も当たったことのある局員の(……)さんが――お薬手帳に押された印を見て姓名を知っているわけだが――ちょうど空いている時に来ていただけて良かったですと応えた。それから薬の確認に当たって、今は飲んだり飲まなかったり、という感じですかと問われたのは、前回の訪問からだいぶ間が空いて、規定期間の二八日を越えているからだろう。それで、夜に出かけることが結構多くて、そういう日は飲まないことが多いですねと言い訳した。――先生はそれをご存知ですか。――まあ……特に話したことはないですけどね。とは言え、体調に特に問題はないと話をまとめ、一〇一〇円を支払って正面から礼を送ったあと、局をあとにした。
  • 四時半頃だった。駅まで戻り、券売機の横にある掲示板を見て電車の時間を確認する。今日の勤務は一コマのみで準備することも少ないはずだから、五時半の電車で大丈夫だろうと判断して、円型の高架歩廊を通ってイオンスタイル河辺に渡った。シャンプーがもう切れかけているので、新しいものを買おうと思ったのだ。ビルの入口には、今日は新しいマスクの入荷はありませんという報せが掲げられていた。トイレに寄って水分を排出してから売り場に踏み入ったが、シャンプーの区画に立って棚の上に視線を巡らせてみても、色とりどり豊富に揃えられているのは女性物のみで、男性物の製品が全然見当たらなかった。付近も合わせてしばらく探し求めたのだがやはりどうにも見つからないのでシャンプーを買うのは諦めて、電車の時刻まで喫茶店で書見に励むことにした。ビル入口脇のSaint-Germainに入店し、ホットココアとともに腰を落着ける。ココアは、四一六円もするわりに全然大した味ではなかった――PRONTOエクセルシオール・カフェの品の方がよほど美味い。こちらから見て左斜め前方の席には中学生とも高校生ともつかない年頃の女子が二人連れ立っており、仔細に見たわけでないがどうも何かの動画を一緒に視聴して楽しんでいたようだ。彼女らの雰囲気や風貌からすると、アイドルか、アニメやゲームの類だろうか。その二人のうちの一方が眼鏡を掛けており(……)にちょっと似ているように見えたので、入店の際からまさか本人だろうかと窺っていたのだが、じきに違うと判じられた。
  • 書抜き箇所を手帳にメモしながら熊野純彦レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』をがしがしと読み進め、五時二〇分に退店すると駅へ渡った。ベンチに就くとまた本をひらき、まもなくやって来た電車に乗ってからも着々と文字を追う。車内には人の姿が全然なかった。
  • それから職場に行って労働の義務を果たす。(……)(新高三・英語)、(……)さん(新中三・英語)、(……)くん(新中二・英語)という面々が相手だったが、今日はどうも授業があまり上手く流れなかった。特に(……)は気力が乏しくて、チェックテストと宿題の確認のみで時間が尽きてしまったし、その確認にしても決して満足にはできなかった。句と節の単元がとにかくわからずやる気を引き寄せることができないようだ。(……)くんに関しては、リーディングの復習として"Alice In Wonderland"の文を再確認できたのは良かった。覚えにくそうなものも含めて単語の意味が結構頭に入ってきている。そのあとはしかしL8のまとめ問題にほんの少し取り組んだのみだし、リスニングもできなかったのだ。(……)さんはと言えば、彼女は一応サブ教材を二頁扱って理解を固めることができたし、新たに学べたことも多少はあったと思うが、しかしやはり何だか余計に時間が掛かってしまったと言うか、思ったよりも良質な時間にならなかったような印象があって、もう少し上手くできたのではないかという不足の感を拭えない。
  • 帰る前に(……)と少々言葉を交わした。彼の弟の(……)についてである。夜通しゲームをやっていて、明け方になってようやく寝ていると言う。そのようないかにも不健康な生活習慣についてはこちらもまったく人のことは言えないわけだが、その点は棚に上げておき、お兄ちゃん、どうにかしろよと言いながら(……)の背中をぽんぽん叩く。けれど、その兄当人は、俺そんなに影響力ないから、と放任的だ。そのほか、(……)くんにもちょっと声を掛けておいてから、退勤した。
  • 今夜も最寄り駅から東へ向かって街道沿いの帰路を取る。八時も過ぎるとさすがになかなか、空気が冷たく締まっている。度合いの異なる黄の色をそれぞれに孕んだ車のヘッドライトが次々と現れ出ては流れ過ぎ、風は身体を吹き抜けていく。まっすぐ下る木の間の坂道、ここには薄褐色の葉が相も変わらず豊富に散らばって左右を護っているが、その上に伸びて小さいけれど黒々と濃い影を落葉に投射している緑の草たちも、段々と育ってきたような感じだ。坂を出るとここの大気は静かでほとんど流れも感じられないが、我が家の隣の売地に立てられた旗はあるかなしかの気層の震えにも絶えず敏感に、しかしゆったりと緩く波打って、街灯を受けた襞の作り出す陰影がその上を繰り返し横に滑って止むことがない。
  • 母親が話すには、彼女が通っている「(……)」の所長という人は、「上から目線」と言うかやや高圧的な男性らしく、そのせいで保護者の一人から本部に向けて苦情が行ったと言う。「(……)」も、子供がどんどん減っている世だし所長もそんなだから先行きがあまり確かでないと不安を漏らすので、Eさんのところに呼んでもらえば、と至極適当な提案で払った。Eさんは今度娘さんと一緒に、障害を抱えた人の援助をするような会社を立ち上げるという話なのだ。「(……)」の所長は、聞けば子供に優しくにこにこと接するような人でなく、いつも難しいような顔をしていると言う。そんな人間がどうして児童福祉の会社を始めたのか、素朴に疑問だ。以前は(……)に勤めていたらしい。福祉が儲かると思ったんじゃないと母親は言ったが、それにしても金が儲かるというだけでは――もう少し精神的な動機のようなものがなければ――やっていけない世界のような気がするが。そして実際、経営は順風満帆というわけでもないのだろう。
  • 芝健介『ホロコースト』の書抜きを終わらせ、参考文献も、すべてではないけれど、英語の文献も含めてメモしておいた。
  • ブルースの音源を掘りたいと思っている。何故だか知らないが兄の部屋に小出斉『ブルースCDガイドブック2.0』という本があり、この案内書がブルースの作品を相当数網羅していて、全部で一七七二枚も紹介されている。特にモダン・ブルース、あるいはポストモダン・ブルースと分類されている比較的最近の作品に興味があるわけだが、そのなかでもとりわけ、アコギ一本で弾き語るスタイルの奏者を知りたい。弾き語りだったら無論、いわゆるデルタ・ブルースと言うのだろうか、戦前の音源を探った方がむしろ良いのだろうが――Robert JohnsonとかBig Bill BroonzyとかBlind Willie Johnsonとか多分そのあたりだ――、しかしこの雑駁な現代世界において敢えてギター一本と歌のみの明晰さで勝負を挑んでいるつわものも当然知りたいわけである。今のところ一人、目をつけているのはAlvin Youngblood Hartという人で、この人は『Hellhound On My Trail: Songs Of Robert Johnson』というトリビュート作品で名前を知ったのだけれど、彼の『Big Mama's Door』という九六年のアルバムがほぼ全篇弾き語りをやっているらしい。二〇〇二年の『Down In The Alley』もまさしく戦前の曲をカバーした弾き語り作品のようで、このアルバムは二〇〇三年にグラミー賞のBest Traditional Blues Album部門にノミネートされている。そうしたグラミーの受賞作やノミネート作品を端緒として触れていくのがやはり順当な方法なのだろう(https://en.wikipedia.org/wiki/Grammy_Award_for_Best_Traditional_Blues_Albumhttps://en.wikipedia.org/wiki/Grammy_Award_for_Best_Contemporary_Blues_Album)。


・作文
 13:18 - 13:25 = 7分(30日)
 13:25 - 14:26 = 1時間1分(20日
 27:42 - 28:05 = 23分(21日)
 計: 1時間31分

・読書
 10:54 - 11:26 = 32分(「英語」)
 11:28 - 11:47 = 19分(「記憶」)
 12:15 - 12:58 = 43分(熊野)
 14:37 - 14:41 = 4分(日記)
 15:32 - 16:14 = 42分(熊野)
 16:50 - 17:20 = 30分(熊野)
 17:25 - 17:35 = 10分(熊野)
 20:06 - 20:22 = 16分(熊野)
 20:47 - 21:22 = 35分(熊野)
 22:43 - 23:22 = 39分(「記憶」)
 23:55 - 24:34 = 39分(芝; 書抜き)
 26:30 - 27:41 = 1時間11分(MacArthur Bosack)
 28:05 - 28:40 = 35分(熊野)
 計: 6時間55分

・睡眠
 4:50 - 10:00 = 5時間10分

・音楽

  • Room Eleven『Six White Russians & A Pink Pussycat』
  • Richie Kotzen『Break It All Down』
  • Ray Charles『What'd I Say』
  • Ramsey Lewis Trio『The In Crowd』
  • dbClifford『Recyclable』
  • Aerosmith『Honkin' On Bobo』
  • Ann Burton『Blue Burton』
  • dbClifford『Lucky Me』
  • George Adams - Don Pullen Quartet『Live At The Village Vanguard, Vol.2』
  • George Wallington Quintet『At The Bohemia』