2020/4/21, Tue.

 「検事のハステラーとは昵懇なんだが、電話してもよろしいでしょうね?」と彼は言った。
 「いいですとも」と監督は言い、「ただそれにどんな意味があるのか、私にはわかりませんな。何か個人的な用件で彼と話をしなくちゃあならない、ということでしょうな」
 「どんな意味があるのかだって?」とKは叫んだが、腹を立てたというより狼狽していた。
 「いったいあなたは何者なんです? 意味があるかなどと言いながら、この世に存在する限りの、もっとも無意味なことを演じているというわけですか? これはどうもあわれなほどじゃあありませんかね?(……)」
 (辻瑆・原田義人訳『世界文學大系 58 カフカ筑摩書房、一九六〇年、11; 『審判』)



  • 性懲りもなく、二時半まで仮死様態。天気は蠟のような曇り空。
  • 食後、ストーブの石油を補充する。ジャージのみでダウンジャケットを着ていなかったが、寒くはない。緑を満たした林の上空、梢の先端をかするようにして、鳥が二羽、跳ねるがごとく飛ぶ姿が、真っ白い空にひかれて葉叢を剝がれたちっぽけな黒葉である。頭上は一面白く、雲が緩く弱く漣を果てまで繋げてあまりにも広い。眺めていると、すぐ傍から立ち昇り辺りに拡散的に漂っては絶えず鳴っていた沢の音[ね]が、ようやく耳に入ってきた。
  • その後母親に請われて柑橘類を採りに行く。家のすぐ間近に、多分市だか町だかの所有地で自治会が管理しているとかいう花壇のような一角があって、その縁に何の種だか知らないけれど柚子みたいな黄色の果実が生っているのだ。それを採りたいと言うので移動し、高枝鋏を動かして実を枝から切り取って、母親が持った紙袋――古新聞を溜めておく用のもの――に収めていく。駐車場の脇から花壇へ下りる細い入り口の周りには、これも名が知れないが、青紫色のささやかな花がいくらか群れていた。菫の類か? 柑橘類を採り終えたあたりでほのかな光の気配が雲をくぐって現れて、左のこめかみのあたりに点る。帰り道、近所の家並みの隙間に濃烈なピンク色の樹が見えたのであれは何かと訊いてみると、桃じゃないかと言う。TKさんの辺りに生えているようだ。
  • 夕刊に島本理生のインタビューが載っていた。一七歳だったか一九歳だったか忘れたが、そのくらいの歳でデビューしたらしい。凄い。
  • 物凄く久しぶりにMさんのブログを読む。二月一三日分からである。最新記事に追いつくまでにどれだけ掛かるか知れない。二月一四日の記事で、姪の幼稚園で催されるお遊戯会を見に行くよう求められたMさんが、拒絶しつつ「おまえいってこいよと弟に水をむけると、ぼくいま寝んの朝7時やでというので、ほんならちょうどええやねえか、徹夜でそのまま行ってこいといった」という一節に笑った。Mさんの弟さんもよほどの梟族だ。
  • また、過去の日記からの引用。

(…)マクドで本を読んでいて、途中からとなりの席に着いた大学生男子二人組の、その片割れが興奮すると声が大きくなるタチだったらしく、十分に一度くらいの割合でぎゃーぎゃーとわめかれ、率直にいって少々うざかったのだけれど、ホットコーヒーのおかわりが無料だということを知らなかった相方にむけて発した、「これ永遠の飲み物だぜ!」という発言には不意をつかれたというか、もうすこしで吹き出すところであぶねーという感じだった。語の組み合わせが斬新すぎる。

  • これにも当然笑う。二〇〇九年二月一〇日付の文章だと言う。それにしてもその頃と言えばこちらは一九歳、大学一年時の終わり間際だ。一体何をしていたのだろうか。勿論文学などまだまったく触れていないし、西洋史コースに進んだのは確か二年次からだったはずだから、Aくんなどとも知り合っていないと思う。大学に友人は、多分まったくいなかった。誰とも会話せずに一応授業だけは受けて、どこにも寄らずにまっすぐ帰っていた頃ではないか? ほとんど音楽を聞くことくらいしかやっていなかったと思う。
  • 二月一五日、柄谷行人『探求Ⅰ』からの引用の一部。「実際はこうだ。われわれは、一語または一行書くとき、それが思いもよらぬ方向にわれわれを運ぶのを感じ、事実運ばれながら、たえずそれをわれわれ自身の「意図」として回収するのである」。

即ち、何らかの語で何らかの事を意味している、といった事はあり得ないのである。語について我々が行う新しい状況での適用は、すべて、正当化とか根拠があっての事ではなく、暗黒の中における跳躍なのである。如何なる現在の意図も、我々がしようとする如何なる事とも適合するように、解釈され得るのであり、したがってここには、適合も不適合も存在しえない。(「ウィトゲンシュタインパラドックス」黒崎宏訳)

  • 入浴後に洗濯物を干すあいだ、父親がニュースを見ながら感動し、感じ入った呻きまたは唸りを漏らしている。新型コロナウイルスの苦境下にある人々を元気づけるために、著名人も含んだ有志が "上を向いて歩こう" を歌って動画にし、それがインターネット上で話題を呼んでいるとか何とか。よく目を向けなかったが、「光の射さない夜はありません」とか、「夜明けは必ず来ます」とかいう類の言葉が聞かれる。考えられる限りもっとも世俗的なレトリックに、最高度に抽象的な希望のイメージ。(……)その時は一方で、母親がこちらにタブレットを渡してMちゃんの動画を見せているところだった。TMさんが大きなケーキ、桜色のソースが掛かっており熊の人形細工が乗っている、精巧にできていそうなバースデイ・ケーキをテーブルに運んでくると、Mちゃんは真面目腐ったような表情で三本のキャンドルに息を吹くのだが、その火がなかなか消えてくれず、何度も繰り返し吹きかけなくてはならないのだった。(……)
  • Sarah Vaughan』を流す。Sarah Vaughan(vo)、Clifford Brown(tp)、Paul Quinichette(ts)、Herbie Mann(fl)、Jimmy Jones(p)、Joe Benjamin(b)、Roy Haynes(ds)、Ernie Wilkins(conductor)。一九五四年一二月一八日録音、EmArcy Recordsから発売。Clifford Brownはこの日のおよそ一週間後、五四年の一二月二二日から二四日までの三日間にはHelen Merrillとも録音している。
  • Seamus Blake『Live At Smalls』を流す。Seamus Blake(ts)、David Kikoski(p)、Lage Lund(g)、Matt Clohesy(b)、Bill Stewart(ds)で二〇〇九年八月三一日及び九月一日に録音。ニューヨークGreenwich VillageのSmalls Jazz Clubにて。
  • 『Live At Smalls』のシリーズもこのところまったく情報を追っていなかったが、引き続きたくさん出ているようだ。disk unionのサイトでラインナップを確認。トランペットのDuane EubanksというのはRobin Eubanksの弟らしい。トロンボーンの彼とGerald Claytonが参加している。このEubanks兄弟にはもう一人、Kevin Eubanksというギタリストがいて、この人のアルバムは『Live At Bradley's』というのを持っている。
  • Charles OwensというテナーのアルバムにはAri Hoenigが入っていてちょっと気になる。Tardo HammerとPeter Washingtonのデュオ音源もあるが、これは『Live At Mezzrow』というタイトルになっていて、Mezzrow Jazz ClubというのはSmallsの姉妹店らしい。晩期Bill Evans TrioのドラマーだったEliot Zigmundのライブも出ているが、ほかのメンバーは全然知らない名前。
  • Tim RiesはThe Rolling Stonesのサポートをしていたことがあるサックスで二〇一一年に『Live At Smalls』を出しており、このライブにはChris Potterがいるので――ベースもJohn Patitucciだし――結構気になるのだが、そのあとでさらにもう一枚出したらしく、こちらにはNicholas PaytonとHans GlawischnigとTerreon Gullyがいる。Kalmah Olahというピアノは全然知らない。
  • Rodney Greenの音源は二〇一四年に出ていて既知だが、これはSeamus Blake、Luis Perdomo、Joe Sandersというメンバーでかなり強力だと言って良いだろう。Tyler Mitchellというベースの名は初見だけれど、この人の音源にはAbraham BurtonとEric McPhersonが入っている。McPhersonはFred Hersch Trioの現ドラマーで、『Alive At The Vanguard』での演奏など結構好きである。それは二〇一二年の音源だが、Fred Herschは当時と同じJohn Hebert及びEric McPhersonとのトリオで、その後二枚のライブ音源――『Sunday Night At The Vanguard』と『Live In Europe』――を出しており、これらも勿論欲しい。
  • Matt Clohesyの参加作をDiscogで調査。Torben Waldorff Quartet『Brilliance - Live At 55 Bar NYC』という一枚がある。リーダーのギターはまったく知らないが、Donny McCaslinの名前が見える。ほか、Darcy James Argue's Secret Societyの『Infernal Machines』(二〇〇九年)にも参加していたらしい。このビッグバンドにはRyan Keberleもおり、Ingrid Jensenというトランペットもどこかで名前を見た覚えがあるが、Darcy James Argueの音源は『Brooklyn Babylon』と『Real Enemie's』という二枚を持っているので、早いところ聞かねばならないだろう。


・作文
 22:34 - 23:04 = 30分(21日)
 23:04 - 23:45 = 41分(20日
 27:45 - 28:10 = 25分(20日
 計: 1時間36分

・読書
 15:27 - 18:00 = 2時間33分(宮沢)
 18:47 - 19:28 = 41分(宮沢)
 20:34 - 21:01 = 27分(ブログ)
 21:02 - 21:08 = 6分(英語)
 21:44 - 22:04 = 20分(英語)
 22:05 - 22:19 = 14分(記憶)
 23:45 - 24:55 = 1時間10分(宮沢; 645 - 690)
 28:45 - 28:57 = 12分(宮沢; 690 - 700)
 計: 5時間43分

  • 天沢退二郎入沢康夫・宮沢清六編『宮沢賢治全集Ⅰ』(ちくま文庫、一九八六年): 556 - 700
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2020-02-13「キリストの爪を切るまた髪を梳くつもりで世話をするクリスマス」; 2020-02-14「罪のない形容詞だけ折りたたむあと何回で月まで届く」; 2020-02-15「棺には琥珀をそそぐその中に身を横たえて臨終を待つ」
  • 「英語」: 22 - 60
  • 「記憶」: 36 - 40

・音楽

  • Room Eleven『Six White Russians & A Pink Pussycat』
  • Sade『Lovers Live』
  • Sarah Vaughan
  • Seamus Blake『Live At Smalls』