2020/4/23, Thu.

 (……)本それ自体は不変であり、一方人々の意見は、往々にしてそれに対する絶望の表現でしかない(……)
 (辻瑆・原田義人訳『世界文學大系 58 カフカ筑摩書房、一九六〇年、127; 『審判』)



  • 一〇時五〇分に覚醒。六時間ほどで目覚めることができた。まばゆい陽光が快いので、仰向けのまま顔にしばらく熱を浴びる。しかしのちほど天気は曇りがちになってしまった。
  • 相当久しぶりにLINEを覗いた。昨日、Tからメールが来たためである。最近はまったくログインせずにずっと放置していたのだ。
  • 「(……)」から始まる四行を一連とし、加えてもう一連の計八行を一セットとしたわかりやすいラブソング的な詩を作りはじめている。
  • 夕食はジャガイモと鶏肉のソテー。ジャガイモは母親が茹でておいてくれたので、一つずつ皮を剝いていって大まかに切り分けた。まず鶏肉からフライパンに投入し、弱火に蓋を被せて蒸すように加熱したあとジャガイモを加え、にんにく醤油で味つけ。まだ六時前だったが、今日も早々と食事を取る。
  • 夕刊に音楽情報。稲葉浩志Stevie Salasが組んだアルバムがヒットチャートの一位を飾っているとか。あと、コトリンゴがベスト盤を出したという記事があった。コトリンゴという人はこちらはまったく聞いたことがないのだけれど、それによるとバークリー音大で作曲を学んだのだと言う。その後、坂本龍一がやっていたラジオ番組のオーディションで認められてデビューしたらしい。Ella Fitzgeraldの後ろでOscar Petersonが歌を気にせずまったくお構いなしに弾いているみたいな、若い頃はそういう感じの曲をできたら面白いかなと思っていた、というようなことを述べていた。ほか、東京事変が正月に再結成を発表していたということを今更知った。新作を出したらしい。
  • 今日は歩きに行くつもりで、母親にもそのように宣言しておいた。やはり人間、なるべく毎日、外空間のなかを歩いて大気と触れ合わなければならない。
  • そういうわけで夕食後、散歩に出る。主には「(……)」の詩句を考えながら歩いていたので、周囲の事物や知覚刺激などにあまり注意を向けられなかった。空気は結構冷えた感触で、歩き出してまもなくダウンジャケットの袷を閉ざした。西の坂を上ったところで今日はそのまま裏を進まず、右に折れて表道に出る。牛乳屋の前に置かれた自販機のゴミ箱に三ツ矢サイダーの缶を捨てさせてもらった。そうして街道を東へ移行し、裏路地の下り坂に入ると、そこは家が建てこんでいて直方体の細長い箱のような通り(*1)になっているので、靴音が周囲の壁に反響し、歩みに瞬間遅れてその分身が、空洞的な亡霊として跳ね返ってくる。坂を下りきった地点、TRさんの宅の向かいには、何と言う人の家か知らないこじんまりとした住みかがあるのだが、その側面についた窓の上部が見通せて、洗い物でもしていたか台所に立った人の姿が覗いていた。あちらからもこちらが見えていたはずだ。
  • *1: 「それにしても、家路についたこの男に、夜は、なんとインド風に美しく感じられたことでしょう。銀色の木々は黙したまま歓喜の歌をうたい始めました。通りは細長い箱のようでした。家々はおもちゃのように軒を連ねていました」(ローベルト・ヴァルザー/新本史斉、フランツ・ヒンターエーダー=エムデ、若林恵訳『ローベルト・ヴァルザー作品集5』鳥影社、二〇一五年、39~40; 『盗賊』)
  • 四日の日記を書く最中に表現を調べていたら、「降り明かす」という古語に遭遇した。雨などが「明け方まで降り続く、一晩中降る」の意で、別に大した表現ではないと言うか、降ると明かすと組み合わせただけのものであり、類語は「飲み明かす」とか「語り明かす」とか現代日本語のうちにも見つかるけれど、「降り明かす」を見た時にはこんな言葉があるのかと何故かやたらと新鮮に思われた。「雨」という自然現象が夜を「明かす」という生物的な態度の主体となっているからだろうか。実際、この語は現在においては多分全然使われていないと思う。ついでに似たような言葉で「降り暮らす」というのも見つかって、これは「一日中降り通す」の意。「明かす」と「暮らす」を色々な語に繋げて、あまり見ない言い方を開発することもできそうだ。
  • さらに、色彩表現についても検索したのだが、そこで「退紅[あらぞめ]」という色の名を知った。「桜色と一斤染の中間の赤みのごく薄い赤紫色で、色名は褪めた紅の意味」だと言う。似たような色として「聴色[ゆるしいろ]」というものもあり、これは「紅花で染められた淡い紅色のこと」。「古代、紅花は大変高価な染料であり、それを用いた紅染[べにぞめ]も色が濃くなるほど高額でした。そのため、濃染[こぞめ]の紅色は皇族や高い身分の人にしか使用を許されない『禁色[きんじき]』とされ、逆にだれでも着用が許された色が『聴色』だったのです」との説明。素晴らしく面白い。
  • Diana Krall『Love Scenes』を流す。Diana Krall(vo / p)、Russell Malone(g)、Christian McBride(b)でのトリオ。Tommy LiPumaプロデュース、Avatar Studiosで録音され、九七年八月にImpulse!からリリース。Al Schmittがミックスと録音を担当し、マスタリングはDoug Sax。伴奏の演者が見ての通りなので非常に堅固でしっかりしており、快く聞ける。McBrideがいればまず温い音楽にはならないだろう。
  • Dianne Reeves『I Remember』も流す。Dianne Reeves(vo)、Charles Mims(p)、Billy Childs(p)、Donald Brown(p)、Mulgrew Miller(p)、Kevin Eubanks(ag)、Chris Severin(b)、Charnett Moffett(b)、Billy Kilson(ds)、Marvin Smitty Smith(ds)、Terri Lyne Carrington(ds)、Ron Powell(perc / wind chimes)、Justo Almario(sax)、Greg Osby(as)、Bobby Hutcherson(vib)という結構な顔ぶれ。#1 - 4まではLos AngelesのMadhatter Studiosで録音だが(一九九〇年九月一〇日及び一一日)、これはChick Coreaが作ったスタジオだったはずだ。#5 - 9までは何とVan Gelder Studioで録られている(一九八八年四月二七日・二八日に、五月九日)。これは知らなかった。メンバーからして当然の理だが、とても良質で強力な、堂々とした貫禄のある骨太のジャズボーカル作品。#4 "Love For Sale"とか#7 "How High The Moon"とか聞き物だろう。
  • 四日の日記を書き進めているものの、ごく短い一段落を仕上げるのに一時間とか、馬鹿げた生の使い方をしている。めっきり遅筆になった。ほとんど一語ごとに止まっているような調子で、もっと気楽に書かなければ立ち行かないとわかってはいるのだが、どうしても引っかかってしまう。Mさんの苦労が何となくわかってきたような気がしないでもない。ただ、そうやって文を固めているせいで、風通しの悪い重たるい文章になっているようにも感じられる。
  • 四時過ぎまで作文したのち、四時四〇分に就床。カーテンは既に薄青く明るんでいた。夜明けと入れ替わりに眠るのが習いとなってしまったが、本当はやはりもう少し早く、明るさが訪れずまだ暗いうちに、せめて鳥が鳴き出すより前には意識を失くしたい。


・作文
 11:36 - 11:58 = 22分(詩)
 16:58 - 17:12 = 14分(23日; 22日)
 18:10 - 18:27 = 17分(23日)
 18:27 - 20:02 = 1時間35分(4日)
 20:07 - 20:13 = 6分(4日)
 21:13 - 21:40 = 27分(詩)
 25:01 - 25:26 = 25分(4日)
 25:31 - 28:13 = 2時間42分(4日)
 計: 6時間8分

・読書
 12:37 - 13:21 = 44分(レーヴィ; 214 - 262)
 13:26 - 13:40 = 14分(シェイクスピア; 11 - )
 15:05 - 16:43 = 1時間38分(シェイクスピア; - 64)
 28:14 - 28:38 = 26分(シェイクスピア; 64 - 71)

・音楽