2020/5/26, Tue.

 (……)カフカの否定は表現だけに止まらず、物語の筋にまで及んでいる。ひとつの否定文として終るのではなく、さらに否定する文章がその後に次々と続いて、筋そのものを突き動かしているのである。カフカ文学において、否定は表現のレトリックではない。否定による表現は、作者固有の文学的思考の展開を如実に示したものである。カフカの場合、本来直進すべき筋が否定の連鎖によって、ある場合には歪められて別の方向へ向けられ、またある場合には振出しに戻される。この絶え間ない軌道修正こそが、カフカ作品を読む読者に何かはがゆさを感じさせ、苛立ちを募らせる要因なのである。(……)
 (高橋行徳『開いた形式としてのカフカ文学』鳥影社、二〇〇三年、163)



  • 一二時一六分に起き上がる。睡眠はほぼ八時間なので、ちょっと長くなってしまった。
  • 朝刊を読みつつ食事。歯医者及び買い出しに行っていた母親が帰宅。荷物を運んで冷蔵庫に入れると、銀行に行きたかったけれど行けなかった、あとでまた行こうかなと言うので、豆腐を買いたいと申し出た。それでのちほど出かけることに。
  • 二時半頃出発を目安として「英語」及び「記憶」を読んだあと、歯磨きしながら過去の日記。二〇一九年五月九日木曜日。復職手続きのために職場に出向くのに久しぶりにスーツを着たところが、「何と用意してあった紺色のスーツのスラックスが入らなかった」と言う。「腹回りに肉がついたために、ホックが止まらなくなってしまったのだ。自分はそんなにも太っていたのか! こんなことは予想しておらず、笑うしかなく、またしまったと言わざるを得ないが、しかし冷静に考えて、病前よりも一〇キロも太ったのだからただでさえ細身の身体にぴったりとしていた服が入らなくなるのも道理ではある」。この時点で「自分の体重は六五キロほどで、身長は一七五センチくらいなので太りすぎているわけではなくてむしろ適正である」と評価している。過去の自分は「五三キロほどで明らかに痩せすぎだった」。で、昨日測ったところ六一. 二キロまで落ちていたので、ちょうどよくスリムに収まったという感じだろう。スラックスももう問題なく履ける。
  • 雨降り。家の前に出しっぱなしになっていた父親の車を母親が文句を垂れつつ駐車場に入れ(父親当人は林に接した敷地で畑仕事をしていた)、自分の軽自動車を出すのを玄関外でぼんやりと待つ。隣の空き地に敷かれたシートや樹々の葉を打つ雨粒の音[ね]が、詰まってはいるが固くはなく柔らかに鈍い響きで、大気中に染み入るような浸透性の雨である。実際、蒸し暑い。ブルゾンを持ったけれど、スーパーに着くまでは身につけずTシャツ一枚で車に揺られる。
  • いまや閉店してしまった「マイナー堂」の向かいあたり、永山のほうに繋がる上り坂の入口が整地されて広く拡張されていた。(……)薬局、すなわちSの実家も、別に何年も前からそうだったけれど薬局はもう終いにしており、以前は店舗だった街道沿いの建物もシャッターが閉め切られ、壁に掲げられていた「(……)薬局」の文字も跡形もなく消え去っており、ただの真っ白な箱と化している。
  • 東青梅駅前の「(……)」に到着。車を降りて店に行くと入ってすぐ脇の機械で母親がカードに金をチャージして、それで一旦銀行に行ってくると言うのでこちらは籠を持って店内を回る。バナナ、人参、葱、大根などを入れていき、豆腐も三個パックのものを三セット取ったあと、何か新しい餃子でも開拓したいなあと見ていると、自らも籠を持った母親がやって来た。「ケンちゃん餃子」の八個入りだかを買うことに。あとで聞いたところでは、この品は拝島のIさん、Yさんではなくてもうずっと以前に亡くなった旦那さんのほうが好きだったとかで、昔はよく我が家にもくれたらしい。
  • そのほか生麺のうどんであったりポテトチップスであったり、カップラーメンであったりを集めていく。今日買い物に来たのは豆腐と即席の味噌汁が欲しかったからで、と言うのも深夜に空腹を埋める際にカップラーメンやおにぎりを食うことが多かったのだが、カップラーメンばかり食っていては健康にも悪いだろうし母親が手間を掛けて買ってきてくれたものをやたらバカスカ消費するのも気が引けるし、またおにぎりはおにぎりで作れば米がすぐになくなってしまうから、小さめの豆腐とインスタントの味噌汁を夜食の基本にしようと考えたのだった。先日偶然にそうする機会が一度あったときに、これで全然ええやん、普通に美味いし腹にも溜まるやんと満足されたので、そのような決定を下したのだ。それで豆腐を九つも買ったわけだが、即席の味噌汁はまだ家にけっこう余っていて、棚を見る限り「あさげ」とかちょっと飲んでみたかったのだけれど、普段飲んでいる安物と比べてそこそこ値が張ったので、今日はまあいいかと払って豆腐だけを買うことにした。
  • 母親は母親でまた色々と籠に集めて、そうして会計へ。店員はたぶん結構キャリアが長いと思われる年嵩の女性。六五〇〇円くらいだったので、半分弱に過ぎないが三〇〇〇円を母親に渡す。それから薄い布[きれ]でできたエコバッグの類に荷物を詰め、三袋を両手に提げて退店。出たところの自販機にKIRINの「Mets BLACK」があるのが目につき、強炭酸とか書いてあるしまあちょっと買ってみるかということで、荷物を持って両手が塞がっていたので母親に買ってもらった。雨はまだいくらか宙を動いていた。
  • 車に戻って帰路へ。街道を走るあいだ母親が、どんどん寂れていくねえと漏らす。青梅が活性化する策なんて、この鄙びた町を舞台にアニメを作ってもらってヒットさせるくらいしかないだろう。とは言え、わざわざこの土地で何か新しいことを始めようという物好きも多少はいるようで、街道沿いの家も二つほど、リフォームしたのか何だかよくわからない使い方をされているようだった(ところで、「~な仕方をされる」というのと、「~なされ方をする」というのとでは、どちらが正当な形なのだろうか?)。また(……)の途中にものすごく昔、つまりこちらが子供の頃にはモスバーガーがあったのだけれど、信号待ちで停まったときに左を向くと、すぐそこにある建物の外壁上部に「MOS BURGER」の文字が完全には消えきらずうっすらと跡をとどめていたので、思わず、うわ、あそこほらモスバーガーの文字残ってるよと隣の母親に伝えてしまった。その建物もいまは何か別のことをやっているようだ。
  • そういうことがあったより前に(……)の郵便局に寄って、母親が記帳をするあいだこちらは車内で待っていた。局の前に置かれたポストの足もとにはパンジーが数種植えられていて、オレンジや黄色や紫など色とりどりあるなかでしかしやはり、白い地のなかに濃やかな青紫の不定模様が地図のように染みついた一種が一番面白いような気がした。地面のすぐそば、かなり低い位置に咲いたそれらの花も、微風に触れられてわずかに震えている。
  • 青梅駅前の「魚民」では弁当の販売などしているらしい。こちらは目が悪いので見えなかったが、母親が表示を読み取ってそう言っていた。いまの状況では飲み会などもできないから、そうでもしなければ売上が減ってしまって仕方がなく、とてもやっていけないのだろう。
  • 帰宅後、荷物を運んで冷蔵庫や戸棚に整理する。帰室すると「記憶」記事復読。一五八番、芝健介『ホロコースト』の記述。

 一九四二年七月二三日、トレブリンカ絶滅収容所は始動した。その前日にはヨーロッパ最大のゲットーであるワルシャワ・ゲットーからトレブリンカ絶滅収容所への強制移送が大々的にはじまっていた。九月末までにワルシャワ・ゲットー住民男性の87・4%、住民女性の92・6%がガス殺される。
 (芝健介『ホロコースト中公新書、二〇〇八年、183)

  • 夕食は何を作ったのだったか覚えていない。たぶん買ってきたものを何か使ったのだと思うが。早速うどんを煮込んだのだったかな? そんな覚えがあるものの、ほかに何の品を拵えたか忘れてしまった。
  • 入浴中、弾き語りのブルースの案を思いつく。タイトルは"日本銀行ごと持って来な"。とりあえずワンコーラス目の歌詞は、「誰も俺の歌を金で買えやしないぜ/誰も俺の歌を金で買えやしないぜ/俺の 歌を 金で 買いたけりゃ/日本銀行ごと持って来な」という感じで良いだろう。あとはブルースなのでシンプルに、「歌」の語を別の言葉に置き換えて、ほとんど同じ詞でもって何度か繰り返すことになる。いまのところ「価値」という語を思いついてはいるものの、これはしかしあまり嵌まりきる感じがない。ツーコーラス歌ったら合間にソロを挟む構成で良いのではないか。「俺」という一人称を最後のほうで「君」に替える一巡を入れれば、まあ一応聞き手に訴えかけると言うか、メッセージソングっぽくなってそれも悪くはないのでは。別にそんなに拝金主義を弾劾したいわけでもないが。
  • で、風呂から出たあとに兄の部屋でギターを触って確認してみると、漠然とAのキーで想定していたところが音域的にEのほうが良いとわかった。定番の調で、開放弦も使えるしとてもブルースっぽくて良い。そのうちアコギを入手したらもう少し形を固めて練習するつもりだ。
  • あとギターを適当に弄っているあいだにGM7/Dというコードを弾く瞬間があったのだけれど、これが何となく良い響きなのでそれも曲にできるかもしれない。キーはDとして考え、したがって要は調全体の根音の上に四度のM7コードが乗っている形なのだが、一応ポジションをメモしておくと、5弦5f、4弦5f、3弦7f、2弦7fということだ。だからつまりは普通のDメジャーの押さえ方から五度の音を全音下げて四度にしただけということ。これがしかしアルペジオで弾くとなかなか良い響きを生む。このポジションは単にこちらのギターが一弦を欠いたままなのでこの位置になっているだけで、実際にはもちろん開放弦を絡めたポジションで鳴らすこともできるし、そのほうがむしろ良いかもしれない。で、ありがちなやり口だが、このコードから始めてルート音だけBとかAに移すみたいな感じで展開するのも悪くはないだろう。ものすごくよくあるパターンだけれどそれだけに安心できる手法ではあるし、シンプルなコード進行を何度も繰り返すループ的な曲にしながらその上で旋律構成がだんだん変わっていく、みたいな感じで作れればそこそこ面白いのではないか。だがいずれにせよ、まずはアコギを買わなくては話にならない。
  • 「【特別掲載】大疫病の年に マイク・デイヴィス、コロナウィルスを語る」(2020/4/7)(http://www.webchikuma.jp/articles/-/2004)。一頁目のみひとまず読む。

 コロナウィルスは古い映画のようだ。1994年のリチャード・プレストンの著書『ホットゾーン』が、中央アフリカの秘境にあるコウモリの巣穴から生まれ、エボラという名で知られる絶滅の悪魔を紹介して以来、こうした物語はくり返し語られ、観られてきた。エボラは、人間にとって未経験の免疫システムの「処女領域」(これは正式な用語だ)に起こる、数々の新しい疾病のはじまりにすぎなかった。エボラのすぐ後に鳥インフルエンザが現れ(1997年ヒトに感染)、SARSがこれにつづいた(2002年暮れに出現)。2つのウィルスはいずれも、世界の生産ハブを担う広東省で出現した。

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 [研究者たちが直面している難題は、]二番目に、季節性インフルエンザと同じく、このウィルスが異なった年齢構成と健康状態の人口に蔓延するなかで変異を起こすことだ。アメリカ人の多くがかかる型は、武漢での最初のアウトブレイクの型とはほんの少し違っている可能性が高い。さらなる変異は毒性を弱める場合もあれば、50歳以上が重症化しやすい現在の毒性を変える可能性もある。現状では、トランプのいう「コロナインフルエンザ」は、アメリカ人の4分の1、つまり年配者および免疫系や呼吸器系に慢性的な問題を抱えた人々に死の危険をもたらす。
 第三に、ウィルスが安定的で変異が最小限にとどまったとしても、若年人口への病気のインパクトは、貧困国や貧困集団では劇的に変わる可能性があることだ。1918-19年のスペイン風邪の世界的流行を思い出してみよう。この流行で人類の1~2パーセントが命を落とした。アメリカとヨーロッパで、当時のH1N1ウィルス[iii: インフルエンザウィルスは顕微鏡で見ると、天気の晴れマークのように見える。球体の周囲に無数の突起がついており、この突起の一部である赤血球凝集体(HA)とノイラミニダーゼ(NA)のパターンによってウィルスの型が変わる。そのためH1N1などと後ろに数字をつけて表記される。『感染爆発』第一章に詳しい説明がある。]は多くの若者の命を奪った。これは今まで、彼らの免疫系が比較的強かったせいだと説明されてきた。というのは、免疫系が感染に過剰反応して肺細胞を攻撃し、肺炎と敗血症を引き起こしたからだ。だが最近の研究では、年配者は1890年代のアウトブレイクの際の「免疫記憶」を持っており、そのせいでかかりにくかったと主張する細菌学者もいる。

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 一方、貧困国でのスペイン風邪は違った経過をたどった。世界全体の死亡のうち60%近くが、パンジャーブ地方ボンベイ〔ムンバイ〕、その他のインド西部地域で生じたことはあまり知られていない(少なくとも当地で2000万人が死んだ)。この地域ではイギリスへの穀物輸出とイギリスによる強制的な穀物の徴集によって、大規模干ばつが生じていた。食糧不足ですでに数百万の貧困者が飢餓すれすれの状況に陥っていた。そのため彼らは、栄養不良(これは感染への免疫反応を鈍らせる)と強度の細菌性あるいはウィルス性肺炎との危険きわまりない相互作用の犠牲となった。イギリス占領下のイランでもこれと似たようなことが起こり、干ばつ、コレラ、食糧不足が数年つづいた。さらにこの悪条件の下でマラリアアウトブレイクが起こり、人口の5分の1が死ぬことになった。

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 (……)2000年以来、この国では保健医療の前線が何度も崩壊している(……)。
 たとえば2009年と2018年のインフルエンザシーズンには、国中の圧倒的多数の病院でベッド数がどうしようもなく足りなくなった[v: アメリカでは、2017/18シーズンのインフルエンザ流行で6万から8万人が死亡したと言われている。2019/2020シーズンも1万4000から3万人が死亡した(検査していない死者が多いので、数字に幅がある)。これにはさまざまな原因が指摘される。一般的には、公的医療保険制度がきわめて不十分なため医療費が高額で、貧困層にとっては民間保険も支払い困難である。そのため予防接種率が低く、また体調が悪くても医者に行くのを忌避することで蔓延するのではないかと言われている。]。これは、長年つづいてきた採算重視の入院患者受け入れ削減策の結果である。こうした危機は、レーガンが大統領になり、民主党の指導者たちもまたネオリベラルの代弁者に変節したことによる、医療支出に対する党派を超えた攻撃からはじまった。アメリカ病院協会によると、患者を収容できる病床数は1981年から1999年の間に39%も減少した。この数値は普通ではない。削減は「センサス」(ここでは病床稼働率の数字)を上げて利益を増やすために行われた。だが、病床の稼働率90%というマネジメント上の目標が意味するのは、伝染病や医療上の緊急事態の際に、病院に殺到する患者を収容する能力がゼロに近いということだ。
 21世紀に入ってから、私的セクターでの救急医療はどんどん縮小されてきた。これは、短期的な増収増益という「株主価値」の至上命令によるものだ。他方で公的セクターでは、緊縮財政と州および連邦の準備予算の削減のために救急医療の縮小が進んできた。その結果、目下重大局面にあるコロナウィルスの爆発的感染を受け入れられる病床が、アメリカ全土でわずか4万5000床しかない。(これに比較して、韓国は人口比でアメリカの3倍の病床が利用可能である)[vi: デイヴィスの数字の根拠は記事からは分からない。OECDが出している人口千人当たり病床数(総数)は、アメリカ2.8に対して韓国12.8、日本13.0。急性治療にかぎると、それぞれ2.4、7.1、7.8となる。(OECD Health Statistics 2019)]。USAトゥデイの調査によると、「COVID-19で症状が悪化する可能性がある60歳以上のアメリカ人は100万人いるが、その数に見合った治療用の病床が用意されているのは8州だけだ」。

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 アウトブレイクは即座に、「われわれの革命」[vii: 2016年大統領選挙に立候補したバーニー・サンダースの選挙キャンペーンに端を発する政治運動団体。]が国民的政治議題としてきた、ヘルスケア分野にはびこる階級分断を白日の下に晒した。要するに、高額の保険に入り、なおかつ家で働いたり教えたりできる人たちは、自粛要請に従うかぎり快適な隔離環境にいられる。これに対して、公的部門の職員、そしてある程度の保障がなされる組合加入の労働者集団は、収入確保と命を守ることとの間で難しい選択を強いられる可能性がある。だがもっとひどいのは、数百万人にのぼる低賃金のサービス労働従事者、農場労働者、失業者、ホームレスだ。彼らは狼の群れに放り出されたも同然の状況にある。
 知ってのとおり、包括的保障を本当に実現しようとするなら、病欠時の賃金支払いに備えるためのまとまった額の準備金が必要になる。だが現在のところ、労働力の45%はこの権利を否定されているため、事実上〔無理して働いて〕病気をうつすか食いっぱぐれるかの選択を迫られている。それだけでなく、共和党優位の14州では、ACA〔通称「オバマケア」と呼ばれる公的医療保険制度〕準備金制度の開設を拒否してきた。メディケイドをワーキングプアに広げることの拒絶である。そのためたとえばテキサスでは、4人に1人が保障対象外で、感染症にかかったとしても治療を受けられるのは郡病院の緊急治療室だけという悲惨な状態である。
 大疫病が発生している現在、私的医療保険の絶望的なまでに矛盾した状況は、利潤目当てのナーシングホーム産業に典型的に表れている。アメリカのナーシングホーム[viii: ナーシングホームは日本の老人ホームと老人病院を組み合わせたような存在で、施設ごとに提供されるサービスや入居条件が異なる。池崎澄江「アメリカのナーシングホームにおけるケアの質の管理」『季刊社会保障研究』48-2(2012年9月) 165-174頁によると、2010年現在、施設数約16万、ベッド数約150万で、営利経営が65.8%、非営利団体を含めると94%が民間経営である。メディケア、メディケイドによる保障に制限があるため入居費用は非常に高額で、全額自己負担の場合、年間費用は700万円に上る。]は2500万人にのぼる老人を収容し、多くはメディケアと連携している。この産業は非常に競争が激しく、低賃金、スタッフ不足、違法なコスト削減が行われ、完全に資本主義化されている。施設側が感染症抑制のための対応を怠ったことが原因で、毎年数万人が命を落としている。しかも政府は、大量殺戮装置としか形容しがたいこの施設に対して、責任あるマネジメントを一切行なっていない。多くのホームが、とりわけ南部諸州では、追加のスタッフを雇って適切な訓練を施すよりも衛生違反の罰金を支払う方が安上がりだと考え、そのとおりに行動している。
 アメリカで最初にコミュニティ内の集団感染が起きたのが、ライフケアセンターというシアトルのカークランド郊外にあるナーシングホームだったのは驚くにあたらない。私はジム・ストーブという昔からの友人で、シアトル地域のナーシングホーム労働組合のオーガナイザーをしている人と話し、今は彼らについての記事を国に渡すために書いている。ジムが言うには、ナーシングホームは「アメリカ一ぎゅうぎゅう詰めの場所」で、ワシントンのナーシングホームシステム全体が「国中で最も資金がない。つまりテックマネーの海の中で苦しむ不毛のオアシスという馬鹿げた存在」になり果てている。
 さらにジムが言うには、ライフケアセンターの近隣10箇所のナーシングホームに感染が広がったことを説明する決定的な理由を、保健局は見過ごしたままだ。「アメリカで最も値が張るレンタル市場にいるナーシングホーム職員は、だいたい複数のホームで仕事を掛け持ちしている」。当局が副業場所や名前を把握していないせいで、COVID-19の蔓延に対する最も重要な手立てをみすみす逃してしまった。そのうえ〔ホームで集団感染が蔓延している〕今になっても、感染に曝された職員に給与補償を出すから家にとどまるようにとは誰も言わない。

  • 新聞、朝刊一面は緊急事態全面解除(二五日)の報。一一面には【リオ貧民街 コロナ直撃/ブラジル 感染者世界2位/家は「3密」■外出自粛せず】の記事。「ブラジルで、新型コロナウイルスの感染者が36万人を超え、米国に次いで世界で2番目の多さになるなど影響が深刻化している」。「感染拡大が指摘されているのは、「ファベーラ」と呼ばれる貧民街」で、「リオデジャネイロ市にある国内最大級のファベーラ「ホシーニャ」は、市やリオ州の外出自粛要請にもかかわらず、大勢の人々が行き交い、活気を失っていない。多くの住民が生活費を稼ごうと仕事に出ているからだ」。「東京ドーム約20個分の100ヘクタールに10万人以上が暮らすホシーニャでは急斜面に小さな家が並」び、「大家族が多く、密閉、密集、密接の「3密」が感染リスクを高めている」。「こうしたファベーラは、国内の都市部周辺に無数にあり、人口約2億1000万人の約6%にあたる計1300万人が暮らしているとされる」。こうしたリスクのなかでもしかし、「経済を重視するジャイル・ボルソナロ大統領は、感染予防策に無頓着で、4月以降、防疫措置の徹底を訴えた保健相2人が相次いで辞任し」、「暫定の保健相には、この分野の経験がない、自身と同じ軍出身者を宛てた」と言うし、「コロナ対応を指揮する州知事らとの亀裂も生じている。ボルソナロ氏は今月14日、感染予防のため都市封鎖を示唆するサンパウロ州知事を名指しし「1人の男がブラジル経済の将来を決めている」とけん制」したところであり、また「4月下旬の閣議」では、「自身の意向に沿わないサンパウロ州やリオ州の知事らを「くそったれ」などとののしっていた」らしい。


・作文
 22:35 - 22:55 = 20分(5月26日)
 23:12 - 24:00 = 48分(5月26日)
 計: 1時間8分

・読書
 13:37 - 13:58 = 21分(英語)
 13:59 - 14:08 = 9分(記憶)
 14:12 - 14:20 = 8分(日記)
 15:46 - 16:19 = 33分(記憶)
 25:12 - 25:36 = 24分(ブログ)
 25:37 - 27:03 = 1時間26分(古今和歌集: 92 - 122)
 27:18 - 27:45 = 27分(デイヴィス)
 計: 2時間28分

  • 「英語」: 131 - 136, 1 - 15
  • 「記憶」: 151 - 161
  • 2019/5/9, Thu.; 2019/5/10, Fri.
  • 「わたしたちが塩の柱になるとき」: 2020-03-23「血縁も地縁も絵筆で塗りつぶすおれは象形文字となるのだ」; 2020-03-24「生活を病んだお前があしたから解体されるビルの屋上」
  • 「at-oyr」: 2020-03-01「60」; 2020-03-02「近所」
  • 奥村恆哉校注『新潮日本古典集成 古今和歌集』(新潮社、一九七八年): 92 - 122
  • 「【特別掲載】大疫病の年に マイク・デイヴィス、コロナウィルスを語る」(2020/4/7)(http://www.webchikuma.jp/articles/-/2004

・音楽

  • Diana Krall『Live In Paris』
  • Donny McCaslin『Casting For Gravity』