2020/6/10, Wed.

 聖フランチェスコ(一一八一―一二二六)は、「アッシジの聖フランチェスコ」として有名なイタリアの聖人・神秘思想家。富裕な呉服屋稼業を継ぎ、放縦な生活に耽ったが、一二〇六年に家族や財産を捨てて、敬虔な清貧の生活に入った。フランチェスコは深く自然を愛し、神の愛を体験し、教会につきまとう力と富の危険を避けつつも、清貧を否定的な禁欲の手段とせずに、これを歓喜に換え、修道生活の高い理想を実現した。彼が教皇の許可を得て二三年に創設した「小さい兄弟修道会」が、いわゆる「フランシスコ会」である。その後アルヴェルナ山に隠遁し、断食と祈りによって聖痕を受けたといわれている。
 (下澤和義訳『ロラン・バルト著作集 3 現代社会の神話 1957』みすず書房、二〇〇五年、86~87; 「ピエール神父の図像学」; 註2)



  • 正午過ぎに起床。快晴。洗濯物を入れるために一時頃ベランダに出たが、言うまでもなく相当暑く、空間にはらまれた熱が濃厚で、大気中に稠密に溶けている。その後、米を磨いでおいた。
  • 三時から四時半過ぎまで書見。ロラン・バルト/沢崎浩平訳『S/Z バルザック『サラジーヌ』の構造分析』(みすず書房、一九七三年)。五時一五分には家を発たねばならないのでもうあまり猶予はなかったが、母親の勤務が六時半までで帰りが遅くなるので何か一品でも料理を作っておきたかった。上階に上がって冷蔵庫を覗き、芸がないけれど鶏のささ身を炒めることに。便所に入って便器に腰掛けながら、歯磨きと着替えと身支度は一〇分で終わらせるとして使える時間は五時五分まで、さすがに一品だけだなと判断し、本当は汁物も何かしら作りたかったがそれは諦めて、室を出ると調理をはじめた。野菜はニンジンと大根とタマネギを合わせる。前者二つは細い拍子木切りのような感じで切り分け、その一方、腹も減っていて何か食わねばならなかったので食パンを一枚焼いていた。焼けた上に新品のバターを刻んで乗せてかじりつくと、とても美味い。夜食についカップ麺などを食べがちなのだが、これでも全然良いなと思った。その後ささ身も切断して鶏肉から炒めだし、野菜もくわえて蓋をしながら加熱する。合間に魚肉ソーセージをむしゃむしゃ食って制汗シートで肌を拭き、下階の洗面所から歯ブラシを取ってきて歯磨きをした。炒め物が仕上がるとちょうど五時五分ほどだったはず。階を下って口をゆすぎ、着替えと支度を済ませて出発。
  • 玄関を抜けると家の横を下りて南側に回る。父親はベランダの下で収穫した紫タマネギをいじっていた。働いてくるよと告げ、炒め物だけ作っておいたからとも知らせておき、道に戻ると西へ向かう。夕方にいたっても空気は不可避的に暑い。この頃には空に雲がひろく湧いており頭上は大方埋まっていたものの、隙間からのぞく青さはかなり澄明で密に鮮やかで、まるで石垣島の海のようだと思ったけれど、だが石垣島など行ったことはない。Kさんが庭先で車に寄って何かやっていたので挨拶し、六月に入って一気に暑くなりましたねなどと言葉を交わす。明日から梅雨入りと言われているらしい。
  • 坂道を上っていけば、木洩れ陽などむろんないのだが木叢のなかの葉っぱの一部が軽い白さを宿し放ってはいて、それはつまり雲の向こうに衰えかけた西陽の微弱な明るみが反映しているわけなのだけれど、そう言うよりはむしろ、雲そのものの色が滴ってきて染みこみ広がったような弱い白さである。途中の道脇に楓の樹が一本生えており、その若い緑の連なりはほかの樹の葉といくらか違う感覚を目にあたえて面白い。たぶん、葉の線が直線的だからだろう。もちろん厳密に直線ではないのだが、他種のものよりも丸みがすくなく比較的まっすぐな輪郭線で構成されており、葉の指のおのおのがやや尖ってぎざぎざしているそれが何枚も重なりひろがることで、全体的には不定形で密集的にまとまった明緑の色塊を作りなしていて、ほかにない鮮やかさを瞳に差しこんでくるのだ。英単語を借りるならば、crispな感じ、とかちょっと言ってみても良いのかもしれない。
  • 最寄り駅の階段を上れば視界の左側、西空を満たす雲の奥で太陽がいくらか白さを溜めてつやめかせ、空に白影として焼きついている。大変に蒸し暑い。昨日よりも肌に熱が浸透しており、それでいてホームに風は吹かず、ただあるかなしかの微動はあってそのゆらめきだけでも腕の皮膚やうなじが涼しい。正面、線路の向こうの石段上には、あれは何の花なのか、仏塔(パゴダ)を思わせるような直立した葉の段層に強力な赤さの花が咲いた植物があったが、距離があって仔細には見えない。
  • 青梅まで移動し、降車してだらだらホームを行っていると、待合室の横を通りかかったところで壁の角から現れた二人が(……)くんと(……)である。互いに立ち止まり、数瞬のあいだ無言で顔を見合わせる。高校行けたの、と(……)に向けてみると、(……)高校の定時制ですと返ったが、それは冗談である(そもそも(……)高校に定時制はないのではないか?)。薄青いワイシャツの胸ポケットのところにNとMを組み合わせたような文字が入っていたが、どこの学校かこちらにはわからない。元気にしてんのと訊けば、学校でいじめられて毎日つらいですと冗談を重ねるので笑う。また大学受験のときとか、もし必要になったら(塾に)来てくださいと告げて別れた。駅を抜けるあいだ(……)兄弟のもうひとりの名前が出てこずに、まだ数か月しか経っていないのにもう忘れるとはと自分の頭を嘆かわしく思ったのだが、職場のそばに来たところで、そうだ、(……)だったと無事思い当たることができた。
  • 勤務。(……)(高三・英語)、(……)くん(中二・英語)、(……)くん(高三・英語)。(……)はコロナウイルス騒動をはさんでは初なのだが、久しぶりだねみたいな話は一切なかったし、こちらもそういう話をしようとすら思いつかなかった。それくらい馴染みの感がある。ただ彼女は学校に行くのが嫌で、明日登校日だと考えると憂鬱らしいので、日曜日のサラリーマンかよとこちらは笑った。なんで嫌なのかと訊いてみても、これといった理由はないと言う。楽しくないのだろうか? あるいは面倒臭いだけだろうか? でも前は毎日行ってたわけでしょ? と突っこむと、ね、と(……)は応じて、よく行けてたなと思う、尊敬するよと漏らすのでやはり笑った。授業自体はあまり進まず、そのくせ解説もすべてはこなせなかったのだけれど、もうそんなに急いでやるつもりはない。ただページ数を重ねるよりも、ひとつずつしっかりと理解して頭に入れていくことのほうが大事だ。何月までにここまでやらなければ、みたいなカリキュラムに沿ったやり方はこちらの性分ではない。
  • (……)くんは今日はわりと調子が良かったような印象。と言って、途中でちょっと眠りかけたりもしていたけれど。しかし教科書は二ページ復習できたし、新しい箇所も一ページ読めて、またワークのほうもbe動詞の過去形をいくらか解くことができた。良いんじゃないか?
  • (……)くんはコロナウイルスを措いても当たるのは相当に久々だったので、お久しぶりですと挨拶した。授業日程を見ると英語は週一で入っており、これは一応大学受験に向けてということらしい。チェックテストやワークの取り組みを見る限りおおむねできてはいるのだが、ただ訳を訊いてみるとわからない箇所があったりもする。まずはとにかく意味を理解できるということがやはり肝要だろう。あと、こちらを嫌っているということはたぶんないと思うのだが、どことなくやりとりにしっくりこない感触がある。もしかすると、嫌ってはいなくとも、こちらの性格や言動や進め方にどこか苦手な部分があるのかもしれない。信頼度がまだ足りないようだ。
  • 最後のコマにひとり残った(……)先生に挨拶して退勤。コンビニへ向かう。路傍の植込みには数種のパンジーが咲いて申し訳程度のわびしい彩りを見せている。小さくてボロい交番の奥では警官がひとり、蛍光灯の明かりのもとに漫然と突っ立っている。コンビニに入ると籠を取って回り、即席の味噌汁や卵スープや、エノキダケや舞茸やポテトチップスなどを入れて会計。相手は手つきからしておそらく新人だったと思うので、お願いしますとありがとうございますをきちんと言っておいた。退店して駅へ歩くと、駅前の屋根の下、埃と蜘蛛の巣で汚れたような古い蛍光灯にこまかな羽虫がちらちら寄っている。夏の手触り。ホームに入ると「濃いめのカルピス」を買い、待合室の側壁に寄って、ロラン・バルト/沢崎浩平訳『S/Z バルザック『サラジーヌ』の構造分析』(みすず書房、一九七三年)を片手でひらいて支えながら飲んだ。
  • 最寄り駅でもやはり灯りに羽虫が集まって宙を飛び交っていた。この時刻になっても暑く、ぬるい宵で、空気も停滞気味である。公営住宅前でまたいくらか流れるものがあったけれど、と言って葉鳴りを立てるほどの勢いもなかった。
  • 帰宅するとシャツと肌着を脱いで手を洗い、荷物を冷蔵庫に入れてから帰室して書見。しばらく身体を休めたのち、九時半で食事に上がった。台所で電子レンジの前に立って加熱を待っていると、ほそくひらいた勝手口の向こうから樹々のざわめきがはじまり寄せてきて、空気の流れもいくらか入ってきて、先ほどは吹くものなどなかったのにいまは盛んに走っているらしい。夜から雨で明日は梅雨入りとかいう話だから、その兆しではないか。その後、新聞を読みつつゆっくりとものを食った。自分で作っておいて何だけれど炒め物は大した味ではなかった。
  • 室へ帰って「英語」と「記憶」を復読したのち、入浴。その後、gmailを覗くと、昨日送ったメッセージに対する兄の返信が届いていた。日本時間で六月九日の二三時二二分着。

(……)

  • 再返信を綴る。「5Gとやらがどうのこうのと言っている世の中だし、そういうこと[通信の不具合]は次第になくなってもっと快適な通信環境が整備されていくのでしょうが、しかしいまのところでは、どれだけ画質が良かろうが通信速度が速かろうが、コンピューターを前にしたときに我々が目にしているのは、最終的には所詮、平面のモニターに過ぎません」などと言っておく。

 (……)

  • 一時頃になると身体がこごったので脛をほぐそうとベッドに移ったが、書見をしているうちにまどろみに陥って三時に飛んだ。それから今日のことを下書きすればもう四時を過ぎ、窓の外は鳥の声に満ちている。夜明け間近のこの時刻が一日のうちで一番、鳥たちが活発に鳴き交わす時間で、その音声はほとんど乱交的な交錯の様相を見せている。五月六日の記事をすこしだけ書いたあとに書見をして、五時前に就寝した。
  • 新聞記事の記録。二〇二〇年六月六日(土曜日)分から。まずは朝刊の七面に、【ガソリン外交 反米結束/イラン、ベネズエラに供給】(リオデジャネイロ 淵上隆悠、テヘラン支局 水野翔太)の記事。「反米国家として友好関係にあるベネズエラとイランが、経済的な取引を相次いで成功させ、その結束を強めている」と言う。いまこの文を写しながら、次のようなささやかなことをふと思ったのだけれど、たとえば「反日」という言葉はこの西暦二〇二〇年現在においては明らかにいわゆる「ネット右翼」的な含意をはらむ術語となっているし、「反日国家」などという言葉をもし使ったならばその一語だけでもその言表主体の「お里が知れる」と思うのだけれど、「反米」や「反米国家」という語句をこのように新聞記事上に読んでも、こちらにはそれほどの(「反日」の語につきまとうほどの)意味論的におい(もしくは〈味〉)を感じ取ることができない。しかし、当のアメリカ合衆国内のメディアが"anti-American"という語を用いたらそれはそれで特有の色合いを帯びるはずだし、読者のほうも自身の立場に応じてそこにさまざまなニュアンスを読み取るのだろうな、と思ったのだった。記事の内容に戻ると、次のような報告がある。

 ベネズエラは、世界最大の原油埋蔵量を誇る産油国だ。しかし、老朽化で製油所を稼働できず、ロシア系企業の仲介で中国やインドに原油を輸出し、ガソリンを「逆輸入」してきた。
 だが、これを手がけてきた企業は米国の制裁対象となり、3月に撤退。以降、ベネズエラは深刻なガソリン不足に陥った。
 イランは4月にも、米国が制裁の対象としている民間航空会社「マハン航空」を使い、ベネズエラに製油所の稼働に必要な資材を送った。米ブルームバーグ通信によると、イランは見返りとして、ベネズエラから約9トンの金(約540億円相当)を受け取ったという。

  • イランとベネズエラの国家的関係とその「結束」の経緯については以下のとおり。

 ベネズエラでは1999年、汚職撲滅や貧困層を重視するウゴ・チャベス政権が誕生した。南米の政治・経済の統合や途上国間の協力強化を目指したチャベス氏は、米国の干渉を嫌い、イランにも急接近。イランの核開発も支持した。
 イランのマフムード・アフマディネジャド前大統領はチャベス氏を「兄弟か戦友のようだ」と評していた。
 チャベス氏は2013年に死去。イランも米欧協調路線のハッサン・ロハニ政権に変わった。関係は遠のいたが、17年に誕生した米トランプ政権が結束を再び強固にした。
 ベネズエラでは昨年、野党の国会議長が暫定大統領就任を宣言し、日米や中南米など50か国以上が承認・支持している。一方のイランも昨年以降、核合意を逸脱した核開発を進め、欧州の離反を招いた。孤立や米国の制裁による財政難で、「互いに遠くの親友に助けを求めなければならなくなった」(テヘランの外交筋)というわけだ。

  • また、「両国のガソリン取引は、同様に米国と対立関係にあるキューバも歓迎している」らしい。「その理由として、中南米の外交筋は「イラン産ガソリンの一部が、ベネズエラからキューバ横流しされている可能性がある」と指摘」しているとのこと。
  • 同面、【中国、台湾上陸想定の訓練/蔡政権に圧力 米、艦艇派遣しけん制】(北京=中川孝之)。「中国の国営メディアが6月に入り、中国軍による台湾侵攻を想定した訓練を相次ぎ伝えている」一方、「米軍は異例のペースで台湾海峡に艦艇を派遣して中国軍をけん制しており、中国大陸と台湾とを隔てる台湾海峡の緊張が高まっている」。「中国中央テレビは4日、68台の水陸両用戦車が中国南東部の海岸に上陸し、山腹に設置した標的に火砲を発射する映像を放映した。台湾対岸のアモイを拠点とし、台湾攻撃で主力を担うとされる陸軍機動部隊「第73集団軍」の訓練だ」と言う。さらに、「別の陸軍部隊が民間船舶に約50台の装甲車や戦車などを積み、海上輸送する訓練の様子も報じられた。中国軍は台湾に多数の軍用車両を運ぶため、民間船舶を徴用する体制を整えている」とのこと。六月五日に「中国紙・環球時報(英語版)」に載った「匿名の軍事専門家の話」によれば、「中国軍は台湾を統一する準備ができている。台湾の分離主義者は甘く見ない方がよい」と言う。
  • また「一方、台湾の中央通信によると、米海軍のミサイル駆逐艦ラッセル」が4日、台湾海峡を通過した。米艦の海峡通過は今年7回目で、1年で9回だった昨年を上回る頻度」になっている。そのような米国の牽制に対して、「米中関係筋によれば、中国海軍は最近、台湾海峡付近に複数のフリゲート艦を常時展開させ、海峡を通過する米艦を追尾しているという」。
  • 同面、【インド 経済再生進まず/モディ政権2期目/コロナ追い打ち 保護主義強化の懸念】(ニューデリー支局 小峰翔)。「インドのナレンドラ・モディ首相(69)が2期目の政権を発足させてから、1年が過ぎた」。「モディ氏は2期目のスタートからちょうど1年の5月30日、国民に向けた手紙を公表し」、「インドは一致団結して新型コロナウイルスと闘っている。経済再生の模範も示せる」と述べたらしい。しかし、「インドの2019年度の経済成長率は4・2%(速報値)で、08年のリーマン・ショック以来の低い伸び率になった。インド準備銀行(中央銀行)は5月、20年度はマイナス成長になるとの見通しを示した。主要産業の自動車は19年度の国内販売台数が前年度比約18%減と歴史的な落ち込みを見せた。4月には、新型コロナウイルス対策の全土封鎖による影響で販売台数がゼロとなった」というのが実際の現状のようだ。そうした惨状に対して「モディ氏は5月、国内総生産GDP)の約1割に相当する20兆ルピー(約28兆円)規模の経済対策を発表した。輸出入に依存せず、国内での生産と消費を拡大・強化する考えに基づく「自立した経済」を提唱しているが、関税引き上げなど産業保護政策を強化するのではないかとの懸念が出ている」とのことだ。補足的な事実として、「モディ政権は昨年11月、日中韓東南アジア諸国連合ASEAN)など16か国で協議中の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)について、就労人口の5割を占める農家などの反対に屈する形で交渉離脱を表明している」という事情もある。
  • 他面ではイスラームに対する排斥的な政策推進も注目するべきで、「モディ政権は昨年8月、イスラム教徒が多い北部ジャム・カシミール州の自治権剝奪を決めた。昨年12月には、イスラム教徒以外の不法移民に国籍を与える改正国籍法を成立させた」らしいのだが、そのくせ「モディ氏は手紙で、「国の統一精神を促進した」「思いやりと包括性を示した」などと自賛し」ているらしい。
  • 二六面には訃報がいくつか。伊藤敬子という俳人が八五歳で亡くなったと。「愛知県生まれ。1980年に俳誌「笹」を創刊し、主宰を務める。2001年、第1回山本健吉文学賞を受賞。句集に「百景」「初富士」、評論集に「写生の鬼 俳人鈴木花蓑」など」という略歴。
  • もうひとり、谷新という美術評論家の訃報もあった。七三歳。「長野県生まれ。1982年と84年のベネチア・ビエンナーレで日本館コミッショナーに就いたほか、97年から2017年まで宇都宮美術館長を務めた。著書に「回転する表象」「北上する南風」」とのこと。
  • 次に、二〇二〇年六月六日(土曜日)夕刊。一面には【海保巡視船 乗員15%不足/統率の中堅 確保追いつかず】の記事。「海上保安庁の大型巡視船(1000トン以上)のうち練習船などを除く51隻の乗組員数が、本来の定員より平均で15%不足していることが読売新聞の調査でわかった」と言う。

 同庁は保有する巡視船艇ごとに定員を決めている。読売新聞は、尖閣諸島周辺の領海警備や北朝鮮漁船による違法操業の取り締まりなどに中心となって当たる大型巡視船について同庁に情報公開請求。2019年度の職員名簿などに基づき、警備上の理由で定員が公表されていない船などを除く51隻の定員数と、実際の人数(実員)を比較した。
 その結果、定員は計1865人だったのに対し、実員はその85%の計1589人にとどまっていた。同庁全体の欠員率は3%程度で、現場の部隊に大きなしわ寄せが来ていることになる。特に船上で若手を統率する主任級の不足が深刻で、操船などを担う「主任航海士」は定員計154人に対し実員は計103人。エンジンを扱う「主任機関士」は計105人に対し計64人だった。

  • 「中国公船による尖閣諸島周辺海域への領海侵入などを受け、政府は16年に「海上保安体制強化に関する方針」を決定。12年度に117隻だった巡視船は、19年度に141隻に増加した。定員も12年度の1万2689人から、19年度は1万4178人まで増やしたが、船の配備ペースには後れを取っている」とのことで、こうした船舶数と乗員数のひらきは「体制強化に伴う一時的な現象」とも言われており、「実際、新任の乗組員は手厚くなっており、19年度の「航海士補」は定員164人に対して実員は251人。「機関士補」は81人に対し198人に達している」のだが、「ただ、海保幹部の一人は「若手は多くなったが、指揮を執れる幹部や、経験のある中堅以上の船員は増えていない。尖閣などの有事に万全の対応ができるか不安だ」と漏ら」してもいると言う。
  • 同夕刊の三面、【独の米軍9500人削減/トランプ氏 国防費負担に不満/米報道】(ワシントン=蒔田一彦)。「米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は5日、複数の米政府当局者の話として、トランプ大統領がドイツ駐留米軍の規模を現在の3万4500人から2万5000人に9500人減らすよう指示したと報じた」。「記事によると、ドイツ駐留米軍の削減は米政権内で昨年9月から議論され、ロバート・オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官が近頃、削減を指示する覚書に署名した。削減は9月までの実施されるという」。くわえて「記事によると、ドイツから削減する9500人のうち1000人以上はポーランドに移り、欧州の他の国にも一部が移る計画」らしい。
  • 同面、【イラン 低濃縮ウラン上限の8倍】(ベルリン=石崎伸生)。「国際原子力機関IAEA)は5日、イランの核開発に関する報告書をまとめた。イランが保有している低濃縮ウランは、2015年のイラン核合意で定められた保有量の上限の約8倍まで増えるなど、核合意の逸脱状態が続いていることを指摘した」。「報告書によると、核合意では低濃縮ウランの保有量の上限は202・8キロ・グラムだが、5月20日時点の保有量は1571・6キロ・グラムで、2月の前回調査から約550キロ・グラム増えた。また、濃縮度も、上限の3・67%を超える4・5%となっている」とのこと。
  • 本当はこのあと六月八日から一〇日分までもこの日の日記に写してしまおうと思っていたのだが、六月六日の一日分を記録しておくだけでかなり時間がかかって面倒臭くなったので、今日のところはここまでとする。むしろ、現在の日記(この記述を綴っている今日は七月二一日火曜日である)のほうに記してしまったほうが良いのではないかという気もするので、そういう風にするかもしれない。


・作文
 23:13 - 23:53 = 40分(メッセージ)
 27:07 - 28:12 = 1時間5分(6月10日)
 28:13 - 28:30 = 17分(5月6日)
 計: 2時間2分

・読書
 15:03 - 16:33 = 1時間30分(バルト: 37 - 53)
 20:05 - 20:22 = 17分(バルト)
 20:38 - 21:28 = 50分(バルト)
 22:06 - 22:30 = 24分(英語 / 記憶)
 25:05 - 25:55 = 50分(バルト: - 73)
 28:30 - 28:54 = 24分(バルト: 32 - 49)
 計: 4時間15分

・音楽