2020/8/20, Thu.

 アウシュヴィッツでの最初のガス殺は、一九四一年九月三日(あるいは五日)であった。これはユダヤ人が対象ではなく、二五七名のポーランド政治犯ソ連軍捕虜約六〇〇名などで「労働不能」とされた人びとだった。彼らは第一収容所内監獄の第一一ブロックに閉じ込められ、ツィクロンB[ベー]を用いて殺害された。
 これは「労働不能」と判定された人びとを殺害するにあたって、その効果を確かめる実験だった。のちにユダヤ人大量殺戮がツィクロンBで行われるが、これが一つのきっかけだったことは間違いない。ラインハルト作戦下の三つの絶滅収容所では一酸化炭素ガスが使われたが、アウシュヴィッツ絶滅収容所では、以後一貫して青酸ガスであるツィクロンBが使われることになる。
 このツィクロンBには、第一次世界大戦からの歴史がある。第一次世界大戦で敗北したドイツが締結したヴェルサイユ講和条約は、ドイツの化学兵器製造を禁止していた。そのため、ドイツ害虫駆除会社(略称デーゲシュ)が設立され、密かに研究が進められる。その結果、青酸を液体にして多孔素材に吸わせ、それを空気に触れさせ気化させることによって殺傷能力を持つ製品が開発されたのだ。当初は害虫駆除が目的であったが、これがツィクロンBになっていく。実際、一九二四年にはテッシュ&シュタベノ社という開発製品販売会社が設立され、ハンブルク汽船会社の船・ドック・倉庫、工場、鉄道貨車などの動物や害虫の駆除に使われていった。
 第二次世界大戦勃発とともにツィクロンBは、ドイツ兵士の制服・下着・兵舎、あるいはまた外国人強制連行労働者たちの収容施設の害虫駆除のため需要が急増した。一九四〇年七月には、テッシュ&シュタベノ社員がアウシュヴィッツにも派遣され、親衛隊員の隊舎の消毒を行っている。
 (芝健介『ホロコースト中公新書、二〇〇八年、203~204)



  • 一時半まで寝坊してしまい、起床後の瞑想もできず。食事はうどん(に加えて素麺)やゴーヤ炒めなど。今日はもともと立川に行こうと思っていた。というのは一昨日出向いた際に靴を買うはずだったところが買えなかったし、異動して(……)に移る(……)さんが教室に来るのは明日が最後だと聞いていたので、餞別も用意しようと考えていたのだ。ところが起きるのが遅くなってしまったし、寝坊のために身体も重くて外出するのが億劫なのでやはりやめようと、そんなことを母親に話すと、菓子類を贈ろうと目論んでいることについて、丁寧すぎるんじゃないと言う。(……)さんが赴任してきたときも贈ったわけだし、共に働いた期間も短いので丁寧すぎると言われればそうだが、だからといってべつに大きな問題はないだろう。こちらとしては特に何のこだわりもなく、ずいぶんはやいけれど去るというので、新転地では正式な教室長として奮闘することにもなるのだろうし、じゃあ餞別の品でもあげるかというだけのことなのだが、そこを母親は、その人のことが気に入ってるんだねとか邪推してくるものだから、こちらとしてはハァ? みたいな気持ちになる。嫌いだったらわざわざ菓子をあげようという気にはならないだろうからもちろん嫌ってはいないけれど、といって特別気に入っているわけでもなく、ただ短期間ではあるが友好的に労働関係を持った同僚としてねぎらいといたわりと感謝を伝達しようというだけの話ではないか。そういう非常に微細な配慮と心遣いこそがこの社会の居心地をわずかばかりなめらかなものにするはずだと思うのだけれど、それを個人的な好みの問題として勘違いされるものだから、その世俗性にはほんのかすかな辟易を覚えないでもない。母親はさらに、ほかの人はあげるのとか、明日の勤務で渡すつもりだと言うと、(ほかの同僚から)見えないようなところで渡すんでしょとか訊いてきて、ここにもとにかく他人の視線を窺わなければ気が済まないという母親の性向が明瞭にあらわれているわけだけれど、この共同体依存はいったい何なの? とわずかな苛立ちを感じないでもなかった。ほかの人はこちらと同様に贈り物をするのかという問いは、他の同僚が何もあげないなかで自分だけあげる必要はないだろうと母親が考えていること、さらに穿って言えばそういう風にひとりだけ周りと違った行動をすることによって共同体内で目立ち浮いてしまうのを母親が恐れていることを示していると推測され、そのように内面化された世間知的道徳を母親はこちらの行動にも当てはめて考えたのだろう。(ほかの同僚から)見えないようなところで渡すんでしょという問いの意味ももちろんおなじことだが、なぜ餞別を贈る程度のことをわざわざ隠れてやらなければならないのかこちらにはまったくわからないし、まるで馬鹿げているとすら思う。母親の観点からするとおそらく、こちらひとりだけが贈り物をしている様子が目撃されることによって、たとえば同僚たちがこちらのことをやたら良い人ぶっていると思ったり、さらにはこちらの振舞いが同僚たちに対して同種の行動を取るように訴える暗黙の圧力(という言葉が強すぎるならば促し)として働いたりするという可能性が懸念材料なのだろうが(ちなみに母親自身はおそらく自分のそうした心理を明確に整理して自認していないと思う)、こちらに言わせればそんなこと俺の知ったことじゃねえという話で、良い人ぶっていると思われようがなんだろうがどうでも良いし、後者の可能性にしたってみんなだいたい二〇年以上は生きている人間なのだから、こちらの行動ひとつでどうこう悩むほど主体性の欠けた人たちでもないだろう。餞別を贈りたければそうすれば良いし、そうでないならそうする必要はなく、こちらはまあ一応何かしらあげるかという気持ちがあるのでそうするというだけの話だ。母親がこのような、他人との調和を装った形でありながらその実たんにとにかく周囲と波風を立てたくないという極めて世俗的な卑屈さを露わにするのみの主体性の欠如(すなわち「出る杭は打たれる」ということわざへの完全な同一化)を示すのはいつものことなのだけれど、正直に言ってこういう態度はまったく阿呆臭いとこちらは思うし、ほんのかすかにではありながらも苛立ちの情を心中に呼び起こしてしまうものだ。その苛立ちというのは、いつでもどこでも他人の判断基準にもたれかからないことには自分の行動ひとつも決められない人間に対する、およそくだらないという軽蔑の気持ちなのだと思う。こういう一種の〈雄々しさ〉が過ぎればそれはそれでまた問題だが、そのような気持ちがこちらのなかにあることは確かだ。
  • 緑茶と八つ橋を持って帰室したあとは、ずいぶんとだらだら過ごしてしまった。長寝したというのに、というかたぶんそのためにかえって身体が疲れているような感じがあって、六時半までベッド上でだらだら休んでしまい、ようやく起き上がると枕に座って瞑想をした。そのあいだも眠気が重ってまどろみのために頭が傾くありさまで、ここまでと目を開ければ体感よりもかなり短く一〇分しか経っていなかったのだけれど、しかしそれでも瞑想をやれば心身の調律はやはりいくらか正確になる。起床後と就寝前の習慣をまずは確立したいところだが、就寝前のほうはけっこうサボってしまいがちだ。
  • 上階に行くとアイロン掛けをして、そのまま食事へ。おにぎりとゴーヤ炒めと焼いた肉にタマネギなどを合わせた料理と、味噌汁に胡瓜とワカメのサラダといったメニュー。新聞を読みつつものを食って自室に帰り、音読が脳にもたらす効果について、日本語ではろくな情報が出てこないので英語で検索してみたのだが、こちらも大して深く掘り下げたページは見つからない。
  • それでまあ良いと払って2019/7/19, Fri.を読む。京都アニメーション放火事件について、「人間という存在が、こういうことが出来るのだということ、人間存在の悪辣さと言うか、黒々としたものを改めて感じさせる。仮に本当に盗作されたのだとしても、こうした事件を起こすまでの巨大な憎悪を募らせることが出来るのだということ、その激しさにはやはりぞっとするようなものを感じる」とのこと。
  • さらに「記憶」および「英語」ノートを少々復読してから運動。二〇分ほどからだを伸ばし動かすだけで肉体は相当になめらかになる。久しぶりに「板のポーズ」すなわちプランクも行った。
  • 日記にメモしておいた記事を整理したあと、やはりメモしてあった「偽日記@はてなブログ」二〇〇八年一〇月二五日付の記事を読む。古谷利裕・樫村晴香保坂和志でのトークイベントの記録。

ニーチェの生きた時代においては、記述は常に現実そのもの(世界そのもの)よりも貧しく、縮減されたものでしかなかったのだが(だからこそニーチェは因果関係や能動性を批判できたのだが)、ここ、2、30年の爆発的な科学とテクノロジー(と、あと多分資本主義)の発展によってその関係が反転してしまって、より密度と領域が増大した記述によって世界が梱包され、むしろ「記述のなかに世界が含まれる」というのがリアルの感触となって、あらゆるものごとが記述のもとに晒され(ということはつまり「無意識」が記述の形になって外部化されて露わになるということだと思うのだが)、そうなると転移というものが発動しなくなり、能動性という感覚が(リアルに)不能になってしまうので、そのような時代に一体「芸術」になにができるのかというシリアスな感情を(ニーチェの話で終わる)保坂さんの本を読んで感じた、という樫村さんの話(……)

     *

そこでぼくは、それは、転移と能動性(および自由意思)が失われた後にも残るであろう「外傷」をどのように処理すれば良いのかというような話ですか、と聞いてみたのだが、樫村さんは、その時に外傷は、いわゆる神経症的な外傷ではなくなって、「世界全体が(世界そのものが)外傷となる」だろうということを言って、ぼくはその言い方に感覚的にすごく納得がいって、だとすれば、樫村さんの言う、記述によって世界が梱包されてしまうような世界のありようは、決して悲観敵なものではなく、むしろ非常に楽しげな、魅惑的なものとも思われる(しかしこの楽しさの裏には、常に分裂病的な、切迫した刺々しさが貼り付いているのだが)。さらに言えば、樫村さんのこのような世界のイメージは(イメージという言い方は的確ではないと、樫村さんなら言うだろうが)、世界そのものの客観的な記述であると同時に、樫村晴香という人を表現するものでもあるように思えた。

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まずフアン・ルルフォの《そこへ子供たちの叫び声が飛び交い、暮れなずむ空の中で青く染まっていくように感じられた》という一節から。この感じに近いのがコスタリカの風景で、そこでは、太平洋と大西洋の両方から風がやってくるので雲の流れが複雑で、光がとても美しく、色彩が実在としてそこにあるように感じられる。この感じを文学として捉えているのがエミリー・ディキンソンで、彼女の詩には、比喩や表象としてではなく、色と言葉(文字)が同格のものとしてあらわれ、しかもそれがいきなり世界のなかから直接的に発見される(このあたりの話は、打ち上げの時に樫村さんからもう少し詳しく聞いたのだが、今、手元にディキンソンのテキストがないので、これ以上は突っ込んで書けないのだが、例えば《世界が落ちていた》と書かれる時、「世界」は表象ではなく、まさに「世界」という文字が、直接世界のなかに落ちていて、それが私によって初めて発見される)。この感触は紫式部にもあり、女性作家から感じられることが多いヒステリー的な感触と結びつく。(……)

     *

最後にレリス。《今朝、セマリンが自分のために小さなオウムを買った。》《昼間、ティエモロがセマリンに向かって、彼のオウムは大きくならないだろうし、それを買ったのは金を盗まれたようなものだと言ったものだから、セマリンは今にも泣き出しそうだった。》まず、アフリカでは、光が強く、あらゆるものが直接的で強烈に見えるので、風景というものが成立しにくい。そこで恒常的な風景ではなく、ここで書かれているような鳥のような、小さな対象関係を成立させる「もの」によって主体が一時的に担保される。日本は、あらかじめ最悪の結果が先取りされているようなニヒリズムの文化なので別だが、ヨーロッパでも、女性はちょっとお金があるとすぐに洋服を買い、そしてその買ったものが他人から否定されると、自分自身が否定されたかのように無制限に落ち込む。しかしまたすぐに次の洋服を買うので、その落ち込みはすぐ回復される。そこには男性が、権威を象徴するものとしてナイフや車を購入するのとはまったく異なったモノと主体との関係がある。一定の恒常性をもつ権威や真理や法といった大他者から見られること(超越性)を指向する男性的主体とことなり、女性的主体は目の前にいる他者との関係(目の前にいる他者との関係を表象するモノ---洋服や携帯電話や言葉を返して来るオウム)によって主体をたちあげる。だから、その他者(との関係を表象するモノ)がうまく行かないと主体は破壊されるのだが、そのかわりに次の他者(との関係を表象するモノ)がすぐにやってくる。
そこでぼくは、以前樫村さんから聞いた話---タイにはゲイが多いけど、そこにはグラデーションがあり、どこまで本気でゲイなのか分からない、たんに女性的なイメージと同一化しているだけみたいな人も多い---を思いだして、その女性的な主体の話と関係があるのかということを質問したら、樫村さんは、現代のような、(マッチョな)転移と能動性が困難な時代においては、(一定の恒常性がある)超越的な法や想像的な他者からの視線を意識して組織される主体よりも、ただ、目の前にいる他者(の視線)だけに向かってサーヴィスするという形で主体をたちあげた方が、世界からより多くの快楽を引き出し得る、ということなんじゃないかと答えた。

  • ブログを読むあいだはFISHMANS "感謝(驚)"(『ORANGE』: #7)をまたリピートしていた。永遠に聞いていられる。そうして入浴へ。湯に浸かりながら詩片をちょっと思いつく。頭を洗ったあと、排水溝の網蓋の毛を取り除いて掃除をしておいた。部屋にもどると詩片を日記にメモしておき、ウェブにいくらか遊んだあとに今日のことを記述すればもう日付も変わって零時一八分を迎えている。
  • 歯磨きをするついでにゴルフボールを踏みつつ書見。清岡卓行編『金子光晴詩集』(岩波文庫、一九九一年)である。口をゆすいでくるとそのままベッドの臥位に移行して読書を続ける。途中、なぜか眠気がかなり重って意識が閉ざされそうになったので、いったん本を置いてしばらく瞑目した。瞬間的な現世からの喪失と復活を繰り返して二〇分ほど休んだのちに書見に復帰し、一時半まで。
  • カップヌードルと胡瓜の味噌添えを用意してきて、食いながらちょっと文の練習をした。前々から考えている小説あるいは散文詩的なものの文体を探って、以下のような一節をこしらえた。一応こんな感じの形式でひとつ書こうと思っているのだけれど、しかしこれやってもべつに面白くないような気もしてなんかなあ、という感じもある。

 せみのこえがじゅうじゅういって くうきのなかにぎゅっとつまって みちのうえは林のかげで青くて白い 午後 かげは水 のようにひろがってうごかないし いしのかべもかげをかぶっていて 風がながれて葉っぱがゆれても かべのひょうめんはふるえない 葉っぱのかげはかべのかげのなか みえないところでゆらゆらしている みちのむこうで ひなたが白いオレンジ色をしいている

  • その後、Amazon Musicを「Live At The Village Vanguard」というワードで検索して音源を見分しつつ、立川図書館で借りてきたCDをインポート。なかにJudy Garland『Judy At Carnegie Hall』という音源があり、Judy Garlandといえば"Over The Rainbow"でもちろんこのコンサートでも取り上げられているのだが、こちらはRichie Blackmoreが率いるハードロックバンドのRainbowのほうを思い出してしまい、というか正確には『On Stage』の冒頭で流れる"we must be over the rainbow! ..."というあの少女の声(『オズの魔法使い』から取ってきたもので、まさしくドロシーを演じたJudy Garlandのもののはずだ)を思い出してしまったので、そういうわけで『On Stage』を聞きながら書抜きと新聞写しをした。『On Stage』は#2のメドレー中の"Blues"が良い。Blackmoreは粘っているし、キーボードもうまくやっており、Cozy Powellも普段のパワープレイと違ってそれらしく叩いている。書抜きは石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、新聞のほうは六月二三日のもので、これ以前の新聞は読みながらまだ写しておくべき箇所をチェックしていないころのもので、あらためて読み直して情報を拾い上げるのが面倒臭いので写さないことにした。また写した内容も日記本文のなかに加えると一年後の読み返しが大変になるので、本の書抜きとおなじ扱いで記事の下部に記しておくこととし、それをべつのノートにペーストしてさらに検索用に非公開のブログに投稿しておく。ブログでいえばもうひとつ非公開のものを作って、やはり検索用兼バックアップとして日記もそこに集積しておこうと思っている。
  • その後今日のことを書き足して、六月二四日もすこしだけ書くと四時四〇分に至り、音楽を聞いてから眠ることにした。まずFISHMANS, "感謝(驚)"(『ORANGE』: #7)、つまりスタジオ版。最高。緊密。バックのアンサンブルの結合と交錯のこの上ない調和は理解できる。しかしここに佐藤伸治の歌が乗ってしまえることがあまりすんなり理解できない。たぶん誰の耳にも明白だと思うのだけれど、正直佐藤伸治って歌はうまくないというか、声色にしても技術にしても彼よりいかにも歌らしくうまく歌える人は腐るほどいるわけで、彼は通常の「うまい」歌唱とはまるでべつの道をふらふら行っている変異種に属していると思うのだけれど、ところがすくなくともこの曲の場合、それがなんの欠如にもなっておらず、むしろスマートにうまいボーカルが乗ってもおそらくここまですばらしいことにはならないと思われて、そういうことが起こってしまうのは不思議なことだ。
  • 次に、『Oh! Mountain』のほうの音源も。スタジオ版とおなじく緊密なことこの上ないが、しかし同時にこちらでは風通しの良さの感覚も強い。ライブであることと音像の問題だろうか。それにしても、前々から繰り返し書きつけているけれど、この音源のBメロのギターと間奏のベースはとにかくすごく、ショットガン的なギターのカッティングもすばらしいが、とりわけこのとき間奏を聞いているあいだには、これちょっととんでもなくないか? たとえばJames JamersonとかChuck Raineyとか、あのへんのレジェンドの域に普通に到達しているんじゃないか? と思って感動し、思わず二回続けて聞いた。二回目は興奮がいくらか収まってわりと冷静になっていたので、James Jamersonとかはさすがに大げさに言い過ぎだったかなと思ったのだけれど、それでも最高にすばらしいことは疑いない。とにかく最高。もっとも高い。
  • 二曲聞いて五時を回ったのでベッドに移って瞑想後、就寝。
  • 清岡卓行編『金子光晴詩集』(岩波文庫、一九九一年)、152: 「おどけ鏡のやうに伸びちゞみする水のなかで」: 「おどけ鏡」: 初見。珍しい。
  • 154: 「馬来人」: マレー人のこと。
  • 155: 「鸞輿のやうに飾った暹羅[しゃむ]の女たち」: 「鸞輿」: 初見。天子の乗る輿という。「鸞」は中国の伝説上の霊鳥。同時に天子の旗などにつけた鈴も意味し、それは音を鸞鳥の声に擬したものらしい。
  • 157: 「ニッケル色のマラッカ海峡の水」: 「ニッケル色」: 欲しい。
  • 165: 「俺は、この傷心の大地球を七度槌をもって破壊しても腹が癒えないのだ」: 良い。
  • 172: 「水腫のあま皮をはがす剃刀のやうな/鋭利なあさあけ」: 良い。


・読み書き
 19:44 - 20:15 = 31分(日記)
 20:16 - 20:40 = 24分(記憶 / 英語)
 21:14 - 21:26 = 12分(ブログ)
 22:57 - 24:19 = 1時間22分(作文: 2020/8/20, Thu.)
 24:20 - 25:29 = 1時間9分(金子: 140 - 178)
 25:40 - 26:00 = 20分(練習)
 26:39 - 27:35 = 56分(バルト / 新聞写し)
 27:53 - 28:41 = 48分(作文: 2020/8/20, Thu. / 2020/6/24, Wed.)
 計: 5時間42分

・音楽
 28:41 - 29:03 = 22分(FISHMANS

  • スピッツ『フェイクファー』
  • Mr. Children『Q』(#1 - #7)
  • FISHMANS, "感謝(驚)"(『ORANGE』: #7)
  • Rainbow『On Stage』
  • FISHMANS, "感謝(驚)"(『ORANGE』: #7)
  • FISHMANS, "感謝(驚)"(『Oh! Mountain』: #8)