(……)私には決まった仕事は与えられなかった。私は化学者としては宙ぶらりんのまま、完全な疎外状態(当時はこの言葉は使われていなかったが)にあって、私を毒していた思い出を何ページも乱雑に書き散らし、同僚たちは私をひそかに無害の頭のおかしい人物とみなしていた。本は計画も手法もないまま、私の手の中でほとんど自発的に成長していた。それは白蟻の巣のようにもつれあい、込みあっていた。(……)
(プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳『周期律――元素追想』(工作舎、一九九二年)、235; 「12 クロム」)
- 一一時三五分起床。晴天。しかしもう一月も終盤にかかっているから、陽射しにさほど熱さや厚みはない。一一時三八分から二四分間瞑想。なかなか良い心身の総合具合だった。わずか五秒間だけであっても、きちんと停まれると良い感じになる。
- 上階に上がり、うがいなどをしてから炒飯もしくはピラフの類で食事。新聞からは文化面を読んだ。磯田道史の「古今をちこち」。松永久秀が東大寺大仏焼失の犯人と断定され、歴史上まれに見る極悪人と評価されたのは、彼が奈良の寺社や富裕層から税をめちゃくちゃ取り立てまくって嫌われていたのがひとつの原因だろうという話。その下には、河井弥八という政治家の日記の戦後篇出版が全五巻で完結したとの報。この人は戦前は侍従次長、戦後は参院議長などをつとめた人で、昭和天皇との関係もあつかったらしい。一九〇〇年くらいから死の年である一九六〇年までずっと日記をつけていたよう。色々内幕とか裏事情とかが記されているようだ。
- 皿と風呂を洗うと帰室。(……)夫妻から日曜日に(……)で会わないかと誘われているのだが、感染の状況が気になるところではある。直前まで数字を見て、多少落ち着くようだったら、一緒に電気屋に行って小型ストーブを見るのも良いかもしれない。あと、どうせ(……)に行くなら図書館もちょっと見たいが、いまはひらいているのだろうか。と思ってホームページを見てみたところ、通常の時間でやっているようだ。
- コンピューターでNotionを準備しておくと、今日もまずゴルフボールを踏みながら書見をした。ハーマン・メルヴィル/千石英世訳『白鯨 モービィ・ディック 下』(講談社文芸文庫、二〇〇〇年)。足裏が柔らかくなるとベッドに寝転んで脹脛もほぐし、そうして読了した。こまかいメモなどはのちにゆずるが、終盤はなかなかすばらしかった。それまで、こいつ本当に全然物語にしようとしないなと思いながら読み進めていたのだけれど、白鯨との闘いが迫るにつれてだんだんとふさわしい雰囲気が立ち籠めはじめ、三日に及ぶ追跡に入ってからは、物語的というよりはかなり劇的で(イシュメールにせよエイハブにせよ、まさしく、これは「劇」だ「芝居」だという自己言及を何度か口にしている)、エイハブの台詞回しなどすばらしかった。全体に、勢いと狂熱とが緊密に表現され、強く放出するような筆致になっていると感じる。とりわけやはり戯曲ではなく小説なので、描写があるのが良いところで、鯨が海中から飛び上がったときの水飛沫が刻々と変化していく記述とか、めちゃくちゃ凝っている磨かれているというわけではないとしても、実にまざまざとした具体性を湛えており、すばらしかった。やはりこちらはどうしても描写が好きである。描写というのは、生き物や事物の状態や動きの推移を、ひとつひとつ、比較的こまかく区分してとらえ、さまざまな技術を駆使しながらそれを言語のつらなりでもって表象する記述、ということだ。小説を読みはじめて最初に快楽を感じてよく書き抜いていたのは風景の描写だったし、自分の日記でもずっとそれを続けている。
- 終盤の劇的な展開と、序盤のイシュメールの一人称物語と、海に出て以降の百科事典的な脱中心化された記述とのあいだで、やや調和が薄く、つながりがなめらかでないという感じ方もありうると思う。そういう点で、形としてはやはりちょっといびつな感じを受けないでもない。終盤は、正確にいつからか同定していないが、気がつけばいつの間にかイシュメールの姿が、語り手としても消え去っていて、つまり彼は「おれ」という一人称をまったく使わなくなり、その地位はエイハブらほかの登場人物を三人称でひたすら語りつづける匿名の役割へと転換している。それ以降、イシュメールの姿が多少なりともあらわになるのは、こちらが気づいた範囲では603から605にかけて差し挟まれる、熟練の捕鯨家の持つ超能力的な勘や洞察力についての註釈のみである。イシュメールも白鯨との闘いの渦中に参加していたにもかかわらず、みずからが語るその場面においては彼は自分を彼自身として提示しておらず、ボートからはじき出された名もない漕ぎ手のひとりとして語っていて、最後のエピローグで、実はあれがおれだったのだと明かす仕掛けになっている。一番はじめではイシュメールの物語としてはじまったはずの作品は、鯨学の試みなど捕鯨にまつわるもろもろの知の集積をあいだにはさんで、最後はエイハブやピークオッド号による悲劇の上演で終わっている。
- 二時過ぎに読了した。そのまま今度は、飯吉光夫編・訳『パウル・ツェラン詩文集』(白水社、二〇一二年)を読みはじめた。というのも、もう少し脚をほぐしたかったからで、ベッド上に辞書を使って本をひらいたままで置けば、合蹠をして股関節や太腿を伸ばしながら書見をすることができる。この飯吉光夫訳は目次を見てみただけでも、「沈黙からの証しだて」とか「息のめぐらし」とかタイトルからしてすばらしい言葉が散見される。冒頭に収録されている「死のフーガ」は著名な詩のはずだ。原文がどうなっているのかわからないが、読点や句点をまったくはさまずに一行のなかに小さな文をいくつかつらねる方式はうまく行っているように思う。その小単位がいくらか組み替えられながら反復的に展開していく作品で、つまりこれがフーガということなのだろう。
- 二時半で切って洗濯物の始末へ。タオルなどたたんで運んでおく。そうしてピラフの余りを温め、ごく小さなカップヌードルも用意して下階に帰り、それらを食ったあと今日のことをここまで記した。もう四時が間近い。今日は五時には出なければならない。そして帰宅したあとはWoolf会である。
- いまもう二三日に至っているので、こまかなことは忘れた。勤務中のことを記したい。と言ってそれもさほどおぼえていないし、大きく印象深いこともなかったと思う。(……)
- 帰路のことも忘れた。Woolf会については長くなる気がするので、明日以降にしよう。話題としては、六〇年代七〇年代あたりの先鋭的な合唱曲について、精神の不調とそれに対する対抗策について、小説について、など。
- 本篇にかんしては、こちらの担当箇所については前日の記事に記したので良いだろう。その前の段落の後半、(……)くんの担当箇所では、Lily Briscoeの"I'm in love with you"、"I'm in love with this all"を、「心酔している」と訳していたのが良かった。岩波文庫の「このすべてに恋している」の直截さも捨てがたいが。
- たしか(……)くんが沖縄のヒップホップの人を紹介したり、黒人霊歌のカバーらしきものを紹介したり、それをサンプリングしてKendrick Lamarがラップしている音源を紹介したりしたところからだったと思うが、合唱とか高校のときの合唱祭の話になった。黒人霊歌のカバーらしきものというのは、Tommy Butler "Prison Song"というもの。『The "Selma" Album: A Musical Tribute To Dr. Martin Luther King, Jr.』(https://music.amazon.co.jp/albums/B00LSSKV3O(https://music.amazon.co.jp/albums/B00LSSKV3O))というアルバムの二二曲目に入っている。だからたぶん公民権運動の時代に多く歌われたのではないか。ここで歌っているのはCarlton Williamsという人のようだ。(……)くんが画面共有して流したその曲が終わってはじまった次の曲も、その冒頭からしてめちゃくちゃにご機嫌な感じだったのだが、それはErnie Banks, "Higher"というやつだった。で、"Prison Song"をサンプリングしている曲というのは、Futureというラッパーの"Mask Off (Remix)"というやつ(https://www.youtube.com/watch?v=W6EPs8FYk3M&ab_channel=eijin(https://www.youtube.com/watch?v=W6EPs8FYk3M&ab_channel=eijin))で、Kendrick Lamarがフィーチャリングされているのだけれど、彼のラップがクソすごかった。
- そこからつながったのだったか、このあたりの話題の順序は忘れたが、こちらが高校のときに合唱祭で黒人霊歌をやったという話をした。二年のときにやったのが"Soon I Will Be Done With The Troubles Of The World"というやつで、これはどうも同名でソウル方面の人とかが曲をつくっているようで、こちらが歌ったのと違う感じの音源もいくつもあって、Carla BleyとSteve Swallowがやったりもしているのだけれど、合唱曲の音源としてはたとえばこれ(https://www.youtube.com/watch?v=gyVjlaeHGlA&feature=youtu.be&ab_channel=TMCChorale(https://www.youtube.com/watch?v=gyVjlaeHGlA&feature=youtu.be&ab_channel=TMCChorale))が出てくる。このめちゃくちゃヘヴィで、辛気臭く、単純な嘆きの強さに満ち満ちており、沈鬱極まりない黒人霊歌を、なぜか日本の高校二年生が歌い、その年は三年の連中をおさえて合唱祭で総合三位を勝ち取ったのだった。ほかにはこれ(https://www.youtube.com/watch?v=hAdKGzzRzTQ&ab_channel=AngelCityChorale(https://www.youtube.com/watch?v=hAdKGzzRzTQ&ab_channel=AngelCityChorale))やこれ(https://www.youtube.com/watch?v=j7Ip1M00gOA&feature=youtu.be&ab_channel=CENTRALISLIPCONCERTCHOIR%26SHOWCHOIR(https://www.youtube.com/watch?v=j7Ip1M00gOA&feature=youtu.be&ab_channel=CENTRALISLIPCONCERTCHOIR%26SHOWCHOIR))が出てくる。二番目の音源が、こちらが高校のときにやったテンポとリズムのつけ方、言葉の切り方に近い。この曲はやはり"soon ah will be done a with the..."というリフレインを歯切れよく切ってビートを出したほうが良いのではないかと思う。三つ目の音源は最初、非常にスローではじまっており、終盤でも一度スローにもどっていてこれはこれで良い。
- 三年のときに歌ったのは"The Battle of Jericho"で、YouTubeで検索すると一番上にこれ(https://www.youtube.com/watch?v=pIIX0oCDAs0&ab_channel=TheTabernacleChoiratTempleSquare(https://www.youtube.com/watch?v=pIIX0oCDAs0&ab_channel=TheTabernacleChoiratTempleSquare))が出てきたが、この合唱は正直、たぶんめちゃくちゃすごいほうのパフォーマンスなのではないか? こちらが高校のときにやったのはこんなに複雑なアレンジではなかった。Mahalia Jacksonも歌っている(https://www.youtube.com/watch?v=gPZuWzZvoYQ&ab_channel=Emeless(https://www.youtube.com/watch?v=gPZuWzZvoYQ&ab_channel=Emeless))(この司会の男性はNat King Coleだ!)。で、その当時はむろん知らなかったが、この曲はジャズの方面ではColeman Hawkinsが『Hawkins! Alive! At The Village Gate』でやっているのがおそらく有名なのだと思う(https://www.youtube.com/watch?v=Ylf7s2_tOxo&ab_channel=topsytimes(https://www.youtube.com/watch?v=Ylf7s2_tOxo&ab_channel=topsytimes))。このアルバムってたしかPaul Bleyがピアノで変なことやっているやつではなかったか? と思ったが、そうではなく、それはSonny Rollinsと共演した『Sonny Meets Hawk』だった。Coleman Hawkinsという名前と一緒に、Paul Bleyと、Henry Grimesという名まで並んでいるのはすごい。Village GateのほうはピアノはTommy Flanaganで、ベースがMajor Holleyだが、左に寄っているベースの音があまりに太くてビビる。Major Holleyというのはたしかかなり古いほうの人で、ソロのときに自分が奏でるメロディを一緒に歌うスタイルで有名だったはずだ。
- 三年のときはパワーが足りなかったのか、たしかこの年も総合三位に終わったように記憶している。一位が三年A組がやった"44わのべにすずめ"で、過去にも記したことがあるけれどこのパフォーマンスはこれは優勝するわという感じの文句のないもので、この合唱を聞けただけで合唱祭に来た価値があったと当時のこちらは思った。この合唱曲はプログレッシヴ合唱曲という感じのもので面白い。検索するとこれ(https://www.youtube.com/watch?v=AGIveZgVsjc&ab_channel=都留文科大学合唱団(https://www.youtube.com/watch?v=AGIveZgVsjc&ab_channel=%E9%83%BD%E7%95%99%E6%96%87%E7%A7%91%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%90%88%E5%94%B1%E5%9B%A3))が一番最初に出てくる。よく高校の合唱祭でこんなものをやろうと思ったなと思う。どこから見つけてきたのだろう? 木下牧子という人が作曲したらしい。この人は大岡信とか池澤夏樹とか谷川俊太郎とか北園克衛とか、現代詩のひとびとの詩に色々曲をつけている。
- 思い返してみると、我が高校の合唱祭は、パフォーマンスの質はともかくとしても、曲の選択にかんしてはなかなかレベルが高かったような気がする。"44わのべにすずめ"は、三年A組に(……)という、音楽部(すなわち合唱部)の、たぶん部長だったひとが属していたので、おそらく彼がやりたいと言って持ってきたのではないか。当然練習も彼が主導してすすめたわけだが、よくもまあこんな曲を、音楽に興味のある人間がさほど集まっているわけではない高校の一クラスにおいて、有象無象どもを束ねてあれだけの質に持っていったなといまになっておどろく。あと、課題曲も三年ともけっこう良くて、一年のときはたしか"野ばら"だったはずだし、二年のときはElvis Presleyの"Can't Help Falling In Love"だった。三年のときの課題曲が全然知らないやつで、やたら難しくて、この年はどのクラスも課題曲はうまく行っていなかったおぼえがある。あれを同定し、もう一度聞きたくてこのWoolf会で話しているあいだに探したのだが、タイトルも思い出せないし、たぶん普通取り上げないマイナーなやつだったのだろう、検索しても全然それらしいものに行き当たらなかった。たしか、荒野のなかで一軒の家に灯がともっているみたいな、そういうタイトルか、あるいは歌詞のなかにそういう内容がふくまれていた気がするのだが。で、そういう風に課題曲が通り一遍でなかったのは、おそらくは音楽の教師だった(……)という先生のセンスだったのだろう。(……)くんや(……)さんのほうはと言えば、アンジェラ・アキを歌わされたとか森山直太朗だったとかいうことなので、それらよりはたしかに我が校の課題曲は面白く、やりがいのあるものだった。
- (……)さんは合唱祭でアンジェラ・アキを歌わなければならなかったことが本当に嫌だったらしく、ヒットしたJ-POPを合唱にして学校でやるようになってから、合唱がおかしくなったというか、つまらなくなったと熱をこめて話していた。彼女は六〇年代七〇年代あたりの、前衛的と言って良いだろう合唱曲が好きらしく、林光とか三善晃という名前が上がったが、上述の木下牧子もたぶんその流れにあたるのだろう。その時代というのはたしかに、現代音楽のほうで活動している作曲家が現代詩に曲をつけていた頃で、林光は原民喜の「原爆小景」を合唱にしていることでたぶん有名なのだと思うし、岩田宏の「動物の受難」も取り上げている。たしか現代詩文庫の「動物の受難」のところにそのことが触れられていて、こちらはそれで林光という名を認識したおぼえがあるのだが、正確な記憶ではない。そのあたりのプログレッシヴ合唱曲と呼ぶべき音楽たちにはこちらもわりと興味がある。このとき(……)さんが紹介していたのはこの音源(https://www.youtube.com/watch?v=Ba4VCTXBhMM&ab_channel=tateshin1(https://www.youtube.com/watch?v=Ba4VCTXBhMM&ab_channel=tateshin1))で、三善晃の「三つの叙情」という組曲のひとつ、"北の海"というものだが、開始のピアノからしてもうあきらかにそちら方面のフレーズだし、よく合唱でこんなことやろうと思ったなと思う。いま現代ジャズの最先端で活動しているひとびとだって、あまりこんなことやろうとはしないぞ、という感じ。だいたい、この高度におどろおどろしい曲と詞のどこに「叙情」があるというのか。(……)くんはストラヴィンスキーみたいだと言っていたが、こちらはバルトークを合唱にしてしまったみたいな印象を持った。しかしバルトークなどきちんと聞いたことは一度もない。この三善晃というひとはやはり近代詩現代詩を色々取り上げているのだが、Wikipediaを見るとそのなかに、後藤明生という名前がふくまれているのにちょっとビビる。後藤明生を合唱曲にしようという人間がこの世に存在するとは。一九九二年の「あさくら讃歌」である。これで検索すると、福岡県立朝倉高校同窓会のページが引っかかり、そこ(http://www.itigen.net/01-jinnmyaku-gotou/01-2-jinnmyaku.html#name1(http://www.itigen.net/01-jinnmyaku-gotou/01-2-jinnmyaku.html#name1))には、「朝倉の地で詠まれた万葉の詩のほか、皇后陛下が皇太子殿下誕生のおりに作曲された「おもひ子」(宮崎湖処子の詩)や朝倉橘広庭宮ゆかりの謡曲「綾の鼓」などが織りこまれた合唱組曲「あさくら讃歌」は、混声合唱組曲のための八篇の詩として後藤明生が作詞しました」という説明がある。つまり、後藤明生が詩を書いていたのだ! 後藤明生が、詩を書く! 驚愕の事実ではないか?
- あと、おのおのの精神の不調体験について話されたりもしたが、面倒臭くなってきたのでこれについては省く。ただ(……)さんにせよ(……)くんにせよ、難儀な時期を通過してきたのだなあという印象。こちら自身もそうだが。(……)さんは最近は体調がだいぶ良くなったと言うが、それでも音楽が聞けないとか映画が見られないとかいう状態があるらしく、それはやはりストレスとか負担とかがあって精神が圧迫されているということなのではないかと思ったので、自分が嫌だとかストレスだとか感じることを言葉として書き出し、客観化して距離をはさんで受け止めるようにすると良いですよと定番のアドバイスをして、いくらかお節介をかけておいた。あとは人間、生きていると、まったく動かないという瞬間が普通なくて、常に行為や行動に追われているような感じだから、たぶんそれも実はけっこう人にとって負担になっているのだと思う、と話し、瞑想っていうのはこちらの体感的理解では要するに、ただ何もしないということ、からだをまったく動かさずに停止し、能動性を消失させるということだと述べた。能動性を消失させようという能動性が残るではないかという、ややこしいけれどありがちな問題についてはいまは措くが、基本的なコツとしては、ただまったく動かずじっとしていると、それに尽きると思っている。わからん、もしかしたらその前にいわゆるサティの技法による観察力向上の訓練が必要なのかもしれないが。ともあれ、まったく動かずじっとしていると、なぜなのかわからないがからだの感覚が勝手にまとまってくるわけである。ヨガでいう死者のポーズもしくは死体のポーズもそれとおなじことで、これは仰向けの姿勢でただじっとしているだけのことだと紹介した。いずれにしても、たぶん人には、とりわけ現代の人には不動性が足りない。ひとびとは動きすぎている。
- あとは小説について。(……)くんと(……)さんは小説を書いて発表し、講評しあうというグループに属しているらしい。ほか、(……)さん、(……)さん、(……)さんなど、こちらが知っているひとたちも参加しているようだ。字数は八〇〇〇字だか一万字だかそのくらいだと言うので、けっこう大変である。それで(……)くんが書いた小説というか小説を目指した文書みたいなものをこちらももらった。(……)さんもひとまず書きはしたものの、(……)くんが発表したのを読んで、これに比べたら自分の文なんてとても小説とは言えないただの作文だ、恥ずかしい、とおののき、発表して他人に読んでもらう勇気を失ったらしい。書いていると説明になってしまう、なんか論文みたいな感じになってしまう、と彼女は言っていたのだが、しかしその実、あとで冒頭をちょっと読んでもらって聞いたところ、普通に小説作品として何の問題もない立ち上がり方をしていて、なんだったら、怒られた少女(だったか?)が怒ってくるシスターの「右側にひろがる何もない空間を見つめ」、みたいな感じで、二者のやりとりの記述のなかにちょっとした具体性も差しこまれていたので、いや全然大丈夫ですよ、これは小説ですよ、ちゃんと描写になってますよと(……)くんと二人で励ました。(……)くんはちょっとフラナリー・オコナーみたいだと思いましたと言って、たぶんちくま文庫の全短篇からだと思うが、そしておそらくその上巻の二篇目に収録されている作品の冒頭だったのではないかと思うが、画像を貼って紹介していた。フラナリー・オコナーも、また読み返したいものだ。今度は英語で読んでも良いだろう。ただ正直、なぜか電子データで読む気にはあまりならないのだよなあ。Kindleか何かを買ったほうが莫大な量の作品を自由にもとめられるし、Woolfの文章などもたしか全部ほぼタダで手に入るのだったような気がするが。なぜかわからないが電子書籍を読もうという気が起こらない。パソコンでPDFなどを読むのもあまり得意ではない。やはり紙よりも目が疲れるということなのだろうか。