2021/3/10, Wed.

 彼は、「法」および/または「暴力」の名のもとに表明されるのではない言述をなそうと努めている。言行為が、政治的にも宗教的にも学術的にもなることなく、そうした言表すべてのいわゆる残滓や補足でありたいと望んでいるのだ。このような言述をなんと言えばよいのだろうか。おそらくは〈エロティックなもの〉であろう。悦楽にかかわっているからである。あるいは、たぶん〈美的なもの〉でもあるのだろう。この古めかしいカテゴリーに、軽いねじれをすこしずつあたえるつもりでいるならば、であるが。そのねじれが、言述を、退行的で理想主義的な基層から遠ざけて、身体や漂流に近づけてゆくことになるだろう。
 (石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、115; 「美的な言述(Le discours esthétique)」)



  • 一〇時頃覚めたのだが、すぐに起き上がれず、一一時前。覚醒してカーテンを開けると、射しこんでくる陽射しがかなり強力で、熱かった。こんなに熱いのは今年はじめて。それを浴びながらこめかみや眼窩を揉んでいたが、起き上がったあと、髪の奥に汗の感覚がほんのすこしだけ感じられるくらいだった。最高気温は一九度らしい。
  • いつもどおり水場に行って、うがいなどしてきてから瞑想。今日は一四分でゆるくおさめた。昨日、マジで能動性を解体しつつあるかもしれないなどと書いたのだけれど、能動性はともかくとしても、でもまだやっぱり精神が張っているというか固い感じはあるなと思ったので、あまり根を詰めずにゆったりやろうと思い直したのだった。能動性の解体とかどうでも良い。根が真面目で優等生の性分なので、油断するときちんとがんばろうとしてしまう。精神や意識が張ると疲れるので、もっと疲れずにリラックスしてやれるほうが良い。イメージとしてはまさに起きながら眠っているという感じ。もっと眠っている感じを得たい。眠るのには意志も能動性も何もいらないから。瞑想というよりも、心身を休ませる時間としてとらえたほうが良い。
  • 一一時一三分まで座って上階へ。母親に挨拶。ジャージに着替える。屈伸や開脚をすこしやってから食事。白米に、牛肉とゴボウのしぐれ煮と、煮込みうどん。新聞は文化面を読む。三木武夫の秘書がつけていたメモもしくは備忘録が出版されたと。七四年に田中角栄がしりぞいてから「クリーン」な政治を訴えて首相に就いた三木だが、七六年に退陣したあとは、政治資金を集めるのに難儀し、クリーン、クリーンって言ってちゃ金もどうにもならないな、みたいなことを漏らしていたという。そこに政治の世界の現実が垣間見え、また、いままであまり知られてこなかった小派閥の動向もわかるという評言。
  • 皿を洗い、風呂も洗う。洗面所で支度をする母親は、仕事のことをなんとか愚痴っている。出るとなんとなく三ツ矢サイダーを飲みたくなり、ボトルとコップを持って自室へ。Notionを準備。サイダーは一杯で満足した。またあとで飲むことにして、正午過ぎからさっそく音読をはじめる。「記憶」。Sumit Paul-Choudhuryの"Tomorrow's Gods"。三〇分ほど。それからベッドに移って脹脛とか太ももとかをやわらげながら書見。ウィリアム・フォークナ―/藤平育子訳『アブサロム、アブサロム!(上)』(岩波文庫、二〇一一年)。Ⅴ章に入った。ローザ・コールドフィールドの執拗な語りにもどる。文がやはり長く、句点がなかなかやって来ず読点で息を継ぎつつ、括弧での補足もかなり頻繁になされるし、そこにダッシュによる挿入もくわわってきて、読むのにはなかなか骨が折れる。ローザ・コールドフィールドは詩をものしてきたという設定なのだが(この町の「桂冠詩人」とかどこかに書かれていたはず)、それにふさわしくというか、しばしば曖昧な物言いとか、抽象的かつ文学的なイメージを弄するような表現を使っていて、何を言っているのかよくわからないところもあった。それにしても、この上巻はここまでほぼずっとミスター・コンプソンかローザ・コールドフィールドが語る声の世界になっており、その声が語られている現在のこととか、その空間のこととかはほとんど触れられていない。つまり、現在時の物語がいまのところまったくない。下巻になるとローザがクエンティンをともなってサトペン家に出向くらしいので、たぶんそこで物語が動くのだと思うが、それにしてもよくこんなに回想的な語りだけでやったな、と思う。上巻はほぼ全部がそうなのだ。
  • 調身を三〇分。三時直前からこの日のことを記述。三時二二分で切り。もう出勤しなくてはならなかった。たぶん調身のあとに何か食ったはずだが、忘れた。スーツに着替え、身支度を済ませて出勤路へ。風があって、それが肌をこする感触が意外と冷え冷えとするようだった。肌寒さに、首もとが頼りなく感じられたのだ。空はわりと曇っていたはず。陽の色を明確に見たおぼえがない。いや、曇ってはいなかった。坂を上りきったところで、空が青くひらいていたはずだし、(……)に移ってからも、ずいぶんと澄んで雲の一滴もない、あまり色が濃くなくて透明感の強い水色の充溢を小学校やその裏山の上に見た。駅前に出て職場に向かう途中も、空に描かれたようになっているマンションの高みで、ベランダに吊るされている鳥よけのCDがときどきちらちら輝きを反射させるのを見かけた。
  • 勤務。(……)
  • (……)
  • (……)九時前の電車に乗った。最寄りで降りて、闇のなかに線路をはさんで対岸にいくつかならんだ白梅が、ぼんやりと、白くというよりは青いようにわだかまっているのを見ていると、背後から肩のあたりに触れられた。(……)だった。歩きながら後ろの気配には気づいており、なんとなく彼かという可能性を思い浮かべてもいた。よく会うなと言い、帰路をともにする。あちらは六時半くらいの電車で出勤してこの時間までだというから、過酷な仕事だ。しかしやつも実家にいる身なので、それだと金はたくさん貯まるのではないか。最近こっちのほうに越してきて、テレワークをやりながら土地を買って気早な隠居みたいに暮らしているひとが多い、みたいな話をしながら街道を行く。あちらの家の前まで来たところで別れ、残りの帰路をひとりで黙々と帰った。この夜のほうがかえって行きよりも寒くなかった印象。
  • 一〇時からWoolf会。いつもは一〇時半からの参加にしてもらっているのだが、この日は翻訳担当なので一〇時から正式に参加することに。それで一五分くらいしかからだを休められなかったが、仕方がない。上階に行き、手早く飯を食う。夕刊を見るまで、今日は三月一〇日すなわち東京大空襲があった日付だということを忘れていた。ものを食って皿を洗い、部屋に帰るとちょうど一〇時だった。隣室にコンピューターを運んでZOOMにアクセス。ところが、なぜか回線のつながりが悪く、ネットワークの帯域幅が弱くなっていますとかいう表示がずっと出て、音声にもズレがあるようだったので、一度再起動した。それでもどると問題はなくなったが、ビデオをつけないほうがたぶん動作が良いだろうと思って今日は映像なしで参加することに。
  • そうして本篇を開始。原文とこちらの訳文をあらためて示しておく。

 The Ramsays were not rich, and it was a wonder how they managed to contrive it all. Eight children! To feed eight children on philosophy! Here was another of them, Jasper this time, strolling past, to have a shot at a bird, he said, nonchalantly, swinging Lily's hand like a pump-handle as he passed, which caused Mr. Bankes to say, bitterly, how *she* was a favourite. There was education now to be considered (true, Mrs. Ramsay had something of her own perhaps), let alone the daily wear and tear of shoes and stockings which those 'great fellows', all well grown, angular, ruthless youngsters, must require. As for being sure which was which, or in what order they came, that was beyond him. He called them privately after the kings and queens of England: Cam the Wicked, James the Ruthless, Andrew the Just, Prue the Fair — for Prue would have beauty, he thought, how could she help it? — and Andrew brains.(……)

 それにしても、ラムジーの一家は決して裕福とはいえないのに、あれでなんとか家計をやりくりできているのは不思議なくらいだ。子どもが八人! 八人もの子どもを、哲学で食わせているというんだから! おや、ちょうどそのうちの一人がやって来た、今度はジャスパーだ。気楽な様子でぶらぶら歩いてきた彼は、鳥撃ちをするんだ、とあっけらかんと言い放ち、すれ違いざまついでにリリーの手を取ると、それをポンプの取っ手みたいにしてぶんぶん振っていったので、バンクス氏は思わず、ちょっと毒を含んだ調子で、ずいぶんなつかれているんですね、ブリスコウさんは、と口にすることになった。あの子たちの教育についても、そろそろきちんと考えなければならない時期に来ているんだろう(ラムジーの奥さんだって、自身、それなりにちゃんとした教育を受けたはずだし)、あの「すばらしき仲間たち」、全員そろってよく育ち、ときにつっけんどんだったり優しさに欠けたりもする若人たちが、毎日すり減らしていく靴や靴下のことを思うだけでも大変だろうが。きょうだいのうち、どの子が誰で、とか、生まれた順番とかをはっきり覚えるのは彼には難しかった。だからバンクスは、心のなかでひそかに、イングランドの王や女王をまねた名前で彼らを呼んでいた。つまり、いたずら女王キャム、冷酷王ジェイムズ、公正王アンドリュー、美麗女王プルー、などと――プルーはきっと美人になるだろうから、ぴったりじゃないか? ――それに、アンドリューも賢い青年になるだろう。

  • 翻訳してきたひとが原文を読み、訳も読み、ポイントや疑問点など説明して話し合う、という段取りになっている。ただ今日はなんとなく、原文を読んだあとに逐語的に前から意味を取っていき、そのあとでつくってきた訳文を読む、というやり方ですすめてみた。そちらのほうが理解がしやすいかと思って。(……)くんからは訳文がよくできているとの好評をもらえ、特に、「バンクス氏は思わず、ちょっと毒を含んだ調子で、ずいぶんなつかれているんですね、ブリスコウさんは、と口にすることになった」の部分はこれ以外ないくらいうまく訳せていると思うとの絶賛をいただいた。自分でも、今回わりと全体的にこなれた訳にできた気がする、ひとつひとつの語にしたがいもとづくのは当然だけれど、語から語に移そうとするのではなく、そこから導き出された意味やイメージをつかんで、それにより合った、ふさわしい言い方や表現を自分なりに探ることができたと思うと話した。このあいだも触れた、例の"for Prue would have beauty, he thought, how could she help it?"だが、このitがあだ名のことなのかbeautyのことなのかというのは結局よくわからない。(……)くんがその場でフランス語版とドイツ語版を確認してくれたのだけれど、両方ともこのitにあたる代名詞を省略しているらしく、それぞれの訳者もこれがどちらを指すのか決定できなかったので曖昧にしたのではないかということだ。というのも、フランス語とドイツ語では男性名詞女性名詞でかたちが分かれるから。
  • 一一時半過ぎくらいにTo The Lighthouse本篇は終わったので、英詩に移るか? というところだが、(……)くんが煙草を吸いに行き、(……)さんからもちょっと休憩したいとの声が上がったので、休憩がはさまった。(……)くんが一服しているあいだは皆ミュートにして席をちょっと離れたり、おのおののことをやっていたようだが、こちらは何をするでもなく座ったままでいた。背伸びとかをしていたかもしれない。沈黙がひろがっているしBGMとしてギターでも弾こうかなと思ったのだが、もとめられていないのにギターを弾いてみせるというのがいかにも自己主張的なように思われて嫌だったのでやめた。その後、『イギリス名詩選』を読みはじめるまでのあいだにいくらか雑談がはさまったのだが、それがどういう内容のものだったかおぼえていない。(……)
  • 『イギリス名詩選』もこちらが選ぶ。事前に見てきたところでは、82番のDante Gabriel Rossetti, "Sudden Light"が良いような気がしたので、それを読むことを提案して了承された。原文は以下。

I have been here before,
But when or how I cannot tell:
I know the grass beyond the door,
The sweet keen smell,
The sighing sound, the lights around the shore.

You have been mine before,—
How long ago I may not know:
But just when at that swallow's soar
Your neck turned so,
Some veil did fall,—I knew it all of yore.

Then, now, ―perchance again ! ...
O round mine eyes your tresses shake !
Shall we not lie as we have lain
Thus for Love's sake,
And sleep, and wake, yet never break the chain?

  • ちなみにPoetry Foundationに載っている版だと、三連目がまったく違っていて、下のようになっている。

Has this been thus before?
And shall not thus time's eddying flight
Still with our lives our love restore
In death's despite,
And day and night yield one delight once more?

  • 読んでみた感じでは、音調がよくととのえられているような気がした。どの連も1・3、2・4で脚韻を踏んでおり、五行目は前半でちょっと変化を入れたり入れなかったりしながら、最後は1・3と合わせて閉じている。三連目では二種の脚韻が「エイン」と「エイク」で似通ったものにされているし、五行目もsleepはともかくとしても、wake、breakと「エイク」を続けたあと、最後はchainの「エイン」で終わっている。丁寧に、ふわりとつつみこまれたような音律のつくり方になっていると思う。
  • 文法的に難しいところはさほどない。二連目四行目のYour neck turned soのsoがよくわからなかったが。平井正穂の訳だと「そちらに」とされて、飛び立ったツバメのほうに「首をかしげた」という理解になっている。このあたりよくわからなかったのだけれど、(……)くんと(……)さんが言うに、ツバメが曲線を描いて飛んでいくのを追うように、という感じではないかということで、それでこちらはわりと納得が行った。ツバメが上昇していく動きとそれを目で追いかける首の動きが相応的だったのだろう。最後の連ではmineがmyと同様の使い方をされているが、これは古い用法らしい。(……)くんがその場で調べてくれたところでは、次の単語の語頭が母音だったりするときに使えるということで、だからaがanになるのと似たような感じなのだろう。ここの、O round mine eyesの伸びやかなリズムはこちらがこの詩のなかで一番好きな部分だ。ここだけあきらかに、リズムのつくり方が異なっている。
  • その後はまた雑談。ひとつには、(……)さんが教えてくれたのだが、Ocean Vuongという若い詩人が紹介された。ヴェトナム系のアメリカ人らしい。ホームページでいくらか詩が読めるようだ(https://www.oceanvuong.com/poems(https://www.oceanvuong.com/poems))。小説も書いているらしく、On Earth We're Briefly Gorgeousという題だった。(……)さんはそれを入手して手もとに持っている。評価はけっこう高いようで、小野正嗣が良いと褒めていたとかいうし、(……)くんがちょっと調べたところでは、まさしくWhitmanのLeaves of Grassの後継者だ、みたいな評言があったらしい。T. S. Elliot賞というのも受賞しているらしく、そんな賞あったんかと思った。
  • あとは日本の教育にかんしてとか、学問的営為が持つ権威が失われてきているというような話とか。知の権威性というのはもろもろ抑圧的な問題もあるわけだが、ただ学問という営み総体としての権威や、それに対する敬意のようなものが失われてきてしまうと、これは非常にまずいというのが(……)くんの危機感で、現在はわりともうそうなってきている。そもそも日本国のトップリーダーである首相がひとつ前もいまもあのような調子なのだから、学問に対する敬意など、失われる一方でも不思議はないが、ただ、たとえば歴史的事実というものも、それに一足飛びに、ダイレクトに到達できるものではなく、厳密に言えば学問的研究による精査を通してひとつの事実として合意され、形成されてひろがっていくものだから、その事実を確定的につくり上げるためには、それまでの研究者たちが皆多大な労力を費やして、すさまじい手間をかけて真摯にはたらいてきたわけだ。その結果として、こまかな部分では論争や食い違いや不一致はあるにしても、ここまではまず確かだと言えるだろうという歴史的事実認識がほぼ共有されている。学問的にこれは確かであるという真実を追究してきたそういうひとびとの努力と献身がかえりみられず、ないがしろにされて、軽薄な思いつきとか、みずからの都合に合わせた根拠薄弱な臆説とかがまかり通っているのが現状で、史料調査と論理にもとづいた厳密性が、単なる妄言でしかないようなものとまったく等価に扱われているのがやばいというようなことを(……)くんは言ったが、これには同意しかない。思わずこちらも、ホロコーストを否定する連中とか、マジでむかつきますよと漏らしてしまったくらいだ。こちらが思うに、歴史修正主義のたぐいというのは裏返せば過激実証主義みたいなもので、それは同時に俗流相対主義でもあるのだが、歴史的実在そのものにいたることなど不可能だという点を恣意的に拡大解釈して、一〇〇パーセントの正解にいたらなければなんでもおなじだとしてしまうのではないか。一〇〇パーセントの正解にいたることが不可能だとしても、九〇と一〇の差が消えるわけではないのだが、そこをなぜかひとしなみに、一〇〇パーセントでなければどちらも似たようなものだとして、単に数ある立場のひとつだとして同等にあつかってしまう。そこではしたがって、史料にもとづきながら論理と批判的検証によって導き出される知見と、「信」の問題が等価になってしまう。
  • 学問で言うと(……)さんも、学問って集団的なものじゃないですか、と話した。ひとつの論文を書き、ひとつの発見と理解を得るためには、それまでにそれぞれの問題を追究しておのおのの仕事を地道にやってきた学者たちの研究の蓄積が不可欠である。たとえば歴史的事実を確定させていくにしても、崩し字で書かれた史料を読み取って翻刻するひととか、史料を集積してまとめるひととか、光を当てられることはまずないがそれがなければそもそも研究が成り立たないようなひとびとの仕事が介在しているわけで、そういう意味で学問とは集合的に相補しあっているいとなみであり、刺激的な学説をとなえたりして有名になり称賛されるようなひとはそのごく一部にあたる上澄みでしかなく、それを支えている多数の見えない仕事があるのだが、そういうことが、学問の世界のなかにいても忘れられているように思える、あまりかえりみられていないように感じられる、というようなことだった。理系の分野で言っても、基礎研究を軽視する風潮はそれとまったくおなじ趨勢だろう。一見して役に立たないような、何にもならないような、非常に地味な事柄をも含む鷹揚さや豊かさがなければ、学問などそもそも成り立たないし、活力を失い衰えていくということはまちがいないと思う。そして、学術と文化が衰退すれば、国家など、早晩国家としての体をなさなくなる。政治と経済と食物だけでひとは生きているものではない。おそらく根源は結局、短期的な利益しか考えられない、というところから来ているのだろう。目先の有用性に振り回されて、どっしりかまえて長期的可能性の潜在力を考慮することができない。そういう余裕が、国にもひとにもない。だが、いますぐ役に立つものは、それとおなじスピードで、まもなく役に立たなくなるものだ。
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