2021/3/18, Thu.

 (……)ロマン派作家ふうに恋をしている人には狂気の経験がある。ところが、そのように狂った人にたいして、今日ではふさわしい現代語がまったく見あたらないのだ。結局はそれが原因で、その人は自分が狂っていると感じてしまう。盗用できる言葉がまったくないからである――とても古い言葉をのぞいては。
 (石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、129; 「愛、狂気(L'amour, la folie)」)



  • 一一時過ぎに目覚めて、しばらくまたこめかみを揉んだり。一一時半過ぎに起床した。水場に行ってきて、トイレで勢いよく黄色い尿を放出するともどって瞑想。一一時四一分から一二時一分まで。何もしないのがコツだという点に立ちもどりたい。呼吸も自然にまかせて放置する。ただ、起き抜けはまだからだが固いので、呼吸を自律にまかせようとしても力みとひっかかりがあってあまりうまくいかない。
  • 「アレグラFX」を服用して上階へ行き、食事。炒飯と煮込み素麺。両親は不在なのでひとりでしずかに食べる。新聞からは米国でアジア系のひとびとに対するヘイトクライムが増えているという記事を読んだ。ジョージア州アトランタ付近で一六日にマッサージ店が三つ相次いで襲撃される事件があったと言い、八人亡くなったうちの六人がアジア系のひとだったと。アトランタの南二四〇キロあたりで犯人は逮捕されたが、動機はまだ不明。ただ、人種的な差別意識にもとづいたものではないかと。全米の主要都市一六市では昨年のアジア系を狙ったヘイトクライムがたしか一二〇件くらいに増えていて、これはその前年から比べると、何倍だったか忘れたがかなり増えている。ニューヨーク市でも、認定されたものだけ見ても三件から昨年は二八件くらいに急増したと言う。夜は怖くてひとりで出歩けないというアジア系のひとの声も聞かれているよう。絡んだり攻撃したりいちゃもんをつけたりしてくる連中のなかには、容易に予想されることだが、コロナ禍が世界に拡大したのはお前らアジア人のせいだ、みたいなことを言ってくる人間がいるらしく、ドナルド・トランプとその取り巻き連中が「武漢ウイルス」だのなんだのと軽率極まりない言辞を弄したことで形成されたイメージが、そういう状況の一因としてあるのはまちがいないだろう。言葉そのものと、言葉を運用することに対する敬意が、政治の場や公的な領域から失われたことの帰結がいまの世界だ。
  • 食器を片づけ、風呂も洗う。緑茶を用意しながら開脚などをしていると、両親が帰宅。茶を持って帰室。Notionを準備してコンピューターをデスクから外し、ベッド縁に就いてボールを踏みつつ、一服しながらウェブを見て、また、Heloise Wood, "What Jane Austen can teach us about resilience", BBC(2021/2/3, Wed.)(https://www.bbc.com/culture/article/20210202-what-jane-austen-can-teach-us-about-resilience(https://www.bbc.com/culture/article/20210202-what-jane-austen-can-teach-us-about-resilience))を読んだ。おととい途中まで読んでいたものの続き。読了。一次大戦でshell-shockすなわちいまで言うPTSDになったひとに対する治療策として、Jane Austenの小説が処方されていたらしい。すごい。戦場でも、Austenのファンであるということを共通項として絆を結んだ兵士たちの一団があったらしく、Winnie the Poohの著者であるAA Milneというひともそのひとりだったとか。詳しくは下の引用を。

Arguably we feel their emotional transformation so painfully because of Austen's pioneering use of the authorial voice, which inspired writers such as Gustave Flaubert, Henry James and Franz Kafka. Her particular kind of narration allows us simultaneously to live in the mind of the characters but also share in the knowledge, as suggested by the narrator, that the characters' beliefs are often wrong. "She does this incredible thing where she invents ways of writing narrative so we can see characters and the errors they make but also live inside their thoughts," Mullan says. He believes, above and beyond the themes in her writing, that it is her revolutionary writing style which really resonates with modern readers. "Before [her], [novels had either been] first or third person and she perfected free, indirect style which combined the two… you read the novel through [the characters'] eyes so it's a really extraordinary technique which no one had really done before."

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In fact, Austen's writing is so strongly associated with providing solace that, as Byrne discovered, she was prescribed to World War One soldiers suffering from severe shell-shock or what we would now know as PTSD: in a letter titled The Mission of English Lit to the Times Literary Supplement from 1984, Martin Jarrett-Kerr wrote: "My old Oxford tutor, H F Brett-Smith, was exempt from military service; but was employed by hospitals to advise on reading matters for the war-wounded. His job was to rate novels and poetry for the 'fever chart'. For the severely shell-shocked he selected Jane Austen."

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Byrne became fascinated by soldiers' reading of her whilst researching her book The Genius of Jane Austen; in the very thick of World War One, she learned how they would keep classic texts in their pockets while in the trenches, and discovered that Winnie the Pooh author AA Milne had bonded with fellow soldiers over his love of Austen during his time fighting. Fellow Austen fan Lance Corporal Grainger followed Milne out on to the front line just to check on the author after they had become friends over their shared interest in the books – a gesture described by Milne in his memoir as "the greatest tribute to Jane Austen that I have ever heard." Another notable figure who relied on her in times of war was the bedridden Winston Churchill in 1943, who was consoled during illness by having his daughter read Pride and Prejudice to him.

  • 読み終えるとデスクにもどり、今日のことをここまで記して二時。音読をやりたい。
  • そういうわけで「英語」を音読。三時頃までだったか? 七五番から一〇〇番まで。うまく力を抜いて、気楽に読めた感じがある。それでいて散漫に呆けていたわけでもない。BGMに、Bob Dylan『Live 1975: The Rolling Thunder Revue Concert』を流していたのだが、"Mr. Tambourine Man"にかかったところで一度椅子を降り、少々ストレッチをしながら歌をくちずさんだ。(……)くんがおとといくらいにLINEに新たなグループをつくっており、こちらも知っているひとや話に聞いているひとが揃っていて、なにかと思えば良いアートのたぐいを紹介し合う場としてつくったということだったので、こちらも昨晩Thelonious Monkの"Dinah (take 2)"のYouTube音源を貼っておいた。このDylanのライブの"I Shall Be Released"も貼っておこうかなとこのとき思ったのだが、いったんひかえておいた。音読のあとは書見。ベッドに転がってジョゼフ・チャプスキ/岩津航訳『収容所のプルースト』(共和国、二〇一八年)を読み、最後まで読了した。チャプスキというひとはもとは名門貴族の出で、カチンの森事件の初期の調査を手掛けて、その後もパリからポーランド政府の消極的姿勢を批判しつづけたらしい。パリにおける亡命ポーランド知識人の支柱のような立場だったようだ。九七歳まで生きていて、一九九三年に亡くなっている。画家としてもけっこう知られていたようで、各地で個展を開催している。二六〇巻におよぶ日記をつけているというのが、こちらとしてはやはり気になるところだ。思想的な偏向を最大限に排しており、作家としての冷徹な目でもってすべてを観察分析し、世俗的な社交生活であれ恋愛であれ、言ってみれば形而下的な事柄のどれにもむなしさを見出し、芸術的営みと創作の仕事のみをある種の絶対として唯一の救いととらえた、というようなところがチャプスキのプルースト観だと思うが、そういう、ある面では芸術至上主義的と言っても良いかもしれない作家、直接的に政治的な闘争や思想的補助にはつながらないだろうと思われる作品が、肉体的な消耗を強いられ死との距離が縮まる捕虜収容所のなかで支えと救いになったというのが、やはりすごいことである。こちらもどんどん読み、書いていかなくては。次は欲求の流れにしたがってプルーストに行くか? 不定。読むだけでなく、書抜きも日々着実にすすめていかなければならない。
  • 四時半まで読み、それからここまで記して五時前。空腹。
  • この日のことも例によってだいたい忘れた。書き物をけっこうすすめて、三月一〇日から一三日まで仕上げて投稿したし、前日の一七日分も完成させている。あとはムージル古井由吉訳『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』(岩波文庫、一九八七年)を読みはじめた。プルーストを読もうかとも思っていたのだが、積んである本を見ているとこれを読み返したくなったので。松籟社の『ムージル著作集』に入っている版とこの岩波文庫版では訳が多少違っていたと思うのだけれど、文庫に入れるにあたって二〇年ぶりかそのくらいで改訳したと「訳者からの言葉」に書かれてあった。だから、松籟社はたぶん昔の、世界文学全集に入っていた訳をもとにしているのだろうか?
  • 2021/3/12, Fri.を書いて投稿したあと、その日思ったことで書くのを忘れていたことを思い出したのだけれど、仏教もしくは坐禅精神分析ってわりと似ているのではないかというのがそれ。仏教もしくは坐禅は「自己の正体」を、能動的にかどうかは措いても目指すものらしいし、どちらも要するに自己の真理を得ようとするものだろう。仏教や坐禅の場合は、それを非 - 能動的に、間接的にもとめ、恩寵のようなものとしてあちらから到来してくるのをひたすら待つのに対して、精神分析はわりと能動的にこちらからそれを見出そうとする技術および理論の集積、という感じではないのか。どちらについてもこまかくは知らないので、相当に大雑把なイメージだが。
  • 三月一三日の記事を投稿したのち、はてなブログアクセス解析を見てみると、なぜかnoteからの流入が数パーセントあって、(……)さんがリンクでも貼っているのかなと思って調べたところ、(……)というひとが投稿している「無名人インタビュー:シゾイドパーソナリティ障害の人」という記事になぜかこちらのブログがリンクされているのを発見した。そこでインタビューを受けているのは(……)さんのようなのだが、ページの冒頭にこちらのブログがリンクされている理由がわからない。それで、もうなるべくブログをひろめずにひっそりとやりたいと思っているので、この方に頼んでリンクを削除していただけないですかというメールを(……)さんに送っておいた。もし頼んでもらえなかったら、自分でこの(……)というひとに連絡をするつもり。