2021/4/1, Thu.

 (……)文学の対象として、世界は逃れ去ってゆく。知識のほうは、文学を見捨てている。文学は、もはや〈ミメーシス〉[芸術的な模倣]でも〈マテシス〉[普遍学]でもなく、ただ〈セミオシス〉[記号連鎖]、つまり言語の不可能性の冒険にすぎない。ようするに〈テクスト〉なのである(「テクスト」の概念は「文学」の概念と重なりあっていると言うのは間違っている。なぜなら、文学は有限な世界を〈表象する〉が、テクストは言語の無限性を〈形象化する〉からである。そこには、知識も、論理も、知性もないのである)。
 (石川美子訳『ロラン・バルトによるロラン・バルト』(みすず書房、二〇一八年)、175; 「マテシスとしての文学(La littérature comme mathésis)」)



  • 一〇時頃に覚醒が来た。それ以前にも覚めていたようなおぼえもある。何か愉快ではない夢を見たはず。例の迫害される系のやつだったのではないか。それか、迫害されるまでは行かずとも、恥をかくようなタイプの。こめかみを揉んだり首筋をほぐしたりしてから起床。喉に少々のひりつき。水場へ行って「アレグラFX」を服用し、うがいをして用を足す。もどると瞑想。快晴で、ベッドの上にもあかるみが宿り、あたたかい。一〇時三四分から五二分まで座った。今日は滞在としてはちょうど六時間くらいなので幾分眠かったようで、座りながらあまり意識が明晰ではなかった。しかし心身のまとまりは良い。やはり起床後就床前はかならず瞑想する習慣にして、あと日中、ほかに一回くらい座る時間を取りたい。
  • 上へ。無人。買い物だろう。洗面所でまたうがいをしてから食事。昨晩の肉炒めや味噌汁。新聞には池谷裕二細谷雄一の対談が載っていたがいったんスルー。国際面を見る。香港で立法会の選挙に立候補するのに香港政府への「忠誠」が条件となる例の法改正を三〇日に全人代がおこなってしまったので、民主派はもはや議会内での居場所がなくなったと。政府批判ができなくなるので、体制内で論戦を通じて働きかけていくことが不可能になる。とはいえ出馬をしないというのも支持層の政治への関心を低下させてしまうと。それで苦渋の状況に立たされている。中国共産党の言い分にしたがって議会入りし、わずかばかりのできることを探るか、運動を完全に在野の、草の根のものに切り替えて未来に望みを託すか、国を捨てるかくらいではないか。
  • もうひとつ、小さな囲み記事で、ホンジュラスの大統領の弟がニューヨーク地裁で終身刑を下されたという話があった。コカインを大量に米国に密輸入したと。ホンジュラスの大統領はフアン・エルナンデスというひとらしいが、彼も利益のいくらかを得ているという疑いがあり、麻薬密売は「国家ぐるみ」だと言われているらしい。ほかの事件でも匿名の証言者が、ホンジュラス大統領が「米国人の鼻にドラッグを突っこんでやれ」とか言ったと証言しているという。大統領当人はむろん疑惑を完全否定しているわけだが、ホンジュラス内では退陣をもとめるデモが起こっていると。
  • 片づけをして風呂洗い。家の東側、徒歩で市街まで行くときにいつも通る坂の入り口あたりで、電線工事か何かしているようでクレーン車が出張っているのを居間から見かけていた。風呂場から見えるところ、より家に近い場所には立入禁止のコーンが置かれてあって、どうも歩行者も入れない感じと見える。今日も歩いていこうと思っていたので困った。反対側から迂回して行くしかないか。電車は先ほど調べたところ、ちょうど良い時間のものがない。
  • 帰室するとNotionを準備し、今日のことをここまで記録。今日は労働がはやく、一時半過ぎには出なければならない。その分六時に授業は終わり、もろもろあっても七時前には退勤できるだろう。帰りに(……)まで行ってちゃんぽんでも食ってこようかとちょっと思っている。勤務がはやいのでいつもより早起きできたのは僥倖だった。やはり瞑想だ。
  • 音読をした。デスク前で、『Solo Monk』をかけながら。アンプにつなぐ配線の都合上、デスクにコンピューターを置かないと音楽をかけられない。「英語」を、たぶん三〇分弱くらい読んだのではないか。時間を見ていなかったが。そのあとベッドでムージル古井由吉訳『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』(岩波文庫、一九八七年)。最近なまけてばかりいて書見をやっていなかったので久しぶりである。もうそろそろ読み終わる。テーマごとにメモを取ったり、気になった箇所をあとで記録したりするのはやはり面倒臭いので、書き写したいと思った表現や言葉を写す方針で良いだろう。昔と変わらないやり方なわけだが。批評をやる気もないので、こまかくメモを取って分析したりするのはやめだ。普通に読んで、印象に残ったり、気づいたりしたことのなかで、おのずと書こうという気になることを感想として記しておけば良い。それで言うとこの日ムージルを読み終わったのだけれど、以前は「静かなヴェロニカの誘惑」のほうが、言ってること全然わからんしなんか頭おかしい感じですげえなと思っていたところ、そういう印象は今回も変わったわけではないものの、しかし「愛の完成」の丹念な書きぶりのほうがもしかしたらすごいのかもな、という気がした。すごいというのか、小説として成功しているというのか。成功と言って良いのかわからないが。「静かなヴェロニカの誘惑」は、時系列にも曖昧なところがあるし、なんか抽象的な時空感がより強い気がするのだけれど、「愛の完成」は、そちらもそちらで心象がとにかく膨大だから観念度はむろん強いが、物語としての場は具体的にあるしその流れもほぼ一様ではあるので、小説としてはそのベースの上にあれだけの書きこみをつらねたこちらのほうが実はすさまじいのかもしれない、と。姦通というのもわかりやすい、古典的な素材ではあるし。やはりその記述の丹念さ、だいたいおなじような事柄を違う心象や比喩や表現でくり返しくり返し、何度も何度もストロークして絵の具を厚く塗りこめて塗りこめて、みたいな感じですこしずつ進んでいくその反復に、執念的な、偏執狂的なものを感じたのが今回の大きな印象。
  • この日も勤務への往路はたしか歩いたのではなかったか。帰りも歩いた気がする。あるいは往路は電車だったか? (……)
  • この日は勤務の終わりが比較的はやかったので、(……)に行ってちゃんぽんを食おうと思っていたのだ。したがって、上には帰りも歩いたと書いたが、それは間違いである。仕事が終わったのは七時前で、そこから電車に乗り、(……)に行った。ホームに降り立つとすぐそこにあった階段を上り、トイレへ。左の壁にひらいている窓の向こうをときおり見ながら放尿。こちらの右にひとりやって来て用を足していたが、彼はこちらよりもはやく小便を終えて、手を洗わずにそのまま出ていった。トイレを出ると改札をくぐり、高架歩廊を渡って(……)へ。図書館を久々に目にした。まだ八時前なので明かりが灯っており、なかのひとの姿も見える。図書館の新着図書などもチェックしたいし、借りて読みもしたいが、いまは借りたものを読んでいる余裕がない。ビルの横の階段を下りて一回から入り、フードコートの手前で壁に寄って職場に電話をかけたのは、大阪行きの件、ゴールデンウィークの開講について訊き忘れたのを思い出したからである。しかしここではつながらず、先にフードコートに入り、手を消毒し、(……)で野菜たっぷりちゃんぽんを注文。メニューを指しながら餃子はどうするかと考えつつ、野菜たっぷりちゃんぽん……で、と間を空けた言い方になったのだけれど、女性店員はその迷いを見て取ったのか、ご一緒に餃子はどうですかとすすめてきたので、抵抗なく、そうっすね、と受けて五個をくわえて頼んだ。(……)円。会計し、呼び出しベルをもらって席へ。呼び出しベルは、以前は動画付きの機械だったのだが、それがそっけない黒の無骨で単純なものに変わっていた。個人的にはこちらのほうが好きである。電話のあいだに呼び出されるとまずいなと思ってまだ発信はせず、メモを取って待ち、ベルが鳴って品物をもらってきたあと、食べだす前に職場にもう一度電話をかけた。今度はつながり、(……)さんが出たので、すっかり忘れていたことがあって、と口にして、友人たちと五月に大阪に行こうという話が出ているのだが、ゴールデンウィークは今年はどうなるのかと訊いた。すると、四月二九日から五月五日まで休みだと言う。ゴールデンウィークはもう飛行機があまりないらしく、もしかしたらほかの週になるかもしれない、その場合、一週間くらい休みをもらっても良いかとたずねると問題なく了承されたので、礼を言って話を終えた。それでその場で(……)に、得た情報をメールしておく。この夜に彼女が手配をしてくれて、五月二日の夜に出発して六日の夜に帰ってくる計画が定まったのだが、正直コロナウイルスは大丈夫かなという懸念もわりとある。大阪は現在四月三日時点で、昨日だったか蔓延防止なんとかみたいな特別措置に入ったらしいし、ワクチンも一般の接種がはじまるのは六月以降とかいう話だし、第四波の可能性もささやかれているし。今日、(……)さんから返信があって、両親と同居している現状、慎重になりたいとあったが、それはこちらもおなじで、状況によってはキャンセルすることになるだろう。キャンセル料がどうなるのかわからないが、金のことはまあどうだってよろしい。感染状況についての情報収集は前もってやっておかなければなるまい。関西のほうも注視しなくては。
  • それで飯を食った。めちゃくちゃ美味いわけではないが、普通に美味いし、満足する。温かいスープに麺が入っていればだいたい美味い。大方食べ終えたあと、みみっちいようだが、屑みたいな野菜のかけらも箸でひとつひとつ取ったり、レンゲですくってスープと一緒に飲みこんだりして、ほぼ食べた。完食して一息つくと長居せず腰を上げ、トレイと食器を返却棚に運んでおき、礼を言って退出。表に出て、来た階段をもどり、高架歩廊に上ると駅からぞろぞろ出てきたひとびととすれ違いながら通路を渡って、改札を入った。エスカレーターでホームに下りる。(……)とかいうものが来たところで、こんなものあるんだなと思った。ホームの先のほうへ。自販機をちょっと見るが、特に飲みたい気持ちが喚起されなかったので何も買わず、ベンチへ。身を斜めに預け、ぼけっとしながら待ち、電車が来ると乗った。
  • そうして(……)に行き、乗換え待ちでベンチに座って手帳にメモを取っていると、左方からあらわれてこちらのそばを通りながら隣に就いた者があり、知り合いかと思えば(……)だった。最近わりとよく会う。おいー、と挨拶を交わし、手帳をしまって雑談。仕事やめてえ、と開口一番言うので笑い、まあそれはな、と受ける。(……)は最近(……)でバーベキューをしたと話した。三月二七日のことで、例のLINEのグループで集めてネット上で知り合ったひとびと五人でやったらしい。自身で編集したらしい動画を見せてもらったが、天気が良く、爽やかそうで、桜も頃合いで良い具合だった。初対面で話が続くのかと訊けば、なかにひとり、けっこう仲良くなったひとがいて、ゲームも一緒にやったりしていると言っていたか、そのひととはよく話すと。ほかに、(……)駅前にタワーマンションがあるらしいのだけれど、そこに住んでいる社長だという人間がやって来たらしい。社長と言ってもどんな会社なのかあまりはっきりせず、食品関連とか言っていたらしいが、すこし胡散臭そうな感じだったと。社長っつっても色々あるからなと受ける。そんな調子で雑談をしていると目の前を私服姿の中学生男女が通り過ぎていくのだが、そのなかに(……)さんを発見して、あちらもこちらに気づいたのでにこやかに手を振った。過ぎていったあとに、塾の生徒だ、と隣に告げる。
  • 電車が来ると乗った。向かいに眠りこけた高年の男性がおり、ちょっと経っても起きる様子がなかったので、起こしてやるかと言って立ち上がり、からだを揺らした。あの、(……)、着きました、と言って席にもどると、立ち上がった男性はこちらに向けてなんとか言いながら降りていったのだが、なんと言ったのか聞き取れなかった。たぶん普通に礼だったと思うのだけれど、その様子がフレンドリーだったので、え、知り合い? と(……)に訊かれたがそうではなかったはず。こちらからは最近(……)に行ったと先日、二六日のことを話した。
  • 最寄り駅に着いて降り、駅を出ると、ジュースを買いたいと言って「(……)」の前の自販機へ。ここにキリンレモンがあるのを見つけていて、なんとなく飲みたかったのだ。なんか買うか? おごるぞ、と言ったが、(……)は自分で買うと言って何かしら買っていた。このとき、先日(……)であった大きな火事の話になっていたのだ。(……)の祖母だか誰だか忘れたが、近い死者が入っている寺が全焼したと言うので、全焼だったのかと驚いた。事件のときにも聞いたかもしれないが、なぜか今日、新しく驚いた。そこから、すぐそこでも前に火事があったんだぜと(……)は言い、ちょっと見ていこうということになった。駅正面の、こちらがいつも通っている坂道に入ってすぐ左に分かれて上っていく道の先である。こんなほうにはいつぶりに来たかまったくわからない。そのくらい足を踏み入れていなかった場所だ。火事の跡はよくわからなかったが、林縁の木がいくつか伐られて太い断面を晒していたので、それがそうだったのではないか。付近は昔、ひろい空き地があってこちらも遊んだおぼえがあるが、そこにはいつの間にか家が何軒か建ったようで広場は消え去っていた。こんな風になっていたのかと言う。(……)は(……)くんという、兄の同級生とよく遊んでいたらしく、そのひとの実家もそばにあった。その細い裏道をすこしだけ東に歩いたところ、こちらが小学生当時上り下りしていた林から表に出る細道のすぐ脇である。ここがそうだったのかと思った。そこの林を降りれば我が家の目の前なのだが、もう閉鎖されてしまったし、いまはなかに電灯もないだろうから夜など何も見えず危険だと言って、街道に出てまた西に移動した。いつもどおり(……)の家のほうから帰るかと思いきや今日は俺がこっちから帰ると言うので、駅前の坂道を下る。下りれば十字路で、その頃には(……)の話になっており、別れるところが話が続いているうちに(……)がそこの公園に行こうぜと言うので、公団に接したさびれきった小公園に入った。いつも出勤時に桜を見ているところである。踏み入れば足もとは下草が多くて大して整備もされていないが、その上に桜の花びらがどこもかしこも散らばっており、小さな銀の滑り台の下端になにか水みたいな白いものがあるなと思えばそれも花びらの溜まりだった(「花溜まり」という言葉はあるのだろうか)。暗いので桜は下から見上げても花と葉の配分がどれくらいか見て取りにくいが、もうだいぶまだらになっていたはず。その桜下で(……)の話を続けた。やつはいま(……)にいるらしいのだが、小学校の同級生だった(……)さんと結婚して子どももいる。もう四、五歳か、小学校に入っていてもおかしくないくらいではないか? 数年前に(……)駅で偶然出くわしたときに、歩いて言葉も喋っていたはずなので。救急救命に配属されていたのだけれど、いまもそこにいるのかはわからない。十字路から公園に移るときに、何年か前に(……)さんと(……)と、あと(……)(漢字がわからない)とともに(……)の「(……)」で飯を食ったときのことを話していた。(……)というのはこちらの中学時代の同級生で、(……)さんとは(……)高校で一緒だった。(……)さんは私立に行ったのだったか、それともこちらとおなじ中学にいたのだったか? 全然思い出せない。漠然と、彼女は私立中学に行って、(……)とは高校ではじめて会ったものだと思っていたが、そうではなかったかもしれない、普通に中高で一緒になったのだったかもしれない。(……)がいたような気がして、それも記憶がさだかでないが、もしいたとしたら中学が一緒でなかった限り(……)と知り合う機会はないはずだ。(……)を通じて知ったのでなければ。まあそういった消息はどうでも良いのだが、(……)に話した本題は、そのとき(……)さんが(……)について、やっぱり救急救命でそういう場面をたくさん見てるから、なんか私たちとはちょっと違うよね、精神っていうか、みたいなことを言っていた、ということだ。それに対して(……)は、いやあいつは普通に昔からちょっと違ってた、と受け、手術ミスとかしても平気で笑ってそう、などとのちには言ったので、サイコパスじゃねえかとこちらは笑う。こちらが(……)と知り合ったのは小学校五年生のときであり、だから学校生活をともにしたのは五、六年の二年にすぎなかったのだが、そのわりに仲良くなったような印象だ。その後も高校生のときと、大学もしくは成人以降で何度か顔を合わせているし。(……)が言うには、あいつはエリート志向が強くて、外科志望だし、外科っていうとやっぱり医者のなかでは一番上っていう観念があって、だから大学のときなんかも(あるいは高校のときだったか?)テストでカンニングしてた、医者を目指してるっていうとそれで許されてたから、ということだった。こちらの知っている(……)の像とあまりそぐわないのだが、まあ勉強はたしかにできたし、勉強ができたのはこちらも一緒で学業成績で言えば同等くらいだったと思うが(と言ってあちらは私立中学を目指して受かり、こちらはそんなことはまるで考えもしなかったので、実際の力には差があっただろうが)、やつはこちらと違って活発な性格で、サッカーもやっていたしリーダータイプの感じはあった。ついでに言っておけば、小学校五年生のこちらに秋田禎信『魔術師オーフェン』シリーズの存在を教えたのは彼である。そこでライトノベルにハマって色々読んだのがいまから思えばこちらの文芸志向の基盤をつくったと言えなくもないので、そういう意味でやつは恩人なのかもしれない。それはともかく、(……)がそういう名誉・地位志向になったのは(……)中学、および高校の空気に染まったのかもしれない、とも(……)は言った。エリート志向の強い学校だったから、と。実際東大行きも多く出しているのだろうし、医学部に行く者も三〇人かそこらいたとか。(……)の友人にも、アメリカで医者をやっているひとがいるとか。
  • 三時。歯を磨くあいだだけ、"Myanmar coup: More than 40 children killed by military, rights group says"(https://www.bbc.com/news/world-asia-56600292(https://www.bbc.com/news/world-asia-56600292))を読んだが、"At least 43 children have been killed by armed forces in Myanmar since February's military coup, according to rights organisation Save the Children."とのこと。また、"A local monitoring group puts the overall death toll at 536."とも。アウン・サン・スー・チーが、official secrets actなるものを違反したとして起訴されたらしいが、スー・チーは例のトランシーバー(walkie-talkie)を不法に所有していたとかいうよくわからん罪状などですでに先週起訴されており、このofficial secrets act違反というのはここではじめて出てきて付け加えられた事柄のようだ。