2021/5/20, Thu.

 アペイロン(無限なもの)ということばを使用した、はじめての哲学者であるかもしれない、アナクシマンドロスは、タレスが見てとったものを、べつのことばで語りなおそうとしていたと考えることもできる。タレスが見ようとしていたのは、自然の移りゆきのすべてを、無限に超えたものであり、アナクシマンドロスアルケーとしたものは「アペイロン」つまり際限のないもの、無限なものであったからである。いわゆる自然学者たちの著作が、おしなべてその名をもっていたとつたえられるように、『自然について(ペリ・ピュセオース)』と通称される、その著書については、数行の断片が現存している。
 なかでも、シンプリキオスのアリストテレス註解に由来する、ニーチェハイデガーが注目した有名な断片がある。ディールス/クランツにしたがって引用しておく(断片B一)。

 存在するさまざまなもののアルケーはト・アペイロンである。〔省略〕存在するさまざまなものにとって、それから生成がなされるみなもと、その当のものへの消滅もまた、必然に(end10)したがってなされる。なぜなら存在するそれらのものは、交互に時のさだめにしたがって、不正に対する罰を受け、つぐないをするからである。

 ひとまず読みとられることは、断片の著者は、タレスが水であると考えたアルケーを、水とは考えず、また土とも火とも、風とも表現せず、無限定的なもの、無限なもの、つまりはト・アペイロンとした、ということである。特定の質をともなうアルケーであるなら、たとえば水であるならば、それは冷たく、またときに暖かい。暖かいものは、「時のさだめにしたがって」冷たいものへと移ってゆく。アナクシマンドロスが語っているものは、寒さと暑さ、昼と夜、雨季と乾季のように、あるいは火と水のように交替して、一方が他方に置き換わってゆく自然のなりゆきであったように思われる。そうであるがゆえに、アルケーそのものは、相互に対立する性質のどちらかに限定されてはならない(アリストテレス『自然学』第三巻第五章)。それは、無限定的なもの(indefinitum)でなければならないはずである。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、10~11)



  • 起床はおそく、ほぼ正午ちょうどになってしまった。さくばん一時ごろに(……)から携帯にメールがきていて、風呂からかえってきたあとにそれを発見し、その場で返信をつくりながらおくらずにいたのだが、それをここで起きてすぐにおくっておいた。(……)はChatPadでしりあったあいてと結婚していまは群馬にいるらしい。ChatPadでであった人間と結婚までいくのは笑うが、そういいながらも祝福し、俺はあいかわらずの穀潰しぶりだとのべておいた。返信はすでにきているが、五時前現在、まだ再返信はしていない。離床がおそくなったので瞑想はサボって部屋を出、階段下の父親にあいさつして上階へ。母親は仕事で不在だが、今日は一二時までとかいっていた。洗面所でうがいなどして、ハムエッグをやいて米にのせて食事。新聞は、きのうもみたが、愛知県知事へのリコール活動で署名が大量に偽造されていた件。先に、これもきのうの夕刊でみたが、エジプトがイスラエルハマスを仲介して停戦案を提案し、ハマスはだいたいのところ受け入れているもよう、という記事をよんだ。一部受け入れを否定する幹部もいるようで、また、時期については合意していないという言もあるようだが、それでもいちおう終息の方向にむかうか? というかんじの文調。イスラエルの軍部からも、作戦はあと数日以内に終了するだろう、という声があるようだし。それにしても、この記事には数がのっていなかったので現時点での被害数が不明だが、きのうおとといあたりではガザ側が死者二〇〇人をこえたのにたいしてイスラエルは一〇人少々だったわけで、軍事力や戦略性のおそらく明白な格差とか、四八年以来の歴史とか、この数の非対称性についてはうーん、といろいろおもってしまう。
  • 愛知県知事へのリコール署名偽造にかんしては、きのうの昼のテレビのニュースですでにつたえられており、夕刊をよんだが、そこからさほどあたらしい情報はたされていなかった。田中孝博という元県議が事務局長をつとめ、高須克弥が会長をやっている愛知県知事一〇〇万人リコールの会みたいな団体が広告関連会社に依頼して署名をあつめていたが、そうしてあつまったとされた四二万だか四三万五〇〇〇筆だかのうち三六万二〇〇〇だったか、八割以上、八三パーセントくらいが不正とみなされ無効になるものだったというはなし。ただの阿呆だろう、とおもうが。バレないわけがないし。この件は何か月かまえにも佐賀県でアルバイトをやとって、署名の期限が切れたあとに名簿の書き写しをさせた、と報じられていて、そのときじっさいにそこではたらいたひとの証言もつたえられていた。田中孝博とその妻と息子と、団体幹部の四人が地方自治法違反で逮捕されたらしいが、佐賀県の現場には妻と息子がたちあっていたらしく、また、労働者は、この現場内でやったことを外部にもらさないという誓約書も提出させられたという。大村秀章知事は民主主義を破壊する暴挙であるといきどおりを表明しており、そのようすはきのうの昼のテレビでみかけた。高須克弥と組んでこの団体活動の発端となり、その後も応援をしていた河村たかし名古屋市長は、じぶんも長年政治家をやっているのに、署名偽造に気づけなかったことはなさけなく、きちんと正当に署名してくれたひとたちに申し訳ない、といっている。田中孝博は河村たかし名古屋市内の焼肉店でよく会って、そこで活動の報告を受けていたらしい。田中孝博自身はむろん、広告関連会社に依頼をしたのは事実だが(という点にかんしても最初は否定していたらしいが)、偽造を指示したことはまったくない、といっているらしいのだけれど、団体内部のひとの証言として、署名を水増しする策がみつかった、知り合いの広告会社がやってくれる、といっていた、というはなしがでているようなので、まあふつうに責任者としてしらなかったわけがないしたぶんふつうに指示もしているだろう。きのうの夕刊には、この件は団体内部の人間から不正のうたがいがあると選管のほうにうったえがあってそれで調査がはじまったとかいてあったが、それは、あ、そうなんだ、というかんじ。
  • 今日の天気はくもり。ほぼ雨みたいな色合いの空気だが、食卓から南窓をみとおすかぎりではいまは雨は降っていないもよう。ガラスのむこうのしろい大気に振動がみうけられなかったので。カラスなりなんなり、鳥たちがしずかな空間のなかで鳴いているのが散発的にはっきりときこえる。食器をあらうと風呂場にいって浴槽ほかをこすり、でるといったん帰室。コンピューターを準備してから茶をつぎにいった。寝間着姿の父親はカップ麺で飯をすませるところで、何食ったのときくのでハムエッグとこたえる。テレビはなにやら、雅楽でもないが、舞台上で笛が吹かれたあときちんとした、肩のあたりが左右につきでたような袴姿の男性たちがひくい声音でなんとか唱和する場面のドラマがやっており、これあたらしいNHK連続テレビ小説なのかなとおもったが、たぶんそうだったようだ。その笛というのが、西洋的音楽理論になれた耳からするとなんともはっきりしない、そちらの意味での旋律、というものがまるでないような、平均律の海にうかぶ島々のあわいをくぐってどこにも到着しないままほどけていく軟風のような、吹き奏でるのではなくてただ鳴らしているだけみたいな吹きぶりで、いややっぱり雅楽とかの方面ってぜんぜん原理がちがうなとおもった。
  • 帰室すると一八日のことをみじかく書いて完成。そのあと、『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』(ちくま文庫、一九八六年)をよみつつベッドでだらだら。「アンティゴネ」にはいっている。訳者は呉茂一。このひとは『イリアス』とたしか『オデュッセイア』の訳も平凡社ライブラリーからだしていたはずで、ふるめかしくて格調高いとかいう評判をきいたことがあるが、たしかにややそんなかんじはないではない。口調というか、はしばしのことばづかいなど、こちらからするとはまりきっていないようにかんじられる部分もないではないが、ただ一方で、ここはうまくいっているきがする、という部分もみられて、独特のニュアンスがあるのはたしかなので、はまりきっていないようにおもわれる部分は問題ではないのではないか、とおもう。167までいってきったのだが、ここでコロスが、「不思議なものは数あるうちに、/人間以上の不思議はない、」とかたりだしており、これはたしかハイデガーがとりあげた有名な部分だったはず。「不思議」と訳されている語をハイデガーはたしか「不気味」みたいな語としてとらえて論述したのではなかったか? 主題としてはあきらかに国家と個人もしくは「身内」、国家の法や権限と個人としての権利、という対立があるのだが、アンティゴネが拠るのも、クレオンが国家より下位としておとしめているのも、「身内」という語なのがやや気になる。
  • あと、156のコロスの歌のなかに「金色 [こんじき] の昼の眉輪が、ディルケの流れにかかって」という一行があり、この「眉輪」がめずらしい語だなと目にとまった。流れからして太陽の比喩だとはわかるのだが、なぜ眉輪なのか。そもそも「びりん」なのか「まゆわ」なのかよみかたすらわからないのだが、いま検索したところ、おどろくことに一般的な語ではないようで、用例や意味がでてこない。でてくるのは眉輪王 [まよわのおおきみ] という記紀上の人物と、それを題材にした野溝七生子『眉輪』という小説のみ。この作家ははじめてしったが、なかなかおもしろそう。眉輪の比喩の内実はわからないが、ここでは単純に川面にうつるひかりが眉のように弓状にしなったかたちにみえるということなのだろうか?
  • そののち、「英語」を音読。ではなかった、先に音楽をきいたのだった。ヘッドフォンをつけてころがり、The Carpenters『Their Greatest Hits』。あらためてきいてみるとやはりアレンジがすごく、どの曲をとっても非常にカラフルで細部までくまなく行き届いている。このうえなくポップで流通的なのだが、甘いとしても甘ったるさに堕していないのがすごい。基本的にはストリングスと分厚いコーラスで攻める曲がおおいし、"Superstar"とか"This Masquerade"とかはかなり甘ったるいほうの、濃厚なタイプの曲だし、もっとどろどろなってしまってもおかしくない気がするのだが。George Bensonではやはりこうはいかないのでは。ポップスだからもちろんたぶんに情緒的・情念的ではあるのだけれど、だからといって聴者をあおりたてるような、きく者におもねるようなかんじがないのがすごい。下品さがふくまれていない。それはやはりとにかく多彩な装飾によって音楽がすみずみまでつくりこまれているのと、ミックス・録音による各部のトーンのバランスと、あととりわけたぶん、カレン・カーペンターの声と歌い方によるところがおおきいのではないか。声色自体もやたらきめがこまかくてなめらかだし、うたえばずいぶんのびやかにながれるのでわりとビビる。ポップスの楽曲としては洗練の極みみたいなもので、この音楽をつくった主体たちはなによりもまず徹底して音楽のほうをむいているという印象で、奉仕心とまでいうとおおげさにすぎるかもしれないが、個々の楽曲のもっているポテンシャルを最大限にはぐくんで花開かせようというこころづくしというか、音楽自体にたいするいつくしみといたわりの念みたいなものを音の様相自体がしめしているようにおもわれて、そこが感動的である。こちらはいつも好きなものにたいしてそういう評価ばかりするというか、そういう印象をあたえるものばかり好きになってしまうのだが。つまり、音楽であれ小説であれ言語であれ、提示されている対象をつくり手である主体よりもおおきな概念として措定して、じぶんよりもそちらのほうを信用しているというか、それにくらべればつくり手やひとりの人間など矮小なものだと確信しているタイプのものというか。それはけっきょく、神たる超越につかえる宗教者のもつ宗教性と敬虔な奉仕心へのロマンティックな憧憬のようなものなのだろう。ただそれだけでもないというか、そちらに全面的にかたむききっているわけでもなく、たとえば磯崎憲一郎なんかは典型的に作者よりも小説のほうがはるかにおおきなもので、小説言語自体のもっている論理とか原理とかに最大限したがうことをめざしている、みたいなことを、いまはどうかしらないがむかしはよく表明していたとおもうのだけれど、そういういいぶんはむろんわかるにしてもなんかそっちに乗り切れるというわけでもこちらはない。かといって作品を実存の表出のための道具にするというのもこのまないし、とくにやりたいわけではない。べつになにがやりたいといってそれもないのだが、ただそこでやっぱり古井由吉はすごかったのだなあという気はしてくるもので、彼のばあいは彫琢しまくってできるところまでは統御しようとするのだけれど、小説作品など最終的にはつくり手のどうにかなるものではないということを明確に前提として理解しているから、詰めて詰めてつくりこんでいった先ではじめてふと招来されてくるものをたまさかつかむというか受け止める、というかんじだったわけだろうおそらく。それはたぶん、ムージルからまなんだことを古井由吉として咀嚼し実行したということではないかという気がするのだが。
  • 音楽をきいたあと、音読。「英語」を443から457。例によってダンベルももつ。四時ごろまでよみ、そのあと書き抜き。とにかく書き抜きをすこしずつでもやらないとやばいし、先にやらないと一日のあとのほうになるとやる気がでなくなるので。熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)を二箇所。Carpenters『Horizon』とともに。四時半ごろからこの日の記述にはいって、五時二〇分くらいまで書いて切り、上階へ。母親はソファで意識をうしなっていた。めざめながらわたしてくるのをみれば本で、世界の絶景みたいなやつとか、世界のかわいい本の町、みたいなタイトルのもの。図書館に行ってきたのだろうか。ベランダの軒下にすこしだけ吊るしてあるものをいれてくれといわれて戸口に寄ったが、ガラス戸をひらけばこのときは雨がけっこう降っていて、こまかいという以上の粒の明確な雨だった。それでアイロンかけ。そのあと料理。例によってタマネギとブナシメジをあわせて豚肉を炒める。母親はもうひとつのコンロで煮物。コンロが不定期にピーピーアラームを鳴らすようになっており、これはおとといくらいの深夜に夜食をとりにいったときにこちらははじめて遭遇し、なんの法則性もなく気まぐれにピーピー鳴るので、心霊現象のたぐいか、低級なしょぼい霊によるささやかなポルターガイストかともおもったが、なぜなるのかいまだによくわからない。こちらが見たとき、いちばん最初は電池切れをしめすごくちいさなランプが赤く点灯していたのだけれど、それがすぐにきえて、そうして無規則なタイミングで鳴るようになったのだ。いまもランプはついていないのだが、電池をはずせば音はでなくなるもよう。なにかしら接触がわるくなったのか。火がついているあいだに鳴ることもあった。ともかくそういうコンロで料理し、完成するとそのまま食事。夕刊でまた署名偽造の件をよむ。田中孝博が不正を認識していたらしい証言が複数でてきているようだが、いわく、リコールを問う住民投票要求の署名は、必要数にたっしていなければ精査されずに返却されるから偽造されてあっても大丈夫だ、といっていたらしい。愛知県知事リコールに必要な署名数は八六万だったかそのくらいだったようで、田中孝博としては、必要数にたっしなくともある程度の数があつまらないと実績がつくれないということを漏らしていたようで、また逮捕前の読売新聞の取材には、広告会社に依頼をしたのは、署名が一定数あつまらないと高須会長に恥をかかせることになってしまうとおもったから、ということをいっていたらしい。あと朝刊から枝野幸男が文春新書で政策プランや国家構想をしめした新著を出したというはなしをよんだ。ただ実現可能性に疑問符がつくものがおおく、日米同盟を基軸とするという部分は共闘相手の共産党が受け入れられないところで、志位委員長がそのあたり一致しないとといっているというが。記事の最後が、枝野幸男はこれは党としての政策表明ではなく、自分個人の理想やかんがえを提示したものだと言い、「はやくも予防線を張った」という言い方でおわっていて、そういう段落とそういう文でしめるあたりちょっと意地悪なかんじがして、わずかばかり印象を誘導している気配がないでもなくて笑ったが。やはり読売新聞なので野党には厳しくということなのか?
  • 食事をおえたときにテレビでは料理番組がやっており、実山椒をつかった牛肉の炒めものみたいなレシピで、実山椒ってどこで売ってんの、とか、山椒ってどこに生えてんの、山にふつうに生えてんの? サンショウウオのいるところに生えてんのかな、サンショウウオってなんでサンショウウオっていうの? とかおもいつくままに問いを投げたのだけれど、明確な解はとくにない。ただ山椒自体はそのへんにも生えてるよ、ということで、我が家のすぐそばにあっていぜんとったという。しかしそれはふつうの山椒というか葉山椒というやつで、その種にも実はつくがすくなく、実山椒というのはべつの種類の木で、もっと実がたくさんついて香りや風味も特有のものなのだという。ぜんぜんしらなかった。サンショウウオといえば井伏鱒二をおもいださずにはいられないが、井伏鱒二はまったくよんだことがない。大江健三郎がたしかノーベル文学賞を受賞したときに、井伏鱒二大岡昇平安部公房が生きていたらじぶんではなくて彼らが受賞したでしょう、みたいなことをいったと記憶しているが。
  • 食後、洗い物をかたづけて帰室。今日のことをここまで書くと八時。今日はあときのうの日記をしあげたいのと、書見をすすめたいのと、からだをすこしだけでもうごかしたいのと、英語をなにかしらよみたいくらいか。
  • たしかそのあとは、「記憶」の音読をして、ストレッチのたぐいを少々おこなったのだったか。風呂のまえにHenryk SzeryngJohann Sebastian Bach: 3 Partitas for Solo Violin』をきいたおぼえがある。ヴァイオリンの独奏。ヴァイオリンにせよクラシックにせよききつけないから、この演奏がすばらしいものなのか、すごいものなのか、判断基準がこちらのなかにない。まったくミスなくかろやかにとびまわって音をつなげていくさまはすごいし、高音部までたっしたときのニュアンスなどは印象的だが、クラシック音楽の演奏者のなかでどれくらいの、どういう位置づけになるのかがまるでわからん。このひと個人についてもなにもしらないし。くわえてやや意識があいまいになってもいた。半分くらいきいて入浴へ。(……)
  • 風呂をあがったあとはたしか日記をかいたりだらだらしたり。そんなにおおきなことはやっていないはず。日記はきのう、一九日のぶんまでしあがってよろしい。深夜、Niamh Hughes, "The daring nun who hid and saved 83 Jewish children"(2020/9/6)(https://www.bbc.com/news/stories-54033792(https://www.bbc.com/news/stories-54033792))をよんだ。Jules-Geraud Saliègeという、ナチに抵抗したフランスの数少ない聖職者たちのうちのひとりの名を知る。

The "free zone" in the south of France did not live up to its name. The government of Marshal Philippe Pétain, based in Vichy, passed anti-Jewish laws, allowed Jews rounded up in Baden and Alsace Lorraine to be interned on its territory, and seized Jewish assets.

On 23 August 1942 the archbishop of Toulouse, Jules-Geraud Saliège, wrote a letter to his clergymen, asking them to recite a letter to their congregations.

"In our diocese, moving scenes have occurred," it went. "Children, women, men, fathers and mothers are treated like a lowly herd. Members of a single family are separated from each other and carted away to an unknown destination. The Jews are men, the Jewesses are women. They are part of the human race; they are our brothers like so many others. A Christian cannot forget this."

He protested to the Vichy authorities about their Jewish policy, while most of the French Catholic hierarchy remained silent. Out of 100 French bishops, he was one of only six who spoke out against the Nazi regime.

     *

The convent [the Convent of Notre Dame de Massip in Capdenac] ran a boarding school and Sister Denise [Bergon] knew it would be possible to hide Jewish children among her Catholic pupils. But she worried about endangering her fellow nuns, and about the dishonesty that this would entail.

Her own bishop supported Pétain so she wrote to Archbishop Saliège for advice. She records his response in her journal: "Let's lie, let's lie, my daughter, as long as we are saving human lives."

By the winter of 1942, Sister Denise Bergon was collecting Jewish children who had been hiding in the wooded valleys and gorges of the region around Capdenac, known as L'Aveyron.

As round-ups of Jews intensified - carried out by German troops and, from 1943, by a fascist militia, the Milice - the number of Jewish children taking refuge in the convent would eventually swell to 83.

     *

The children's lack of familiarity with Catholic rituals threatened to expose them, but an explanation was found.

"We came from the east of France, a place with many industrial cities and a lot of workers who were communists," says Annie. "So we posed as communist children who knew nothing of religion!"

  • 寝るまえにHigh Five『Split Kick』を少々。Fabrizio Bossoがやはり圧倒的なうまさだなとおもう。安定感とよどみのなさがすごい。それを受けて立つとなるとテナーのDaniele Scannapiecoがどうしてもすこしばかりみおとりしてしまうような気がするのだが、そういう印象をえたのは"Split Kick"のソロだけで、ほかの曲ではそうでもなかったようだ。ただフレージングの明朗さは、テナーとピアノのLuca Mannutzaとくらべても、Bossoが随一だろう。トランペットという楽器の性質や音域もあるだろうが。