2021/6/20, Sun.

 一六一年、マルクス [・アウレリウス] はルキウス・ヴェルスと共同皇帝に即位する。おなじ年、パルティア軍がアルメニアに侵入、親ローマの王を廃し、さらにシリアへと進軍する。以後、アウレリウスは、ほとんどの時間を戦雲のもとですごすことになる。一六六年、パルティア戦役はローマの勝利におわるが、翌年にはゲルマン部族の侵攻がはじまる。三九歳で即位した皇帝は、五八歳の年に冬営地のウィーンで死去するまで、主として戦場の幕屋で日々を送ったのである。
 生来の資質からするなら、むしろ「紅旗征伐吾ガ事ニ非ズ」(藤原定家)ともしるしたかったで(end130)あろう。皇帝はかわりに『自省録』につぎのように書いた。「私の属する都市と国家はアントニヌスとしてはローマである」。マルクスの名は正式には、Imperator Caesar Marcus Aurelius Antoninus Augustus という。だが、「人間として属するのは宇宙である」(第六章四四節)。「つぎのことをつねに気にかけなければならない。宇宙の自然とはなにか。私の自然とはなにか」(第二章九節)。「身体をめぐるいっさいは流れであり、たましいにかんするすべては夢と煙である。生は戦いであり、旅の宿りであり、死後の名声は忘却にすぎない」(同、十七節)。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、130~131; 第8章「生と死の技法 今日のこの日が、あたかも最期の日であるかのように ――ストア派の哲学者群像」)



  • 起床は一一時すぎ。一〇時ごろにもいちど重い覚醒に覚めたおぼえがある。そのとき夢がなごっていたおぼえもあるが、内容はもはや去った。覚めるとこめかみを揉むなどしてから起き上がり、水場へ行っていつものようにうがいなど。もどると瞑想をする。一一時二五分から四三分まで。ふつうに悪くなかった。
  • 上階へ行き、寝間着をジャージに履きかえ、洗面所で髪を梳かすとともにまたうがいをして喉をうるおした。食事は野菜炒めほか。フライパンのそれを熱して米に乗せ、昨晩ののこりだがジャガイモの味噌汁やサラダも卓にはこんで席についた。テレビは『男子ごはん』。新聞を見ると一面にはイランの大統領があたらしくなったという報があったがひとまず通過してなかにはいり、書評面をながめる。デザインというかレイアウトがふだんとちがっていた。いぜんはまず一ページ入り口があって、そこに文庫になっている世界文学が紹介されたりしたあと、めくれば見ひらきで各書評子の記事があったのだが、きょうはそれらが一体化したようなかんじで見ひらきにおさまっていた。今週だけのものなのか、それともこういうかたちにあらためられたのか不明。書評のなかからは、中島隆博アガンベンの『私たちはどこにいるのか?』みたいな題名の本をとりあげていたのでそれを読んだ。「政治としてのエピデミック」とかいう副題だったはず。コロナウイルスの蔓延を受けて書いた文章をまとめた本らしく、いわゆる生権力もしくは生政治の観点から状況を分析し、カール・シュミットのいわゆる例外状態において行政権が立法と司法を優越し、ひとびとの健康が権利ではなくて法的義務と化した、と述べているらしい。これじたいはただしい認識ではないかとおもうのだが、アガンベンが論拠としたデータが科学的に不正確なものだったとかでイタリアのメディアから掲載を拒否されたり、生政治概念でもって情勢を見ることにも限界があるんじゃないかと指摘されたり、あとどういう点でかはわからないがジャン=リュック・ナンシーから批判が寄せられたりもしているらしい。ほか、橋本倫史がテレビというメディアについて書いた本をとりあげていたり((……))、柴崎友香がなんとかいう、直木賞方面の作家の小説をとりあげたりしていた。
  • 一面にもどってイランの大統領の件も読んだ。たしかライシ師みたいななまえのひとが当選したもので、ロハニもしくはロウハニ大統領は保守穏健派といわれているが、このひとは反米保守強硬派だという。司法部門の長をやっていた法学者らしい。いちおう核合意の遵守は公約として提示したらしい。
  • そのあと、ベッドにねころがり、Carole King『The Carnegie Hall Concert (1971-06-18)』をBGMにして三宅誰男『双生』(自主出版、二〇二一年)を読んだ。260からはじめてさいごまで。とてもおもしろく、すばらしかった。終幕のてまえの、死者をおくる舟にむかって水中をおよいでいく彼がひとつのまなざしと化すところは、得体のしれない感動をおぼえた。得体のしれないというか、いよいよ集束になだれこむときの物語的な盛り上がりといえばそうなのだが。
  • 誤字を発見したので指摘しておく。まず278の、「膜のつらぬかれた卵黄のごとくなかば蕩けだしながらもかろじて(……)」というところがひとつ。もうひとつ、280ページのさいごの行に、「茫漠としてくりひろげられているそのはやなぎ(……)」と、「はなやぎ」の誤りがあった。誤字脱字のたぐいは、全篇をとおして、先日指摘したのと合わせてたぶんこの三つだけだとおもう。こちらが気づいたかぎりではそう。
  • このままあたまにもどって、語と語のむすびつきがどうなっているのかを注意しながらふたたび読み、テクスト的な模様をわかる範囲でみきわめたいとおもっている。
  • しかしいったん書見をきりあげて、隣室にはいってギターを弾いた。きょうはわりとよく弾けた感。やはり弾きながら、眼裏で音の推移もしくは指のポジションがはっきりと見えるようでなければ駄目だ。それが見えてさえいれば、ありきたりなみちゆきでもとりあえず良い。B.B. Kingだって、じぶんが慣れているフレーズだったか、なじんでいるだか知っているだか、そういうフレーズしか弾かない、とどこかで言っていたし。ちがうか? ミスしても、それを三回つづければミスではなくなる、と言っていたのだったか?
  • ギターを弾くと意外とからだがつかれるので、そのあとはベッド上でだらだらし、五時ちかくなって起き上がるとストレッチをやったり歌をうたったり。くるりthe pillows。カラオケに行っておもいきり声を出したいなという欲求をすこしかんじないでもなかった。ひとりカラオケはいままでやったことがないが。そもそもじぶんからカラオケに行こうということがあまりなかったので、カードすらつくったことがなく、行くときはいつも他人のカードでてつづきしてもらっていた。
  • そのあときょうのことをここまでしるすと六時直前。両親は(……)さんの通夜に行っており、そろそろはじまるころのはずで、おそらく七時過ぎくらいに帰ってくるのではないか。風呂を洗っていないのでそれをかたづけ、あとナスと豚肉を焼くなどしなければならない。
  • それで上階に行き、調理。ナスと豚肉を切って焼くだけなのでかんたん。まあそこそこうまくできた気がする。みずからつくったものや、昼間の野菜炒めののこりや、生サラダなどでそのまま食事を取った。新聞からは、「あすへの考」とかいう面を読んだ。なまえをわすれたが、記者生活四一年目だというベテランの編集部のひとがエネルギー問題についてまとめている記事。日本政府は二〇五〇年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという目標をかかげており、他国もおのおの似たようなことを言っているとおもうのだが、国連の機関だかどこだかが算出したところでは、すべての国がそれぞれの目標を完全に達成できたとしても、温室効果ガスの排出量は現状の三分の二くらいまでしか減らないのだという。だからエネルギーおよび気候変動問題を解決するには抜本的な改革が不可欠で、ようするに再生可能エネルギーに大々的に転換するための技術革新が必要であり、それは大きくは蓄電池、水素の活用、それにあとひとつなんだかわすれたが三つあるのだけれど、それらの開発はまだ充分に有効な段階にはいたっていないと。日本はそれらの技術についてはけっこう優位にいるようで、国家的パワーの観点から打算的にいってもエネルギー革新を主導した国がその後の世界でちからを持つことになるのはたしかだろうから、今後のながれを先導したり優位に乗り切ったりできたほうが良いのでは? みたいなはなし。
  • 食後はアイロン掛け。やっているうちに両親が帰宅。七時半過ぎくらいだったか。
  • いま八時をまわったところ。(……)さんのブログを読んだ。大谷翔平について言及されているのを見ておもいだしたが、きのうの夕刊の一面で、大谷がメジャーリーグでなにかの試合のまえの恒例になっているホームラン合戦みたいなものに出場すると表明したとあって、野球のことはまったく知らないが、このひとは二六歳なのにメジャーで活躍していて、ピッチャーでありながら同時にホームラン打者なのだよな、なんかぜんぶ詰めこんだみたいな、食いたいものをすべて盛りこんだ全部乗せの豪華な食べ物みたいなそれはなんなんだ、とおもったのだった。その記事にも紹介されていたけれど、日中にテレビのニュースでも一瞬だけ見かけた彼の発言というのが、「誰よりも遠くまで飛ばせるようにがんばりたい」というもので、テレビ画面の下部にこの文言が「誰よりも遠くまで飛ばせるように」と切り取られて表示されていたのを見かけたときに、これこのまま野球漫画のタイトルになりそうだなとおもったのだった。
  • それから去年の六月二〇日の記事を読みかえした。(……)と通話している。このくらいから(……)は百合漫画にはまりはじめていて、『やがて君になる』という作品が良いと言っている。アニメ版の脚本を担当したのが『けいおん!』ほかいろいろなしごとをしている花田十輝なのだが、そのWikipediaをのぞいて、彼が花田清輝の孫だという事実を知っておどろいている。『Re:ゼロから始める異世界生活』のはなしから(……)さんのことをおもいだして検索し、エロ漫画作品をつくってかなり売れていることを確認しているのだが、きょうもまた検索してみたところ、ちょうどきのうにあたらしいエロ漫画を出しているのでタイミングの良さに笑う。生きてしごとをしているようでなにより。FANZAを見ると、過去作は一万以上売れていて、ふつうにすごくない? FANZAで売ったばあいの印税がどれくらいになるのかまったくわからないが、仮にひとつ売れて一〇〇円もらえるとすれば、これだけでもう一〇〇万稼いでいることになる。べつに出版社とか編集者とかがつくわけでないので、たぶんもっともらえるのではないか? エロ漫画で人気どころだとどれくらい売れるものなのだろう。一作一〇万くらいは行くのだろうか。
  • この一年前も、俺もライトノベルとか研究して、売れる小説書いて金稼ごうかな、と愚にもつかない皮算用をしているのだが、もはやそうする気はない。「マラルメと『ONE PIECE』をどちらもできたほうが面白いに決まっているだろう」と述べていて、それはたしかにそうだとはおもうのだけれど、それをやるのはこちらのしごとではない。
  • シェーンベルクの名が出て、ロラン・バルトがインタビューで援用していた彼のことばをおもいだし、バルトの発言を引いているので、それを再引用しておく。

 ここで言いたいことは、批評の「役割」と「活動」を区別することです。批評の役割を想像することはいつでも可能です。つまり批評の役割の継続を想像することはいつでも可能なのです、たとえ伝統的な役割であっても、それらは必ずしも質のよくないものではないでしょう。わたしはシェーンベルクの言葉に思いを馳せています、前衛の音楽があり、まさにその音楽のために闘わねばならないとしても、ハ長調の美しい音楽を創ることはいつでも可能であると、彼は言ったのです。ハ長調でいい批評をすることはいつでも可能なのです。
 (ロラン・バルト/松島征・大野多加志訳『声のきめ インタビュー集 1962-1980』(みすず書房、二〇一八年)、206; 「インタビュー(ロラン・バルトとの談話)」; 『サインズ・オブ・ザ・タイムズ』誌、一九七一年; 聞き手はスティーヴン・ヒース)

  • ハ長調の美しい音楽」というのは、七〇年時点のバルトのことばでいいかえればたぶん「読みうるテクスト」に相当するものだとおもうのだけれど、『S/Z』のなかでバルトは、「読みうるテクスト」はもはや書かれることはできない、と述べていたはず。そんなことを言っても、いつの時代も「読みうるテクスト」がやはり(そのつど遡及とともに多少の差異化をともないながら)生まれていくものではないの? という気もするのだけれど、(……)さんの『双生』は、方向性としては「読みうるテクスト」にちかいのではないか? ただ、読みきれるようになっているのかはわからないが。というか、そもそもバルトの認識でも、「読みうるテクスト」は「読みきれる」ものだということになっていたのだろうか? たとえば、おそらくは読みきれるテクストであったはずの「サラジーヌ」を、あえてずたずたに細分化して拡散・爆裂させてみせたのが『S/Z』だったようにおもうのだが。「サラジーヌ」が読みきれるものだったからあえてそういうこころみをおこなったのか、それともそうできたということは、「サラジーヌ」はむしろ読みきれるものではなかったのか。しかし、ほんとうに読みきれるテクストがあるとすれば、それは古典にはならないような気もするのだが。
  • 勤務中のことの記述のなかに、つぎの一節。「今日も教科書を読み、ピーター・ラビットの話を一緒に訳していくのだが、ストーリーはやはり役に立つ。そういう枠組みがあったほうがおそらく圧倒的に言葉を覚えやすいし、(……)くん自身も途中で、これどうなったの? と結末が気になってみずから読もうと試みていた。物語の力というものだ。人間はある物事の先がどうなるのかということが気になって仕方のない生き物なのだろう。だが同時に、多くの人はおそらくある物事が永遠に続くことは望んでおらず、それが適切な形で終わらなければ満足ができない。〈完結主義〉とでも呼ぶべきイデオロギーがこの世には蔓延しており、やれ作品を作るならとにかくまずは最後まで書いて終わらせろだの、やれ結末を明かすなだの、やれ未完作品は読む気にならないだの、そういう種類の思考が世界を圧倒的に席巻しているのだけれど、「完結」という事態は本源的には存在しない捏造物に過ぎないとこちらは思うし、それを仮に受け入れなければならないとしてもいつどこで「完結」させるかという判断(いつどこで「完結」するかという物事の展開)に確実な根拠などないだろうし、何ごとかを「完結」させることよりもそれをできる限り永続的に続けることのほうが面白いと思っている」というわけで、これはこれでありきたりな言い分ではある。とはいえいまでもじぶんのスタンスはわりとこういうかんじではあるが、ただ、やっぱり完結も大事だな、という気にもなっている。「結末を明かすな」と「未完作品は読む気にならない」という動向にはいまでも同意しないが、「作品を作るならとにかくまずは最後まで書いて終わらせろ」にかんしては、多少賛同する気持ちが芽生えている。つまり、じぶんがつくるにあたって、ということだが。さいしょから良いものだけをつくろうとしてもできるはずがないので、とりたてて良くはないものでも、ともかくはその範囲でかたちを成すという経験をかさねていき、そうしてちからをつけていかなければ、と尋常なことをおもっている。
  • それから2020/1/12, Sun.も読みかえして、いまもう一〇時まえ。この日は(……)書店にでむいて散財したあと、(……)と会っている。このときはまだ(……)は東京にいたのだ。このあとの二月末だったか三月くらいで大阪にうつったはず。(……)で南口のコンビニのうえにある「(……)」にはいり、やつがこしらえた『Steins; Gate』の二次創作小説を読んで推敲をてつだっていて、その後ふたりで我が家に帰って夜通し改稿していたようだ。なかなかなつかしいではないか。
  • あと、(……)さんのブログから引いているドゥルーズの思考の説明がおもしろかった。『批評と臨床』はもっているので、さっさと読んだほうがよい。

 のちにドゥルーズは『批評と臨床』(一九九三年)のなかで、神々=父の言葉を肯定的に伝達する(と自称する)プラトン主義的な神的狂気や統合失調症中心主義は、前者は人種主義的・ファシズム的であるという点ゆえに、後者はそれがもつ悲劇的性質(病とひきかえに創造性が獲得されるという考え)ゆえに、否定されなければならない、と考えるようになりました。そして彼は、神々=父にかかわらない文学、狂ってはいるけれども、ある意味で「健康」な文学にこそ高い価値を与えようとします。そのような文学は、もはや正嫡的な神々=父の言葉とかかわることはありません。それは、神々=父の言葉に関して記憶喪失に陥った私生児的=雑種的な文学であり、「さまざまな支配の下にあって絶えず動き回る」ような文学だと彼はいいます。「私生児的」というのはドゥルーズが使っている言葉ですが、正嫡的な垂直の系譜を外れたところにある、ということです。「じっちゃんの名にかけて」と宣言するように、自分の系譜や出自に依拠するのではなく、そのような系譜とは無関係に、あらゆる方向にどんどん動きまわるような狂気こそが健康と結びついた創造を可能にするのだとドゥルーズは主張します。そして、そのような「健康としての狂気」こそが現代における文学的創造を可能にするのだ、とドゥルーズは宣言しているわけです(…)。
松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』p.60-63)

  • また、家を出て最寄り駅まであるくあいだの一段落の記述がなんだか良かった。ようするに雨が降っていた、ということしか書いていないのだが。とくに、はじまりから「音を増幅させるためだろうか」までの記述がなぜかよかった。この範囲はマジで、雨と音という要素しかほぼないのだが。

 道に出ると向かいの家の垣根の葉が小さく鳴る。虫でも蠢いたかのような微かな音の立ち方で、風だろうか、何だろうかと思うが、すぐにその正体はわかった。雨が散りはじめていたのだ。傘を取りに戻るか否か迷うが、しかしもう歩き出してしまっており、戻ってまた扉の鍵を開けて、とやるのが何となく面倒だったので、ひどいことにはなるまいと払って進んだ。しかし道脇の林や樹々からは、静かだが確かな響きが立って続く。顔にも僅か、触れてくるものがある。公営住宅前まで来ても周囲の音は続いており、物々が、あるいは物質そのものが吐息を漏らし、身じろぎしているような響きだなと思った。坂に入っても同様で、むしろ降りが僅かに強まったようにも思えたのは、道の端に積もった枯葉の厚みが音を増幅させるためだろうか。上っていくと電灯が、目の表面に引っかき傷のような筋を、細く、やや曲がった一閃を、差しこんでくる。さらに進んで出口に至り、街灯の暈のなかに目を凝らしたものの、雨粒は視認されなかった。しかし降りがやや定かになっているのが感じ取られるので、さっさと横断歩道を渡って駅の階段通路の屋根の下に入って、そこで身体の前面を見下ろすと、コートの表面、微細な繊維に引っかかった雨粒が多数煌めいており、冬の、丈の短い枯草のみが残って荒涼とした草原[くさはら]に散らばった霜を思わせた。

  • この時期すでに中国ではコロナウイルスが蔓延しはじめていたわけだが、まだ日本までその波はいたっておらず、街に出て友人と会い、飯を食って喫茶店に行っているその光景など、もはやいまはむかし、というような感慨をもよおすとおい日々のことだ。
  • それから、歯磨きをしながら(……)さんのブログの更新されていた二記事を読み、風呂は母親にゆずるつもりでうえには行かず、瞑想をおこなった。一〇時二分から。暑いので窓をあけざるをえないのだが、そうすると上階で酒を飲んだ父親が、母親に反応してなんだかんだと言う声や、母親が風呂に行ったあともひとりでなんとか言っていたり、テレビを見て拍手したりしているようすがつたわってくる。瞑想はかなりながくおこなったつもりだった。いままでにないほどではないかともおもわれたのだが、たぶんこれでもそこまで行っていないのだろうなとおもいつつ、背にこごりの感覚が転じられてきたあたりで目をひらいたのだが、やはり三〇分少々しか経っていなかったので、これで三〇分なのか、とおもった。
  • 熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)の書抜きをはじめたが、キーボードをそう打たないうちに風呂が空いたようだったので、入浴に行った。風呂内でも例によって静止。
  • 「待ちぼうけのからだにやどる世の罪を透視されぬようコートを閉じる」「漂流の果ても経過もない夢を死後の俺から受け継いだから」という二首をつくった。
  • 熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)の書抜きのつづき。『QueenⅡ』をながしながら。その後、「髪の毛でいのちをむすぶ古代からつらなる嘘をこわさぬように」という一首もつくった。「王様の首を落とした人民をたたえる神を子犬がわらう」というのも。
  • 「海峡にひびく砂金の笛の音は復活を乞う恋の象徴」、「運命を知るも知らぬも時の瀬はながれることに嘘をつけない」、「ひとつぶの砂にも意味を見いだして望めば叶う愚者の予言さ」も。