2021/7/10, Sat.

 トマスは肥満体型で明朗な性格、すこしももったいぶるところがなかったといわれる。伝承によれば、けれども、ときに長く沈黙し、またある時期からは放心と落涙の発作を繰りかえした。一二七三年十二月六日、聖ニクラウスの祝日、いつものようにミサを捧げていたトマスにとつぜんの変化がおこる。友に「私がこれまでに書いたものは、すべてわらくずのように思える」と語ったとつたえられる。『神学大全』第三部は、第九〇問四項で中断された。
 (熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波書店、二〇〇六年)、236; 第14章「哲学と神学と 神が存在することは、五つの道によって証明される ――トマス・アクィナス」)



  • この日は朝からの労働だったので、六時半のアラームで覚醒した。大した記憶はない。新聞の国際面には、ハンガリーで学校教育や広告などでLGBTの描写を禁じる法ができたという記事があった。オルバーン・ヴィクトルは子どもたちを性犯罪から守るためだ、みたいなことを言っているらしいが、どういうことなのかまるでわからない。東欧もなかなかやばいことになっている。ポーランドでも一部地域で「LGBTフリーゾーン」なるものが設けられていて、LGBTのひとびとを排除することが公式に宣言されているという。自治体がそれを主導しているわけで、ふつうにやばくない? アウシュヴィッツを経験した国でどうしてそういうことになるのかわからない。
  • 母親が送っていってくれるというので甘えて、車で職場へ。八時四〇分くらいに着いた。(……)
  • (……)退勤。一時ごろだったか? この日はわりとはやく仕事が終わった。駅にはいり、ベンチに就く。この日はひさかたぶりとなる晴れの日で朝からかなり暑かったのだが、ひととき雨が通ったあとに昼をいくらかくだったいまも陽射しがあって、ホームの屋根と目の前に停まっている車体とに両限を画されながら帯状にかたどられたひかりが足もとのすぐ先に落ちて、まっすぐ横にずっとつづいて白っぽくあたたかな色を塗っており、そのあかるみを見ているとなかに気のせいのようにして、さだかにとらえがたくも霊体のようにもやもやとなにかのうごきが見受けられるのは、おそらく濡れた電車の屋根から陽を受けて蒸発する水気の影が映っていたものだとおもう。土曜とあってひとの通りも多めで駅はそれなりに賑わった暑い季節らしい雰囲気で、着いた電車から中学生くらいの子どもらがおびただしく吐き出されて騒ぎながら向かいに乗り換えるとき、到着を知らせてひびくアナウンスの声が、走らないでください、あぶないのでホーム上は走らないでくださいと注意をはさんでいた。
  • 帰路は忘却。その後のこともとりたてて記憶はない。朝がはやくて眠りがすくなかったので、四時から七時くらいまで眠り呆けてしまった。そのあとまだ上階には行かず、しばらく書見してから飯に行ったが、夕食時には新聞で南スーダン建国から一〇年の報を読んだ。しかしスーダン時代からながくつづいていた内戦にくわえ、南スーダンになって以降も大統領派と副大統領派が対立して内戦めき、政情は荒れて混迷しているので人心はすさみ、一〇年を祝うような雰囲気はまるでないという。
  • あと、(……)さんの旦那さん((……)さんの父親)がワクチンを接種したあと三九度だか熱が出たらしい、と母親が言っていた。また、これはきのうのことだがモスクワの状況も多少つたえ聞いた。あちらでもまた感染が拡大しており、ワクチンをうったという証明がないとレストランなどもはいれないらしいのだが、外国人だとその証明を入手するのが困難で手間がかかるとかで面倒臭いらしい。なぜそうなるのか、よくわからないが。記録管理が適切になされていれば、すぐに発行できそうなものだが。
  • 六時か七時くらいにヒグラシの音を聞いた。今年はじめてのこと。
  • 日記は九日分まで記したが、メモはまだ。八日分は本のメモもして、投稿することができた。
  • いま一時四〇分。2020/7/10, Fri. を読んだ。冒頭、夢のなかで、「「先立つ知はすべて大いなる美に回収される」みたいな、古代ローマの格言にありそうな言葉が出てきた」とあるが、このことばはちょっと格好よい。内容としては大したことは言っていないとおもうが、なにか格好よい。
  • また、「食事中、テレビでNHKが、中国でいわゆる「人権派」の弁護士として活動していた王全璋のインタビューを報じはじめたので、一時新聞から目を離し、音量を上げて耳と目を向けた。二〇一五年の七月九日から始まった「人権派」の人々の拘束で逮捕され、国家転覆罪で五年間くらい服役していたらしい。朝六時から夜九時まで両手を上げたまま拘束されるという仕打ちが一か月ほど続き、当局の人間は彼の顔に唾を吐いたり蹴りつけたりしたと言う。当局は裁判をなかなか行わず、長期に渡って拘束するという処置を取ったが、これはもちろん拘束した人を身体的・精神的に消耗させるための卑劣なやり口だろう。裁判のときも、七人くらいが王氏を押さえつけて強行したと言っていた。王氏は香港の事態には当然、おそらくほとんど絶望的なまでの憂慮を抱えているはずで、「とても恐ろしいことだ」と悲嘆を表明していた」とも。この二〇一五年七月九日の件はきょうの新聞にも関連記事があった。米国のブリンケン国務長官がこの七月九日を機に中国がおこなっている人権派や民主派のひとびとへの弾圧を非難し、いまも拘束されているひとびとに敬意を表した、というはなしだった。たしか通算で三〇〇人くらいが拘束されていて、いまだに起訴されないまま長期に収監されているひともけっこういるということだったはず。中国側はいつものように、米国は人権を口実にして中国の内政や司法に介入しようとしていると非難を返している。