2021/9/6, Mon.

 この世界のいっさいが、一瞬一瞬、創造と破壊を、生誕と死滅とを反復している。「諸瞬間はたがいに差異なくむすびあっているのではない」(前項の引用 [E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 316. (邦訳、四三七頁以下)] )。この [﹅2] いまと他の [﹅2] いまは、けっして縺れあい、絡みあうことがない。瞬間と他の瞬間とを「絶対的な」、つまり孤絶した「あいだ」(intervalle absolu)(同)がへだてている。瞬間の連続とみえる(end177)もののうちに「死と復活」が孕まれ、死滅と再生の反復が「時間」をかたちづくる。「時間は不連続である [註74] 」。――この時間観は、一見そうおもわれるほど不合理なわけではない。また、経験的事実とただちに背反するわけでもない。その時間論はむしろ、時間をめぐる難問にたいするひとつの回答でもあるのである。すこし注釈をくわえておく必要がある。
 いっさいは現在 [﹅2] のうちにある、としよう。だが、いま [﹅2] はつぎつぎと流れさり、現在は過ぎ去ってゆく。この〈いま〉がおなじ [﹅3] ものであると考えても、ちがう [﹅3] ものであるとしても、悖理をまぬがれない。前者であれば、端的に時間は流れず、後者であるとすれば、流れの連続性そのものが破壊される。おなじ [﹅3] でありつづける〈いま〉は(時間ではなく)かえって永遠をかたちづくり、つぎつぎと異なってゆく〈いま〉は(流れる時間を構成するのではなく)むしろたえず流れを断裂させてしまう。これが周知のアポリアである [註75] 。時間論としての連続創造説は、アリストテレスが挙げたこの難問にたいするいちおうの解答となっている。要は、ちがう [﹅3] いまが時々刻々と生滅する、そのことによっておなじ [﹅3] いまが流れているかにみえるのだ、とこたえているわけである。――この応答はちなみに、経験的事実とも両立可能である。たとえばディスプレー上に浮かぶ文字は、ほんとうは無数の素子が不断に点滅しているにすぎない。世界の総体をそのような光点の明滅と考える余地がある [註76] 。そのばあい、素子の点 - 滅をへだてている、知覚閾値下の間隙が「存(end178)在と無のあいだ」(既引)、明 - 滅のあわいとなるのである。連続創造説は、いまと [﹅] いまのあいだ [﹅3] に間隙を、つまり(存在と無との)〈あいだ〉を挟みこむことで、難問を回避したのであった。だが、これはじつはアポリアの解決にはなっていない。あるいは、アポリアの解消が時間そのものの消去という代償を支払っているようにおもわれる。
 難問の根を絶つためには、(アリストテレスを意識した、ヘーゲルの体系草稿の表現をつかえば)いま [﹅2] を「単一なものの絶対的に差異的な関係(differente Beziehung) [註77] 」と考えなければならない。現在はみずからとことなり [﹅4] つづけることで、じぶんとおなじ [﹅3] もの、すなわち〈いま〉でありつづける。〈いま〉の自己からの隔たりが時間の流れを形成し、〈いま〉の自己同一性が流れの連続性をかたちづくる。現在が自己差異化しつつ同一性をたもつことが、流れる時間の本性である。現在という同のうちで他が懐胎され [﹅11] 、〈他〉であることが〈同〉となるありかたについて思考されなければならない。

 (註74): E. Lévinas, Totalité et Infini, p. 317. (邦訳、四三九頁)
 (註75): Cf. Aristoteles, Physica, 219 b 9-15.
 (註76): 廣松渉「時間論のためのメモランダ」(『事的世界観への前哨』勁草書房、一九七五年刊)二五九頁以下参照。『廣松渉著作集』第二巻(岩波書店、一九九六年刊)では、四〇一頁。
 (註77): G. W. F. Hegel, Jenaer Systementwürfe Ⅱ Logik, Metaphysik, Naturphilosophie (1804/05), Gesammelte Werke Bd. 7, S. 194. イエナ期ヘーゲルの遺稿の、この部分の理解とアリストテレスとの連関については、熊野純彦「歴史・理性・他者――ヘーゲルをめぐる問題群によせて」(現象学・解釈学研究会編『理性と暴力』世界書院、一九九七年刊)七五頁以下参照。なお、この語句は、デリダが論文「差延」において、différance 概念の導出にさいして言及した文言である。Cf. J. Derrida, La différance, in: Marges de la philosophie, Minuit 1972, p. 14 f.

 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、177~179; 第Ⅱ部 第一章「物語の時間/断絶する時間」)



  • 八時のアラームで起き上がったもののベッドにもどり、眠気をなだめて九時に起床。食事はカレーのあまりを利用したドリア。新聞からはアフガニスタン難民についての記事を読んだ。皿を洗ってから風呂洗い。母親は玄関のほうの電話で(……)さんとはなしており、彼岸だからといってわざわざ墓参に来ないでほしい、こちらも応対が大変だから、というような意味内容をあまり直接的でなくつたえようと苦戦しているようだった。いずれにしても今回の彼岸はコロナウイルスの拡大によってとりやめになったようだが。
  • 部屋にもどるとストレッチをすこしして脚などを伸ばした(……)。
  • 自室にもどるとベッドですこしやすみながらミシェル・ド・セルトーを読み、その後またストレッチ。合蹠や前屈など、例の四種だが、やはり息を吐きながらやるのとふつうにやるのとでは肉のほぐれかたが格段にちがう。ストレッチはヨガ方式にしよう。三時をまわると上階に行ってカレードリアをまた食べる。新聞はこのときもアフガニスタン関連の記事を読んだ。タリバンは東部パンシジール州の制圧を優先して、政権樹立にまだ時間がかかるかもしれないと。カブールでおこなわれた女性たちのデモは弾圧されて、戦闘員が催涙ガスをつかって解散させたり、参加者を銃で殴ったりしたらしい。
  • 帰室するとアスパラガスビスケットを食いながら高校生に教えるかもしれない英語の文章を読み、それからきょうのことをここまでさっと記述。四時過ぎ。五時には出なければならないので猶予はないが、三一日の書抜きをすこしだけでもやっておきたい。
  • (……)
  • 三一日の記事はこの日で終わらせた。ようやく。五時をまわってまもなく出発。雨はもはや降っていなかったし、帰りは降っても職場のものを借りれば良いのだが、なんとなく傘を持った。道に出て西へむかっていると、とちゅうの路上に、おそらく車に轢かれた蛇の死骸らしきものが、もはや原型をとどめず、細長い皮か紐のようなすがたで、腹をひらかれた魚をおもわせる色合いでこびりついたようになっていた。そろそろヒガンバナがちかい時節だなと脇の林の茂みを見ながら行く。公営住宅まえまで来ると背後からやってきたトラックっぽい軽自動車がすぐそこの駐車スペースにはいり、(……)さんだなとわかったので、まえを通りすぎざまに会釈をおくってこんちは、と飛ばした。左を見やれば公営住宅の棟の脇(住宅は一段下がった敷地に建っており、棟の端の角を曲がれば正面の十字路から左に折れてくだっていく坂のとちゅうに出られるが、その通路のあたり)で雨を吸ったサルスベリがあたまを重そうに垂れ下げながらその先にくれないをともし、またその破片、もしくは子ども(稚魚とか蜘蛛の子や群蟻)をおもわせるような色の描点をすぐ下の地面に落としていた。一分程度まえにとおった(……)さんの宅のまえ、(……)さんの家の横にも林の外縁にサルスベリが一本あり、ここのところ、紅色の花弁が金平糖のようにたくさん散らばって濡れた路面をあざやかに装飾しているのを見る。公団から目を振って右側、(……)さんの庭のものは、これも水をはらんで垂れ下がったピンクのあつまりがそろそろところどころ色褪せて饐えたようにくすんできている。
  • 曇った秋の夕べをやわらかく走り抜ける空気は涼しく、ベストを身につけていてもほとんど肌寒いくらいで、ワイシャツの表面に溜まった涼気が布地を抜けてその下の肌につたわってくるのがかんじられる。坂をのぼって最寄り駅へ。ホームのベンチには先客がふたり、おさない女児とその保護者で、さいしょ、保護者の女性は茶髪ではあるものの年嵩に見えて祖母かとおもったのだが、ベンチの端にはいってちょっと後ろ姿を見たときには髪の染めかたが若いように見えたので、ふつうに母親だったのかもしれない。女性は声がかなりちいさく、ささやくようなかんじで子どもとやりとりをしていた。目を閉じれば涼しさが身のまわりをながれていくのが浮き彫りとなり、丘のほうではセミがまだほんのすこしだけ生き残っているようで、そのひびきのもっとてまえでは秋虫がいくつかそれぞれの場所をえて鳴いているけれど、それが一定の調子で、はじまりから終わりまでの長さも毎度おなじく規則的なので、それらの鳴き声だけを聞いていると、その都度おなじ時間が巻き戻ってはくりかえされているような、数秒ごとに時空がリセットされてはじまりなおしているようなふうに聞こえるのだった。
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