2021/10/27, Wed.

 そしてそれはほとんど少女であった。
 歌と竪琴がうまくひとつになって姿をあらわし、
 春のヴェールを通して明るく輝き、
 わたしの耳のなかに寝床をつくった。(end116)

 そしてわたしのなかで眠った。すべてが少女の眠りだった。
 わたしがかつて称賛した木々も、
 まざまざと感じとれる遠方も、わたしが感じ取った草地も、
 そして、わたしが受けたおどろきのひとつひとつが。

 少女は世界を眠りに収めた。うたう神よ、
 あなたは、彼女が目を覚まそうとは望まぬほどに
 少女をみごとにつくったのだ。見よ。彼女は甦って眠った。

 どこに彼女の死はあるのか。おお あなたは
 あなたの歌が消えてしまわぬうちに、この主題をつくりだせるか。
 わたしから離れて彼女はどこへ沈むのか。……ほとんど少女であった……

 (神品芳夫訳『リルケ詩集』(土曜美術社出版販売/新・世界現代史文庫10、二〇〇九年)、116~117; 『オルフォイスによせるソネットDie Sonette an Orpheus より; ヴェーラ・アウカマ・クノープのための墓碑として書かれる; 第一部、二)



  • 一〇時ごろ覚め、一〇時半に離床。きょうは曇天だが、暗くはなく、肌寒いというほどでもない。水場に行ってきてから瞑想をおこなった。一〇時四〇分から二〇分ほど。
  • 上がっていくと、きょうはなんとなく風呂洗いをさきにすませた。きのうもいつもどおりふつうにこすったつもりだったのだが、夜にはいったときにぬるぬるしたところがけっこうのこっていたので、きょうは丁寧に洗う。浴室を出ると食事にベーコンエッグを焼いて米に乗せた。それときのうの味噌汁。新聞からはきのうと同様、スーダンのクーデターの報を見る。あたらしい情報はたいしてなかったが。七人が死亡、一四〇人ほどが負傷と。軍はもともと前政権時代にイスラーム武装勢力とむすびついて民主派を弾圧していた経緯があるらしく、だから軍と民主派が組んでつくったいまの体制はさいしょからつづくかどうか不安視されていたという。ほか、白土三平盧泰愚の訃報。
  • 食器を洗って帰室。どうにもやる気が出ない。心身が重たるいような感触で、面倒臭いという気分が先に立っている。労働に行かねばならないのがなにより面倒臭い。なにをやりたいというかんじもあまりないのだが、それでもとりあえずきょうのことをここまで記した。
  • その後、ともかくも音読するかということでOasis『(What's The Story) Morning Glory?』をながして「読みかえし」を読みはじめた。そうすると読んでいるとちゅうから、けっこうあたまが晴れたようになってくる。よろしい。やはり声を出して口をうごかすのは有効なようだ。とはいえきょうは三時四〇分には出るようだから時間は多くないし、書き物をするほどの気分にはならなかったので書見をした。ポール・ド・マンをすすめる。もうだいぶうしろのほう。第二部はルソーの著作をそれぞれとりあげて論じているのだが、やはりむずかしくて正直なにを言っているのかだいたいわからん。まだまだレベルが足りない。寝転んで脚をほぐしながら読んでいるうちに二時台後半にかかり、そこからストレッチをして三時を越えてしまった。ほんとうは出るまえに麻婆豆腐か汁物だけでもつくっておきたかったのだが、果たせず。上階へ行き、母親が昼にソテーしたジャガイモののこりを皿に取ってレンジへ。加熱されたものを部屋に持ち帰り、本を前にしながら食す。すぐに平らげ、もういちど上がって皿を洗ってくると歯磨き。そうして服をスーツに着替えれば三時半をまわっていたのでもう出発へ。生活しているとそれだけで手のひらがいくらか脂っぽくなるというか、なにかうっすらとにおいがしてくるようですこしいやなので、外出前に台所で手を洗った。さいきんはそうすることが多い。また、季節が冬にちかづいて気温が下がり空気が乾燥気味になってきたからだろう、唇の皮が割れがちなので、ユースキンを塗った。そういえばリップクリームというものをつかったことがない。高校生のときなど、みんなよくつかっていたものだが。なぜなのか、じぶんでつかおうという発想をもったことがなかった。手も、甲のほうの指の付け根あたりがなぜかカサカサしてかゆくなりがちなのでさいきんはよくユースキンを塗っている。
  • 出発。玄関を出るとちょうど新聞配達のバイクがやってきたので、ポストのまえに停まってバイクからは降りないままこちらに背を向けて新聞を入れようとしているところにありがとうございますと声をかけて受け取った。いま閉めた扉の鍵をまたあけてなかに入れておき、道へ。このころには曇天の色合いが重苦しいように濃くなっていて、あるいは雨かとおもわれる鈍さだったので傘を持った。けっきょくつかう機会はなかったが。ヒヨドリが二羽、上下に分かれてそれぞれ電線にとまりながらしきりに声をしぼりだして鳴きあっていた。道と公営住宅の敷地の境にはフェンスがあるが、そのあたりの草が一掃されて一段下の敷地が見えやすくなっていた。一掃されたのはすこしまえからだったかもしれないが、くわえて敷地に生えていた木も伐られたようで、枝分かれのもと付近でみじかく切り詰められた裸のすがたがいくつか見られ、いぜんはたぶん何本かフェンスのあたりまで梢がのぼっていたとおもうのだが、どうもそれがなくなったために宙がひろくなったようだった。木の間の坂に折れるとミニチュアの電話が鳴っているかのような虫の音がひとつ浮かんだが、鳴くものはそのひとつきりでしずかな空気だった。よほどいそがずのぼっているが、やはり息がくるしくなるのでマスクをずらす。大気にほとんどうごきはないのだが、顔の表面に触れる感触がいくらか固く、つめたさをはらんでいる。
  • 最寄りから電車に乗って土地を移動。山帰りの中高年が多く、座席を占めており、車両にはいると即座に例の、加齢臭と香水のにおいが混ざったような特有の臭気が満ちているのを鼻がキャッチする。扉際に立って瞑目。左右のどちらからもざわざわとはなしごえが泡を立て、駅がちかづくと降車にむかううごきで登山用の服がごそごそこすれるその音も多く生じる。
  • 勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)
  • 八時半ごろ退勤。駅にはいってベンチにつき、書見。ポール・ド・マンを持ってきていた。とちゅうで山のほうに行っていたらしく荷を背負った若い男性ふたりがあらわれて、待合室にはいり、~~が言ってたのはここかー、寝られるなとか言いつつ、若い男性特有の威勢の良さでときおり吹き出すような笑いをまじえながらはなしていた。ひとりはじっさい、ベンチのうえに横になっていたようだ。電車が来て乗ってからは書見をやめて瞑目に休んだ。最寄りで降車。こちらよりもうしろの口からもひとり降りた気配があり、だいたいのひとはスタスタあるいてさっさと帰路につくのになかなか抜かしてこないなと見ているうちにあらわれたのは、失礼ないいかただがいわゆるつるっぱげというか、河童のあたまの皿の範囲が側面のほうにまで精力的にひろがったというか、キリスト教の聖職者の剃髪(フランシスコ・ザビエル肖像画をおもいだすが)の強化版みたいなかんじの男性で、たまに見かける。べつに酔っていたわけではないとおもうのだが、歩みのリズムがちょっとがたついていたというか、ときどき踏み出しを誤ってつまずきかけたかのような瞬間がはさまっていた。