2021/10/28, Thu.

 おお きみたち愛情こまやかなひとよ、ときには
 きみたちのことなど思ってもいない呼気のなかへ歩み行け。
 その呼気をきみたちの頬のところでふたつに分けるがよい。
 それはきみたちの背後に出て、ふるえつつ再びひとつになる。

 おお きみたち至福の人、まったき人々よ、
 きみたちはあらゆる心情の発端のように思われ、
 矢の描く弧であり、矢の向かう的であり、
 きみたちの微笑は涙にぬれて、いっそう永遠の輝きを放つ。

 苦しむことを恐れるな。その重荷は
 大地の重量に返すがよい。
 山は重い。海も重い。(end118)

 きみたちが子供のときに植えた木でさえ
 もうとっくに重すぎるほどになり、きみたちには運べない。
 けれども風は……けれども空間は……

 (神品芳夫訳『リルケ詩集』(土曜美術社出版販売/新・世界現代史文庫10、二〇〇九年)、118~119; 『オルフォイスによせるソネットDie Sonette an Orpheus より; ヴェーラ・アウカマ・クノープのための墓碑として書かれる; 第一部、四)



  • 九時にアラーム。そのまえから一度か二度、覚醒していたが。きょうは朝から快晴で、九時に覚めたときにもガラスのなかに太陽が浮かび、ひかりが顔までよく通って覚醒をたすけてくれた。それでもしばらくこめかみを揉んだり喉を揉んだりしてから、九時四二分に離床。からだの軽さはまあまあ。睡眠としてはむしろすくないのだが。水場に行ってきてから瞑想をおこなった。眠りがすくなかったためか、あまりはっきりしないかんじ。
  • 上階へ行き、食事には例によってベーコンエッグを焼く。ほか、春菊らしき菜っ葉のはいった味噌汁。新聞に特段に興味深い記事は見当たらず、一面のものをてきとうに読む。衆院選の候補者にアンケートを取ったところ、ワクチン接種証明書の活用に賛成しているのが全体の六割ほどとあったか。自民公明では九割が賛成、立憲民主党はたしか四〇パーセントくらい、共産党は九割方反対、ということだった。じぶんでもおのれのあたまとこころに印象をたずねてみても、どっちがいいのかなあというのがわからん。共産党がしめしているように、いわゆる左派やリベラル派だったら、非接種者の差別や不利益につながりかねないという一点でもう反対するのがたぶんスタンダードなのだとおもうが。このあたりまだじぶんは優柔不断である。そこをたしかに決定するためには、もっと具体的な情報や想定をあつめたり、他人の意見にいろいろ触れてみたりしながらじぶんの位置づけを探らなければならない。そして、情報をあつめればあつめるほどかえってよくわからなくなるということもよくあるし、それはおそらく世の中のつねである。
  • 皿や風呂を洗って帰室。一〇時五〇分くらいだったはず。勤務は一二時からで、調べてみるとちょうど良い電車がなかったので歩いていかなければならない。そうすると一一時一五分には出たいからもう猶予がない。そういうわけでさっさと歯を磨き、排便を済ませて服を着替え、身支度をととのえて出発へ。正午まえの大気がひどくまばゆく、ひかりはそこらじゅうにながれただよい空間を占めて、今年は秋晴れらしい秋晴れもすくなかったがここに来てようやく文句なしのかがやかしさに出会うことができた。ジャケットを着ていると暑いくらいだ。徒歩なのでふだんとはちがい東にむかってあるきはじめ、すると坂道をくだってくるひとがいて、あれはもしかすると(……)さんではないかと見ながらもきちんと顔を合わせたことはないはずなので素通りしようとすると、あちらからあいさつをかけてきたので、こっちも一瞬止まってこんにちはとかえした。起きてからさほど経っていないのでからだがまだ鈍いが、あるいているうちにそれもほぐれてくる。余裕をもって着きたいのでいつもよりすこしだけ大股で歩調もゆるすぎず行き、街道に出てちょっと行けば道の反対側で道路工事をやっていた。
  • 裏通りへ。ここにも日なたがおおくひらいて、高い太陽から降ってくる陽射しがあたまから背をまるごとつつみ、肩口に宿る暖気がなかなか暑い。とちゅうの一軒のまえに生えたハナミズキの葉がワインレッドに熟しており、重力にさからわずちからを抜いて垂れ下がったすがたの表面は皺をつくって革のような質感を帯びていた。空から雲は完全に始末され、青さを乱す闖入者が見事に絶滅したつかの間の無音的な平和がひろがっている。
  • 駅前に出て丘のほうを見やると、緑の斉一性はもうだいぶ崩れ、常緑の色も鈍くなってきているし、黄色やオレンジのクレヨンめいた色彩がすこし混ざりはじめている。勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)帰路も天気が良かったし、徒歩を取った。やたらと天気が良くてあかるいし、これくらいの昼間に外出して陽を浴びるのは土曜日にはたらくときか遊びに行くときしかないので、ほとんど土日の昼みたいな感覚になるのだが、きょうはまだ木曜日である。(……)
  • せっかくだから陽をよく浴びようとおもい、文化施設のところからおもてに出た。そのてまえ、まだ裏道のとちゅうにいるときに、道のまんなかをそこそこおおきなイモムシが匍匐していた。イモムシもおもわずさそいだされてきてしまう、それくらいの陽気というわけだろう。前方にいる年嵩の女性が、おどろいたような顔で、また、どこに行くのかなとか、無事に安全なところまで行けるかな、みたいなかんじの表情でたびたびふりかえって見ていた。表通りに出ると陽射しをさえぎるものもすくなく嬉々として旺盛にふりそそぐそれに身をつつまれて、マスクをはずしたくなるくらいに暑く、汗をえる。さいきんあるいていなかったので知らなかったが、街道のとちゅうの一画で歩道があたらしく拡張され、ところどころに柵も設置されていた。もっと先でさいきん道路工事をつづけているのだけれど、それもたぶん似たような改良だろう。
  • 家まで来ると父親がそとに出ていたのであいさつし、夕方にまた行くからと言っておく。なかにはいって消毒や手洗いなど済ませ、室へ帰って着替え。ワイシャツはどうしようかな、吊るしておいてもういちど着ようかなとおもったのだが、汗をかいたためにやはりなんとなくにおうというか湿り気があって、それをいえば肌着もそうなのだけれど、夕方にはあたらしいワイシャツを着ていくかということにした。時刻は二時過ぎ。五時にはまた出るのでたいした間もない。きょうの日記をしばらく書いた。そのあとベッドにたおれて、脚を揉みながら書見。そうすればもう四時は越える。階をあがって洗濯物をたたむ。おにぎりをひとつつくって食い、歯磨きもすませると四時半。出るまえに豚肉とタマネギを炒めておくことにした。醤油で味付けするつもりだったが、そうすると全体に茶色くなってしまって見栄えがないので、ニンジンも入れることに。まあ、わりと親和的な色彩なのでたいして鮮やかにならないが。タマネギとニンジンをそれぞれ切り、油を引いたフライパンにチューブのニンニクと生姜を熱し、豚肉から投入。肉は少量、ラップにつつんで冷凍しておいた。だいたい色が変わったところで野菜もくわえ、そこでもうすぐに醤油や味醂、砂糖を足して、火力を最強にして汁気を飛ばしていくかんじで火をとおした。あいまに洗い物。そうしてしあがると五時まえ、のこっていた洗濯物をたたみ、まとめておくとくだって着替え。Bill Evans Trioの"Autumn Leaves"をながした。スーツになると出発へ。
  • もはやあたりに陽の色は一片もなく、たそがれた地上をあまねくしろしめす空は青白い平面性につらぬかれ、波も皺もなく固着した色素の海としてさらさらとひろがっているが、行く手、東の一角にだけ雲のすじが数本淡くながれてただよい、それはほとんど襞もうしなって黒影と化した現実の山のさらに上に空に埋もれた非在の幻想山がかくされており、その稜線だけがつかの間うつし世に浮かびでているかのようだったが、道をすすんで脇の樹々がとぎれて空が拡張されると雲の線のもとには、筆でいくらかぐしゃぐしゃとかき乱されたようなおおきな母体があったことがあきらかになり、もはやとおく去った陽の気配はその下端と地上の上端とのせまいあいだにわずか香るのみ、その残香がかろうじて青暗い雲の縁にのぼってあえかな層を添えていた。
  • 最寄り駅から移動してふたたび勤務。(……)
  • (……)
  • そうして九時まえに退勤。駅にはいって電車に乗り、家のある土地に帰る。帰路に特段の印象はない。帰り着くといつもどおりベッドでからだを休めた。(……)さんのブログを読みつつ。二七日から二四日まで四日分。無事に大学の寮にもどれたようで良かった。(……)さんが上海のホテルから空港に行って一夜を明かし、常徳にたどりつくまでの一連の日記を「小説」として絶賛していたが、一九日二〇日の記録はたしかにおもしろかった。小説的と言っても紀行文的と言っても良いのだが、こちらが(……)さんのブログに出会ってのめりこんだ当初にたびたびかんじていた、日記で小説をやっている、みたいな感覚をまたかんじた。もともとじぶんも、それですげえとおどろき、そういうことをやりたいなとおもって真似をしはじめ、詳細な日記を書くようになったのだ。それが二〇一三年の一月のこと。それいぜんもたしか一年間くらいはときどき日記的なものを書いていたおぼえがあるが。そのときはたぶん「(……)」をモデルにしていたはず。そうかんがえるとじぶんは完全に他人のブログに感化されて文を書くようになった人間なのだ。ブログ文化の落とし子、二〇一〇年以降の書き手である。
  • あとはたいしたこともなし。夕食のまえと深夜にきょうのことをすこし書き足したくらい。その他をおもいだすのが面倒臭い。
  • 作: 「うつくしき嘘をそだてよ火の夜に一千年後もきみであるため」「あやふやなことばばかりがいとおしい原初の秋の木もれ陽のような」