2021/11/6, Sat.

 ばらよ、おお 純粋な矛盾、
 おびただしい瞼の奥で、だれの眠りでもないという
 よろこび。

 (神品芳夫訳『リルケ詩集』(土曜美術社出版販売/新・世界現代史文庫10、二〇〇九年)、152; Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,; 後期の詩集より; この三行詩はリルケが自らの墓碑銘として書き遺した詩句。)



  • 八時三五分におのずと目覚め。なにか夢を見ていた気がするが、忘れた。きょうもまた雲のない青空のなかに剝き身の太陽がたゆたう快晴。喉やこめかみをしばらく揉んで、八時五〇分にいちど起床し、水場に行ってきてからまた臥位になって陽を浴びながら本を読んだ。ミシェル・ピカール/及川馥・内藤雅文訳『遊びとしての読書 文学を読む楽しみ』(法政大学出版局/叢書・ウニベルシタス667、二〇〇〇年)。いまのところ特別おもしろくはない。九時四〇分くらいまで読み、そこから瞑想。睡眠が五時間くらいでみじかいためか、座っているうちにあたまがやや前にかたむいて意識がすこし曖昧化し、気づいて姿勢をもどすということをくりかえした。精神の感触としても、全般的にあまりはっきりせず、澄んだ明晰さにはいたっていなかった。致し方ないこと。一〇時五分くらいまで座って、上階へ。
  • 母親はすでに勤務。父親は山梨。例によってハムエッグを焼いて食事。日本に逃れてきているウイグル族の苦境について新聞記事を読んだ。パスポートを更新しようとしても大使館で拒否されるらしい。代わりに旅行証という準パスポートみたいなものを取得するのだが、それにあたっても面談をしなければならず、いろいろ訊かれるらしい。記事ではなしをきかれていたひとはみな、ウイグル自治区に帰れば拘束されたり弾圧されたりすると恐れており、月に一度故郷の家族と通話しているという男性によれば、数年前から父親はイスラームにおける日常的なあいさつである「あなた方に平安がありますように」みたいな文句すら口にしなくなったという。日本国内で氏名を公開して抗議活動をしている男性が兄と通話していたときには、とちゅうで漢族の男がはいってきて、抗議の参加者を教えてくれればあなたが望んでいる帰化ができるよう便宜を図るみたいなことを言われたといい、要するにスパイに誘われたわけだが、それで通話を切ったと。兄のからだには暴行を受けた痕があったといい、その後の安否は不明。日本国内には二〇〇〇人ほどのウイグル人がいるらしいが、帰化を望んでいるひとが多く、すでに一割くらいは帰化したと見られるらしい。継続的な収入などの帰化条件を満たせないひとは難民申請に望みをかけるが、周知のとおりこちらは狭き門で審査に数年以上もかかる。
  • 食器と風呂を洗って帰還。ウェブを見て、一一時半ごろからきょうのことをここまで記述。きのうの記事も一文だけ足して完成。
  • その後、家を出るまではだいたい読書。ミシェル・ピカール/及川馥・内藤雅文訳『遊びとしての読書 文学を読む楽しみ』(法政大学出版局/叢書・ウニベルシタス667、二〇〇〇年)。一時くらいで食事。きのうの夜の炒めもの(豚肉とピーマンやネギを合わせて炒めた料理)がすこしだけのこっていたので、それをレンジで加熱し、白米とともに食った。そうして洗濯物を取りこんでたたみ、出発の準備へ。歯を磨いたり瞑想をちょっとだけしたり着替えたりしてうえに上がるとほぼ二時。玄関を抜けると家のまえに落ち葉が転がっていたので、箒と塵取りを取って五分だけ掃除をした。そのくらいの短時間でもおおかたかたづく程度の量ではあった。駐車場の奧、そこが吹き溜まりなのか家壁にちかいほうによく溜まっていたのでそれも回収し、林の縁に持っていってじゃーっと捨てておく。そうして出発。道をすすむにつれて左右にあらわれる樹々がところどころ赤やオレンジのいろどりに変化しており、緑の葉たちのなかにも黄色く褪せかかったものが混じっている。(……)さんが家の前に出て木をいじるかなにかしていたのであいさつをかけて過ぎた。このころには雲が生まれて直上から西空にかけてひろく覆っており、太陽はそのむこうにとらえられたようであたりに陽の色はなし、背後を向けば東の方面は煙の切れ端めいた雲をいくらか受けいれ乗せながらもおおかたはまだ水色に伸べられている。最寄り駅から乗車。ベンチにも山に行ってきたらしい高年が溜まっていたし、電車も混んでいるのではとおもったがそのとおりで、ただこの時間はまだ満員というほどではなかった。四時くらいになると満員電車になる。とはいえすでにけっこう空間は埋まっており、先頭まで行っても扉のちかくを老人らが占めている口ばかりだったので引き返し、優先席のそばの口からはいって席のまえの隙間に居場所を確保した。吊り革をつかんで揺られつつ目を閉じてぼんやり休み、(……)に着くと降りて職場へ。
  • 勤務。(……)
  • 退勤(……)。それからこちらはホームを歩いて自販機でチョコレートを買い、引き返してベンチに座り、書見しながら電車を待った。夜にホームで大気にさらされながら座っているともうだいぶ寒い気候で、ほんとうはコートを着なければ防げないような寒気が、明確な風のうごきがなくともおりおり寄せてきた。右方の端に座っていたもうひとりはおそらく去年の生徒だった(……)くんで、一度か二度、なにかひとりごとを漏らしていたようだったが(寒さに耐えかねておもわず苦情を言っているか、それかなにか動画でも見ていてそれにたいして反応しているような気がされた)、そんなタイプだったとは知らなかった。しかしいまだとイヤフォンで耳を塞ぎ、動画を見たりしていればそとでも簡単にひとりの世界にはいれるから、ちょっとひとりごとを言ってしまうとかはけっこう多いのかもしれない。
  • 最寄りへ。帰り道をあるいているあいだもやはり寒い。からだの芯にまでは浸透してこず、震えることもないが、これはたぶんストレッチなどを習慣化したためで、二、三年前の肉体だったらふつうに震えていた気がする。(……)さんの家に息子だか娘だか知らないが子の夫婦が孫を連れてきていたようで、戸口で別れて車に乗りこんでいるところに遭遇した。ちょっと視線を向けたが、あいさつはおくらずに過ぎる。それから林の縁にある石段の際をあるいていると、しずかな夜道のなかに突如としてかすかな音がはいってきて、それはすぐそば、段のうえの草むらのなかから虫が一匹鳴いているのだったが、その目の前に来るまでまったく聞こえなかったくらいあまりにもひかえめな声だったので、おもわずちょっと立ち止まって、見えるはずもないのに葉っぱの襞のあいだにその微小な声の虫をさがしてしまったほどだ。林の奧、そそりたった樹々がつくりだす闇のなかからはなにか風のような響きが聞こえないでもないのだが、道にながれるものはないし、上の通りを走る車の音が濾されてきているのか、それか間近の沢の音か、あるいは遠く川の響きがつたわってきて反響しているのか、とおもわれた。