2022/3/2, Wed.

 「私は外国文学者の畑から迷い出てきた小説書きである」と語りだしながら、ヨーロッパの言語と日本語という、大きな落差の中での仕事について、かつてこう語ったことがある。
 「とにかく意味の通る日本語をめざすよりほかにないと考えた。しかし翻訳という作業は(end243)どのみち表現の建築物をひと部分ずつ解体して、また組立てていくことであり、建築物全体の微妙な成り立ちに触れて、いやでも物を思わされる。論理の構築というものがいかに表現の音楽性に支えられているかを、私は原文に倣って訳文の細部の論理を組立てていく作業の中で知った。読んでいるかぎりでは明快でも、いざ翻訳してみると言葉の響きなり律動なりに支えられなければつながらない論理の部分がある。そしてその部分が全体の構築の成り立ちに無関係ではないのだ。論理というものは記号にまで抽象化されないかぎり、結局ひとり立ちのできないものなのではないか。言葉による了解というものは、論理性と音楽性が共振れを起すところで、はじめて生じるのではないか。そんなことまで私は考えた。」(「翻訳から創作へ」一九七一年)
 これはヘルマン・ブロッホの小説を翻訳した経験から語られているらしい箇所である。
 (古井由吉『詩への小路 ドゥイノの悲歌』(講談社文芸文庫、二〇二〇年)、243~244; 平出隆「解説 詩学入門書として」)



  • 「読みかえし」: 515
  • 七時半ごろにいちどさめて、尿意がたかまっていて膀胱が重かったので、トイレに立ってながながと放尿した。さすがに睡眠がみじかいのでもういちどねむりへ。けっこう意識が覚めていて、寝つくのにちょっとかかったが。一〇時半に再度の離床。ダウンジャケットを着て、トーマス・マン高橋義孝訳『魔の山』上巻を読みながらちょっとだけ脚を揉んだ。そうして瞑想。なかなかよい。からだぜんたいがひとつながりになったかのような、とどこおりのないなめらかさにいたった。二五分ほど。
  • 上階へ。屈伸して脚の裏を揉んでからジャージにきがえ。洗面所で顔を洗い、髪を梳かすとともにうがい。食事はきのうの白菜のクリーム煮ののこりと五目ご飯。新聞、一面のウクライナの報をみた。ロシア軍は市街地に砲撃をしていると。ハリコフでは州庁舎が砲撃を受けて二〇人だか死亡したという。ベラルーシ東南部の国境ちかくの街ゴメリでおこなわれていた停戦協議はみのらなかったが、協議継続では一致し、ロシア側から全面降伏などの要求はなかったという。とはいえキエフにむかう幹線道路には六〇キロにわたる戦車列が確認されているし、数日内にキエフを包囲して猛攻をはじめるのではないかと米国務省の高官は予測している。一一時半からはじまったテレビのニュースでも情勢がつたえられるが、キエフの放送塔がミサイルらしき攻撃を受けて、市街からひとつ頭抜けてそびえているその高い塔が中途あたりでオレンジ色の炎をみせながら爆発しているさまとか、ほかのおなじような爆発や、しきつめられた瓦礫の映像を目にすると、さすがに動揺する。
  • 食器をかたづけ、風呂も洗う。白湯をもって帰室。きょうは晴れとくもりのあいまくらいの天気で、ひかりが出ていたとおもいきやにわかにかげったりもして判然とせず、いま午後一時まえは撫でるような薄雲が全面に優位となって青さ陽の色は希薄化された。最高気温は一四度とあったがきのうにつづきあたたかな肌触りなので、部屋を出るさいに窓をちょっとあけて風をとおしておいた。Notionを用意(やたらと重かった)し、「読みかえし」。切ってここまで書くと一二時五〇分。きょうは三時に出て帰りはたぶん一〇時半になるとおもうからながい。
  • 約束された安息の地であるベッドに避難して(……)くんにおしえる英語の問題を予習というか再確認。余裕をもってつぎのやつも読んでおいた。立命館大学の法学部の過去問らしく、liberal educationの価値というか、そこでなにをおしえるべきかを問い直さなければ、みたいなはなしなのだが、高校生がこれをしかも英文で読むとなるとけっこうむずかしいだろうなという印象。そのあとはGuardianでウクライナの情報をみたり。一時四四分におきあがってストレッチをした。ストレッチはやはり大切だ。そんなにみっちりやろうとせず、かるくでよいのでまいにちやるのが大事だ。それから五目ご飯と大根の味噌汁を取ってきて食事。
  • 二時半。食後、白湯を飲みつつ(……)さんのブログの最新記事をみていると、「また、ロシアの国営テレビで司会者が “Our submarines alone can launch more than 500 nuclear warheads, which guarantees the destruction of the US and NATO for good measure. The principle is: why do we need the world if Russia won’t be in it?” と語ったという情報もある」とあった。”The principle is: why do we need the world if Russia won’t be in it?”のことばは、二八日の記事でふれたプーチンの発言とまったくおなじである。プーチンの思想を完璧に忠実にインストールしている。
  • Notionがとにかく重い。文章を書いているときはそうでもないのだけれど、記事をうつろうとするときとか、スクロールするときなどに鈍くなることがおおい。デスクトップアプリではなくてブラウザでつかったほうがよいのかもしれない。ただブラウザだとすぐにウィンドウをもうひとつあたらしくひらくやりかたがわからん。ブラウザのタブをひらいてそちらでもNotionにアクセスするしかないのか?
  • この日は徒歩で出勤して、そのときには道中それなりの印象もあったはずなのだけれど、もうわすれてしまった。雨がわずかにぱらついていたことだけはおぼえている。さっさと勤務時のことに飛ぼう。(……)
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