アジア人登録法は、一九〇七年三月二十一日、トランスヴァール議会の第一回本会議にかけられ、あらゆる審議段階を駆け足で通過してしまった。法令は発布され、一九〇七年七月一日から発効することになった。インド人は、七月三十一日までに、法律の定めたところによって、登録を願い出なければならなかった。
一九〇七年七月一日がきた。許可証発給所が開設された。インド人居留民は、各発給所に公然とピケを張ることを決定した。すなわち、そこに通ずる道路上に志願運動員が配置され、これら運動員は、弱気になったインド人に対して、彼らをねらってかけられた罠にかからぬよう警告を発することになった。
アジア人局は、あらゆる努力にもかかわらず、登録インド人が五百名足らずだったことを知った。それで彼らは、幾人かを逮捕することを決定した。ジャーミストンには、たくさん(end268)インド人が住んでいた。そのなかの一人にパンディット・ラーマ・スンダラがいた。彼は、いろいろの地区で、気合いのかかった演説をたくさんした。ジャーミストンに住んでいる幾人かの悪意をもったインド人が、もしラーマ・スンダラを逮捕してしまえば、多数のインド人が許可証を願い出るだろう、とアジア人局に申し出た。そして関係役人も、彼らに申告されて、誘いをはねつけることができなかった。そこでラーマ・スンダラの逮捕となった。これが、逮捕第一号であったため、これをめぐって、政府当局もインド人も大騒ぎをした。彼が判決を言い渡された日、彼は、拍手喝采で祝われた。そこには、沈滞の影はいささかもなかった。反対に、狂喜と歓呼があった。数百人が、すすんで入獄の心構えを固めた。多数の登録出願者が出てくるのを期待したアジア人局の役人は失望した。彼らは、ジャーミストンでさえ、一人の登録者も得られなかった。インド人居留民の一方的勝利であった。
(マハトマ・ガンジー/蠟山芳郎訳『ガンジー自伝』(中公文庫、一九八三年/改版二〇〇四年)、268~269; 第六部; 「52 投獄」)
- 藤田一照・宮川敬之「坐禅とは何か――『正法眼蔵』「坐禅箴」を身読する: 第2回 二篇の「坐禅箴」」(2019/8/19)(https://haruaki.shunjusha.co.jp/posts/2219(https://haruaki.shunjusha.co.jp/posts/2219))
中国語はいうまでもなく漢字で書かれています。漢字は一文字一音節の言葉であり、子音と母音とに分かれます。母音に着目すると、平板なものと上下抑揚を持つものとに分けることができます。前者を平声(ひょうしょう)、後者を仄声(そくしょう)といいます。それぞれはさらに細かく分類され、平声は三十種類、仄声は上声二十九種類、去声三十種類、入声十七種類に分類され、平仄あわせて計百六種類に分類されます。この種類一つ一つを同じひびきと言う意味で韻と呼びます。おどろくべきことに、何万もある漢字の全てが(ただし日本でできた漢字である国字は除きます)平仄の二声に、さらに百六韻のどれかに分類されるのです(一つの漢字が平仄の両方の声を持つ両韻の字もあります)。この百六の韻の分類は、中国の元の時代に整備された平水百六韻とよばれるもので、それ以前、たとえば唐代や宋代には、『広韻』という本に記された二百六韻もの細かい分類がなされていました。前節で挙げた「宏智坐禅箴」「永平坐禅箴」のカッコ内に記した符号はこうした分類を表していて、○は平声を、●は仄声を、そしてその横の数字と漢字とはどの韻かを示すものです(たとえば機は「○五微」と書かれていますが、これは平声のうちの上平十五種類の韻の第五番目の韻を指します。「微」はこの韻を代表するもので韻目といいます。なお宋代の漢詩を分析する場合には広韻に依らなければならないのですが、煩雑になるので、便宜的によりシンプルな平水韻に依っています)。
一般的に、詩は同数(四字・五字・七字等)の字数で一句を作り、それを何句か並べて構成しますが、偶数番目の句末の語を同一種類の平声の韻で合わせることを必須条件としていました。これを「韻を踏む」「押韻」といいます。中国文学者前野直彬氏は「詩は、どのような形式のものでも、必ず韻をふむ。(中略)逆に言えば、韻をふまないものは、詩ではない」(『精講 漢文』)とまでいいます。これほどまで韻を踏むことは、古代から詩の必須条件であったのです。
こうしたことを基本に、詩を書き換える際の作法も生じました。ある詩に対して敬意や愛着を示す場合に、同じ詩形(字数と行数)を使って、同じ韻を使って詩を作るのです。これを「和韻」といいます。ある詩に和韻して詩を書き換えることは、今風に言えば、元の詩へのリスペクトを表したトリビュート作品を作るということです。和韻には依(え)韻(いん)・用(よう)韻(いん)・次(じ)韻(いん)という段階があります。たとえば七言絶句(七文字で一句を作り、四句で構成する詩)では、一句(起句)末、二句(承句)末、四句(結句)末で韻をふみます。ある七言絶句の詩が、かりに起句末「梅」、承句末「開」、結句末「来」で、上平声十灰の韻で押韻している場合、梅・開・来の文字には関係なく十灰の韻の文字をひろく使って別の詩に書き換えると、これは依韻といわれます。すこし制限して、順番は関係なく梅・開・来の文字を使って書き換えればそれは用韻です。梅・開・来の順番を保ったままこの文字を使って別の詩に書き換える場合、それを次韻とよび、もっとも条件が厳しく作りにくい反面、もとの詩に対する強い尊敬の意を表す作法となるのです。*
四六駢儷文(以下四六文)は、主に六朝期から盛んになった文体で、四字と六字の句によって対句を作り、全体を構成することを基本とします。駢儷文の駢とは馬が二頭並ぶこと、儷とは人が二人ならぶこと(すなわち夫婦の意)とされ、対句を基に全体が構成された文という意味があります。詩ではないので韻は踏みませんが、句末平仄を対称的に整える(○●●○あるいは●○○●)ことを特徴にします(このことから「永平坐禅箴」を四六文と判断できるわけです)。さて対句とは、対偶と呼ばれる文章法の一つで、『論語』憲問の例「古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす〔古之学者為己、今之学者為人〕訳 むかしの学問をする者は自分の修養のために学び、ちかごろの学問をする者は人の評判を得るために学ぶ」(『論語』憲問)といった、「対称的な表現をもつ二句(または二句以上の偶数句)の組み合わせ」(佐藤保『詳講 漢詩入門』ちくま学芸文庫二〇一九)のことです。このような対偶表現は中国語において非常に好まれました。(……)
*
奇妙に聞こえるかもしれませんが、対偶表現は対偶したものを表現することだけを目的としたものではありません。対偶表現のもうひとつの目的とは、対偶する二つのことがらを問題にしながら、同時に、対偶をこえたなにかを表現しようとするところにあります。前掲の佐藤保氏は、前掲の引用に続けてつぎのようにいいました。
以上がいわばシンメトリー(対称)の美学であるが、さらに第四として次のような理由が存在する。上掲のいずれの例でも、対偶表現をとることによって、対偶を構成するそれぞれ個別の事象が一つに包括され、統一的な観念ないしは原理を表現することである。『論語』憲問の例で言えば、「古」の学問をする正しい態度を「今」の学問をする者の誤った傾向と対比させて、時間を超越した「学問する態度の正しいあり方」を抽象化、観念化しているといえるのである。(中略)中国語の抽象概念の表し方は、相反する意味の言葉を並列して熟語を作り、具体的な対比から抽象的意味を生み出す場合が少なくない(同)。
前述のとおり、禅の伝統での、言葉と言葉を超えた悟り、知覚と知覚を超えた悟り、判断と判断を超えた悟り、表層と深部、通常と超越といった二分法があるわけですが、しかしそこには原理上のつまづき [・4] がいつも埋設されています。それはなんでしょうか。たとえば、「禅とは言語を超えた悟りである」と言われる場合、それは言語を使って言われている [・15] わけです。つまり、言語のうちであらかじめ仕立て上げられた言語と言語以外という二分法でもって囲い込まれたなかで、安全に発言しているということです。これは知覚と知覚外、判断と判断以外、といった二分法にもいえることで、そうした考察は、あらかじめ作られた二分法のなかで安全になされているにすぎないということです。そのような安全ななかでどれだけ考察しようと、そうした発言・知覚・判断をのりこえる現実の坐禅の出来(しゅったい)はありえない。道元禅師はそう考えたのではないでしょうか。「宏智坐禅箴」に見える進退格は、平声と仄声との安定した交替であり、それは二分法を説明するその説明自体は見事であっても、いやそうだからこそ、そこに現実の坐禅は出来しないのです。道元禅師が行った改変は、この二分法を動揺させ、「運動」をもちこむことだったのではないでしょうか。そして、二分法そのものを相対化する場、すなわち坐禅の場を、出来させることこそがその目的であったのではないでしょうか。
実際、道元禅師は『典座教訓』(嘉禎三〔一二三七〕年)において、言葉についての興味ぶかい述懐をしています。これは阿育王寺の典座老師に「いかなるか文字」と問い、「一二三四五」という回答をもらった有名な逸話に続く箇所です。然あれば則ち従来看る所の文字は、これ一二三四五なり。今日看る所の文字も、また六七八九十なり。後来の兄弟、這頭 [しゃとう] より那頭 [なとう] を看了し、那頭より這頭を看了し、恁 [かく] のごとき功夫を作さば、便 [すなわ] ち文字上一味禅を了得し去らん(全集第六巻)。
この箇所の意味を正確に読解することは非常に難しいのですが、少なくともはっきりしているのは、道元禅師が禅を語る場合には、「こちら側(這頭)」と「あちら側(那頭)」とのあいだで、相互に移動しあう一種の「運動」が必要だと考えていたということです。這頭から那頭へ、那頭から這頭へ、この相互の「運動」と、「運動」が生み出す這頭でも那頭でもないもう一つの場を、想定していると考えられます。これらの全体を、坐禅の場(「文字上一味禅」)であると道元禅師は考えていたのではないでしょうか。ですから「宏智坐禅箴」が二分法、二元構造であり、二次元的であるのに対して、いわば「永平坐禅箴」とは三肢構造であり、三次元的なのです。もちろんこの三元目は、「運動」すなわち行によってのみ現れるなにかということなのですが。
- いまもう帰宅後。午後九時三六分。(……)さんのブログや、(……)さんのブログや、じぶんの日記の一年前の記事を読んだ。瞑想を習慣化しており、「心身の感じとしてはもうかなりまとまっているしけっこう長く座ったのではないか、というところで目をひらいたのだけれど、やはり二〇分も経っていない」という段階。いまはレベルアップして、だいたい一回で三〇分くらいすわる。「電気ストーブが温風を吐き出す音をそれそのままで、何のイメージにも意味にも変換せず、ただの即物的な物理音として持続的に耳をかたむけることができるようになっている。それを聞いていると落ち着くということもないし、なにかを感じるということもない。単なる知覚のみの無意味さ。ただそれが続く」という。
- 一年前の三月七日は日曜日で、『のど自慢』を目にしながら、ひとが歌をうたうということは良いことだ。下手だろうがうまかろうが、みっともなかろうが格好良かろうが、つまらん音楽だろうがすばらしい曲だろうがそんなことはどうでも良い。人間が歌をうたい、またうたえるということは前提として絶対的に良いことである。自由という概念の意味とはひとが歌をうたえるということにほかならない。ひとに歌をうたうことを許さない国家はこの世に存在する価値がない。全体主義体制が完全無欠なまでに疑いなく愚劣である理由はそこに集約される」とおおげさに断言しているのでわらう。
- このころもからだをととのえて楽にするとか、なるべく気楽に文を書くとか、そういったことで苦戦しているようだ。「椅子に就いて打鍵していると肩甲骨のあいだあたりの背が張ってきて長く作業できないということを最近たまに書きつけていたが」とあるので、まだベッドにこしかけてスツール椅子にパソコンを乗せた状態で作業する習慣にはなっていないもよう。
- 入浴中につぎの記述。
(……)風呂のなかでは相変わらず瞑想的に静止する。たぶん脚の毛をはなれて浮かび上がってくる微小な気泡だと思うのだけれど、脇腹のあたりにぷつぷつ触れる感覚があってくすぐったい。しばらく停まっては出て脚に水を浴び、もどってまた停まるというプロセスを何度かくり返した。目をつぶっているあいだ、時計が秒を打ったり、シャワーヘッドから漏れる水滴が落ちてこまかく響いたりする物音を聞く。それらの組み合わせのタイミング、交錯の仕方が不規則で、聞いていると意外と音楽みたいでけっこう面白いのだけれど、こういう物音を人間は普段、全然しっかり聞いてはいないということがよくわかるなと思った。音そのものを聞くということはないというか、何かの音を耳にしたとき、だいたいそれは自動的にこれの音だと分類されて、理解される。聴取と同時に、そういうふるい分けははたらいており、音が耳に入っているということを意識していなくてもそうである。いま耳にしている物音はたいていの場合、それまでの経験から容易に理解され、分類可能な空気振動なので、自覚の有無にかかわらず、世界の秩序はおのずから安定的に保たれている。そういう自動分類が機能しないような音を耳にした場合は、安心できず、違和感が生じるはずだ。つまるところ、感覚とか知覚というものも先験的に概念と意味に侵入されているのだな、と思ったのだった(概念と意味に「侵入されている」とか「汚染されている」とかいう言い方がよくされるが、それは意味以前の世界、もしくは意味の彼方へ向かおうとする根源への回帰に純粋性と真実を見る一種のユートピア思想だろう)。それで安心しているので、われわれは、音そのものを聞こうとするということが基本的にはないし、たぶん聞けないのだと。そうは言っても耳をかたむければ概念的要約に馴染みきらない音の質感、ロラン・バルトの言葉で言ってまさしく「声のきめ」がそこそこ感じられるもので、それはわりと楽しい。
- 覚醒したのは八時直前。一〇時から通話があるので、八時に鳴るよう(といっても携帯はつねにサイレントモードにしているので、時間になっても音は出ず、ただ振動するだけでしかない)アラームをしかけておいたが、その二、三分まえにめざめた。アラームを設定するとそういうことはよくある。解除しておき、しかしすぐにはおきられず、布団のなかにとどまったまま呼吸をしたりまどろんだりして、九時にからだをおこした。水場へ。用をたしてきて、もどると瞑想ももちろんしたいのだけれど、さいきんはまた脚をもみほぐせば心身の感覚はととのい楽になって活力もでるという人体の真理にたちもどっているので、あおむけになってしばらくふくらはぎや太ももをマッサージした。トーマス・マン/高橋義孝訳『魔の山』(上巻)をともづれ。マッサージというのは手ではなくもむのも足でやっており、ふくらはぎはかたほうの膝でかたほうの脛をぐりぐりやるかたちで、太ももとか脚の前面のほうはかたあしのかかとで刺激する。膝からしたのふくらはぎのほうも大事なのだが、とくに太ももをよくほぐしてやわらかくすると、からだのかんじは格段にちがう。
- 九時二五分くらいまでそうしてから上階へ。両親にあいさつして洗面所で髪をとかす。髪の毛ももうだいぶのびてきて、両側がちょっとわさっとひろがるようなかんじもあり、うっとうしい。そろそろ切ったほうがよい。服装にかんしてはそこそこ好みがないでもないが、髪型というものにかんしてはいままで洒落っ気を発揮したことがまったくないので、そろそろ飽きてきており、なにかじぶんとしてあたらしいスタイルに挑戦してみたい気もするのだけれど、どういうものがよいのかもよくわからない。オールバックとかちょっとやってみたいような気もする。オールバックでなくても、なにかおしゃれになでつけるようなかんじのやつとかがよいのかもしれない。なぜだかわからないが、髪を染めたいという欲求はまったくない。髪を染めるのだったら、まだドレッドとかをやってみたいというむきのほうがある。
- 食事。きのうのカレーののこりを利用したドリア。あとは即席のシジミスープをつくった。父親が朝刊を卓上にひろげて読んでいるそのむかいにつく。新聞をよめないので、窓のそとの景色に目をむけながらものを口にはこぶ。風があるようで川沿いの樹壁の、あさのひかりをかけられてふさふさとした淡い緑を白っぽく染めているこずえが、さきのほうはちいさな渦をいくつも巻いて沸くようにざわざわと、したのほうではさしまねくかに左右にゆるく暢気におどって、樹壁はそのむこうに対岸の町の屋根をわずかにのぞかせて、それをあいまに埋めるようにして奥にはまた濃緑の樹々が配されており、川のとなりからそこまでたしょうの距離はあるはずだが、奥の緑もいまおなじようなざわめきにゆだねられて波打って、織りものとしてひとつにつながり空間をなめるほのおのごとく、こずえたちは風に燃えあがりさわいでいた。てまえ、窓枠のしたからは、品のよい赤の粒をかざった梅の枝が、ひそかに、気づかれまいというかのように突端だけ顔を出しており、それもまた風にかすめられて左右にゆらいで、もう花の時なのでちょっとあたまをもちあげ胸を張っただけでも樹冠がのぞけばたちどころに清潔な白さがあらわれる。山に接したせまい空はひかりを吸いこんでとどめたごとく粉っぽい乳白色を横むきにさっと刷かれて青さを惜しみ、みえないたかみも同様らしく午前九時のひかりにみずの質はよわいものの、空間はなべて微光をはらんだおだやかさにじわりとかすみ、白さを塗られた屋根もある。うちつけに、山からはがれだしたように、紙くずめいた白さのかけらが目にあらわれ、きらきらとまではいかないまでもひらめくつばさにわずかはじくものをみせながら、ときにうしろの山に埋没してすがたを消してはまた浮かび、あたりをひとしきり飛ぶと背景のなかにかえっていった。
- Samantha Lock and Sam Jones, “Ukraine war: what we know on day 12 of the Russian invasion”(2022/3/7, Mon.; 13:32 GMT)(https://www.theguardian.com/world/2022/mar/07/ukraine-war-russia-what-we-know-so-far-day-12-russian-invasion(https://www.theguardian.com/world/2022/mar/07/ukraine-war-russia-what-we-know-so-far-day-12-russian-invasion))
Ukraine has criticised a proposal by Moscow to open refugee corridors as “immoral” and “unacceptable” after the Russian defence ministry announced civilians fleeing some cities would only be allowed to leave for Belarus or Russia.
More than 1 million Ukrainians have fled to Poland since the start of the Russian invasion, with 142,300 people arriving on Sunday alone. The Polish government has said it will create an 8 billion zloty ($1.75bn) fund to help the war refugees.
The British government has denied that the UK is to offer Ukrainian refugees a new humanitarian-based route to the country, and confirmed it was possible only 50 people have been granted visas so far.
China says it is open to helping to mediate peace, but has stressed that the friendship between Beijing and Moscow is still very strong.
Almost 5,000 people were detained for demonstrating in Russia on Sunday, according to an independent monitoring group.
- Nesrine Malik, “Let the horror in Ukraine open our eyes to the suffering of war around the world”(2022/3/1, Tue.)(https://www.theguardian.com/commentisfree/2022/mar/01/let-the-horror-in-ukraine-open-our-eyes-to-the-suffering-of-war-around-the-world(https://www.theguardian.com/commentisfree/2022/mar/01/let-the-horror-in-ukraine-open-our-eyes-to-the-suffering-of-war-around-the-world))
But there is a third realisation that appears to shape the perception of too many western journalists justifiably appalled at the defiling of Europe. From the tone of much coverage, this seems uniquely distressing and more alarming to them because the lives of non-Europeans have less value, and their conflicts are contained, far away from us.
I thought it was just clumsy phrasing from a couple of reporters under pressure, but soon it became clear that it was, in fact, a media-wide tic. From Al Jazeera to CBS News, journalists were appalled that this was not happening in “Iraq or Afghanistan” but in a “relatively civilised European city.” One said: “The unthinkable has happened. This is not a developing, third world nation. This is Europe.” Another reflected: “These are prosperous middle-class people … these are not obviously refugees getting away from the Middle East. To put it bluntly, these are not refugees from Syria, these are refugees from Ukraine … They’re Christian, they’re white, they’re very similar.”
Ukraine’s former deputy chief prosecutor, David Sakvarelidze, told the BBC, unchallenged: “It’s very emotional for me because I see European people with blue eyes and blond hair being killed.”
Daniel Hannan, Telegraph columnist, former MEP, Lord Hannan of Kingsclere; put it more bluntly, writing that those suffering in Ukraine “seem so like us. That is what makes it so shocking … War is no longer something visited upon impoverished and remote populations. It can happen to anyone.” It is, he said: “civilisation in retreat.”
- 「ウクライナ大統領の暗殺未遂、英紙「1週間で3回」…キエフだけで雇い兵400人潜伏か」(2022/3/7; 07:09)(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220306-OYT1T50167/(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220306-OYT1T50167/))
【ロンドン=池田慶太】4日付の英紙タイムズによると、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対する暗殺が過去1週間に少なくとも3回試みられたが、いずれも阻止された。ウクライナ当局関係者らの話として報じた。
暗殺を企てたのは、ロシアのプーチン政権に近い露民間軍事会社「ワグネル」の雇い兵と露南部チェチェン共和国の特殊部隊。ワグネルの要員は首都キエフだけで約400人に上るとされ、6週間以上前から潜伏し、ウクライナ政府要人24人を標的にしている。暗殺阻止にあたり、両グループには死者が出ているという。
ウクライナ政府幹部が地元テレビに語ったところによると、当局がチェチェン部隊を排除した際、暗殺計画に関する情報は、軍事侵攻に不満を抱く露情報機関・連邦保安局(FSB)関係者からもたらされたという。
- 「ソ連時代の核物質保管、ハリコフの原子力施設が攻撃被害…原発立地の南部にも砲撃」(2022/3/8; 01:04)(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220307-OYT1T50241/(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220307-OYT1T50241/))
【クラクフ(ポーランド南部)=笹子美奈子】ウクライナ保安局は6日、ハリコフの原子力研究施設「国立物理技術研究所」が、ロケット弾による攻撃で被害を受けたと発表した。研究所にはソ連時代に製造・搬入された核物質が保管されている。ウクライナ規制当局は7日、放射性物質の数値に異常はないとしている。
ウクライナ国営通信などによると、露軍は7日、「南ウクライナ原発」が立地する南部ニコラエフ州の州都ニコラエフを砲撃した。露軍はキエフ北方のチェルノブイリ原発を占拠し、今月4日には、南東部にあるザポリージャ原発も攻撃、占拠しており、核関連施設への相次ぐ攻撃に懸念が強まっている。
- 「ロシア軍「一時停戦」せず…キエフ近郊の住宅街にも空爆、30以上の医療施設破壊」(2022/3/7; 06:39)(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220306-OYT1T50192/(https://www.yomiuri.co.jp/world/20220306-OYT1T50192/))
【クラクフ(ポーランド南部)=笹子美奈子、エルサレム=工藤彩香】ウクライナへの侵攻を続けるロシア軍は6日、一時停戦して住民を退避させる「人道回廊」を設置すると発表していた南東部の港湾都市マリウポリと、東部ボルノバハへの攻撃を続行した。住民は退避できなかった。双方は3度目の停戦協議を7日にも開く予定だが、露軍の攻撃は首都キエフ周辺などで激化しており、侵攻を停止する兆しはない。
露国防省は6日、露軍の「攻勢が成功」し、人口約40万人のマリウポリの一部を制圧したと発表した。国防省は5日、マリウポリとボルノバハについて一時停戦を発表していた。だが露軍は5日夕、「ウクライナ側が住民を退避させない」と一方的に主張し攻撃を再開した。ウクライナ側は露軍が攻撃をやめず、住民は脱出できなかったと反論した。*
また国防省によると、ロシアが制圧した南部ヘルソン近郊にあるウクライナの大型軍事施設を露軍が掌握した。黒海に面した海上輸送の拠点オデッサ攻略の足がかりにする可能性がある。
露軍の攻撃対象は民間施設に広がっている。首都キエフ近郊の町では5日夜から6日にかけて住宅街などが空爆を受けた。東部にある第2の都市ハリコフの一部や周辺も砲撃を受けた。ウクライナの国営通信によると、これまでに30以上の医療施設が破壊された。*
一方、ロシアによる侵攻を停止させるための仲介外交も活発化してきた。イスラエルのナフタリ・ベネット首相は5日、モスクワでプーチン露大統領と会談した。ベネット氏は会談後、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とも電話で協議した。
トルコのタイップ・エルドアン大統領は6日、プーチン氏と電話で協議した。プーチン氏は、侵攻停止の条件として「ロシアの要求を受け入れること」を挙げ、ウクライナの非武装化と中立化を改めて求めた。
プーチン氏は6日、マクロン仏大統領との電話会談で、露軍がウクライナにある複数の原子力発電所を制圧した狙いについて、ウクライナの「挑発行為を防ぐため」との主張を展開した。タス通信によると、プーチン氏は5日には、ウクライナが核兵器開発を画策していた、などと一方的に主張し侵攻を正当化した。
- 数多久遠「航空作戦の常識と乖離、ロシア空軍の活動が異常に低調なのはなぜか? 持ちこたえるウクライナの空域、「奇跡」を支える5つの要因とは」(2022/3/6, Sun.)(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69144(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69144))
ロシアがウクライナに侵攻を開始して10日以上が経過しました。開戦前、私を含む軍事専門家の誰もが、ウクライナ上空の航空優勢はロシアのものになると予測していました。ウクライナの航空活動はもって数日、早ければ数時間で終了するだろうと予想されていたのです。ところが、ウクライナ空軍は、現在でも活動を継続しています。
もちろん、状況は苦しいようです。ウクライナ政府はNATOに飛行禁止空域の設定を求め、MANPADS(携帯式防空ミサイルシステム)より強力な対空兵器の供与も求めています。真偽の怪しい「キエフの幽霊」(防空戦で多数のロシア軍機を撃墜したとされるウクライナ空軍のパイロット)の噂を否定しないのも、戦意高揚のためでしょう。
それでも現在までのところ、ウクライナ航空戦は、ウクライナ側にとって奇跡と呼んでいい状況が続いています。(……)*
3月6日現在、ウクライナ側の発表によるロシア軍の航空、防空戦力の損失は次の通りです。
・航空機:44機
・ヘリ:48機
・UAV(無人航空機):4機
・防空システム:21台ロシア軍は、ウクライナ周辺に500機の戦闘機/戦闘爆撃機、50機の戦略爆撃機を集めていました。損耗率としては、地上で侵攻しているロシア軍と同程度の損害を受けていると考えて良さそうですが、航空戦力は高価です。かなりのダメージを受けていると言ってよいでしょう。
*
しかし、ロシア軍の思考に立てば、航空優勢の確保は、地上での戦局を有利にするために必須のはずです。損害が出ても、ウクライナ空軍を排除するOCA(Offensive counter air:攻勢対航空)、中でも防空網を破壊するSEAD/DEAD(Suppression/Destruction of Enemy Air Defence)は、最優先で完遂すべき作戦だったはずです。それができていれば、UAVの「バイラクタルTB2」によって多数の車両を破壊されることはなかったに違いありません。実際、上記戦果の内、航空機6機、ヘリ3機は、最新データが更新された24時間以内の数字です。無理を押して攻撃をしかけた結果です。
しかしロシア軍の航空活動は、成功していないだけでなく、実施しようとする動きも見られません。これは、湾岸戦争以降の航空作戦の常識からかけ離れています。*
なぜロシア軍の航空活動は低調なのか。その原因として、いくつかの可能性が指摘されています。ここでは以下の5つの可能性を取り上げます。どれも、短期間に改善できる見込みは低く、ロシア軍が活動を活発化させればさらに被害が拡大し、撃墜される可能性が高まるでしょう。
(1)精密誘導兵器の不足
ロシア軍に「PGM」(precision guided munition、精密誘導兵器)が不足しているのはほぼ間違いありません。特に、防空システムを破壊するための「ARM」(anti-radiation missile:対レーダーミサイル)は、撃ち尽くしてでも投入し、ウクライナの防空網を破壊するために使用するべき弾種ですが、2月24日に首都キーウで「S-300」防空ミサイルに迎撃されてからは、確実な投入実績の確認はされていません。ウクライナ側は「SAM」(地対空ミサイル)用のレーダーだけでなく、警戒管制レーダーさえ運用しているようです。
そうした状況から、ロシア空軍はウクライナ国内に侵攻しても、中高高度を攻撃できるSAMによる迎撃を恐れ、低高度を飛行せざるをえなくなっています。結果的に、欧米諸国が多数供給した安価なMANPADSに撃墜されることさえ多発しています。(2)ロシア軍防空システムから誤射を受ける可能性
ロシア軍防空システムからの誤射の可能性ははっきりしませんが、捕虜となったロシア兵から得られた情報では、ロシア軍の通信が極めて貧弱で、部隊が混乱に陥っている様子です。防空システムからの誤射は、十分にありえる状態なのでしょう。
ウクライナ側の事案ですが、キーウ上空でウクライナ軍のSu-27戦闘機がウクライナ側の防空システムによって撃墜されています。ロシア側で同様の事象が発生する可能性は高いと言えます。(3)ロシア軍の練度不足
練度不足自体は、ロシア軍の飛行訓練の少なさが確認されているため間違いありません。ですが、それがどれだけ航空作戦が低調な理由に結びついているかどうかは不明です。
とはいえ、基本的な空戦機動などはできるとしても、組織的な防空が行われている空域に対して、多数機を協同させて侵攻する「ストライクパッケージ」の編成、運用ができないという可能性は高く、損害を受けるだけでなく、ロシア空軍の実力が露見することを恐れているとする分析も出ています。(4)戦闘捜索救難が困難
航空作戦は、基本的にウクライナ領内、それもウクライナ側支配地域内で発生しています。そのため、撃墜されたロシア軍パイロットが脱出に成功した場合でも、「CSAR」(Combat Search and Rescue:戦闘捜索救難)を行おうとすれば、ウクライナ側の迎撃、もっと言えば、MANPADSによる待ち伏せを受けることになります。
実際、パイロットを救出するために強行侵入したヘリが、撃墜されています。救出される可能性が低いとなれば、パイロットが尻込みをしても不思議ではありません。(5)アメリカによる情報提供
アメリカは、今回の戦闘が始まる前から、ほぼリアルタイムの情報をウクライナ側に提供していることを明らかにしています。ポーランド上空を飛行するAWACS(早期警戒管制機)が得た情報を、ウクライナの防空に活かしているようです。
開戦初日の2月24日に、キーウ北西にあるホストメリ/アントノフ空港をヘリ部隊が急襲し、占拠しました。そこに、キーウとゼレンスキー大統領を襲撃するため、18機もの大型輸送機IL-76がロシア北方のプスコフから離陸し向かっていました。ウクライナ空軍は、これを迎撃し2機のIL-76を撃墜したため、首都キーウ急襲作戦は、ヘリで急襲した部隊だけで行う結果となり、最終的に全滅しています。これは、AWACSからの情報による迎撃だったと思われます。
ただし、AWACSをはじめとした米軍機は、開戦後はウクライナ上空に入っておらず、ドニエプル川以東の監視能力は限定的です。*
ウクライナ側の損害は発表されていませんが、ロシア側の損害をはるかに上回っていることは確実です。ウクライナ側は飛行場の写真を何件か公開していますが、ロシアが強行奪取しようとしたホストメリを除けば、被害の少ない基地を広報の意図で公開したものばかりです。
そのため、ウクライナ側の本当の被害程度はよく分かりませんが、EU諸国から航空機の機体供与を求めていることに加え、3月5日にウクライナ・NATO間の協議で焦点になった飛行禁止空域設定をウクライナ上空に求めていることから考えても、かなり苦しい状況が伺えます。
この飛行禁止空域は、3月3日あたりからウクライナのクレーバ外相の発言に見られており、NATOがウクライナ上空に飛行禁止空域を設けるというものです。「禁止」と言葉で言うことは簡単ですが、NATOが禁止を唱え、ロシアがそれに違反すれば、NATOがそれを防ぐという措置になります。つまり、これは実質的にNATOの参戦となるもので、現状ではNATOが認めるはずのないものです。
3月5日にNATOが明確に拒絶したため、今後、ウクライナ側の要望は航空機や防空システムの供与を求める方向にシフトするでしょう。4日の時点で、この話題は現在協議のテーブル上にあり、クレーバ外相がMANPADSではなくもっと強力な防空システムを要求していることが明らかになっています。ただし、アメリカ世論では飛行禁止空域設定に対する賛成が多く、今後事態を急変させる決定が行われる可能性は否定できません。
- 九時四五分ごろに食べ終えたとおもう。一〇時から通話なので、皿をあらうと白湯を用意し、風呂はあとまわしにしてあらわずに下階へもどった。白湯をちびちび飲みつつNotionを用意して、それから隣室へ。Skypeにアクセス。しかしけっきょくこの日、またZOOMにもどすことになった。通話中のことはれいによってあとにする。
- 一時四〇分ごろ終了。自室にもどってベッドで脚をほぐす。トーマス・マンを読んだのか、ウェブ記事などを読んだのか、おぼえていない。とにかくなにかしら読みはしたはず。二時半まえくらいで上階へ。ベランダの洗濯物をなかに。あまりよくかわいていなかったのでたたまず、あとでストーブであぶってもらうことに。食事を用意。ひじょうに安っぽい味のする冷凍のこまぎれの豚肉をフライパンで炒め、そこに卵も落として米のうえに。ほか、即席のシジミスープ。部屋にもちかえって食事をとった。あいまはたぶんひとのブログを読んでいたのか? 食器をかたづけ、あとまわしにしていた風呂もあらうとちょうど三時くらいだったおぼえがある。部屋にもどるときのうの日記をしまえて投稿したのだった気がする。それからストレッチをして、三時五二分から瞑想をおこなった。ところがねむけがあってうまくいかず、これはだめだと切ったので一〇分程度で終わった。五時すぎには労働にむけて出発する必要があった。そのまえに汁物くらいはつくっていきたかったので、上階の台所に行き、白菜のあまりと大根とニンジンを煮込んでかんたんに醤油味の野菜スープにすればいいだろうと決定。都合よく生姜もある。それで鍋になみなみと水をそそいで火にかけ、野菜をそれぞれ切り、投入。あいまは食器乾燥機をかたづけたり、洗い物をしたり、下階の洗面所から歯ブラシをもってきてもう歯磨きをすませてしまったり、タオルなどをハンガーからはずしてストーブのまえに設置したり。出汁とみりんと醤油で味つけ。生姜もたくさんすりおろしておく。しまえたのが四時五〇分くらいだった。このスープはしかしあとで食べたとき、あまりぱっとしない味だった。醤油をもうすこしいれたほうがよかったかもしれないが、それだけではなく、なにかうまくいっていないかんじの味だった。そういえばゴボウも一本いれたのだった。
- とにかく脚をできるだけほぐしたいという強迫観念に憑かれているので、五時まで一〇分だけまたねころがって書見し、それから身支度。あがり、居間のカーテンを閉めてから出発へ。よゆうをもって出ることができた。(……)さんが宅のそばの、公営住宅の敷地に接したガードレールのもとにはえている草を身をかがめつつとっていた。もうそれもだいぶ難儀なからだだとおもうのだが。あいさつをかけつつすぎ、小公園の桜の裸木のばらけた枝の上面だけ苔も木肌のいろもなく空がうつっているかにちょっと白っぽい灰色めいているのをみながら坂へ。出口ちかくの右手の壁の、のり面のくぎられた四角のなかから雑草のみどりがだんだんあふれだしつつあるのをじっとみて、ものをほんとうにみることができれば、みるにあたいせず書くことのみつからないものなどなにひとつないのだとおもった。
- 最寄り駅にはいり、ホームでベンチについてしばらく待つ。北の空はなじんだ雲をながしながらも青い。中年いじょうの男性がふたりやってきて、ひとりはこちらのひだりにかけ、もうひとりは自販機でなにかのみものを買ったあとひだりのひとのさらにひだりにもどっていた。声色や吐息のつきかたやみぶりのかんじにいかにもおっさんというかんじの、ある程度の年齢をこえた男がだいたいのところもちあわせているうっとうしさや、権力性や、外界への反抗心や競争心や威嚇心みたいなものがふくまれている。あれは、梅ですよね、まちがいない、とかなんとかふたりで言っており、このへんに住んでいれば梅などわざわざ確認するまでもなくみなれているはずだから、地元のひとではないのかなとおもった。たがいに敬語をつかっていたとおもうので、そこまでしたしげな距離感でもなかった。
- 電車が来ると先頭のほうへ。乗って着席し、待つ。降りて階段へむかうととちゅうの口から降りてきたのが(……)だったので会釈をしてすぎた。すれちがうようにしてどこかにいったので、勤務はまだなのかな、乗り換えに乗ってどこかいくのかなとおもったが、あとでこちらにつづいてふつうに出勤してきたので、空になったペットボトルでも捨てていたのかもしれない。駅を出ると職場に行って勤務。(……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)
- 八時一五分ごろ退勤。駅にはいって電車に乗り、席で瞑目。発車して最寄りにつくと降りて帰路。ホームからみあげた北西方面の空に、湾曲した月がほっそりと、薄雲に巻かれたすがたでぼやけながら黄色く切れこみをつけていた。家にたどりつくまでの印象はとくにない。帰ると手とマスクを消毒し、洗面所で手洗いもして、白湯をもって帰室。服をジャージにきがえて湯を飲むとねころがってものを読んだ。(……)さんのブログ、(……)さんのブログ、じぶんの日記の一年前の記事だったとおもう。その後瞑想。時間としてはかなりみじかい、ほとんど微々たる労働なのに、そのわりにからだはだいぶつかれているのがわかる。一〇時すぎくらいにうえへ。夕食の膳を盆に用意して自室にはこぶ。いちどではこびきれないので二回みちをたどる。そうしてまたブログかウェブ記事かよみながら飯を食った。台所に行って食器をかたづけていると母親がもう洗面所にでている気配がうかがえたが、茶をつくってしまったのでもういちど部屋にかえって一服し、飲み終えて一一時に入浴へ。緑茶をのむと、カフェインだとおもうが、その作用でからだに緊張感がいきわたったり、心臓の鼓動がつよくなったりするのが、いぜんよりも如実にわかる。茶をのむ頻度を減らしたこともあり、また瞑想などで身体のノイズが減っていたり、身体感覚がみがかれたからだろう。だから緑茶をのむとバランスがちょっとくずれるというか、その後の時間にたしょう影響が出て、からだものまないときより疲れるまでの時間がみじかくなる気がするし、ほんとうはのまないほうがよいというかじっさいさいきんは白湯ばかりちびちびやっているのだが、やはりたまにあの苦味や刺激がほしくなる。いぜんみたいにまいにちのようにのまないでいまくらいの頻度のほうが、刺激がよくかんじられてうまいのでよい。
- 風呂を出ると日記を書いたり、休みつつニュースを読んだり、書抜きをすこしだけしたり。書抜きのさい、Billy Joel『Stranger』をながした。Billy Joelは有名な曲は二、三、知っているが、それだけで、なんだかんだちゃんときいたことはないのだけれど、なぜかこの日きいてみたくなり、Amazon Musicで検索して、人気のアルバムのいちばんさいしょに出てきたこれをえらんだ。”New York State of Mind”のオリジナルがどういうかんじなのかをむしろききたかったのだが、それはこのアルバム(一九七七年)ではなく、このひとつまえの『Turnstiles』(一九七六年)らしい。『Stranger』には”Just The Way You Are”がはいっている。有名だし、いかにも売れそうだし、こちらだってまあ嫌いではないが、それよりもしかしそのつぎの四曲目、”Scenes From An Italian Restaurant”のほうがすごいしよいのでは? とおもった。一曲のなかで何部かにわかれてバラエティゆたかなことになっているし(タイプはぜんぜんちがうけれど、”Bohemian Rhapsody”をおもいおこさせる)、こういうこともやるひとなんだな、と。一曲目からしてサウンドの感触はシティポップスというかアーバン・ポップスというかそういう方面のいかにもなかんじでとうぜんながら質がよいし、こういうかんじの音はさいきん日本の若い層にもうけいれられている気がするし、ベースのうごきかたやキメのつくりかたとかはときにこの時代だなあというかんじを受けるものの、これをまなんで換骨奪胎してものにすればいまでもかなり通用するはず。
- 通話中のことを記す。(……)
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