2022/5/11, Wed.

 この後も、附近に散在するギリシャの遺跡を見物にゆくために、山ふところに珍らしく緑が眼にしみる道を村童にたずね進んでいった。そして、突然前方に、青空とあたりの木立にはっきりと映える列柱が出現した。雷に打たれたような廃墟の列柱はいいものである。現世の栄耀に心うばわれた者の眼には廃墟は墓場、それも手入れのよくない墓地にしかすぎないだろうが、列柱は高貴な人のようにじっと佇んでいる。ゲーテのように、「石よ、語れ!」と呼びかければ神殿廃墟の列柱たちは旅人に(end58)大理石の心を開いてくれるかも知れなかった。けれど耳を澄まし、懐古の夢にふけるわけにゆかなかった。というのもその雑草が茂った廃墟には十八、九歳ほどの一群の少年兵たちが見学にきていたからだった。
 目ざとく私を見つけた彼等はおずおずと中国人か日本人かと問うてきた。「ヤバーニだ。」と答えると、彼等のいかにも単純そうな眸はにわかに親愛の情にかがやき、ロッド空港事件や日航機ハイジャック事件における日本人の武勇 [﹅2] をたたえるのだった。いわゆる「赤軍派」がどれほど日本の市民社会を震撼させたかは詳しく知るところではないが、皮肉にもこの少年兵たちにとって日本人テロリストは英雄であり、「岡本にかけて」という表現がアラブで話されているらしい。(……)
 (井上輝夫『聖シメオンの木菟 シリア・レバノン紀行〈新版〉』(ミッドナイト・プレス、二〇一八年/国書刊行会、一九七七年)、58~59; 「Ⅰ 聖シメオンの木菟――シリア紀行――」)



  • 「英語」: 282 - 300


 一〇時直前に覚醒した。なにかしらゆめをみていたはずだが覚醒直後からもはやおぼえていなかった。からだのかんじはかなりなめらか。カーテンをあけると空は一面希薄なみずいろで、真っ青というほどの青さではないが雲がかたちなすこともなくひかりがなじんでつやめいている、とみながらあたまをちょっと起こすと、つやめきからのがれた空の下部にチョークの粉末めいて白さが淡くそえられているのがみてとれて、それで空ぜんたいに雲が混ざっているみずいろの穏和さなのだなとわかった。布団のしたでしばらく足首を前後に曲げたり。「胎児のポーズ」もおこなった。やはりからだ全体に血をめぐらせてやわらげるにはこれがいちばんよい。しばらくやっていると足の先からあたまのほうまでほんとうに肉がほぐれてくる。一一時二〇分に離床。(……)の結婚式でもらったちいさな消毒スプレーをティッシュに吹きかけてコンピューターのモニターやキーボード部をこすってきれいにし、それから水場へ。顔を洗ったり小便をしたりしてもどってくるときょうははじめから臥位でクロード・シモン『フランドルへの道』を読んだ。174で、「あるいはさらに何年ものちに、相変わらずひとりぼっちで(いまはひとりの女の生暖かいからだのそばに横になっているけれども)」とあるのだが、この「ひとりの女」というのはまえに第一部の終わりちかくででてきただれなのかよくわからない謎の女だろう。「いまは」とあるから、語りの現在はいちおうこの女性と共寝している時点にすえられているようだ。
 一一時一〇分から瞑想。窓をあけてすわっていてもきょうは肌寒さをかんじない。すわりはじめてまもなくとおくで風のうずまくおとがきこえてなかなか盛っているなとききつつもそれが一向にちかよってこなかったのだが、じきに飛行機のうなりだったとわかった。しかしそれが去ったあともとおくでなにかひびきはきこえており、それが川のみずのおとなのか、それとも川向こうの地区で走っている車のおとなのかがわからない。二〇分でみじかめに切り。どこかのチャイムがきこえたのでそれを機にしたら一一時半だった。「胎児のポーズ」をまたやっておいてから上階へ。母親にあいさつし、トイレで糞を垂れてきてジャージにきがえ。このときはやくも窓外は雲におおわれていてひかりのつやがなくなっていた。洗面所で口をゆすいだりうがいをしたり髪にみずをつけて乾かしたりして、食事はレトルトのカレーやきのうの天麩羅ののこり。新聞を読む。一面にはロシアがアゾフスタリ製鉄所への突入作戦を再開したという記事。マリウポリの市長だかがSNSで、一一日にロシア軍が化学兵器を使用するみこみとの情報をえていると発表したらしい。せんじつ国連は避難が完了したと表明したものの、製鉄所内には民間人がまだ一〇〇人ほどのこっている可能性もあるという。南部オデーサでは極超音速ミサイル「キンジャル」が使用されてショッピングモールなどが破壊されたといい、そのときちょうどEU大統領ウクライナ首相と会っているところでふたりはシェルターに避難したと。二面には九日のプーチンの演説について欧米側から虚偽ばかりだと非難の声があがっているとあった。各国とも批判しており、たとえばイギリスのベン・ウォレス国防大臣は、ロシアはかんぜんに七七年前のファシズムを踏襲し全体主義の失敗をくりかえしていると述べたと。マリーヌ・ル・ペンとあらそって大統領の座をまもったマクロンは記者会見で演説についての感想をもとめられ、プーチンの語調が「戦士のよう」だったといってその攻撃的なトーンに苦言を呈したというが、これは批判としては煮えきらない態度のようにみえる。マクロンはまだ対話をあきらめていないというか、今次の危機いぜんにはけっこうプーチンと会って関係構築していたようだから、あからさまな、激烈な非難をしにくいのかなとおもった。二面にはまたフィリピンの大統領選の報もあり、独裁的な統治をしたマルコス元大統領の息子であるフェルディナンド・マルコスが当選を確実にしたと。二位に二倍いじょうの差をつけているらしい。SNSを駆使して独裁時代を知らない若い世代にうまくアプローチしたという。副大統領選ではドゥテルテの娘であるサラが当確。
 母親のぶんもまとめて食器を洗い、そのあと風呂も。洗剤がもうのこりとぼしくなっているが詰替えをするのがめんどうくさかったので、出なくなるまでつかいきってから補充することに。きょうはもった。水場を抜けるとポットからコップに湯をついで下階へ。Notionを用意し、音読をはじめるころにはすでに一二時二〇分くらいだったとおもう。みじかめに切って、それからきょうのことをここまで記述すれば一時一一分。三時まえには労働に出なければならない。物件手続きの金をふりこむため郵便局に寄るつもりなので、すこしはやめに出ようとおもっている。(……)からは九時ごろだったかにメールがきていて、海外に引っ越す(……)をおくる会は二七日に決まったとあった。日付を手帳にメモしておいた。あとLINEをのぞいたところ(……)が、じぶんが買った電子レンジが実家につかわれないまま置かれてあるのでもし必要だったらあげてもいいと言っていたので、礼を言ってもしかしたらもらうかもしれないとうけておいた。炊飯器も買わなあかんな。いちおう米炊いて自炊するつもりなので。あの部屋のかんじをみるにどこに置くかというのがむずかしそうだが。

 そのあとちょっと屈伸したり、左右に開脚して上体をひねったり、ベッドの縁に手をついて片足をうしろに伸ばしながら前傾するかたちで脛のすじをほぐしたりとからだをうごかしたあと、七日の記事をしばらく記述。二時まえまで。圓照寺まで終わった。ベッドにうつってストレッチをし、二時をわずかにこえて上階へ。ベランダから洗濯物をとりこむ。曇天のわりに空気はあたたかでことによると蒸し暑さにながれかねないくらいの感触であり、洗濯物はぱりっとまではいかないとしてもいがいと乾いていた。タオルや肌着、靴下や母親の寝巻きなどたたんでしまい、足拭きマットとタオル類を洗面所にうつしておいて、それから炊飯器にわずかあまっていた米を皿にとった。釜をあらってからザルをながしのしたからとりだし、玄関のほうに行って戸棚のなかの米袋より三合半をすくっていれる。それを磨ぎ、六時半に炊けるようにセットしておいたが、炊飯器のタイマー機能はせんじつきちんとはたらかなかったのでどうだかわからない。見た目には変調のしるしはないのだが。冷蔵庫に歪球型のちいさなクルミのパンがひとつだけあったのでそれをむしゃむしゃやりつつコップに湯をそそぎ、ポットにはみずを汲んだ薬缶から基準線まで補充しておき、食器乾燥機のなかを戸棚にかたづけると下階へ。白湯をちびちび飲みつつここまで加筆して二時半。もう支度をして出勤にむかわなければなるまい。


 いま帰宅後の一一時半すぎで、夕食をとりながら(……)さんのブログを読みすすめた。四月三〇日の記事にむかしの日記からベルクソン『思想と動くもの』の記述がひかれている。

直観的に考えるとは持続のなかで考えるということである。悟性は通常不動から出発し、並置された幾つかの不動をもってどうにかこうにか運動を元どおりに作る。直観は運動から出発し、それを事象そのものとして定立し、あるいはむしろ知覚し、不動というものを、われわれの精神が動きに対して撮った瞬間撮影に当たる抽象的な瞬間としか見ない。悟性は、その通常認める事物を安定的なものと考えて、変化というものをその上に付けくわえられた属性だとしている。直観にとって本質的なものは変化であり、悟性が意味しているような事物は生成のさなかにほどこした切り口で、それをわれわれの精神が全体の代用物に仕上げたものである。思考は通常新しいものを前から実在している要素の新しい並べ方として表象する。思考にとっては何もなくならず、何も創り出されない。直観は持続すなわち成長に注がれるので、そこに予見のできない新しいものの途切れない連続を認める。


(…)現にあらゆる言い方、考え方、知り方には、不動と不変が権利上存在すること、運動と変化とが、それ自身動かずそれ自身変わらない事物の上に、付随的属性として付けくわわるということが、意味としてふくまれているからである。変化の表象は、実体のなかに次々に起こる性質もしくは状態の表象である。それらの性質の一つひとつ、それらの状態の一つひとつは固定しているものであって、変化はそれらの継起から成り立っていることになり、継起する状態および性質を支える役目の実体は固定性そのものだということになる。こういうのが、われわれの言語に内在し、アリストテレスが一度にぴたりと方式を与えた論理である。悟性は判断を本質とし、判断は主語に述語を付けることによってはたらく。主語は、人がそれに名前を付けたというだけで、不変なものと定義され、変化は、人がこの主語について次々に主張する状態の多用性に存する。こうして主語に述語を、固定したものに固定したものを付けていくやり方によって、われわれはわれわれの悟性の斜面に従って進み、われわれの言語の要求に適合し、つまりわれわれは自然に服従する。現に自然は人間を社会生活に入るものと前から決めている。自然は共同の作業を欲した。この作業が可能になるためには、われわれは一方において主語の絶対的に決定的な安定性を、他方においてはやがて属性となる性質および状態の漸定的に決定的な固定性を認容するのである。

 ここでベルクソンがいってることマジでめちゃくちゃよくわかるなとおもった。とくに、「直観は持続すなわち成長に注がれるので、そこに予見のできない新しいものの途切れない連続を認める」とか、「主語は、人がそれに名前を付けたというだけで、不変なものと定義され、変化は、人がこの主語について次々に主張する状態の多用性に存する」という一節が、じぶんにとって内容としてめあたらしいものではないが(そもそもすごくよくわかるということはめあたらしいものではないということだろう)、なにかあらためて腑に落ちるようなかんじがした。にんげんはものごとに反復をみるし、みないかぎり生きてはいけない。たとえばいまブログを読みながら飯を食っているこの夜一一時ごろは、ぜんじつや、労働があったほかの日の夜一一時ごろとだいたいおなじようなもので、そこにくりかえしや踏襲をみないわけにはいかない。しかしじっさいにはこの夜一一時ごろときのうの夜一一時ごろはまったくべつのありかたをしているのだろうし、それどころかこの一瞬とつぎの一瞬こそが接続はしていながらもつねにそれぞれまったくべつのものとしてあるのだろう。そして世界はほんらい局部としても総体としても一瞬ごとにそのように更新されており、つねにあらたなものとしてつぎの瞬間をひたすらにうみだしつづけている。そこにくりかえしは存在しない。終わりがあるのかどうかもわからないが、すくなくとも終わりがくるまでに経過されるすべての時空を、どれだけ微細に分化したとしてもそのひとつひとつはかならずまるでべつの時空なのだ。つまり、おなじものというものはほんらいない。われわれはいちどしか生きられないし、あらゆる瞬間もほんとうはその都度いちどしかない。不可逆というよりは、一回かぎりのつねにあらたなものたちがどこまでもつらなってつづき、それらのあたらしさが尽きることはなく、もどることも似ることもくりかえされることもない。「直観は持続すなわち成長に注がれるので、そこに予見のできない新しいものの途切れない連続を認める」という一文を読んで、そのような観念的イメージがあたまのなかに生じた。


 いま午前三時(二七時)まえ。入浴後に日記にとりかかってながく外出した五月七日をしまえ、すでに書いてあった八日といっしょに投稿。あとは九日ときょうのことが未筆。あしたじゅうには無理かもしれないが、あさってには現在時においつくことができるはず。トーマス・マン高橋義孝訳『魔の山』(上巻)の書き抜きも三箇所おこなった。七日の日記に「Deep Purpleの”Speed King”」なんて書いたからちょっとききたくなり、『Made In Japan』をながした。デラックス・エディションで、これだとむかしきいてなじんでいた普通版と曲順がかなりちがう。”Highway Star”からはじまらないというのはなんとなく肩透かしをされたようなかんじ。


 午後二時半のあとは歯磨きをしたりスーツにきがえたりして出発へ。ベランダに出たときの空気の感触からしてかなり温暖そうだったので、ジャケットをはおらずにベストすがたにした。そうしてワイシャツの袖をまくる。三時ちょうどくらいに出発。玄関を出ると(……)さんがみちのみぎがわから、知らない女性がひだりがわからあるいてくるところで、鍵を閉めたりしているあいだに(……)さんのほうはすぎさっていった。みちに出て東にむかってあるきだし、しばらく行くとその知らない高年女性が車をやりすごしてみちばたにとまるようにしていたのでこんにちはとあいさつし、坂にはいった。眼下、川のてまえに建設中のホームだとかいう建物は骨組みにまだすこし囲まれた壁がすべて真っ白なのだが、あれはたぶん壁じたいのいろではなくてシートが貼られているのではないか。坂道をのぼっていくとみぎての茂みからミシミシというような草をわけるおとが立ったのでみてみると、草むらのなかに鳥が二匹、いろとしてはスズメにちかい褐色だけれどもうすこし濃く、からだもそれよりおおきくて太ったヒヨドリくらいはあり、栄養のおおいあかるいいろの沃土をチョコレートパウダーめいてまぶしたような体色の鳥がもぞもぞしていた。ハトか? このころには陽が出ており、といって雲ものこっていて太陽をつつむ西空は白く、街道まで行くあいだはあたたかくても夏めいたひかりの重さ厚さ粘りがさほどないようにかんじられ、汗ばましいというほどではないなと、めざましいとかしたわしいを類例としてふつういわない活用を造語したが、車の行き交うおもてに抜けて背後から陽射しに射抜かれるとやはり暑くて汗は出る。街道の工事はつづいている。歩道の整備は終わったがきょうは車道のアスファルトを塗りなおすようなことをやっており、現場にちかづくとトラックの荷台に薄オレンジの巨大ななにかの容器がふたつと、どこかにケーブルを伸ばしながらゴウンゴウンおとを立てるなんらかの機械が乗っており、すすめば道路のうえにあざやかで化学的な青緑色、信号機の青さをそのまま溶かしたような液にまみれたシートが長方形にながく敷かれていて、人足たちがそのうえにスコップなどでアスファルトの粉末をのせてならすなか、あたりには特有のにおいをはらんだ煙が立ってこちらの目にも染みてきた。さらにさきでは地面をかためているのか重機がゆっくりと行き来しているばしょもあり、もうほとんどみちとなったそこのアスファルトはみずけをふくんで、背後からやってくるまだ高くていろのない西陽にきらきらかがやき、路肩に置かれたスコップも同様に先端に付着した焦茶色の土をきらめかせていた。公園ではベンチに作業員が休憩するいっぽう、子どもたちが遊具にあつまってにぎやかにしてもいる。
 郵便局に寄る用があったので表通りをそのまま行った。いつのまにか行く手の空からは雲が消えてほとんど快晴じみた濃い青がひろがっており、陽射しは暑いもののからだにまとわりつくかんじもなく、ことさら重くはおぼえない。(……)高校から出てきたところの横断歩道をもう夏服で上着なしの軽装の高校生男女らがわたってきて、男子はぎゃはぎゃはわらいながらのろのろしているが女子らは自転車に乗って立ち漕ぎの澄ました顔でさっとわたり、茶髪をうしろで結わえた少女が目のまえをそうして横切るすがたは凛と絵になっていた。道中ほかにも女子高生の数人がさびれた公園にそぞろにはいってたまったりしており、青葉のみどりはあかるさに濡れながら微風にゆれてこまかく影を散らす。
 郵便局着。(……)のもの。はいるとATMをつかっている中年女性の先客がひとりいたがすぐに終わったのでそのあとにはいり、スマートフォンで請求書のPDFをひらき、機械を操作して手帳を挿入。振込は二件あった。表示にしたがって銀行や支店を検索し、口座番号をいれたりじぶんの電話番号を入力したりして、あわせて一三万円ほどの送金を完了。待っていたひとにすみません、お待たせしましたと声をかけながらそとに出て、記帳された情報をすこし確認。のこった残高はちょうど七〇万ほどだった。そのあと(……)に寄って小便をしつつ職場まで行って勤務。
 (……)
 (……)
 (……)
 (……)
 (……)
 (……)
 帰路。最寄り駅についておりるとスマートフォンをみながら前方を行くサラリーマンがひとりあり、階段通路でみおろすそのうしろすがたはまず頭頂部が河童の皿的にすこし禿げていて、円形に頭皮がみえている中央部をかこむ髪の毛のうちいくらかがそこにはみだして楕円のかたちをゆがめている。かっこうはスーツなのだけれど右肩にかけた青いトートバッグのためにジャケットがうしろにひっぱられて、襟のあたりがべろんとはがれるかになってそのしたの白いワイシャツがのぞくくらいにかたちがゆがんでいるのだが、気づいているのか否か意に介するようすはまったくなかった。帰宅後の印象事はなし。というかもううえに書いてある。